表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

第八話 謎と場所 -4-

「それじゃ、質問します」

 ずっと緊迫していた中で自由に言葉を発する事が出来なかった真野にとって、やっと自分の意思で喋る。

「俺がこの店の前にある裏路地から抜けて出て来るまで、本屋さんはずっと外で待ってくれていたんですか?」

「う~ん。正直な所、ずっとっていう訳じゃないんですよ。私も色々忙しいので、たまたま外に居た時に真野くんがやって来たって感じですよ」

「そうだったんですか」

「私が寒空の下で、ずっと待っていたのかという事が聞きたかったんですか? 真野くんは優しい方ですね。体調を気遣って下さるなんて」

「いえ、別にそれは気にしていないんです。ただ、本屋さんは俺の事を良く知っているみたいなので、どうしてなのかと思いまして……確かに以前俺が此処に来た時に色々話したというなら分かるんですが、きっと俺は昨日も一昨日も俺のままの筈なんです」

「ですね。真野くんは以前と変わらず真野くんのままですよ。それが何か問題ありますか?」

「何か疑問なんですよ。俺が俺のままなら人と話を交わす事なんてしない筈なんです。ましてや自分のプライベートな事を言ったりは決してしません」

「うんうん。それで?」

「じゃあ何故本屋さんは、俺の名前を知ってたり、携帯番号を知っていたりするんですか? 今まで俺は友達一人も作った事無いので、他人に名前を名乗る事も番号を教える事も絶対にしない筈なんです。なのにどうして何だろうと思いまして。それに俺の事を何処まで知っているんですか?」

「私が知っている事は、真野くんが本を手にしてから何が起こったかという事だけですよ。それ以外の事は何も知らないです。ただ、名前については以前此処に来た時、制服だったものですから胸のところにあった名札を見て知っただけですよ。なので、苗字は分かっていても名前は知らないという訳です。だから電話から今に至って私は『真野くん』としか呼んでいませんからね。あと携帯番号でしたよね。それは同じく以前来た時にちょっと私この店を留守にしていまして、お店の方に電話を掛けて頂いたみたいなんですよ。その通知履歴から真野くんの番号を知りました。それにしても知らない番号から電話が掛かってきて驚かれたでしょうね。あの時は、大変失礼致しました」

「いえいえ。理由が分かれば大丈夫ですので。取り敢えず俺が疑問に感じていた事は納得出来ました。確かに制服を着ていれば名前を公表しながら歩いているようなものですからね」

「正直勝手に知った名前で呼ばせて頂いたり、番号に掛けたりするのは非常識だとは思ったのですが、この場合緊急事態という事でご了承頂きたいです」

「いや、本屋さんにはこうしてコンタクトを取って頂いて感謝していますよ。もし、あの電話がなかったら俺は未だに部屋の中で悩んでいたと思いますから」

「人が困っているのを見過ごせないものですから真野くんの力になる事が出来て嬉しく思っていますよ」

 番号しか表示されなかったあの電話が掛かってきた瞬間からずっと胸の中がモヤモヤしていた疑問が一気に解けた様な感じになる。しかし、真野にはもう一つ大きな疑問があった。

「それじゃ最後にもう一つ質問です」

「はい。良いですよ」

 ゆっくりと奥にあるカウンターの中へと真野は人差し指を向ける。

「本屋さんと一緒に店内に入ってきた時から、ずっと気になっていたんですけど……あそこに居る人は誰なんですか?」

 今の今まで店内には本屋と真野の二人しかしないと思われていたが、実は薄暗いカウンターの奥にある椅子に誰かが此方に背を向けて座っていたのだ。

「あぁ、気付いてしまいましたか。『アノ』の事は別に気に留めなくても良かったんですが、一応紹介をしておきますね」

 本屋がそう言うとカウンターの奥に座っていた人影が立ち上がる。そして真野が居る机の方に向かって近付いてきた。

 陰から光が当たる場所へと出てきた時、真野の表情は次第に驚きへと変わっていく。そして本屋の隣で立ち止まる。

「先程、私は普段色々忙しくしていると言いましたよね? なので、私が居ない時はこの子に店番をして貰っているという訳なんですよ。まぁ所謂アルバイトって事になりますかね」

「真野くんこんにちは。まさかこんな所で会えるなんて思いも寄らなかったよぉ」

 そこに立っていたのは、真野自身が良く知っている人物だった。とは言っても真野は誰とも関わりを持っていないし、持とうともしていないのだ。そんな真野が知ってる人物と言えば一人しか居ないのだ。本屋から電話が掛かってくる前まで話していた人物。


