第九話 嘘と疑問 -1-
(人の事を何だと思ってるんだよ! 河原も河原だよ。知らないおっさんと手を組んで俺の事を騙そうとするなんて信じられないよ。どんな考えに行き着いたらそんな馬鹿げた行動が取れるんだよ! ったく、何かムシャクシャするなぁ!)
心を荒立てながら幻逝膏文堂から自宅までの道のりを歩いて帰ってきた。玄関のドアを開けようとした真野だったが、差し出した手よりも先にドアが開く。中から出てきたのは、大嫌いな妹だった。
「わぁっ! お兄ちゃん!! びっくりしちゃったじゃない!」
「それはこっちの台詞だよ」
言葉少なくそう言った真野は、妹の横を通り中へと入って行こうとする。するといきなり後ろから首に腕を回されてしまった。
(うっ……息が……出来ない)
身長の低い妹は首に腕を回して背中にぶら下がっている状態になっていた。
「何でお兄ちゃん何処かに出掛けてたの? 休みの日は何も無いからいつも家に居るのがお決まりじゃない。ねぇ、何処行ってたの? 友達居ないのに何処行ってたの?」
執拗以上に質問を投げ掛けながら体をバタバタとさせる
(う、動くんじゃねぇよぉ! 首に腕がめり込んでマジで息が……)
「ねぇねぇお兄~ちゃ~ん。どうして何も答えてくれないの? 妹の私の事嫌いなの? まさか浮気とかしてるんじゃないでしょうね! そうなったらマジぶっ殺すからね!」
次第に身体が後ろへと反れていき、重心を失った真野は背中から地面に倒れ込んだ。妹はというとギリギリのところで腕を首から離すと横に逃げていた。
「あぁ~お兄ちゃん倒れちゃった。大丈夫? こんな所で寝てたら服が汚れちゃうよ」
(誰のせいで今俺がこんな状態になっていると思ってるんだ)
「ゴホッゴホッ! いきなり首にぶら下がるんじゃねぇよ! 殺す気か!」
死の境を彷徨っていた真野は、感情のまま妹を怒鳴りつけた。すると笑顔だった妹の表情が徐々に曇っていき、目には涙を浮かべていた。そしてポロポロと涙を頬に伝わしながら泣いてしまった。
「うわぁ~ん。お兄ちゃんごめんなさい。だって……だって……気が付いたらお兄ちゃん部屋に居なくて、凄く寂しかったんだも~ん! いつもなら居るのに今日に限って居ないなんて何かあったのかなぁって思って心配にもなったんだも~ん! それに私が出掛けようとしているのに何処に行くのかも聞いてくれないし、お兄ちゃんは私の事が嫌いなんだ! 私なんてお兄ちゃんの妹じゃなかったら良かったんだよね! もっと可愛い妹だったら、きっとお兄ちゃんもそんな怒鳴ったりしなかったし、何処に出掛けるのかも気になった筈だもんね! もう私なんて要らないんだ……」
走り去ろうとする妹の手を瞬時に掴んだ。
「何言ってるんだ! 妹が可愛くない訳が無いだろう! 俺の妹は世界中何処を探してもお前だけだし、妹がお前で良かったと思ってるよ! さっきはちょっと考え事をしていて心にも無い事を言ってしまったのは悪かった。お前が家でそんな思いをしながら居たなんて知らなかったよ。今日は、ちょっと勉強で分からない事があったから、調べる為に本屋さんに行って来たんだよ。何も言わずに出掛けちゃってごめんな」
「ううん。わたしこそお兄ちゃんの首に飛び付いちゃったりしてごめんね」
「ま、まぁ~取り敢えず今度から首に飛び付くのだけは止めておきなさい。っで、何処に出掛けようとしてたんだ?」
「えへっ聞きたい?」
「えっ……まぁそうだな……」
「やっぱ興味無いから聞きたくないんだぁ!」
「そんな事は無いよ! 妹が今から何処に出掛けるのか凄く気になるよ! あ~気になってしまうなぁ。気になって気になってこれじゃ勉強が手に付かないよぉ」
「そっかぁ~お兄ちゃん私の事を気にしてくれているんだね! 良いよ教えてあげる。少しお腹が空いたからお菓子を買いに行って来ようと思って」
(そんなの勝手に行って来いよ! 敢えて聞いて貰うような事じゃねぇよ!)
