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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
三章 欲望の夜鬼と悪夢
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#13


#13



『して、これからどうするつもりだ?』


 トキヤがカレッジで起こった事件の調査に乗り出すと決めて、早半日以上が過ぎた。

 いつも通りに起床したトキヤはいつもどおりに遅めの朝食を摂り、数種類の新聞に目を通す。以前はなんとなく世情を探るために行っていたものだったが、最近ではすっかり日課になっている。

 おおかたの予想に反して直接トキヤたちに危害を及ぼすような事件は起こっていないが、警戒をしておくことに越したことはない。わずかな変化でも見逃さぬよう、常に世の動きを知っておくように努めているのである。


「もちろん、カレッジで情報を集めてみるつもりです。さしあたっては、レイカさんたちも話を聞いたという衆聞会の方々、とくにエイキチ・ゴシマという人物ですかね。あとはあまり気が進みませんが、未だカレッジに駐留している捜査官にも探りを――」

『やることがはっきりと決まっている割には、ずいぶんとのんびりしているようだが?』

「そう見えますか?」


 実際、昨日のうちは忙しかった。

 今回の一件に関わっている可能性があるという夜鬼対策をソフィアから聞き出し、必要なものを準備するために、閉店間際の店を訪ねて歩くはめにもなった。だが、一夜明けてみればいつもどおりのこの様子である。学生たちはとっくに登校を済ませ、今頃は講義を受けている真っ最中だろう。


 一方のトキヤと言えば、のんびりと薄いコーヒーを啜りながら、日課の新聞購読である。特別切羽詰まった状況ではないと言えばそうなのだが、トキヤから何も事情を聞かされていないソフィアにしてみれば、ずいぶんと悠長に見えるのだった。


『少なくともわらわの目には、いつも通りの退屈極まりない午前の時間を過ごしているようにしか映っておらんのだが』

「まぁ、実際その通りなのですけどね」


 新聞の活字を目で追いながら、あっさりとそう肯定してみせるトキヤ。


「ですが、今はこうしている他ないのですよ」

『なぜだ?』

「ああ、あなたはそのあたりには明るくないのでしたね」


 カレッジのセキュリティーは、一般人が想像しているよりも遥かに厳しいものだ。

 たとえ生徒である名家の令息・令嬢の護衛や親戚であろうとも、カレッジ側の許可なくしては敷地に立ち入りことすら許されていない。そのあまりに厳しすぎる警備体制はこの極東独特のもので、大体の参考本である王国であろうとも、ここまで厳しくはないという。


「あそこまで警備体制が厳しい理由は、よくわかりません。一応公表されているものとしては、最先端技術を研究する施設が内包されているから、ということになっていますが……」

『ふむ。それが真の理由ならば、わざわざ学業施設と併設する意味は無いな』

「無論、学生は基本的に研究施設に立ち入ることはできなくなっているようですが、守秘を貫くならば、そもそも切り離してしまえばいいでしょうしね。……とまぁ、色々と思うところはありますが、なにしろ御偉方がつくったルールですので、小市民であるところの我々は従う他ありません」

『では、どうするのだ? 中に入らなければどうしようもあるまい』

「手は打ってあります」


 一応、一定以上の社会的地位―― 教育を受け、まっとうに職について働いている人間、とされている――さえ在れば、許可を得てカレッジに立ち入ることは可能である。ただし、それには明確な理由の申告と審査が必要だ。審査には通常なら一日、悪ければ三日以上待たされる。


 審査基準は公表されてはいないが、弾かれる確率はそう高くはないというのが一般的な認識だ。もっとも、学内にはいる許可を得ることが出来たとしても、立ち入れる場所はごく限られている。

 想定される「用向き」に合わせた範囲(ゾーン)指定がカレッジ側によってなされており、範囲ごとの立ち入りだけが認められた証明カードを渡された訪問者は、それ以外の範囲に立ち入ろうとすると警告を受ける。万が一その警告にも従わなければ、すぐさま守衛に取り押さえられてしまうだろう。最悪警察沙汰に発展する恐れすらある。


『なるほど。しかし随分と制限があるのだな。それに、長く見積もって三日もの間、他に何をするつもりなのだ? まさか何もせずに待っているというわけにもいくまいよ』


 当初こそ関わるのはおすすめしない、などと言っておきながらも、いざ関わると決めたら徹底的に、という気質は、ソヒアとトキヤに共通しているのかもしれない。やや咎めるような口調でそうのたまうソフィアに、トキヤは少し言葉に窮したようで、苦笑を浮かべた。


