#11
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「……いくつか質問してもいい?」
「え? あ、もちろん構いませんよ」
シホの話が終わったと見るや、レイカは細かな疑問をぶつけていく。
「あなたがシホと会ったのは、会室に乗り込んできたときの一度だけ?」
「そうですね。ほんとうなら対応が一通り終わったあとお伺いを立てるのがスジだとは思うんですけど、その、これ以上突っ込まれるとボロがでることがいくつもあったので……」
「なるほど。都合が悪くて顔を出しづらかったのね」
「うっ…… はい、その通りです」
所詮は学生というべきか、シホたちの対応がその場しのぎでしかない。それだけに、手がつけられないほどに怒っていたヒビキが簡単に矛を収めたことには疑問が残る。少なくとも、自分ならしつこく進捗を訊ねるくらいのことはしただろう。
(何か心境の変化があった? ……こればっかりはわからないわね。ヒビキはもう……)
沈み込みそうな気持ちをなんとか持ち直し、質問を続ける。
「例の記事を書いたゴシマというひとは、それからどうしたの?」
「それからっていうのは――」
「そうね。ヒビキがクレームを付けにきて、対応が決まったそのあとの様子」
「特に何も。自分の記事が引き起こしたことなのに、ひどいんですよあの人! 『オマエに任せた』ってぜーんぶアタシに押し付けて、報告書は適当に仕上げちゃうし……」
「記事を書いたのはその人で間違いないのよね?」
「はい。そのはずなんですけどね。どこか他人事っていうか。あの時黙ってたのだって、自分に都合が悪いからだとは思うんですけど、そのワリにはなんというか――」
「なんだか、楽しそうにしていたよね」
シホの言葉を引き取り、ずっと黙っていたサワが発言した。
「言ってしまえば、ヒビキさんの件はゴシマが起こした不始末だ。学生同士のことだから大きな問題にはならないだろうけど、面倒事であるのは確かだよね。でも、ゴシマはそんなこと全然気にしてないみたいで、むしろソワソワして楽しそうにしていたよ。報告書を受け取ったときも、なんだかニヤニヤしていたしね」
レイカはまだ見たこともないゴシマという人物に嫌悪感を持ったのか、露骨に眉をひそめ、噛みしめるように「変な人ね」と口にした。
どうも、ゴシマには何かしらの思惑があったらしい。それについては、この場にいる面子は知らないのだろう。これ以上追求してもはっきりとしたことはわからなそうだ。
これも保留。レイカは最後の質問―― 否、「頼み」を切り出すことにした。
「ありがとう。だいたい訊きたかったことは聞けたわ。最後に一つだけいいかしら? 頼み事なんだけれど……」
「何か?」
首を傾げるサワに、レイカはまっすぐに要求を投げつける。
「例の回収になったときの新聞、もし余ってたら一部私にいただけないかしら」
「――なるほど。これがその、例の新聞というわけですか」
レイカとフウカの二人が【衆聞会】の二人に話を聞いた、その翌日。
講義が終了し、早々にカレッジを辞した姉妹は、その足でカンザキ探偵事務所へと向かった。レイカはすぐにでも仕入れた情報をトキヤに話して聞かせたかったが、想像よりも時間を取られてしまったために、日を改めたのだった。
トキヤはそれまでレイカが集めてきた情報と、衆聞会から預かってきた新聞―― 詳細を記せば、エイキチ・ゴシマが書いたとされるゴシップ記事をもとに、何事かを思案しているようだった。
目付きは厳しい。短い付き合いの中で、レイカはこの顔つきのトキヤには何を言っても無駄だということがわかっていた。……どうせ「まだハッキリとしたことが言えない」とはぐらかされるに決まっている。
「ふむ。【考古学の若き権威、タツオ・カガセ教授。深夜に女生徒と密会】、ですか……」
タブロイド型の新聞紙。一見して目立ちはしないものの、よく読もうとすれば絶対に見逃すことがない、中央からやや逸れた位置に配されているその記事。サワの言った通り、カガセ教授の名ははっきりと記され、彼を煽るかのような文章が綴られている。その文面は決して愉快なものではなく、筆者の悪意が見え透いていた。
