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第十六話 光と過去 -4-

 所謂、月明かりというものが真野の部屋を明るく照らしてくれていたのだ。真っ暗だからこそ見る事の出来る光景と言うものがあるが、まさしく今目の前に広がっているものこそがそれだった。

 ただ、今まで月明かりなんて見た事が無いと言う人間なんて居ない筈だ。勿論、真野にしてもそれは言えたであろう。だが、つい二、三日前に見たとしたならば何も思う事も、感じる事も無かったであろう。それが普通だと思ってしまうからである。

 人と心を通わそうとする事さえ拒み続け、誰の事も信じようとさえもしなかった。真野自身がそれを望んで居なかったという事が一番大きかったのかも知れないが、周りにそれを変えてくれる人間が誰一人として居なかったというのもあったのだ。

 誰もが孤独を心の底から望んでいる人間など居る訳が無い――何故なら一人は寂しいからだ。当たり前の事のように感じてしまうかも知れないが、無理矢理自分の殻に閉じ篭る事によってそんな気持ちを押し殺そうとしてしまっている。

素直になる事はとても怖い事だと言える。

弱い部分を見せるというのはとても不安な事だと言える。

素直で弱い部分を曝け出す事で相手がどんな言葉を投げ掛けて来るのか。はたまたどんな態度をされてしまうのか分からないからだ。

人は誰だって多かれ少なかれ恐怖や不安を胸に抱きながら生きているのだから。

こうして時として傷付いてしまう時もあるし、悲しみを背負わないといけなくなる時もあるのだ。一度の失敗により、同じ事をするのを躊躇ってしまう。俗に言われる『トラウマ』というものだ。しかし、真野の場合は少し違っていた。それは自分が傷付くという事もあるが、寧ろどっちかと言えば人の事を傷付けたくないという『トラウマ』なのだ。

 月明かりに照らされた部屋の中を暫く見ていた真野だったが、ゆっくりと目を閉じてみるのだった。すると目を閉じた状態からでもその微かな明るさを感じる事が出来た。それはまるで閉じていた心の中に一筋の光が差し込んで来るような感じだった。

 すると突然、愛実の手が伸びてきて真野の左手を強く握られてしまう。ふいに横に居る愛実の顔を見ると、真野の方をじっと見ていたのだった。

「どうしたんだ? 眠れないのか?」

「ううん。違うよ」

「じゃあ、怖い夢でも見ちゃったのか?」

「そんな事無いよ。ただね……」

「んっ?」

 少し恥ずかしそうにして愛実が言った。

「お兄ちゃんコレ覚えてる?」

 そう言うと先程自分の部屋から枕と共に持って来たパンダのぬいぐるみを真野に見せる。

「あぁ覚えてるよ。お前まだ持ってたんだな」

「うん。大事に持ってたの。このぬいぐるみは、初めてお兄ちゃんこの家に来た時に私が部屋の前で蹲っていたら今日みたいに『一緒に寝よう』って言ってくれて、私にくれたんだよね? 『これで愛実が一人で寝る時も一人じゃないから寂しくないだろ? それでも寂しいと思ったらお兄ちゃんがいつでも一緒に寝てあげるからね』って。私、あの時本当に嬉しくて幸せな気持ちになったの。あの時に見せてくれた優しい顔と今のお兄ちゃんの顔が一緒だなぁって思って」

