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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
三章 欲望の夜鬼と悪夢
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#12

#12


「きゅ、吸血鬼」


 レイカが思わず復唱すると、


『左様。彼奴らは我々と住む世界を異にしている存在ではない。現実に潜む災害のひとつだ。そのルーツは人間が生み出したものであるとも、遥か空の彼方から飛来した未知の生物であるとも謂われているが…… まぁ、そのあたりの講釈をしている場合ではないな』


 などと、ソフィアは遠い目をして語りだす。過去に"何か"あったのかもしれないが、それこそ今するべき話ではないので、トキヤは別のことを訊ねることにした。


「それらは、どのような生物なのですか?」

『そうさな。姿は種族によって異なる。一口に吸血種、吸血鬼と言っても、すべてが同じ生態を持っているわけではないのだ。不定形、動物系、人型―― どのようなものでもあり得る。あるいはわらわが知らぬだけで、異界にさらに性質の異なるモノが住んでいるやもしれん。ただ、一つだけ共通していることがあってな』

「血を吸うこと、ですか?」

『もっと細かく言及するのであれば、"他生物の体液を生きるための糧としている"ことだ。そうでなくては生きられぬのか、はたまたただの趣向でなのかは謎であるが』

「……今回カレッジで起きた事件には、その吸血鬼が関わっている、と?」

『その可能性は高いだろうと思う』


 ソフィアはトキヤの言葉を肯定しつつ、「だがしかし」と付け加えた。


『同時にわからぬこともある。先にも言ったが、死体が消えてしまったことが不可解だし、例の第一発見者の男が見たという「うごめく何か」というのも、わらわのなかにある知識に対応するものがない。夜鬼の犠牲者には通常見られぬ特徴だ』

「つまり、どういうこと?」


 レイカが首を振ると、ソフィアは視線を足元に伏せ、


『此度のことが夜鬼の仕業であると、完全に言い切れるわけではないということだ。あくあmでも可能性が高いというだけの話で。もしかしたら――』

「よく似た特性を持つ「何か」か、もしくは今までにない特徴を持っている新種か、といったところでしょうか。いずれにしろ、これと決めてかからないほうが良さそうですね」

『うむ、そのとおりだ。娘らが仕入れてきた情報が全て真実ならば、人外のものの仕業であるということは疑いようはないのだがな』

「……そうね、少なくともヒビキは、前日までは普通に生きていた人間だったわ。人の手で、その――」

「まぁ、発見時の状態を作り上げるのは、まず無理でしょうね。それについても我々には及びつかない"まっとうな手段"があるのかもしれませんが、不可解な事象が起こっている以上、人間以外の何かが関わっていると考えてもよさそうだ」


 レイカがヒビキの死について言いづらそうにしているので、トキヤが少し強引に言葉を引き取る。

 今の状況があまりよろしくないということはわかった。市警に任せておいて解決するとは思えないということも。――だからこそ、トキヤは思うのだ。ああ、失敗した、と。


(もう少し強めに咎めておけばよかった)


 トキヤはレイカが当初自分が考えていたよりも遥かに本格的に情報を集めてきたことに"負い目"を感じていた。もしも事件の「犯人」がいて、自分の周囲を嗅ぎ回る人間に気付き、それに始末をつけようとでも考えたら?


 相手は人外である可能性が高いという。どのような手段を用いてくるかもわからない今、不意を打たれれば、何の素養もない姉妹はおろか、トキヤですら満足な対処ができない。


(彼女たちは、立派に「標的」になり得るのじゃないか。……レイカさんの思い詰めたらとことん、というところを甘く見すぎていたみたいだ)


 姉妹に情が移っているトキヤは、もはやこの一件を無視できない。本格的にこの一件に関わる決断をしなければならなかった。しかし、行動の方針を決めて動き出す前に、やらなければならないことがある。渋々何かを決断したというような面持ちで身じろぎをすると、


「こうして知ってしまった以上、放っておくのは寝覚めが悪い。場所が場所だけにどこまでやれるかはわかりませんが、少し調べてみることにします」


 その言葉にレイカは目論見どおりだとばかりに微笑むが、当然それだけでは終わらない。


「そういうわけですので、あとはボクに任せてくださいますか。これ以上の深入りはあなたがたの身の危険になり得る。わかりますね?」


 先程浮かんできた悔いのおかげか、語調はいつになくきつめのものとなる。


「――ッ、わかってるわ……」


 隣で顔を青くしてうつむいているフウカを見、レイカは頷いた。


 フウカに語った建前がある以上、トキヤが引き取ると決めた捜査には関われない。「自分たちにも危害が及ぶ恐れ」を自分たちで証明してしまったのだから。


 もっとも、その建前もまた事実であり、完全な嘘ではないことはレイカも自覚している。先の一件でも感じたように、ここが限界―― 引き際である。これ以上のリスクは冒すべきではない。無鉄砲なところがあるレイカだが、経験から何も学ばないほど愚かではないのである。


『うむ。わらわもこれ以上は関わらぬことを勧める。本音を言えば主様にも関わってほしくはないのだが…… 動くと決めたのであろ?』

「ええ、化け物退治が出来るわけではないので、正直何が出来るかわかったものではないですが…… 黙って見過ごすのもどうかと思いますし」

『損な性格であるなあ』

「そういうわけではありませんよ。正義感のようなものがまったくないというわけではないですが、ボクの場合は個人的な感情の要素のほうが大きいので」

『わかったわかった。なんにせよ人ならざるバケモノが関わっている可能性がある以上、出来る対策はしておくべきだ。わらわが教授してやろう』

「ぜひお願いします。何もせずして死ぬのは御免ですからね」


 表面上は淡々とやりとりを勧めているトキヤの横顔を眺めながら、レイカは彼の内心を想像してみて、よっぽど謝罪の言葉を口にしようと考えたが―― 結局やめておくことにした。

 こうなった以上、トキヤはその言葉を望まないだろう。すでに彼は今後の行動について、すべて「自分のため」であると納得している。……だからこそ利用できる。できてしまう。


(いつか借りを返さなきゃならないわね)


 ソフィアの言う通り、なんだかんだと自分では言い訳をするものの、トキヤはかなり他人に甘く自分に厳しい損な性格である。今回のように個人的なわがままの末に事件に巻き込まれたとしても、それが正式な手続きを介して発生した「依頼」でなければ、彼は一切の報酬を受け取ろうとしない。姉妹に対してはとことん押しの弱いトキヤであるが、その点に関しては頑なである。


 ――このまま一方的に利用し続けるのでは、寝覚めが悪い。

 溜まり続けるトキヤへの「借り」をいったいどうやって精算するべきか。

 そんなことを考えるレイカの傍らで、フウカは人知れず"耐えて"いた。


「…………ッ」


 朝から鳴り止まぬ耳鳴り。身体に起こる現象とは毛色の異なるソレは、聞き取れぬほど高音で耳障りな、何者かの"声"のようにも感じる。


 いったい自分の身に何が起こっているのか、フウカは見当もつかなかった。その異常を口にしなかったのは、ひとえに問題をこれ以上大きくしないようにするためだ。


(……大丈夫、今日、ちゃんと眠れば、きっと……)


 耳鳴りも消えているはず。何も恐れることなど、ないはず。今日さえ耐えてしまえば。

 ――そして今夜も"あの夢"さえ見なければ。




 しかしフウカの忍耐は、脆くもその翌日に崩れ去ることになるであった。



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