#14
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「昨日寝るまでは、体の方には全然異常がなかったの。ほんとうよ」
アカギリ姉妹が仮の住まいとしている建物に向かう道すがら、トキヤはレイカに今朝の状況を聞き出すことにした。レイカはフウカのもとに駆け戻りたくて仕方ないらしくソワソワとしているが、体のほうが追いついていかないようだった。どうにか会話に不自由しない程度まで回復はしていたが、疲労が抜けきっておらず、気だるそうにしている。
当初は軽くヒステリーを起こしかけていたレイカだったが、トキヤに諭され―― ついでに言葉少ないシノから、容赦のない忠言を受けた―― 現在はある程度冷静さを取り戻している。これが普通の女性なら、未だに金属を擦り合わせたような声で喚き散らしていてもおかしくはない。トキヤは密かにレイカの精神性に対して敬意を深めたが、だからといって万事放っておいて良いというわけではないのだ。
話ができる精神状態まで落ち着いたとはいえ、レイカは相当参っている。トキヤは会話を進めつつ、時折慣れないながらも慰めの言葉をかけねばならなかった。無論、言葉は選ばなければならない。今回の場合、レイカは「許し」を求めているわけではないので、「あなたの責任ではない」等の言葉はNGだった。
トキヤは並の現地人と比べてもかなり語彙が豊富な部類であったが、元来遊び人気質であるスメラに言わせれば、女性の扱いに関しては「ヒヨッ子以下」であるらしい。
とびきりの美貌を持つアカギリ姉妹と行動していることによってかすみがちだが、トキヤも顔はいいほうだ。すっきりとした目鼻立ちで困ったように微笑む表情は、女性の脳みそを蕩かせるにはじゅうぶんな甘ったるさを秘めているのだが、いかんせん彼は他人に調子を合わせることが出来ない男である。……本人は気を遣っているつもりなのだが、ピントがズレているのだ。故に今まで女性とは縁遠い生活を送ってきた。
実際こうしている間にも、本人は気をつけているつもりであるにも関わらず、何度か地雷を踏みかけた。相手がレイカでなければ、今頃は八つ当たりの憂き目を見て耳を覆わなければならなくなっていたことだろう。
「それが今朝、急に倒れてね。すぐに目を覚ましたんだけど、それからがちょっと大変で――」
フウカは性格的なイメージとは裏腹に、非常に頑丈な体を持っている。そんな妹が目の前で、なんの前触れもなく倒れた。それがレイカの動揺に繋がったのである。
焦ったレイカが医者を呼ぶも、身体的な異常は何も見つからなかった。目覚めたフウカ本人も、体に具合の悪いところはないのだと語った。しかし――。
「本人が言うには、耳元で変な音がして、急に意識が遠のいたんだって。医者は疲労からくるものじゃないかって言ってたけど、なんだかそうは思えなくて……」
「なるほど」
適当に相槌を打って頷くトキヤだったが、彼にもフウカの症状にどのような起因があるのか見当もつかなかった。医学的知識もそれほどなく、"その手"の知識も半端。話を聞いても何が起こっているのかさっぱり理解できない。
思わず手に持った鳥籠を見つめていた。ソフィアならばこの時点で何か掴んでいるのかもしれないが、ここでそれを尋ねる訳にはいかない。
――余談だが、ソフィアの入った鳥籠を運ぶにあたって、鉄道員と少し悶着があった。
環状鉄道を走る汽車の社内には、動物の持ち込みが禁止されている。鳥籠を見咎められて中身を見せろと言われた時は思わずギクリとしたものだったが、これもあらかじめ備えていてた事態のひとつでああった。
トキヤは少し躊躇いつつも、籠の中身を鉄道員に見せ、こういったコンセプトのオブジェなのだと説明した。その間、ソフィアは微動だにせず、美しい人形のふりを貫いた。
鉄道員は中身を一瞬だけ確認すると、それで納得を示した。そもそも、鳥籠の中に生きた鳥が入っているなどとは考えていなかったのだろう。鳥は敏感で繊細な生物だ。このような汚れた空気が蔓延する土地では三日も生きられやしないのである。
閑話休題。
簡単な事情聴取を終えたトキヤは、レイカを気遣いつつ彼女らの仮住まいに急いだ。
現在彼女たちが住まっているのは、カレッジにほど近い場所に立つこぢんまりとした一軒家である。貴種の令嬢が暮らすには窮屈なイメージのある家だが、すっかり今の暮らしに慣れきってしまったトキヤにとっては、その「こぢんまり」とした家でも立派なものに見えるから不思議である。
