#16
3/08
展開が冗長になりすぎましたので、シーンをカットして話をすすめることにしました。
修正は#16に及びましたので、申し訳ないのですが全面差し替えとなりました。
次回投稿時、前#16をお読みいただいた方にとってはまったく話がつながらない状態になってしまいますので、ご注意ください。
#16
翌朝、午前九時過ぎ。トキヤは最寄りのホームで汽車を待っていた。
通勤通学が必要な市民は、朝が早い。すでにホームの人通りはひと段落しており、多少ぼうっとしていても財布をすられるような心配はなさそうだ。
トキヤの目はウサギのように真っ赤に充血していた。実のところ、昨日のうちに
やれたこと」はとても少なかった。十分に体を休める時間はあったはずだが、フウカが深刻な事態に巻き込まれたという事実は、トキヤ本人が思っていたよりも彼の精神に多大なショックを与えたようで、不安感からかろくに睡眠をとることができなかったのだ。
あくびを噛み殺しつつ、ポケットから手帳を取り出す。最後に開いたページには、ソフィアと話し合いつつ整理した今回の事件の概要が記されている。
少し眺めているだけで、自然とため息がこぼれた。自分でもうんざりするほどにまとまりに欠ける記録だ。あれこれと思案し続けながら書いていたせいで、注釈が多すぎてぐちゃぐちゃになっている。
(これだけのことをやっておいて、結局出た結論は『今のところ決定的な情報はないし、不必要とみなせる情報もない』、ということだけだった)
正念場に挑む前に事件の概要を整理し、犯人の意図などを推察。必要な情報と不必要な情報をより分け、効率的に行動しよう―― そういう目的で始めたはずの会議は混迷し、紛糾した。
不可解な方法で人を殺し、密室を作り上げ、さらにそのあとで死体を消し去る。
フウカの件とは別に、犯人のとった行動は大きく分けて三つだ。
それらの行動が「なぜ」行われたのか―― つまり「理由」について考え、犯人の大まかな動きを推察する。それが一番最初に行われた試みだったが、収穫がないままに終わってしまった。
一つ目について、動機の一切は不明。二つ目についても、なぜ衆聞会の会室が選ばれたのかがわからない。そして三つ目に至っては、二つ目の行動で"わざわざ目につくような場所"に死体を遺棄したにも関わらず、あとで死体を消してしまう意味が分からない、という壁にぶち当たった。
これについては、ソフィアの知らない魔術的な、もしくは人外の生物がもたらす"なんらか"の作用によって死体が消えてしまった可能性や、犯人が予期しなかったなんらかの"不都合"が生じたために死体を始末した可能性などが挙げられたが、結局はどれも「可能性」の域を出ず、「推測不能」という結果に終わった。
いくらでも推測の余地があるということは、それだけ不明瞭な領域が大きいということでもある。情報が足りない分、推測で補うしかない状態なのだ。
(レイカさんはずいぶんいろいろと聞きまわっていたようだが、これでも決定的なものに欠けるとなると……)
手帳のページを遡り、主にレイカが動き回って得てきた情報のまとめを参照する。内容は記憶力の言いフウカが補完しているので、内容に誤りはないはずだ。
(彼女が無関係と判断して敢えて注目しなかったことや、そもそも目を向けなかった部分に手掛かりが隠されているということもあり得そうだな)
予測、可能性。昨日からそのような言葉ばかりを口にし、また考え込んでいる。
いい加減うんざりしてきたが、なにひとつ結論が出ないことを考え続けているわけにもいかない。
手帳を広げて考えている間に到着した汽車に乗り込む。木をそのまま削り出して作ったような粗末な木製座椅子に座る気にはなれず―― 一度腰かけてしまったら、寝入ってしまいそうだ―― トキヤは手近な手すりに体重を預けながら、いまいち冴えない気分と思考を前に向けようと腐心した。
たしかに昨日は時間をかけた挙句散々な結果になってしまったが、なにもかも無駄に終わったわけではない。少なくとも現状の手札ではロクに考え事もままならないということはわかったし、人外を相手にするためにできうるだけの準備はしてきた。
