#5
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翌日、レイカは宣言通りに行動を開始した。
レイカとフウカはカレッジの同じ学年だが、実は専攻している分野が異なっている。それゆえ同じ敷地内にいても、ずっと行動をともにするということは不可能だった。普段ならことさら気にすることではない。入学直後は大変な苦労があったが、フウカも今では一人で講義を受けられるくらいには耐性が付いている。しかし、先日学内で不穏な事件が発生したばかりであり、自分たちはその一部と関わり合おうとしている身だ。
トキヤとの交流によって新たに芽生えた危機感をもとに、姉妹は出来得る限り一緒にいることを心がけ、決して単独で行動しないようにと示し合わせた。
――余談だが、カレッジにはたとえ在学者の従者であっても簡単に立ち入ることは出来ない。シノはアカギリ家の保証ですでに許可証を所持しており、敷地内に出入りする顕現を得ている。しかしその権限が及ぶのは限られた範囲でしかなく、在学生以下のものでしかない。
シノは実際に講義が行われる教室に立ち入ることは出来ないため、廊下で待機することになっている。普段は好きにさせているのだが、レイカはシノにフウカの身辺に注意を払うように命じた。
シノはあくまでも"レイカの"個人的な従者であり護衛でもある。前回トキヤに張り付くように命じた時もそうだったのだが、この命令に普段の鉄面皮にあからさまな渋面を浮かべ、いかにも「仕方がない」というような様子で従った。
シノはとにかく「任務」にこだわる男であるので、護衛対象であるレイカを目の届かない場所においておきたくはないのだ。かといって命令に背くわけにもいかないので、しぶしぶ拝命している、といったところだろうか。非常に融通が効かない男だが、過去の実績は確かなものだ。仕事を任せて従ううちはなんの問題もあるまい、とレイカは判断している。
――そうして普段よりも緊張感のある時間を過ごしたあと、放課後に合流を果たした姉妹と護衛は、ヒビキの遺体を最初に発見したという、トシヤ・サワなる人物を探してみることにした。
「しかし、衆聞会ねえ」
道すがら、レイカはいかにも不思議だという具合にそう呟いた。
遺体発見現場は衆聞会の借りている、いわゆる会室の中だった。――なぜそんな場所でヒビキは発見されたのか。彼女は衆聞会と一切関係がなかったはずだ。
「どうしてヒビキは衆聞会の部室なんかで…… それとも、犯人がわざと運びこんだとか?」
「…………」
レイカのひとりごとのような問いかけに、フウカは沈黙で答えた。ここに当時者は誰一人としていないのだから、わからないのは当然のことだ。
レイカたちはひとまず衆聞会の会室―― 事件現場に向かってみたが、その周囲には市警の捜査官が数名巡回しており、遠目にも部屋が封鎖されていることは明らかだった。部室に行けばサワに会えるかもしれないと考えていただけに、レイカはそこで一度途方に暮れた。衆聞会は活動停止か、もしくは別の場所で活動をしているのだろう。
(警官に訊けるのなら、それが一番手っ取り早いのだけど。接触しないと約束したしね)
厳密に言えば、トキヤは「捜査のじゃまになるようなことをするな」と忠告をしたのだが、一度宣言をしたレイカは頑なである。彼らの視界に収まらぬようにそっと身を引くと、来た道を引き返す。
「どうするの?」
「そうね。……こうなったら教授に訊ねてみる?」
「それだったら…… 普通に管理職員の人に、訊いたほうがいいと、思う……」
「ああ、なるほど。そっちのほうがずっと早いか。行くのはちょっと面倒くさいけど」
同好会の管理は生徒に任されており、いわゆる「大人」は完全に不干渉だ。しかし、同好会として空き部屋を借りようと考えた時などは、学校管理課に申請をし、許可を得なければならない。
衆聞会が活動を停止しているわけではないのなら、どこか別の部屋を借りているのかもしれない。もしそうならば申請の記録が残っているはずなので、それをたどれば良い。同好会の情報は特に秘匿する意味もないので、すぐに教えてもらえるだろう。
