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プロローグ 夢と時間 -2-

 クラス中の視線を一身に浴びながら男子生徒は更に言葉を付け足す。

「みんな人任せにして自分じゃ何も言わなかった癖に人の言った事に対しては、自分の意思を主張するんだな。そんな自分の意思を大切にしたいならどうして意見を求めた時に口を閉ざして何も言わないんだよ。まぁ反対されるのが怖いからだよな。こんな誰の意見も聞き入れてくれそうもない空気の中で自分の意見なんて言ったら、集中砲火を浴びてしまうのが目に見えてるからな。それでも河原は自分の意見を言ったんだ。これって凄い事じゃないのか? どうして何も言う事が出来なかった臆病者のお前らに意見する権利なんてある筈無いじゃないか。それともこのクラス全員を納得させられる程の案が出せるっていうのか? 河原が言ったものよりも素晴らしくて斬新な案を出せるっていうのかよ。それなら今すぐ手を挙げて立ってみろよ。みんなの前で自分の案を言ってみろよ」

「…………」

 誰も立ち上がる者など居なかった。それどころか教室に居る者全てが顔を俯かせ黙り込んでしまったのだった。教壇に立つ担任の教師ですらも俯いてしまっていた。

 男子生徒の言葉が一瞬にしてこの場の空気を変えてしまったのには訳があった。確かに言い放った言葉は正し過ぎた。自分自身さえ良ければ他人がどうなろうと構わないと考えていたにもにも関わらず、他人の意見によって自分が助かろうと考えてしまっていた生徒達。都合が良過ぎるにも程があるというものだ。これだけでも充分過ぎる程の説得力があったのは言うまでも無いだろう。しかし、クラスの全員が唖然となってしまったのは、男子生徒自身の行動である。冒頭から述べているが、この男子生徒は周りで何が起こっていようとも全く気にしないのだ。生徒が騒いでいようが何をしていようが、関係無いと言わんばかりにただ前を見詰めているだけなのだ。ましてや自分の意思を言うなどこのクラスが出来る以前、この学校に入学してきて一度も口を開いた事が無かったのだった。そんな男子生徒が自分の意思で手を挙げ、自分の意思で立ち上がり、自分の意思で自分の意見を言ったのだ。こんな驚愕な事態が起こるなんて誰が予想出来ただろうか。きっとこの男子生徒自身ですらも予想なんて出来なかったのでは無いだろうか。

 暫く沈黙が続いたが、教壇の担任の教師がゆっくりと口を開く。

「……それじゃ……クリスマスパーティーをやるって事で決定して大丈夫か?」

 誰も答える事が出来ない。っというよりどう答えて良いのか戸惑っていた。そんな様子を伺いながら教師がもう一度言う。

「みんな河原の意見に賛成で良いんだな? どうなんだ?」

「……はい」

「俺も……それで良いよ」

「ちゃんと時間を決めてくれるなら私も大丈夫だよ」

 疎らではあったが、賛成してくれる意見が聞こえてきた。

「じゃあクリスマスパーティーの実行委員を決めないといけないな。誰か立候補する者は居ないか?」

 再び教室内が静まり返ったが、河原がゆっくりと手を挙げる。

「河原、やってくれるか!」

「はい……元々、私が言い出した事なのでやろうと思います」

「うんうん。責任感を持つ事は良い事だからな。じゃあ、河原一人っていうのも可哀想だからもう一人誰か居ないか?」

 その瞬間、クラス全員が顔を伏せてしまった。誰も面倒な事をやりたいとは言ってくれないのが現実なのである。しかし、やっとここまで話が纏まったというのに、またしても責任の擦り付け合いになるのを避けたいと思った教師が河原に一つ提案した。

「折角、自分の意思を言う事が出来、実行委員まで責任を持ってやってくれるんだから、もう一人の実行委員は一緒にやりたいと思う人を選んだらどうだ?」

「えっ……私が選ぶんですか!?」

「河原だって仲の良い人と一緒に計画していった方が楽しいだろう?」

「それは……そうなんですけど……」

「じゃあ兎に角、あとの事は任せておくとして、今日はみんなを長い時間引き止めてしまって済まんかったな。土日はゆっくり休んでまた月曜に元気に登校して来るように。それじゃ解散」

 教師の言葉にやっと解放されたかの様に生徒達は立ち上がり、教室を後にする。

「やっと終わったよ!」

「今日何時に集合にする?」

「急いで帰らないとネットの向こうで仲間達が待っている!」

 つい先程まで全ての席が生徒達で埋め尽くされていたが、今教室に居るのは河原と男子生徒のみとなってしまっていたが、男子生徒は鞄を持つとフラフラと歩きながら教室を出て行った。

 一人だけになってしまった河原は、何かを考えている様子だった。ちょっと考えては首を横に振り、また考えては首を横に振る動作を繰り返す。すると急に何かを決心したかの様に鞄を勢いよく持つと教室を飛び出して行く。廊下を走っていく勢いそのままに階段を駆け下りる。一階まで下りた河原は、相変わらず下駄箱に向かって全力で駆ける。すると丁度、靴を履き替えて上履きを下駄箱へと入れようとしている男子生徒の姿が視界に入った。

