表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒入りカップ麺事件  作者: iris Gabe
出題編
2/9

2.非ユークリッド幾何学

(直線は常に真っ直ぐなものとは限らない)



「ああ、そうでしたわ。では、いよいよ本題へ移りましょうか。

 去る十月二十三日に研究室の中で起こった、あの身の毛もよだつ毒物混入事件について……」

 覚悟を決めたかのように大きくため息を吐くと、美人大学院生の影待千穂は対座する佐伯宗太郎教授の顔をじっと見つめ返した。

「あの日は毎週恒例の速報会そくほうかいが行われていました。速報会とは、毎週木曜日に行われる研究室恒例の行事のことで、最近公開された興味深い論文やプレプリントを、順番交替制で当たった担当者が好き勝手に選び出し、その内容を研究室の仲間の前で報告します。とても有意義な会ですが、時間が無制限に伸びてしまうことも多く、途中で腹ごしらえのカップめんを食べるのも、今では恒例となってしまいました。

 あの日の速報会の参加者は、私と教授、D2の枕崎まくらざき先輩と、D1の竜ヶ水りゅうがみず先輩、M1の赤瀬あかせ君と、四年生の青井岳あおいだけさん。そしてもう一人が、部外者である三年生の如月君。彼は飛び入りでぜひ参加させて欲しいということでしたね。

 そして、あの日の報告担当者は枕崎先輩でした。ただ、彼が選んだ論文が、よりによって、『特異とくいアフィン・リー代数における量子R行列ぎょうれつの一般化』というもので、どちらかというとそれは物理学に関連した素粒子分野の論文でした。枕崎先輩にとっては自分の研究分野にからんだ内容であって、満を持して発表をしたわけですが、彼以外の人にはちょっと厳しいものでしたね。私にはさっぱり何をいっているのか分かりませんでしたよ。でも、飛び入りゲリラ参加の如月君は、素粒子関係の論文ということで、さも楽しげに聴いていて、ときどき嬉しそうに質問をしていましたね。というか、一番質問をしていたのは彼だったかもしれません。でも私の記憶によれば、如月君がした質問のほとんどは、的はずれだったり、超初心者しかしないであろう安易な質問でしたけどね。

 そして、報告も二時間ほどが経過したので、中休みの休憩時間ブレイクタイムとなりました。そういえば、最近の速報会は三時間を超えることもしょっちゅうですね。この件に関しては、教授にもちょっと問題視をしてもらいたいです。それに、小腹対策と称して用意される恒例のカップ麺ですが、私や青井岳さんの女性陣にとってそれはほとんど夕食のようなものなのですからね。


 今回は枕崎先輩が前日の生協でカップ麺を六つ購入しました。そして、その問題の六つのカップ麺は、そのまま共同談話コロキウムしつの机の上に一晩中放置されていたのです。誰でも自由に手が出せるようになっていたことが、今にして思えば、とても恐ろしいですわ。

 とにもかくにも、その休憩時間ブレイクタイムになって、おのおのに配られたカップ麺を食べつつ、私たちは雑談を始めました。ところがしばらくすると、突然、竜ヶ水先輩が咽喉のど元を手で押さえてもがき始めたのです。最初は冗談なのかとみんなが思いましたけど、竜ヶ水先輩が椅子から崩れ落ちた時には、さすがに全員が真っ青となりました。すぐに救急車が呼ばれて、十分くらいで到着した救急員たちが、痙攣けいれんしながら口から泡を吹いている竜ヶ水先輩を担架で運び出して行きました。

 その時、最も冷静だったのは、意外にも一番年下である如月君でした。彼は、見たところ単純な食中毒の症状でもなさそうだから机上の物にはくれぐれも手を触れないように、と指示を出しました。今にして思えば、それは実に的確な判断だったように思いますわ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