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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
三章 欲望の夜鬼と悪夢
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#6


#6


「いやー、ようやく自立歩行する「機械獣(メカ・アニマル)」の原型ができたと公表したら、彼らから取材の申し込みがあってね。我々も在学生のなかからこちらの分野に興味を持って進んでくれる者が増えると助かるから、受けることにしたんだよ」


 研究者の男は自分の所業が注目されたことを喜んでいるのか、ひとりでにべらべらと喋り始めた。レイカはうんざりとした気持ちになったが、こういうタイプの人間は口出しをすると不機嫌になり、対応がさらに面倒になる。好きに喋らせておくことにした。幸いこちらの反応を気にしている様子はないので、わざわざ気を引くようなことをしなければ、放っておいてもかまわないだろう。


「衆聞会ってのは、こんなことまで記事にしてるのね?」


 仕方なく、衆聞会のいち員であるらしい青年に小声で話しかける。青年は困ったように肩をすくめた。取材する立場である彼も、訊いてもいないことを延々と話し続ける研究者には辟易しているらしい。


「ああ、校内だけだと意外と記事にできることが少なくてね」

「そうかしら。"あんなこと"が起こったばかりだっていうのに?」


 青年の言動にふとした疑問を覚えたレイカが切り込んでみると、青年はあからさまに表情を固くした。衆聞会はそれほどハングリーな集団ではないが、昨日あれだけの衝撃を呼んだ出来事だ。まったく取り扱わないのは不自然である。


「あの一件は―― なんというか、記事にしたりしないように言われているんだ。僕としても、これ以上関わるのは御免だしね」


 案の定そこにはなにか理由があるらしく、青年は目を逸らして答えづらそうにしている。そして苦し紛れに漏らした言葉は、果たしてレイカが求めた反応であった。


「ふーん、これ以上関わるのは、ね」


 これは"当たり"だ。とんだ追い風である。

 フウカに訊ねるようにして視線を向けると、無言の首肯が返ってきた。彼女の記憶にある「容姿」とも合致したようである。間違いはなさそうだ。


 この気を逃すまいと、未だに気持ちよくしゃべり続けている男のほうを気にしつつ、レイカはさらに切り込んでいく。


「あなたもしかして、トシヤ・サワ?」

「そうだけど…… それが何か?」

「やっぱり。実は私たち、今からあなたを訪ねようと思っていたのよ」

「僕を? いったいどうして」


 青年―― サワは目を白黒とさせた。面識のない少女二人に自分に会いに来たのだと言われたら、誰もが同じような反応をするだろう。それも、彼女たちは人目を引くような美貌の持ち主だ。困惑と的はずれな期待がサワの心を浮つかせるが、


「昨日のことについて、ちょっと訊きたいことがあって」


 レイカの続く言葉で、いっきに地の底に落とされたような反応を見せる。本人は態度に出さないように努めているようだが、きっちりと内心が顔に浮き出てしまっていた。


 ――これならまだ、トキヤのほうが隠し事は上手だわ。ふとそんなことを考える。


「昨日のことというと、例の――」

「そう、あなたが死体の第一発見者になった、例のアレ」

「それはちょっと…… さっきもちょっと零してしまったけど、市警に絶対に記事にしないようにって言われているんだ。それと、自分が見たことを誰かに話したりするのもなるべく控えるように、って」

「それはどうして?」

「……みだりに他の学生の不安を煽るようなことはすべきじゃない、ってことで」


 サワはそう言うが、視線をレイカと合わせようとしていない。言いよどむような様子がなかったことから、嘘を言っているわけではなさそうだ。しかし、


(これは何か隠しているわね)


 なにか後ろ暗い感情が働いているのは確かなようである。


 おそらく、サワは善良な男なのだろう。無茶な要求をしているのはレイカたちのほうであるのに、彼女たちに隠し事をすることに後ろめたさを感じている。

 こういう手合は、何を隠しているのか一部分でも暴いてしまえば素直になる。だが、いままでの短いやり取りの中で「何を隠しているのか」がはっきりとしないため、手元の情報で「判明していること」を武器にカマをかけてみるしかなさそうだ。


(それに、妙に自分じゃ話したくなさそうにしてるのが気になるのよねえ)


 少しだけ考えたあと、未だに不安そうに佇むサワを見据え、レイカはいきなり直球を投げつけた。


「――今、嘘吐いたでしょ?」

「えっ!?」

「正確に言えば、"意図的に言わなかったこと"があるわね?」

「ど、どうしてそう思うんだい?」


 サワは非常にわかりやすい反応を見せた。疑いようもなく図星だ。

 気を良くしたレイカは、その場を勿体つけて歩きまわり、効果的と判断したタイミングで鋭い視線をサワに向ける。その様子は、無意識的に自らの考えを語る際のトキヤの動きをなぞっていた。


 この一連の動作に、レイカなりの意味はない。トキヤ曰く、『脚を動かしているときのほうが、頭の働きが良い』らしい。


「たしかに、校内新聞の記事になんてしたら、不特定多数の生徒に不安が広がるかもしれないわね。でも、あなた個人程度の影響力なら、それほど注意する必要もないんじゃなくて?」

「何が言いたいんだい?」

「それに」


 サワの言葉を無視し、レイカは人差し指を突きつけようとするが、寸前で思いとどまった。

 指差しは行儀が悪い。行き場をなくした人差し指を不自然に虚空にさまよわせながら、話を続けることにした。


「あなたは"自分の見たことを"しゃべるなって言われたのよね? なんだかその限定的な言い種、とっても気になるわ」

「……ッ」

「一体何を「見た」のかしら? 語るも恐ろしいおぞましい物かしら。それとも―― 話しても"到底信じてもらえないようなこと"とか?」


 もはやサワは口をあんぐりと開けたまま、何も言えなくなっていた。どうやらこの方向で正解だったらしい。レイカ自身の疑問を並べ立てただけのハッタリだったが、相手が考えた以上にわかりやすい人間だったために、うまくいったようだ。