「真野くん!」

 真野はその声に気付くと、視線を河原に向けた。そこにやっと追い付く事が出来た河原が走る勢いを落としながらやって来る。

「あの……さっきは有難うね。私どうして良いのか分からなくなっていたから本当に助かったんだ」

「ん~……だってあれはみんなの方が悪かったんだからどっちかと言うと、みんなが河原に謝るのが正しいんだよな。河原は俺に礼なんて言わなくて良いんだ。正しい事をしただけなんだから」

「私が正しいかなんてそれは分からないよ。みんなは何もしたくなかったのに私が意見を出したせいでやらないといけなくなっちゃった訳だしね。もしかしたら自分の意思を無理矢理押し付けてしまった私の方が悪いのかもね」

「多くの意見がある方が必ずしも正しいとは限らないよ。それだと弱肉強食の食物連鎖の考えと一緒になっちゃうからな。強い者が生き残り、弱い者は死んでいく。意見が多い方が反映されて、少ない方は阻害される。自分自身が正しいと思った意見がみんなに伝わった瞬間、それが本当の正しさだったって事が証明されたんだと思うよ」

「う~ん。そうかなぁ。でも真野くんがそう言ってくれるなら私は自分が少しでも正しい事が出来たのかなぁって思う事が出来るよ。有難うね」

「だから俺は何もしてないんだからお礼なんて言わなくて良いんだって」

「何か真野くんのイメージ変わっちゃったな……」

「俺のイメージ?」

「うん……こんなに自分の気持ちや意思をはっきり持っているだなんて想像もしてなかった。だっていつも無言で何を考えているのか分からなかったし、今までだってどんな状況になっても自分の言葉なんて言わなかったのに、どうして今日は言ってくれたの?」

 真野は少し考える素振りをした。さっきまで話してくれていたのが嘘みたいに黙り込んでしまった。もしかしたら話していたのは幻聴や幻を見ていたのではなかったのだろうかと思ってしまう程、いつもの真野に戻ってしまっていた。だがしかし、すぐに口を開くのだった。

「河原が泣いていたから……かな。自分の意見を言っただけなのに涙をあんなに苦しそうに我慢する程に責められるなんて可哀想だったんだ……だからつい、喋らないつもりでいたのに我慢出来なくなっちゃって……言ってしまったんだ」

「そうだったんだ。真野くんって優しいね」

「俺が優しいかどうかは分からないよ。今までわざと黙っていたんだから」

 今までクラスメイトの中にこんなにも優しく温かい人が居るなんて想像も付かなかった。そのせいなのか河原は何だか嬉しくなってしまうのだった。

 急に口元を緩ませた河原の表情を疑問に思った真野は困惑の表情を浮かべた。

「どうしたの? 俺、何か笑う様な事言ったかな?」

「ううん。そういう訳じゃないよ。ちょっと嬉しくなっちゃっただけだから気にしないで」

「嬉しくなったって何が?」

「何でも無いよ!」

「ふうん……」

 ふいに言葉が途切れてしまう。河原は目線をやや下向きに落とした。

「それじゃ俺、帰るから……」

 置いていた鞄を手に持つと、真野は背を向けてその場から立ち去ろうとする。

「あっ……」

 ふいに声を出してしまった河原は思わず口を押さえたが、その声が聞こえた真野は立ち止まり振り返る。

「ん?」

「いや……あの…………」

 先程にも増して視線を下げると恥ずかしそうにする河原だったが、勇気を出すかの様に言葉を続けた。

「…………」

(あれ? 何を言っているのか分からない……口は動いているのに声が届いて来ない……)

 目の前で一生懸命に何かを伝えようとする河原の姿は、まるで音を失ってしまったモニター画面を見ている様な感じがした。今も尚、河原の口は何かを伝えようと必死に動いているが、何も伝わって来ない。

 この状況に疑問と不安を感じた真野は、河原に声が聞こえないという事を伝えようとするが、まるで目の前の相手の異変に気付いてない様に話を止めようとはしない。

 思わず手を差し出して河原の肩に触れようとしたのだが、一気に距離が離されていく様な感覚に陥ってしまう。どんなに前に足を踏み出そうとも距離は離れていく一方だ。そして次第に目の前が真っ白になっていく。河原の姿も徐々に靄の中へと消えていってしまい、全く見えなくなってしまう。

一体自分に何が起きているのかも分からなくなった真野は、突然襲ってきた恐怖によって目を伏せる様にしてその場に蹲ってしまう。そしてゆっくりと目を開けると真っ暗闇が広がっていた。いや、何かが顔の前にある事に気付くと恐る恐る顔を上げると、そこは自分の部屋であった。真っ暗闇の原因は机に広げられた一冊の本に顔を落としていたからだ。さっきまでの出来事は一体何だったのだろうと不思議に思う真野だった。

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