「俺、今そんな顔してたか? っていうか、何時から見てたんだよ?」

「えっ? 布団に入った時から私はお兄ちゃんの事をずっと見てたよ」

「……全然気付かなかった。ずっとって事は、お前寝てなかったな!」

「うわ~ごめんなさい! でも、お兄ちゃんと一緒のお布団で寝れるのが嬉しくって……寝ちゃうのが勿体無いなぁって思ったんだよね……」

「そんな特別みたいに感じなくても良いのに。これからだって何回も一緒に寝れるんだから勿体無いなんて思わなくて良いんだよ」

「本当に! これからも私と一緒に寝てくれるの?」

「あぁ、愛実が『お兄ちゃんと何てもう一緒に寝たくない!』って言うまで寝てやるから安心しな。でも、あまり眠らないようだと一緒に寝るのは止めた方が良さそうだなぁ~」

「わ、私ちゃんと寝るからそんな事言わないでよ! あっもう……眠たくなってきちゃった……ほら、ちゃんと寝るからこれからも一緒にだよ。ねっ約束!」

「分かった分かった。約束だ。じゃあ、ちゃんと寝るんだぞ」

「うん」

 顔は真野の方へと向けたままだったが、目をゆっくりと閉じた。愛実の首元が寒くない様にちゃんと布団を掛けてあげると、少しニコッと笑うのだった。

(可愛い顔して寝るんだなぁ。最近一緒に寝なくなったという事もあるけど、今まで見ようとしなかった……どちらかと言えば見たくなかったという感じなのかな……こんなに俺と一緒に居られる事を嬉しく思ってくれるなんて本当に……何て言うか……幸せ……って言うのかな。今までどうしても受け入れる事が出来ずに居た俺の事をずっと同じ気持ちで見て来てくれてたんだもんな。それは愛実に限らず母さんも一緒だ。本当の子供じゃない俺の事を絶対に見捨てたりせずに温かく見守ってくれていた。でも、その事が俺には申し訳無い様な気持ちになっていて、答える事が出来ずにいたんだ……)

 胸の奥で込み上げてくる想いを必死に抑えながら真野は考えていたのだった。この家に初めて来た時の事を――

(そう言えば愛実の奴。俺の顔を見て、初めてこの家に来た時の事を話してたけど、そんな昔の事を良く覚えていたなぁ……まぁ、五年前だからそんな昔に入るのかは分からないけど、愛実はその時四歳なんだぜ。うる覚え程度だとは思うんだけど、やっぱりそれでも凄いよな……)

 

――今から五年前、真野はこの家にやって来た。

雪が降り続く坂道を本当の両親と一緒に車で移動していた。その頃の真野はとても明るい性格をしており、時折冗談を言って両親を笑わせていた。しかし、凍結していた事もあり、父親はゆっくりとしたスピードで坂を上っていた時だった。下って来た車がスピードを出し過ぎてしまっていた為にタイヤがスリップしてしまい、真野と両親が乗っている車目掛けて突っ込んできたのだ。車は道沿いにあったガードレールを突き破り、谷底へと落ちていってしまう。二台の車共、原型を留めないくらいに潰れてしまっていた。明らかに生存は絶望的と思われたが、真野一人だけ何とか生き残っていたのだが、朦朧とする意識でしかなかった真野の命も気温の低下によって命を落とすのも時間の問題であった。しかし、その時声が聞こえたのだった。

「大丈夫? すぐに助けを呼んで来るから頑張って! 絶対に死んじゃダメだよ! 必ず呼んで来るから!」

 暫くして山道を走っていた車に発見されて真野は無事に助けられたのだった。しかし、一瞬にして幸せな時間を奪われてしまったショックは大きかった。しかも事故の発端となった対向車の遺族からは謝罪をされるどころか原因は真野側にあったと言われてしまう。しかし、検証の結果で相手側の過失である事が認められたのだが、真野に向けられた非難の言葉は深い傷を残した。

 まだ中学生になったばかりの真野自身に生活能力が無いと判断され、父親の弟である従兄妹の家に引き取られる事になったのだが、父親の弟は病気により死去していた。実質血のつながりの無い母親と一人娘である愛実と三人で生活が始まったのだ。

 事故のショックや色々な人間から浴びせられた暴言によって真野は、人の事を信じられなくなっていたのだった。そして誰とも言葉を交わさなくなり、自分の殻に閉じ篭ってしまうようになる。此処までは抗いようも無い事だったのだが、元々心の優しい真野は考えるようになってしまう。