同好会が使う空き部屋や、実験室などの多岐にわたる施設が収まっている【第三棟】は、学業関連施設としては東端のやや不便な場所に位置しており、ここから本校舎の西側にある管理課に行くには、同じ施設内だとは思えない距離を歩くことになる。
カレッジは広大だ。生徒が普通に講義を受ける、いわゆる教室塔や本校舎と呼ばれる【第一棟】のほか、事務員や教職者の待機場所及び専用の執務室などが詰まっている【第二棟】のほか、広場や諸外国から渡来したスポーツ文化を楽しむスペース、地方の学生向けに整備された寮、おまけに卒業生たちも多く務める最新技術の研究所なども存在している。
シュト市内もだいぶん海の外の影響を受けているが、カレッジ内部はほとんど「異国」と言ってもいいくらいだ。敷地の外ではお目にかかれない最先端のものがたくさんある。
例えば中央の広場を突っ切り【第二棟】を目指すレイカたちの目の前に、突然現れた鈍色の動物をかたどった機械―― いまでも極東人の多くはからくりと呼ぶ―― がそれだろう。
急ぎ足で目的地に向かっていたレイカは、横合いから少しずつ近づいてきていたそれの存在に気が付かなかった。危うく踏んづけるか蹴飛ばすかしかねないかの間合いで、偶然足元に迫っていたソレが、尻のあたりにある排気口から微量の蒸気と煤を吐き出したのである。
「足元をよく見ろ」
「ひゃっ!?」
からくりの自己主張とほぼ同時に投げかけられた従者の忠告の甲斐なく、驚いて後ろにひっくり返りかけたレイカを、すぐ後ろを歩いていたフウカが支えた。
やや危険なアピールを終えた機械は、それっきり動かなくなってしまった。レイカもフウカも機械には疎いが、蒸気の他に耳障りな異音を発していることから、どうやら壊れてしまったらしいとわかる。
「あいや、大丈夫かいお嬢さんたち!」
呆然と機会を見下ろす二人のもとに、小太りの男が駆け寄ってきた。
煤で汚れた白衣に、小さな顔に不釣り合いなほど大きいメガネといった風体で、胸元のポケットに押し込まれた証明カードは学生のものとは異なっている。カレッジ併設の研究施設に勤めている研究者のようだ。
「火傷とかしていないかい? 断熱処理がイマイチだから、ソイツの体は駆動時に相当高熱になる。吐き出す蒸気は言わずもがな、だ」
特に説明を求めても居ないのに、男は見事な滑舌を披露した。
すっかり圧倒されて背中に隠れてしまったフウカに少し離れているように伝えると、レイカは乱れてしまった前髪を軽く指で払って整えた。
「ええ、まぁ、特に怪我とかはしていないけど……」
「そうか、それは良かったよ。いやはや申し訳ない。まさか進行ルートに人が通りがかるとは思っていなかった。今日は特に人通りが少ないから……」
「確かに人通りは少ないけど…… これって「実験」よね? 研究所のヒトが、どうしてこんなところで」
研究者の男が言うように、広場の人通りは普段に比べて圧倒的に少ない。機械を動かしてみるには絶好の状態だと言えなくもないが、研究施設の中にも起動実験に適した環境は備わっているはずである。わざわざ校内の広場で動かす必要はないはずだ。
「あー、それはごもっともな疑問だ。普段なら施設内でやるところなんだけれどね。今日は実演込みの取材ということでね」
「取材?」
「そうさ。僕らが頼んだんだよ」
オウム返しに訊き返したレイカに応えたのは研究者の男ではなく、少し離れた場所に立っていた青年だった。背が高くひょろりとした体型で、こちらも眼鏡をかけていた。カレッジの学生であることの証明になるカードに穴を開けて紐を通したものを首から下げており、それに捺されている判の模様からして、レイカたちよりひとつ上の三回生であることがわかる。
「学生が研究所の所員に取材って、どういうことなの?」
「どういうことも何も、記事にするためさ。衆聞会の活動の一環として」
「衆聞会……」
思わぬ遭遇に、レイカとフウカは顔を見合わせた。どうやら管理課を訪ねる手間は省けそうである。




