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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
三章 欲望の夜鬼と悪夢
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#15

#15



「お見舞いに来たわけじゃないんだから、ちゃっちゃと用事を済ます! 眠れないみたいだから、せめて休ませてやりたいのよ」

「そ、そうですね」


 レイカの言葉にようやく我に返ったトキヤは、閉めてきたはずの扉をせわしなく振り返った。


「大丈夫よ。使用人たちには一階にいるように命令しておいたから。大声さえ出さなきゃ、会話を聞かれる心配はないわ。念のためにシノを見張りに置いてあるし」


 相変わらずの手回しの良さであった。

 家についた頃から姿が見えないと思っていたら、どうやらシノは使用人たちの監視に回っていたらしい。使用人たちはレイカの命令には従うだろうが、内心フウカの部屋で何が起こっているか気になっているはずである。好奇心や猜疑心で妙な行動を取られてはたまらないので。必要な処置だった。


 トキヤはレイカにうなずき返すと、それまで大事に抱えていた鳥籠を、手近にあった何も置かれていない小さなテーブルの上に配置した。籠を覆っている布を取り払うと、脚をプラプラとさせながら退屈そうな面持ちで虚空を見つめるソフィアの姿が現れた。


『ふむ、ようやく天井が少し高くなったな。息苦しくてかなわなかったぞ』

「……あんた、呼吸してるの?」

『していないが。ものの例えだ。狭いところに閉じ込められれば、誰だって息が詰まるであろ?』


 知識の管理のために与えられたものだというが、妙に生々しい人格を持つソフィア。

 レイカはそれ以上切り込もうとせず、黙ってトキヤの言動を見守ることにした。


「ご気分は、どうですか?」


 言われたとおりにじゅうぶんな距離を空け、トキヤが訊ねた。

 フウカは俯いていた視線をちらりと一瞬だけトキヤに向けると、逡巡してから首を振った。


「ん、あんまり……」

「先ほど、レイカさんから少し話をうかがいました。体調が良くない時にあまり無理はさせたくありませんが、あなたの身に"何が起こったのか"を詳しく教えていただけますか? あなたの口から聞きたいんです」


 レイカを信用していないわけではない。ただ、どんなに仲の良い双子の姉妹でも、所詮は他人なのである。本人ではない第三者から語られた情報は、どうしても精度が落ちる。一度耳にしたことでも、事実確認は必要なことだ。

 トキヤの妙に熱がこもった言葉をいったいどう解釈したのか、フウカは再び熟れたりんごのように顔を真赤にすると、たどたどしい口調で語り始めた。



 ――曰く、前日トキヤの事務所を訪れた際までは、不快な耳鳴りを時折感じる程度だった。しかし、帰宅して一晩明けてみると、一転して無視できないものになっていた。耳鳴りはあいかわらず断続的なものだったが、脳を揺さぶり、一瞬だけでも思考を塗りつぶすようにさえなっていたのである。

 今朝方昏倒したことも、「気付けば床に倒れていた」というような有様で、その後は何事もなく自分で起き上がることが出来た。もっとも、それからも耳鳴りは止むことはなく、レイカがトキヤを呼びに行っているあいだにも、二度ほど意識が途切れたのだという。


「では、変わらず身体そのものに異常はないんですね?」

「ない、です。よく眠れなくて、体調は、昨日よりも良く、ないけど……」

「眠れないのはやはり、その耳鳴りが原因ですか?」

「そう、だけど。それだけじゃない、です」

「それだけじゃない?」


 トキヤが問い返すと、フウカはこくこくと船を漕ぐように頷いた。


「怖い夢を、見るの。一昨日の夜から、ずっと」


 一昨日の夜とは、レイカとともにカレッジ内を調べ回った日の夜のことだろう。

 その日から続く悪夢―― 少し前までのトキヤならば、無関係だと考えたかもしれない。だが今は違う。どうにもタイミングが怪しい。

 ソフィアのほうをうかがうと、やはり彼女の表情も引き締まっていた。無言で続きを促されたので、今はまだ結論を出すには早すぎるということなのだろう。


「少々酷な質問ですが、夢のことは思い出せますか?」

「ううん、大丈夫…… でも、よくわからない、夢。何も見えない真っ暗なところに居て、どこからか誰かが呼んでる気がする。わたしのこと……」


 夢の内容自体は、話を聞く限りそれほど怖いものだとは思えない。

 フウカによれば、はっきりとした恐ろしさを感じるというよりは、得体の知れない者に引きずり込まれているかのような不安から来る恐怖、といったものであるらしい。

 その夢の中の「呼びかけ」がはっきりと認識できるようになってしまったら、どうなってしまうのだろう。フウカは自分がよくわからなくなっているようだ。


『……トキヤよ』


 掛ける言葉を失っていたトキヤの脳裏に、ソフィアの声が響く。それは魔術による直接的な交信だった。


 普段アカギリ姉妹と共にいる時は、ソフィアはなぜか魔術が通用しづらいレイカのために、わざわざ空気を振動させて音を作り出す方法を取る。今回のソフィアの呼びかけには、レイカどころかフウカも気づいている様子がない。どうやらソフィアは、トキヤにだけ通じるチャンネルを開いたようだ。


『声は出さずとも良い。今はわらわの話を聞け』


 残念ながら、トキヤにはこのテレパスのような魔術は使えない。自分の意思を伝えるには声を出さなくてはならないのだが、ソフィアはそれを望んでいない。姉妹には訊かれたくない類の話なのだろう。


『今、話を聞きながら娘の体内の魔力を探った。……昨日まではかすかな違和のみを感じる程度であったが、間違いない。娘の呪力が明らかに目減りしている』


 ――どういうことだ?