家に到着すると、レイカが実家のアカギリ家から連れてきた使用人のうちの一人が出迎えてくれる。トキヤの知る限り、現在レイカたちの世話をしている使用人は四人で、いずれも年かさの女性ばかりである。
彼女らはいずれも不安そうな表情をしていて、トキヤの訪いに対しても困惑していた。顔見知りではあるものの、彼女らはトキヤがどういった人物なのかほとんど知らないのである。学生の身とはいえ、結婚適齢期の女性が暮らす家に出入りする男―― 内心あまり良く思われては居ないだろうなと考えつつも、巧い言い訳も考えつかない。あとの対応はレイカに任せておくことにして、トキヤは案内されるがままにフウカの寝室へと向かうことにした。
姉妹の寝室は二階にあるらしい。狭い階段を上るあいだ、レイカが思い出したかのように口を開いた。
「あ、先に行っておくけど、部屋のものには勝手に触っちゃダメよ?」
「子供じゃないんですから、そんな失礼なことはしませんよ」
「ん、まぁ、わかっちゃいるんだけれどね。あなたって必要だと思ったら随分と大胆なこと、平気でやっちゃうみたいだから」
「……大丈夫ですよ、今回はそんなことにはなりません」
前回無人の廃墟と化していた物件とはいえ、不法侵入をやらかしている手前、あまり強い物言いはできないトキヤであった。
「入るわよ、起きてる?」
ノックしつつレイカが問いかけると、部屋の中から小さな声で返答があった。
トキヤにはうまく聞き取れなかったが、レイカにとってはそれで充分だったらしい。もう一度断ってから、部屋の扉を開く。トキヤも自然とあとを追いかけたが、よく考えればレイカは「トキヤを連れてきた」とは口にしていなかったことに気付き、足を止める。
そのまま扉の前で待機していると、しばらくしてレイカが部屋の中から顔を出す。どうやら今回の選択は間違ってはいなかったようだ。
「さ、入って。悪いけど必要が無いなら、出来る限り離れて話してやってくれないかしら。恥ずかしいらしくて……」
「……わかりました」
相手が恥じらっていると聞かされて初めて、トキヤは緊張感を覚え始めた。
女性の部屋にはいるのは、初めてではない。探偵見習いとして修行していた頃、トキヤは一時期ナナオとその母親―― つまりはスメラの元妻であり、トキヤの叔母に当たる人物である―― と暮らしていた時期があり、用を言いつけられては頻繁に彼女たちの部屋に出入りしていた。
とはいえ、親族の私室と最近知り合った令嬢の私室とでは、訳が違う。そのことに気が付いて今更頭がのぼせてきてしまったのだが、ここでたたらを踏んでいたのでは、いかにもみっともない。
軽い挨拶の言葉とともに、平常を装って入室する。
フウカの私室は、考えていたよりもずっと簡素なものだった。
家中のごたごたの末に衝動的に飛び出したレイカのあとを追うかたちでの引っ越しだったためか、部屋の装飾までには手がまわらないのだろうか。貴種の令嬢らしく私物は多いようだが、一部は未だに木箱やトランクに収まったままの状態である。
「こら、あんまりじろじろ見るものじゃないわよ」
「すみません、つい癖で」
窓際に置かれたイーゼル。なせか裏返しの状態で置かれているカンバスを眺めていると、とうとうレイカに小突かれてしまった。慌てて部屋の主の姿を探すと、部屋のサイズにはやや釣り合わない天蓋付きのベッドの上で、上半身を起こした状態のフウカと目が合った。
寝間着のうえに適当なものを羽織っただけ。普段はサイドアップに結い上げている髪もおろされており、寝癖のためかうねっている。顔色は悪く、目の下に出来た"くま"が、よく眠れていないことを示していた。
そんな状態のところを他人に見せたくはなかったに違いない。トキヤと視線がかちあうと、フウカの顔と耳はみるみるうちに朱に染まっていった。
そのまま見つめ合っていられたのは、五秒間ほどだけだった。フウカのほうが耐えきれず、俯いてしまったのである。彼女の心境を考えれば、無理からぬ事であろう。トキヤもまた、バツの悪さからか、フイと視線を傾けて直視しないように努めた。
「――はいはい、お互い恥ずかしがってる場合じゃないでしょ?」
その場に生まれた言いようのない空気。それをまるごと取り払うように、レイカが大きく手を打った。
お待たせいたしました。
次回更新も未定ですが、そこまで遅くはならないと思います。