――これでどうにもならなければ、自分にはもはや何もできない。
性格的に追い詰められて力を発揮する質ではないトキヤだが、今回ばかりはそう思って奮起しなければならない。なにせ、人ひとりの人生がかかっているかもしれないのだ。
(まぁ、それで緊張しすぎて十分な休息が取れてないっていうのは、どうにもいただけないな)
眠気も相まっていつもよりも悲観的になっているのか、せっかく上向きに仕立てようとしていた気持ちが落ち込んでいく。
せめて眠気を取り払うために冷たい水で顔を洗ってから行動開始といきたいところだったのだが、あいにくとトキヤの住む家の水道管は上記導管の隣を通っているため、供給される水は中途半端に熱が伝っていつでも生温い。
ホームへ向かう途中で水売りから冷たい水を買いはしたが、結局買った水で顔を洗う気にならず持て余し気味である。
――そんなわけでいまいちしゃっきりとしない気分のまま、トキヤはカレッジへと向かうことになった。本来ならこんなに早い時間から行動を開始する必要はなかったはずだが、正規の手続きとは違う形でカレッジに入り込むことを考えている以上、どうしてもこの時間から動く必要があった。
ポケットの中には、いつでも持ち歩いている手帳に挟むかたちで、昨日トキヤのもとに届いた電報が収まっている。それによれば、今回トキヤが頼った人物は、十時二十分に自分のもとを訪れることを求めている。
トキヤの潜入には「彼」の助けがどうしても必要であったため、予定に合わせて行動せざるを得ないのだった。
時折意識を失わせながら、汽車に揺られること数十分。七番地区に降り立ったトキヤは、ホームから臨むことのできる正面門前にたどり着いた。
登校ラッシュのピークをすでに終えているだけあって、出入りする学生の数は多くはない。これがもう少し経って昼頃にもなれば、ほぼ皆無と言っていいほどになる。
無論、トキヤはすでに学生ではないので、関係者専用の正面門から出入りすることはできない。門を臨んで左手側に少し歩いた個所にある、来賓者専用の出入り口を経由する必要があった。
来賓用の出入り口には警備員が一人だけ常駐しており、巨大な機械仕掛けの鉄製シャッターを備えている正面門とは違い、施錠された扉があるばかりだ。
トキヤはカレッジ卒業後、母校を訪れたことがない。こちらの出入り口に回るのは初めてのことだった。
「失礼、よろしいですか?」
警備員に声をかける。ここでためらいを見せると面倒ごとにつながりかねないので、トキヤは努めて自信に満ちた笑顔を浮かべるようにした。
「何かご用でしょうか?」
応じた警備員は、三十過ぎの屈強な男だ。極東では最もポピュラーな東海式の言葉遣いだったが、発音に少しの違和があった。おそらくはシュト出身の人間ではないのだろう。
警備員の男はいかにも西洋人風の見た目をしたトキヤになめらかな極東語で話しかけられたことに面を食らったのか、わずかに目を剥いた。
「ええ、本日はクラウス教授に会いに参りました」
「クラウス教授」
警備員が、今回トキヤが頼った人物―― クラウスの名を繰り返した。カレッジには諸外国人の教師も多い。極東人は未だに異人の名前を覚えるのが苦手なようなので、名前だけを聞いてもピンと来なかったのだろう。
「人類学のクラウス・ベルゴリッチ教授です。本日十時二十分から、会うことになっているのですが」
改めて姓名、学科までまで口にすると、警備員はようやく誰のことを言っているのか理解したようだった。
「アポイントメントはおありということですね、わかりました。ただいま確認を」
そう言って、警備員は壁に空いたこぶし大の穴―― 用心深いことに、小さな格子がはまっている―― に顔をよせ、向こう側にいるらしい相棒の警備員に何かを話している。自分がその場を離れられないので、確認対応を頼んでいるのだろう。
待つこと数分、やりとりを終えたらしい警備員が戻ってきた。その手には木製のタグが握られている。
「確認が取れました。トキヤ・カンザキ様ですね?」




