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「え、それって喋っちゃっても平気なんですか?」
シホの反応は意外にも常識的なものだった。
「ああ、うん。ほんとうはダメなんだけど、差し障りがない程度でね。彼女、被害者の友人だったらしくて」
シホの視線が再びレイカを捉える。自分の口で説明すべきかとも考えたが、やめておいた。結局、サワが事のいきさつを簡単に話し終えるまで、黙っておくことにした。サワはシホにまで詳細を伝える意思はないらしく、レイカたちにとって肝心な部分は適当に濁している。
「なるほど、そうだったんですね。……その、辛くはないんですか?」
話を一通り聞き終えたシホが、そのように訊ねてくる。レイカは内心苦笑した。どうやら「友人を亡くして傷心している」ように見えないらしい。それは意図したものだったのだが、傍から見ればレイカの態度はいかにも不自然なもののように映るようだ。
トキヤにも話したように、レイカは自分の行動が「ヒビキのため」ではないことを理解している。唯一の友人が死んでしまった悲しみを一晩味わったあと、残ったものは使命感と憤りであった。その鬱憤とも表現できそうな行き場のない感情を発散するため、行動している。あるいは、すべて辛い事実から目を背けるため、それっぽく理由をでっち上げて行動しているだけなのかもしれない。
――どちらにせよ、すべて自分のためだ。だからこそ、「自分もまた被害者である」というような顔はしたくはなかった。
「辛くないわけないでしょう? じっとしているとどこまでも沈んでいってしまいそうだったし、なによりどうしてあの子が死ななくちゃならなかったのか、それが知りたくて」
「……そうなんですか」
特に嘘のない本音を語ったつもりだったが、シホはピンとこなかったようだ。
――シホとサワのこの態度の違いはどこからくるものなのだろう。ふとそんなことが気になったレイカだったが、サワがとりなすように話を進めようと口を開いたため、その小さな違和は霧散した。
「それで、ちょうどキミに訊きたいことがあったんだよ」
「アタシにですか?」
「うん、被害者の子、ヒビキ・カミナっていうんだけど…… たしか、うちに押しかけてきたことがあったでしょ? その時のこと」
「ヒビキ、カミナ…… あ、あのときの!」
「たしか、キミもその場に居たよね?」
「いましたよ。というか、対応したのほぼアタシなんですからね!?」
「え、そうなんだ? でも、報告書を書いたのはゴシマだったよね?」
「それ、それなんですよ、ひどいんですからゴシマ先輩! 女のヒステリーは男じゃどうにも出来ないからー、って全部アタシに押し付けて」
どうやら、サワが把握していた状況と現実は異なっていたらしい。額を軽く押さえ、「まったくアイツは」と呆れたように呟く。どうやら、ゴシマという人物が、事実を捻じ曲げて報告書を仕上げていたようだ。
「それはなんというか、ごめん。知らなかったよ。でも、今は好都合かな。その時の様子とか、彼女に教えてあげてほしいんだけど」
「構いませんけど、その時のことがなにかの役に立つんですか?」
「うちとそのヒビキさんとの接点が、その時のことくらいしか思い当たらないからさ。彼女、そのことについて聞いてなかったみたいだから」
「ああ、なるほど。……そっか、うちの会室で見つかったワケですもんね」
頭の回転は悪くないらしい。シホはなにやら納得した面持ちで二、三度頷くと、比較的サワに近い方の席に腰を降ろし、話を始めた。
「ええと、あのクレームが入ったのは確か一ヶ月と――」
「二週間くらい前かな」
「そうですそうです。あの時はサワ先輩―― 会長が居なくて、特にやることもなかったから、会室でのんびり過ごしてたんです」
その時会室に集っていたのは、シホと数名の会員、それと副会長であるエイキチ・ゴシマだけだった。予めサワによって会合があること以外に特に予定がないことが告げられていたので、集まりはまばらだった。ヒビキが現れたのは、折り悪くそんな日のことだった。
「完全に暗くなる前だったし、たぶん十六時前後のことだと思うんですけどねー。いきなりノックもしないで入ってきて。知らない子だったから皆して驚いて、黙ってそのまま見てたんですよ」
見た目はおとなしそうな子だった、とシホは言う。
事実、ヒビキはおとなしい少女だった。背はレイカたちよりわずかばかり高く、長く伸ばした艶やかな髪が特徴的な、極東の「ヤマトナデシコ」を地で行くような見た目である。
「それでしばらく誰も何も言わなかったんですけど、その人がいきなり手に持ってたウチの会紙を広げて言うんですよ。『この記事を書いたのは誰ですか!』って!」
ヒビキが持っていたという校内新聞は、その日の二日前のものだった。
衆聞会の新聞は定期発行ではなく、体裁がまとまり次第発行することになっている。二日前のそれが、最新の校内新聞だった。
「それで、その記事っていうのはどんな内容だったの?」
レイカが訊ねると、シホは少し気まずそうに、
「あー、あんまり大きな声では言えないんですけど…… その、所謂醜聞というやつです」
「スキャンダル? 校内新聞にそんなものが載ってるの?」
「アカギリ先輩はウチの新聞、読んだことありませんかー?」
「ないわね。……申し訳ないけど、今の今まで興味を持ったことすらなかったわ」
「それじゃ、カレッジの外では? 新聞を読む習慣あります?」
「――経済紙なら、購読してるわよ?」
近頃は極東でも多くの新聞が発行され、路上や商店で売られている。
その種類は多岐にわたり、レイカが商家の跡取りとしての勉強のため購読している硬派な経済紙から、他愛のない噂を取り扱うものまで実に様々である。
普段の生活において、レイカは定期購読している経済紙以外の新聞をほとんど読むことがない。トキヤの事務所を訪れた際、彼が情報収集のために買い集めている新聞に暇つぶしで目を通すことはあるが、それくらいのものだ。
「それなら、新聞にはいろんな種類があることくらいはご存知ですよね?」
「ええ、まあ、そうね」
「普通はちゃんと分けるんですよ、種類を。先輩が読んでる経済紙に噂や醜聞の類が載ったことなんてなかったでしょ?」
「当然だわ。情報を必要としている層が違うんだもの」
「そう、当然なんです。ウチも全部分けて発行するべきなんですよ。むしろ、周囲の不満や不安を呼び込むような記事は掲載を避けてもいいくらい。……本当はね」
シホの流し目を受け、サワは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「一口に衆聞会の会員と言っても、みんな専攻と言うか、興味を持って書きたいと思ってる記事の種類は違うんだよ。元々そういう集まりだから、方向性を無理に統一するわけにもいかないし、かといって種類分けしてそれそれ発行するほどの予算もない。……だから、さっきの研究所絡みのお硬い記事も、誰かの醜聞みたいな軟派な記事も、一緒くたにして発行してるってわけ」
「なるほどね。だいたいわかったわ。――で、その記事はどんな内容だったわけ? あのヒビキが文句をつけに来るような内容だったわけでしょ?」
「まぁ、アタシたちそのヒビキさんがどんな人だったかは詳しく知りませんけど、基本的には"学生にはあんまり関係のないこと"だったはずなんですけどねえ」
「具体的には?」
少々強めに訊ねてみてから、レイカはふと口を噤んだ。
詰問の調子までもが"誰かさん"に影響されていることに気づいたからだ。
「教授ですよ。ウチの学校の。タツオ・カガセ。色々と有名な人だから、先輩方もご存知なんじゃないですか? ――"あの"カガセセンセイの密会。それが記事の内容です」