 フウカはなにやら関心したらしく、レイカの背後で無音の小さな拍手を贈っている。


「あなた、口止めされている以上に自分でそのことを話したくないんじゃない? どうなの?」

「ま、参ったよ。そのとおりだ。やりきれないなあ」


 自分がすっかりやりこまれてしまって、声をひそめることを忘れていたサワは、頭を掻きながらちらと研究員の様子をうかがった。――彼は無視されていることにも気が付かず、延々と高説を垂れ流している。話は佳境に差し掛かっているらしく、最新工学に関連があると思しき専門用語が度々認められた。今後どのようにして機械を自立駆動させるか、というようなことを語っているらしいが、もはやサワにも話の内容が理解できていないようだ。


「僕はあくまでも、市警の捜査官に見たことをすべて、素直に話したんだ。目の前で起こったことが理解できないからって、話さないわけにはいかないと思って」

「それで? なんて言われたの?」

「……殊一部分に関して、バカにしたような態度を取られたよ。それは誰か他の人間に話すべきじゃない、誰も信じないだろうからね、って。まともに調書もまともにとらずにさ……」

「それでそのことについては誰にも話したくないと思ったわけね。捜査官みたいにバカにされるから?」

「そうさ。僕も話を聞く立場だったら絶対に信じなかっただろうし。でも、自分で見てしまったことは否定出来ないから、意を決して話すことにしたんだ。それなのに……」


 どうやら、捜査官に正気を疑われたのがよっぽど堪えたようだ。本人が善良な人間であるために、他者を軽んじる態度が許せなかったのだろう。


(――本人も「信じがたいことだ」って認めてるし、よっぽど"常識的におかしいもの"を見たってことよね?)


 やはり、今回の件も一筋縄ではいかないことのようだ。このまま市警に任せて解決するような事件であれば、レイカも大人しく事情を聞くだけにとどめておこうと考えていたのだが、雲行きはどんどん怪しくなっていく。それと同時にこれ以上踏み込んでいいものかというような気もしてくるのだが、


(トキヤはあんまり関わるなって言ってたけど、やっぱりこのまま放っておくのは不安よねえ……)


 前回の事件に関わった際、フウカは「見えざる何者か」の気配に怯え、実際に変調をきたしていた。実際にその尋常ならざる者を見たわけではないが、後日トキヤからことの顛末を聞かされた時、先の一件で死者が出ていることも知った。


 そのような人を殺すような「何か」が、このカレッジのなかにも潜んでいるかもしれない―― そう考えだすと、際限なく腹の底から不安がせりあがってくるようだった。ヒビキのように自分たちが犠牲者になる可能性もゼロではない。どうにも自分たちが「無関係である」と楽観的に思い込むことが出来なくなっていた


(とりあえず、情報は集めておいて損はないわよね。深入りしなければ問題ないはず)


 今はまだ、これ以上踏み込んだら戻れない、というような状況ではない。

 心に生まれたわずかな躊躇いを押しのけ、レイカは話を続けることにした。


「あなたの事情はわかったわ。でも、私たちはどんな些細な事でも知りたいのよ。バカにしたりしないから、見たことを全部話してくれないかしら」

「そこまで言うのなら、僕が見たことについては話しても構わないけど、ひとつだけ聞かせて欲しい。どうしてそんなに"知りたがる"んだい?」

「友達だったから」


 レイカは即答した。

 好奇心を友情に言い換えているだけのようで後ろめたさを感じないでもなかったが、嘘でも他人事でもないのだ。


「……被害者の彼女と友達だったのかい?」

「ええ、そうよ。数少ない友達の一人。だから気になるのよ。なんで彼女がこんなことに巻き込まれたのかが」

「なるほどね」


 サワは神妙な顔つきで頷くと、もう一度研究員の様子を伺った。彼の長話はまだ続いている。


「わかったよ。僕が見たことを話す。取材を切り上げてしまうから、少し待って欲しい」

「頼んだ私たちが言うのも何だけど、その、いいの?」

「ほんとうはマズいんだけど、構わないよ。実は新しく活動用の部屋を借りたんだけど、会員が全然顔を出さないんだ。今日の取材も僕が来る予定じゃなかった。この分野に興味のあるやつがいて、そいつが話を聞くことになってたんだ」

「衆聞会の会室であんなことがあったから、怖がって誰も出てこない?」

「たぶん、そうなんじゃないかな。……一応、前からアポはあったし、こっちから反故にするのはマズいかなって思って話を聞きに来たんだけど、正直僕じゃ彼の話をうまく記事にできそうにない」


 そう言って、サワは苦笑した。


 研究員の男は、自分の生業を相手がある程度理解している前提で話をしている。元々取材のアポイントメントをとった人間に多少の造詣があったせいもあるかもしれないが、この話しぶりでは記事にまとめることは難しいだろうし、軌道修正して一からわかりやすく話をさせようものなら、どれだけ時間がかかるかわかったものではない。


「僕はなんとかこの場を収めるから、君たちは先に場所を確保しておいてくれないかな。立ち話で済ますには少し長くなりそうだ」

「……そうね。今日なら場所は空いてそうだし、ラウンジで待ってることにする」

「わかった。なるべく早く行くようにするよ」


 未だに熱弁を振るい続けている研究員の姿に辟易した溜息を吐きつつ、サワはそう約束するのだった。



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