 思わず眉をひそめる。前に少し聞かされたことによれば、フウカの体内にはトキヤほどではないものの、相当量の呪力が秘められているという。

 呪力は人間の体にとって無くてはならない霊的な要素であるが、他の物質とは違い、普通に生きている分には消費されることない。例外はただひとつ、魔術に関わることだ。


『理由はいまのところ、わらわにもわからぬ。だが、わかっておろう? このまま呪力が消費され続ければ、取り返しのつかないことになりかねん』


 呪力の消費は精神の摩耗と言ってしまっても差し支えがない。つまり、フウカは現在精神崩壊の危機にさらされているということだ。

 ぞっとしない話である。ソフィアがわざわざチャンネルを絞ってきた理由がよくわかった。未だ事態の推移がつかめていないというのに、こんな話をレイカとフウカに伝えるわけにはいかない。


『体内呪力が減る理由など、限られておる。魔術を行使するか、影響を受けるかのどちらかだ。十中八九後者であろうから、娘は何者かの干渉を受けたことになる。話から察するに、おそらくは一昨日―― カレッジとやらで話を聞き回ったときのことであろうな』


 耳鳴り等の症状が出たのは一昨日の夜であるとフウカの証言がある以上、その線が濃厚だろう。トキヤの懸念どおり、すでに姉妹は何者かの悪意の標的にされていたのだ。

 人知れず奥歯を噛みしめる。すべて自分の迂闊さが招いた事態だ、とトキヤは思う。


『内省するのは後だ。こうなったら、すぐにでも原因究明に取りかからねばならない。幸い、呪力は魔術に関わりさえしなければ、次第に体内に満ちていく。原因さえ取り除けば、娘は助かるだろう』


 ソフィアはトキヤの内心を悟り、励ますようにそう語りかけてくるが、裏を返せば何も突き止められなければフウカの精神は崩壊してしまうということだ。


『焦らせるようで悪いが―― 失われる呪力の量は、日ごと増していると見て間違いない。しかも振れ幅は相当大きいぞ。昨日は気のせいと思うような量だったのが、今では精神的に疲弊するほどの量が失われている。三日も時間をかければどうなるかわかったものではないぞ』


 幸か不幸か、フウカの体内の呪力の総量は大きい。行動するだけの時間は残されている。


(……落ち着け。今この状況で満足に行動できるのは、ボクだけだ。ボクが取り乱していては、ほんとうに取り返しのつかないことになってしまう)


 とにかく、今必要なことは行動方針の再確認だ。すでにこれからの行動について漠然とした示準はすでに設けているが、非効率的な行動はとるべきではない。

 時間も機会も限られている。勝負はおそらく明日になるであろう、すべてはカレッジへの潜入捜査にかかっている。推理のために必要な手札をすべて、そこで集めなくてはならない。

 この時点でひとつの決断を下し、トキヤは胸を打つ鼓動が落ち着くのを待ってから、口を開いた。


「フウカさんの身に何が起こったのか、今はまだわかりません。ですが、今回の事件と無関係ではないでしょう。……レイカさん、申し訳ありませんが、今後は目立った行動を控えて、フウカさんのそばに居てあげてください」

「トキヤ……」


 レイカは人の機微に聡い。

 彼女曰く、トキヤは表情が読みやすいらしい。もしかしたら、自分たちに隠し事があることを見抜かれているかもしれない。それでも追求せず口を噤んでいるのは、気遣い故かそれとも恐ろしさ故か。

 なんと言うべきか、よくわからない。

 このようなとき、スメラならば―― 自身に全幅の信頼をおいている人間なら、すべて自分に任せろと言い切ってしまうのだろう。

 トキヤにはその器量がない。よしんば原因を突き止めたところで、なんとかすることができるかどうか、それすらもわからないのだ。


(けれども――)


 それでは、敢えて彼女たちの身に起こったことを伏せている意味がない。もはや他人事ではないことは、姉妹ともに察知しているはずである。ここでトキヤがなにも言わなければ、結局言い知れぬ不安が彼女たちを襲うことになるだろう。


(ボクは半端者だ。……どこまでやれるかはわからない。でも、やれるところまではやるべきだ。可能性が残されているなら、それを放棄すべきじゃない)


 今回ばかりは、掴まなくてはならない。たしかな輪郭を備えた真実を。

 すべてはそれからだ。たとえその先に成すべきことがなかったとしても、"そこまでたどり着く"義務はトキヤにある。――ならば、ここで言うべきことなどひとつしかない。


「待っていてください。今度こそ必ず、真実を掴み取ってみせますので」


 それが今のトキヤに張ることのできた、精一杯の見栄だった。


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