「それらの点については、おそらく心配ありません。褒められたことではないですが、ちょっとした"裏道"がありますので」

『裏道?』

「ええ。早ければ今日の午後、講義が終わったあとにでも返事が――」


 レイカたちからの預かり物のひとつである懐中時計を確認しながらそう言いかけたときだった。普段はノックなしには開かれることが少ないエントランスの扉が乱暴に開かれた音が聞こえてきたかと思えば、ややあって静かに事務所の扉が開かれた。姿を表したのは少々意外な人物で、トキヤは目を丸くした。

 シノだった。


 アカギリ姉妹の護衛だという男は、見方によっては不機嫌そうに見える表情―― すなわち平素と変わらない表情のまま、じろりと事務所内を睥睨すると、


「邪魔をする」


 と一言。それ以上は何も言い出しそうにないので、仕方なしにトキヤのほうから声をかけることにした。


「何かありましたか? レイカさんたちは――」


 護衛の男がこの場所を一人で訪れることはまずありえないので、思わずそう訪ねてしまう。シノは予測済みであったのか、浅く息をつくと、トキヤたちの居る位置からは見えないエントランスの方面を振り返った。


「お嬢ならば、そこで息を切らしている。立ち直るのを待っていてもいいが、そもそも焦りすぎて話しにならんだろう。自分が要件を伝える」


 どうやら、レイカは無理をしてここまで駆け込んできたらしい。

 レイカはその堂々とした立ち振舞や性格の苛烈さとは裏腹に、非常に体が弱いのだ。しかし、以前にも慌ててトキヤの事務所にやってきたことはあったが、こうしてシノが代弁をしてやらなければいけないほど消耗するまで無茶をしたのは初めてのことだ。言い知れぬ不安が募る中、ひとり普段と調子が変わらぬシノがあっさりと非常事態を宣告する。


「フウカ様が今朝、昏倒した。現在は意識を取り戻しているが、原因不明の頭痛を訴えている。医者に見せても原因がわからんそうだ」

「なんですって……!?」


 シノの言葉が終わるか終わらぬかのうちに、トキヤは叫んでいた。

 やはり、昨日の変調はただの寝不足などではなかったのか。もう少し追求しておくべきだった。等々。後悔が一瞬のうちに次々とこみ上げてきたが、頭を抱えて悔やんでいても、状況が好転するわけではない。


「フウカさんは、今……?」

「仮住まいのほうに残してきた。今は使用人が看護にあたっている」

「様子は―― いや、直接確認した方が早そうだ。そのためにここまで来たのですね?」

「そうだ。市内なら、労力を別にすれば、いちいち電信するより早いからな」


 電信技術は非常に便利だが、高価な個人通信機器を所持していない人間が利用するには、少し取り回しが悪い部分がある。電信を受け取るにも送るにも、通信局を通さなければならないからである。感覚としては郵便とそれほど変わらず、市内同士での利用ならば、実質運営者が異なる程度の違いでしかない。


(しかし、市内通信なら本日中には確実に届いたはず。……それでなくとも、自分でここまで来る必要はない。誰か、そこれこそシノさんでも使いに出せば済む話だ)


 実際、こうしてシノが代弁しているような有様である。


 ――これは相当焦っているな、と。


 トキヤも一瞬冷静さを失いかけたことを考えれば、妹を大事にしているレイカが取り乱してしまってもおかしくはない。


(急ごう。何が起こっているのか、確かめなくては)


 この展開は、自分のせいでもある。表情に出さないように密かに奥歯を噛みしめると、慌ただしく立ち上がる。


「準備をします。レイカさんが立ち直ったら、すぐにでも出発しましょう。フウカさんのことも心配ですが、無理はさせられませんので」

「それがいいだろう」


 手短に外出の準備を済まして戻ってくると、ローテーブルの上のソフィアと目が合った。

 ソフィアは普段、何気ない会話をしている時はほとんどトキヤと目を合わせようとはしないのだが、肝心なときにはアイコンタクトだけでやりとりが成立してしまう。最近芽生えた、妙な信頼関係だ。


「大人しくしていてくださいね」

『わかっておる。そちらこそ、わらわの取扱には細心の注意を払うのだぞ』


 自ら取り扱い注意を具申してくる道具。最近ではすっかり慣れてしまったが、おかしなものである。

 トキヤは返事の代わりに口端を歪めて笑ってみせると、ごく手慣れた手つきでヴェールを取り上げ、鳥籠を覆うのだった。



執筆時間を取れぬまま、ストックが尽きました。

予想通り業務形態が変わってしまい、現在体調管理に必死な状況です。

これ以降は書けてものから順次アップする運びになる見込みです。申し訳ございません。

少なくとも、業種の関係上今週から一月末まではほとんど時間が取れません。

その間の更新はおそらく出来ないと思われますので、どうかご了承を。

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