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プロローグ 夢と時間 -1-

教室の丁度真ん中。前から数えても、後ろから数えても、右から数えても左から数えても対照的な位置にある席。

 そこに座る彼は、ただ正面にある黒板へと書かれた文字を見ていた。どんな事を考えているのかさえ分からない程に、ただ前を向いていた。もしかしたら何も考えていないと言ってしまった方が簡単に説明がついてしまうのかも知れない。

「え~他に案のある者は居ないのか?」

 教壇に立つ担任の教師が正面に向けられている生徒達の顔を見渡しながら言う。その声は長年の教師生活で数知れず発してきた言葉で枯れてしまった様にも感じられた。つまり、しゃがれてしまっていたのだ。

 静まり返った教室。

「先生!」

「んっ? 何だ?」

 一人の女子生徒が手を挙げるとギィ~っと音を立て、椅子をひいて立ち上がり面倒臭そうな感じに口を開く。

「コレって絶対参加しないといけないんですか?」 

「う~ん、まぁ最後くらいみんなで何か思い出を作る為にも全員に参加して貰いたいがな」

「だって年末って言ったら、色々忙しいに決まってるじゃないですか。家の用事とかもある人だって居ると思いますよ」

「……確かにそれもあると思うんだが、何とかみんな時間を空けて貰いたいんだがな」

 困った表情を浮かべながらも担任の教師は何とかみんなの同意を求めていた。

 ところで何故にこんな状況になってしまったかと言うと、来年に卒業を控えたこのクラスの生徒達なのだが、それぞれのクラスで最後に何かしらの思い出作りをする事になったのだ。そして勿論このクラスも例外では無い。みんなで何かをするという事がこれ程までに大問題になってしまうのには訳がある。いや、訳と言って良いものかどうかも怪しいが、つまりこのクラスの生徒には『仲間意識』と言うものが皆無に等しかったのだ。程々の関係で当たり障りの無い感じで生徒が生徒に対して接しているのだった。

 十一月十三日金曜日――今日の日付である。約八ヶ月もの間、同じ教室で過ごしてきたであろう人間関係とは程遠く感じてしまうくらい冷め切っていた。とは言え、よく学園モノにありがちなクラスみんなで集めたお金が誰かに持ち逃げされてしまい、全員が疑われた後に犯人探しを行った過程で犯人探しの筈が何時しか犯人の擦り付け合いになってしまい、クラス全員が自分以外の何者も信用する事が出来なくなってしまい人間不信へと陥ってしまった訳では無いのだ。単純に言ってしまうなら『他人に興味が無い』この一言で全て片付いてしまう。

 きっと自分さえ上手く出来ていればクラスメイトがどうなっても関係無いという考えを持っているのだろう。何故なら赤の他人と何等変わりないと思ってるのだから。そんな事を胸に秘めた人間に『みんなで思い出を作ろう』なんてものは苦痛の何者でもない。まして、大切なプライベートの時間を割いてまで何故そんな意味の無い事をしなければならないのかと誰もが感じている筈である。

 もしも多数決を取ったなら満場一致でこの『思い出作り』という計画は木っ端微塵に吹き飛ばされてしまい跡形も無くなってしまうだろう。全員の意見が一致している――つまりこの計画に反発しているこの状況こそがクラスが出来て以来、初めて一つになっているのではないのだろうかと言える。ある意味根っこの部分で繋がった『仲間』の様にも思えなくは無いだろうか。まぁ何処の世界でも同じ境遇になってしまえば手を組んでしまうのが一種の流れみたいなものなのだ。有名なストーリーで例えるとするなら、突然襲ってきた異性人を目の前に緑色の肌をした奴と手を組んでみたり、シャボン玉が舞う島から逃げ出す為に他のチームと手を組んでみたりと、絶体絶命になった時にはどんな嫌な奴とでも手を組んでしまうものなのだ。

 教室内が若干話し声で騒がしくなる。どの声をとってみても参加したくない気持ちが溢れ出ている様に感じる。こんな状況でも未だに口を閉ざしている生徒の姿もあった。。

 何を考えているのか分からなく思考を読み取る事すらも出来ない様子のまま、ただじっと黒板の文字を見詰ている男子生徒。両手を膝の上に置いて、俯く感じに視線をその手の甲へと向けている女子生徒。この二人は口を開かずに黙っていた。

 時間だけがゆっくりと流れていく。誰も案を出すどころかやろうとする意思も感じられないまま無意味な言葉だけが飛び交っていた。

 明日から土日休みを控えた金曜日の放課後なのに下校する事も出来ず、何時しか誰もが苛立ちを感じ始めていた。

(早く帰って夕方からのテレビが見たいのに!)