頭の血管が数本切れてしまったが、何とか堪えて笑顔で言った。
「おぉ! そういう事だったのかぁ。じゃあ気を付けて行って来るんだよ。お兄ちゃんは部屋で大人しく勉強してるからな」
「うん。じゃあ行ってきま~す」
妹が出て行くのを見送ると、すぐさま家の中に入り自分の部屋へと戻って行った。ベットの上にうつ伏せに倒れ込むと
(ああぁぁぁぁ! 何かイライラする! 何で今日はこうも俺の感に触れる事ばかり起きてしまうんだろうか。俺が何をしたって言うんだよ! 静かに誰にも邪魔される事無く、過ごして居たいだけじゃねぇかよ。これの何処がいけないって言うんだ!)
収まらない怒りを通り越して少し悲しくなってしまった。
(……所詮現実なんてこんなもんだよな。自分の理想通りにはいかない。分かってはいるんだけど、何でこんな気持ちになってしまうんだろう……これならまだ今日の朝見ていた夢の中の方がまだ良かったかもな……)
そう思った真野はベットから顔を上げると、机の上に置かれた謎の本に目を遣った。とは言え中身は何を書かれているのかさえも分からない不思議な文字が並んでいるだけなのだ。しかし、何故かどうしても気になってしまうのだった。
ベットから体を起こし、手を伸ばして本を取ると再びベットへと仰向けに寝転んで本を開いてみる。
(相変わらず何が書かれているのか全く分からないなぁ……けど、この本が此処にある事と俺が見ていた夢とは関係があるって事だよな。あのおっさんが言っていた言葉を思い返してみるとそういう事になるよな……あぁ、やっぱり最後まで話だけでも聞いてくれば良かったかな? いやいや、あんな人をグルになって騙そうとしていた奴らから聞く話なんてどうせデタラメに決まってる)
未だに本屋と河原が自分自身を騙す為に仕組んだ事だと思い込んでいた。だが、そう考えると更に疑問が頭に浮かんでくるのだった。
(バイトって言ってたけど、河原がバイトをしてるなんて全然知らなかったなぁ。まぁ、誰とも言葉を交わす事をしてなかったんだから、当たり前っちゃあ当たり前の事なんだけど、やっぱり高校生ともなるとバイトをしてる奴って結構居るんだろうか? 俺は今までずっと学校が終わったら家に帰るのが普通だと思っていたから河原を不思議に思ってしまう。学校に行くだけでも知らない人間と嫌でも一緒に過ごさないといけないのに自由なプライベートな時間までも知らない誰かと一緒に居なきゃいけないなんて考えられない。どうして人間ってこうも面倒臭い事ばかりやりたがるのかなぁ……一人で居た方が全然楽なのに…………あっ、そういえば電話で河原に怒鳴ってしまった事、謝らないといけないと思ってたのに突然目の前に現れたからすっかり忘れてしまってて言えなかった。何でよりにもよって幻逝膏文堂でバイトしたんだろう河原の奴……まさかあいつと……いやいや、そんな事ある訳無いよな。でも、他にあの店に誰か居る様な感じもしなかったし。もしかして他に誰か居て河原を……待て待て考え過ぎだって! 別に何かあった様な感じもしなかったから大丈夫だよな…………俺もあそこでバイトしたら河原と毎日居られるのかな……?)
長々と胸の奥で想いを語っていた真野だったが、その軽い『願い』にも似た事を考えた瞬間、目の前で開いていた本から文字が溢れ出してきた。
「うわぁっ! な、何だよこれ? 何が起こったって言うんだよ!」
本から真野の目に向かって文字が入り込んで来る。みるみるうちに目の中は文字で埋め尽くされ真っ暗闇に閉ざされてしまった。