「確かに品のいい記事ではありませんね。わざわざ読んだ人間を不快にさせるような文句を選んで遣っているようにも見えますが」
「やっぱりそう思う? 私もちょっと読んでみてそう思ったのだけど……」
カガセ教授と密会していたという"女生徒"の名は明記されていない。記事の中では仮に「F」とされているが、それだけでは特定することは出来ないだろう。
「まるで見てきたように書かれていますが、情報元は筆者自身なのでしょうか」
「そこまではわからないわ。私が知っているのは、書いた人がそれをどうしても掲載したかったらしい、ってことだけ」
「ふむ…… ところで」
トキヤは虚空に投げ放っていた視線を、目の前に並んで座る姉妹へと向けた。
「フウカさんは、どこか具合が悪いのですか? 顔色が優れないようですが」
フウカの様子がおかしい。最近は短時間なら目を合わせて会話できる程度になっていたというのに、その日の彼女はトキヤといっさい目を合わせてくれなかった。
これはどうも、何か知られたくないことがあるらしい。
考え事をしながら少し観察してみたところ、顔色が悪く、時折溜息を吐いているのがわかった。その儚げなイメージとは裏腹に、フウカの体はそれなりに頑丈にできている。前回突然気を失ってしまったことを除けば、彼女がしんどそうにしている場面に遭遇したことはなかった。
「あー、やっぱりわかる?」
「あの、な、なんでもない、です」
当然、トキヤよりも遥かに付き合いの長いレイカは、妹の変調に気がついていたようだった。逆を言えば、付き合いのまだ浅いトキヤでも観察すればわかってしまうほどの変調である。にも拘らず、フウカは「大丈夫だ」と首を振る。
「今朝からこの調子なのよね。何を訊いても大丈夫だから、って言うの」
「……ですが」
ようやく少しだけ顔を上げたフウカの顔色は、明らかに悪い。普段はほんのり赤味のかかった艶のある頬も、今は青白くくすんで見えている。
「熱とかはないのよ。体の調子自体も悪くないみたいだから、結局一緒に連れてきたんだけど……」
「フウカさん、ほんとうに大丈夫なんですか?」
念のためにトキヤがそう訊ねると、フウカはこくりこくりと危うげに頷いてみせる。
「……ん、ん。大丈夫。ちょっと寝付きが悪かっただけ、だから」
「この子、意外とこういう頑固な所あるのよね。――今日のところは早めに休ませるわ。私もちょっと、昨日のことで疲れちゃったし」
「そうしてください。そも、あなた方が無理をするようなことではないんですからね」
そこで一度話を区切ってから、トキヤは息を吐き、姿勢を変える。
「――とりあえず、最低限当時の状況はわかりました。この件に「犯人」がいると仮定して、犯人はわざわざ殺害現場、あるいは遺棄の現場に衆聞会の会室を選ぶような者であり、かつ被害者のヒビキさんも衆聞会とは多少の関わりがあった、と」
「そうね。今回のことに犯人と呼べる人間がいたとしたら、たぶん衆聞会と無関係ということはありえないと思うのよ」
「一連の出来事の裏に動機があると考えるなら、それで間違いないでしょう」
「あなたは動機がない線もあると思っているの?」
「事件の状況が"常識的に考えられるもの"であれば、動機の線一本で調べてみてもいいとは思うんですが…… おそらくそれだけでは解決にはならないでしょう」
「死体消失と、例の彼が見たっていう死体の異常な様子が気にかかる?」
「その通りです」
頷いてから、トキヤは立ち上がり、事務机の上にある鳥籠のベールを剥いだ。
中身は小鳥などではない。【生ける魔術書】・ソフィアだ。彼女は半ばトキヤの行動を予測していたのか、鳥籠を覗き込むトキヤの視線と、人形の瑠璃色の双眸がかっちりと噛み合った。
「ソフィア、今の話は聞いていましたか?」
『うむ』
ソフィアは鷹揚に頷いた。表情はないが、どことなく厳しいものにも見える。
「何か思い当たることはありますか?」
『なんとも不可解な話だ。死体が忽然と消え去ったことについて結論は出せぬが、"全身の水分が失われたように干からびた死体"については心当たりがある』
その場全員が息を呑む。
「それでは、やはり」
『そうだ。これは"人ならざる者"の仕業。娘らの友人を殺したというのは、おそらく夜鬼―― あるいは吸血種、吸血鬼とも呼ばれるたぐいの化生ではないかと思う』