「河原! どうしてお前がこんな所に居るんだよ」


 思わず立ち上がる真野。そのせいで椅子は倒れてしまった。

「どうしたんですか真野くん?」

 相変わらず笑っている様な本屋の表情だったが、何か意味深のようにも見えた。立ったままの真野を見上げるように見ていたが、手を上下に上げ下げして

「まぁまぁ落ち着いて座って下さいよ。椅子を倒してしまうくらい驚かせてしまうなんて、少し遣り過ぎましたでしょうかね?」

「ど、どうして河原が此処に居るんだよ!?」

「いや、だから私はアルバイトをしていただけで、真野くんが来るなんて全然知らなかったんだから」

「だって……ついさっきまで俺と話してたじゃないか」

「うん。此処で話してた」

「……って事は、お前らグルなのか?」

「いえいえ。何を仰ってるんですか? 私と河原さんがグルな訳無いじゃないですか。たまたま河原さんがアルバイトをしていた所が私のお店でたまたま真野くんがこの店に来た時、私と知り合ったというだけじゃないですか。結構こういう偶然って世間じゃ良くある事ではないですか」

「そんな偶然がある訳が無いだろう! よく考えたら可笑しいと思ったんだよ。今まで誰とも関わりを持たなかったのに突然河原と話すようになったと思ったら、本屋さんから電話があって此処まで呼び出された。一体何が目的なんだよ?」

「ちょっと待って下さいよ。真野くんと河原さんが知り合ったのはずっと前の事じゃないんですか? お互いに同じ学校に通ってたんですよ。しかも今は同じクラスなんですよね? いつ会話をしても可笑しくない状況ですよそんなの。あと私から呼び出されたって言ってましたけど、確かに電話はしました。此処に来る様にも言いました。しかし場所は教えていませんよ。真野くん自身が此処まで来たんです。何処にも細工なんてしようがありません。本当に偶然なんです」

「俺はもう帰ります! 不思議な事なんて実際は起こってなくて全て仕組まれていた事だったんですね。あと少しで騙されてしまうところでした。ちょっと考えれば気付きそうな事なのに、ついうっかり頭の中を混乱させてしまったばかりに、話を信じ込まされるところでした。それじゃ失礼します!」

 立ち上がったままの体勢から店の出口に向かって歩いて行った。外に足を踏み出した瞬間、立ち止まると店内へと振り返る。そして河原の顔を見て

「もう二度と話し掛けてくるなよ。今までと同じ様にただ同じ空間に居るだけの関係だからな」

 いつも学校で見せていた様な何事にも関心が無い、無表情の顔で言い放つと体を戻し、店から出て行ってしまった。

 椅子に座ったまま目の前にあるコーヒーカップを手に取ると、一口飲む

「すっかり冷めてしまいましたね。これじゃ折角の私自慢のコーヒーも味が落ちてしまうというものですよ」

「本屋さん。私……」

「ん? 真野くんの事ですか? そんな気にしなくても大丈夫ですよ。あなたの事を嫌ったりなんて出来る筈が無いんですから。寧ろ真野くんにとって河原さんは感謝すべき人なのですから」

「いえ、それは別に……」

 少し照れるような仕草をした河原は、真野が座っていた前に置かれたコーヒーカップを収めようとする。

「ははっ。若いって良いですね。凄く素直な反応がとても初々しく感じてしまいますよ。河原さんの知りたい事は、あれですよね。あの本を読んでしまった事で真野くんが行き着く先の事ですよね。きっと放っておけば、あなたが思っている様な結果になってしまうと思いますが、それが嫌なんですよね? 真野くんを助けてあげたいと思っているのでしょ?」

「……はい。でも、あんなに怒らせてしまって、もう私の話はきっと聞いて貰えないと思いますし、此処にも二度と来てくれないと思うんです」

「う~ん。それはどうでしょうかね。真野くんは今日、私から起こった出来事の原因について話が聞きたいと思い、自分の意思で此処まで来てくれました。しかし、予期せぬ誤解から気分を害して帰って行ってしまいました。一番重要な話を聞かずに。今後、真野くんの身に何も起こらなければ彼自身が今日の話を気にする必要も無く、今まで通りの生活をしていけます。しかし、またしても何か不思議な出来事に直面した時、必ず真野くんはもう一度此処に来ると思います。それまであなたが近くで見守っていてあげて下さい。ただ、その時に手の付けられない程の状況に陥ってない事を願っていますがね」

 何処と無く深刻な状況と受け取れる会話であった。不思議な出来事に遭ってしまった真野自身に危険が及ぼうとしているのが感じられた。

 手に持ったコーヒーカップを河原に手渡した本屋は、椅子から立ち上がると

「それじゃちょっと用事がありますので出掛けてきます。夕方前には戻れると思いますので、それまで店番を宜しくお願いします」

「はい、分かりました。気を付けて行って来て下さい」

 本屋は、カウンターの上に置いていた上着を着ると、店を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