「僕は誰の事も信じる事が出来なくなってしまった……だから誰とも交わらない……交われない……人が怖くて怖くて仕方無いんだ。だから僕みたいな人間が居ては迷惑になってしまうし、関わった人を不幸にさせてしまう事になるかも知れない……だから……だから……僕はずっと一人で居続けるしかないんだ。もう誰とも言葉を交わさない。だから僕の周りには誰も近付かないでくれ……」

 人の事を恨むどころか自分自身を蔑ろにする事で人との交わりを絶っていたのだった。こんな生活を五年間も続けていたのだ。寧ろよく五年間も自分の身を滅ぼさずに居たのが奇跡のように思えるのだった。

 そんな真野の事を何とかして救いたいと思う母親や愛実は沢山の愛情で包む事で、必ずまた心から笑える日が来ると信じてくれていたのだった。

 確かに血のつながりは無く、本当の息子じゃないとしても、本当の兄妹じゃないとしても関係無いという事を気持ちでぶつけてくれていたのだ。

 ただ真野はずっと不思議に思い続けていた事があった。あの事故の時、誰が声を掛けてくれたのか分からないままだったのである。大人だったのか子供だったのか男だったのか女だったのか全く覚えていなかった。もしかしたら瀕死の状態であった為に幻聴を聞いてしまっただけなのかも知れなかったが、未だに真野を救ったのが何だったのか謎であった。


「お兄ちゃん……」

 ふと隣で寝ている愛実の声がした。

「お前、寝ろって言ったのにまだ――」

「大好きだよ……大好き……私のお兄ちゃんだもん……すぅ……」

(何だ……寝言かぁ。愛実だって俺が本当のお兄ちゃんじゃないって分かっている筈なのに、こんなにも慕ってくれて……)

「有難うな愛実」

 幸せそうな笑顔を浮かべながら寝ている愛実の頭を撫で、そう呟く様に言うと思い耽った顔をするのだった。

(何時までも目の前の壁から逃げてばかりじゃダメだよな……じゃないと折角、母さんと愛実が一生懸命俺の為にしてくれてた事が無駄になってしまう。自分の為に考えてくれたり、想ってくれたんだからちゃんと答えてあげないと……損をさせちゃダメだよな。でも、きっと母さんも愛実もそんな風には思わないんだろうけど、俺はちゃんと想いを返してあげたいと思うから……だから明日、幻逝膏文堂に行って今の自分の置かれている状況と向き合おう)

 人の為に何かするなんて馬鹿げた考えだと思っていた真野が、家族の為に自分の殻を破ろうと思うのだった。

 久し振りに人の温もりを感じながら考え事をしていると、あんなにも冴えていた筈の目が静かに閉じていった。きっと今夜の夢の中では、本の力など使う必要も無く本当の自分を思い描く事が出来ていただろう。

(明日……自分自身に起きた事と向き合う……どうしてあんな『幻実世界』を見てしまったのか? どうしてそんな力を持った本を俺は手にしていたのか? 本屋さんなら俺を救ってくれる筈だ。信じてるぜ……)

 月明かりが朝日の日差しに変わる頃、真野は目を覚ました。ふと目を擦ろうとしたが、左手は愛実と手を繋いでいた事に気付いた。

(一体、何時の間に手を繋いでしまったんだろう。でも、お陰で毎日のように見ていたあの時の夢を見なかった。本当はあの夢を見てしまう事を毎晩辛く感じていたんだ。今でも本当の両親の事を愛しく感じているけど、大切に想ってくれている家族が俺にはこんなに傍に居るんだ。ずっとそんな事を気付かないで過ごしてたなんて俺が一番の馬鹿だよな……)

 繋いでいた手をそっと解くとベットから下りていった。まだ早朝ではあったが、服に着替えると机の上に置かれている白い本を手に取り、部屋から出て行く。愛実に気付かれない様にゆっくりとドアを開け、ゆっくりとドアを閉める。閉まり切るドアの隙間から見えた愛実に笑顔を浮かべながら。

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