(ゲームが丁度いい所なんだから早く帰らせろよ!)

(今日はオールで友達とカラオケに行こうと思っているのに、これじゃオールなんて出来ないじゃん!)

(早く帰らせろ!)

(早く帰りたい!)

(早く帰りたいのに!)

(早く! 早く! 早く!)

(もう誰か何か案を出して終わらせようぜ。こんな話し合い!)

 心の声で渦巻く教室内は異様な雰囲気に包まれていた。誰かがこのどうしようも無い時間を早く終わらせてくれるのを待っていた。自分自身が何かをする訳じゃ無く、ただ誰か他の人間がやってくれるのを待っている。それは教壇に立っている担任の教師も同じ事が言えただろう。他のクラスがやっているのにあのクラスだけやってないだなんて生徒達を纏める力も無いと見なされてしまうだろう。今後の教師生活にも支障が出てしまい兼ねない。そんな考えで頭の中を一杯にしていた。建前上は生徒達の思い出の為とは言ってはいるが、結局最終的には自分の評価の為という訳なのだ。この教室の中にまともな考えを持っている者は居なかった。

 誰かが誰かのせいにして逃げ回っているだけの教室という小さな空間で、誰も口を開こうとしなくなった。無言のまま何かを待っているという苦痛としか感じられない状況だった。

 時計の秒針が刻んでいく音だけが響いていた。まるでそれは苛立ちのメーターを示している様にも感じられた。

 チッ……チッ……チッ……チッ…………

 今まさにこの場から痺れを切らして誰かしら出て行ってしまっても可笑しくないだろう。だ

が、そんな状況は突如として破られた――

「あ、あの……」

 そう言いながら恐る恐る手を挙げたのは、先程からずっと俯いて視線を真下へと落としてた

女子生徒だった。

「おっ……河原。何か案を思い付いたか?」

「えっと…………みんなでクリスマスパーティーなんてどうかなぁ……なんて思ってるんですけど……」

「えぇ~~~~~!?」

「何で折角のクリスマスをクラスメイトと過ごさないといけないんだよ!」

「私、彼氏との約束あるんだからね!」

「冬休みに態々学校に来ないといけないのかよ!」

 勇気を振り絞った河原の言葉に溜まりに溜まった苛立ちをぶつけるかの如く噛み付いて

いく生徒達。女子生徒はそんな言葉の嵐に顔を真っ赤にしながら

「えっ……あ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい」

 必死に謝るが一度解き放たれた言葉は止むどころが酷くなる一方だった。

涙を目一杯に浮かべていた河原は再び顔を俯かせたのだった。しかし、涙で一杯になった顔を下に向ければ自然と零れて落ちてしまう。肩を震わせてはいるものの必死に泣くのを

堪えていた。

 しかし、目からボロボロと零れた涙は足の上に置いてある手の甲へと落ちていく。目を力強く閉じてみるが、状況は変わる事は無かった。

 心の中で女子生徒は思った。

(私何か変な事言ったのかな……だってみんなで出来たら良いなって思ったから……素敵な思い出になるって思ったから言ったのに……精一杯の勇気出したのに……)

 心が痛んだ。

どうしてこんなに責められないといけないのか河原は理解する事が出来なかった。純粋にみんなと最後くらい仲良く過ごしたいと思った切なる願いだったのだ。そんな細やかな願いがこんな状況を招く事になってしまうとは予想も出来なかった。

(もうダメだよ……この状況に堪え切れないよ……)

そう心で思い、全身の力が抜ける様に肩を落とした瞬間であった。教室の真ん中から手が挙がったのだった。それは前から数えても、後ろから数えても、右から数えても、左から数えても対照的な位置にある席である。つまりずっと黒板を見詰めていた男子生徒が手を挙げた。

「先生。俺は河原の意見に賛成です!」

 一瞬にしてその場の空気が凍り付いてしまう。教室に居る全員が言葉を失ってしまった。先程まであんなに空き放題な事を言っていた生徒も教壇に立つ担任の教師すらも唖然としていた。だが、一番驚いたのは他でも無い。みんなから集中砲火を浴びせられていた河原本人だったのである。

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