#24
予約投稿に失敗していたことに気が付きませんでした。申し訳ございません。
次回更新は28日です。
#24
「ん、これは?」
不自然、と言っても、それは見た目に明らかな筆記用具―― 立派な万年筆である。取り上げて眺めてみても、形状その他に不思議なところはない。
トキヤが妙に思ったのは、持ち手の部分に彫り込まれたイニシャルであった。これはもともと、エドガー・ジョン・フレミングの持ち物ではない。
「I・H…… イツキ・ホウジョウ? ホウジョウ氏の持ち物がどうしてこんなところに」
ホウジョウとフレミングは友人同士だった。互いの家に互いの持ち物が紛れていてもおかしくはない、と言えなくもないが。
どうしても気にかかったトキヤは、万年筆を手にとって丹念に調べてみることにした。
おそらくは執筆に使われていたのであろう。ずいぶんと使い古されており、お世辞にも状態が良いとは言えない代物だった。ただ、未だに使えそうな様子ではある。
持つ場所を変えてみたり、見る角度を変えてみたり、トキヤはあらゆる手段をもって、万年筆からヒントを引き出そうと試みた。すると、そうしているうちにペン先の反対側―― つまり持ち手の先端の部分が妙に"重い"ということに気がついた。実際に万年筆を使って「書く」動作をしてみると、なんとなく座りが悪い。
(先端に鉛でも仕込んであるのか?)
慣れてしまえば問題ないような違和感だが、わざわざ使いづらくするような"仕込み"をする必要はないはずである。――となれば、別の理由があるはずだ。思いつきを頼りに、トキヤは持ち手の頭の部分を摘んで捻った。すると、
「外れた……?」
見た目には分かりづらかったが、どうやら先端はキャップのようになっていたらしい。反時計回りにひねるとあっさりと外れ、中から金属製の円筒が顔を覗かせた。
「なんだこれは?」
直径は万年筆自体に比べて細い。表面に一対の四角い溝が彫られており、それ以外には目立った特徴はない。トキヤはしばらく黙ってその円筒を見つめ続けていたが、
「……まさかとは思うが」
と呟き、おもむろにその円筒を箱の鍵穴と思しき箇所に突き刺した。
サイズはものの見事に一致した。導かれるようにして鍵穴へと滑りこんだ円筒は、トキヤの手に"最奥部に引き寄せられてゆくかのような感覚"を与えた。
さらなる反応を求めてゆっくりと円筒を時計回りに回し始めると、ある箇所でカチリとわずかに機構が動くような音が響いた。万年筆を手放し、おそるおそる箱の蓋に手をかけると―― 箱はあっさりと中身を披露した。……開いたのだ。
(どういう仕組みになっているんだろう。……もしかしてこれが"電磁石"というやつだろうか)
なぜ箱が開いたのか、仕組みはよくわからない。だが、これでようやく目的を達することが出来そうだ。
トキヤは箱の中に収まっていたものを慎重に取り出した。イツキ・ホウジョウのサインの入った、古びた日記帳だった。
――おそらく、ここに書かれていることですべてに決着がつく。そう思うと思わず手が震えた。
日記帳の最初の頁には、二十年前の日付が記されている。記録は相当数にのぼるようだ。ホウジョウはかなりマメな性格であったらしい。
目的の情報が書かれている可能性の高い日付を求め、頁を繰るトキヤの手が、ピタリと止まった。
背に感じたのは、ひとさじの悪意。――否、殺意。
もしもトキヤが自分の発見に必要以上の感動を覚えて興奮していたなら、それに気がつくことはなかっただろう。あるいは、持ち主はすでに死んでいて、十年以上放置されていた場所であるとはいえ、他人の家に不法侵入しているということへの後ろめたさが、彼に完全な油断をさせなかったためかもわからない。
いずれにしろ、トキヤは気づくことが出来た。――自分の身の危険に。
あとは勘だった。持ち前の反射神経と身体能力をすべて動員し、身をよじって自分が居た場所を"空"にする。その動作があとコンマ数秒遅れていたら、すべてがそこで終わっていた。
静寂ばかりが支配する無人であるはずの家屋に、炸裂音が響き渡る。
たたらを踏みつつ振り返ってみれば、資料室の入り口に襲撃者が立っていた。
見覚えのある顔。――ダイバという名の御者であった。
ダイバは凶悪な笑みを顔に張り付かせ、今しが発砲した拳銃の撃鉄を引き起こしたところだった。
トキヤは何か言おうと口を動かしかけるが、改めて銃口がつきつけられると、言葉を飲み込むしかなくなってしまった。
「おっと、動くなよ。叫ぶのもナシだ。……もっとも、ここにはアンタの味方はもはや居やしねぇ。何をしようがムダってやつでさぁ」
一撃目を辛くも避けることが出来たトキヤだったが、それはトキヤの背後をとった相手側の油断もあっての奇跡であった。まさか気づいて動き出すとは思っていなかったのだろう。トキヤの突然の動作に驚き、反応が遅れた上に狙いが逸れたのだ。
ダイバはもはや油断しないはずだ。トキヤが体を動かす素振りを見せたら撃つつもりだ。トキヤは身のこなしにこそ多少の自信があったものの、さすがに銃弾よりも速く動ける道理はない。
「さ、アンタの仕事とやらもこれで"おじゃん"だ。……さっさとその手に持っているものをこっちに寄越しな。素直に渡して何も喋らねえと約束するなら、命の扱いだけは考えてやってもいいぜ」
空いている左手で手招きのような動作を見せ、「投げて寄越せ」と示すダイバ。普通なら従うしか無いシチュエーションだが、トキヤは敢えてすぐに日記帳を手放すことをしなかった。
ダイバは背後から銃撃してくるような悪党だ。目的の物が手渡されれば、命の選択権に代わり、冷たい鉛球が与えられるであろうことは明白である。
「なるほど、やはりのこの日記帳には都合の悪いことが書かれているようですね。……サギリ奥様にとって」
トキヤの静かな反撃に、それまで余裕がありありとうかがえたダイバの表情に僅かな翳りが生じた。
「――へぇ、そう言ってのけるってこたァ、少しはこの展開を予想していたようだな?」
「あくまでも「その可能性は充分に考えられる」と思っていた程度でしたが。……残念です。ボクの邪推であればどんなに良かったことか」
とはいえ、昨日の時点ですでに結論は出ていたようなものだ。だから、今日の探索は綱渡りのようなものだった。最後の最後でこのような事態に陥ってしまったのは、トキヤの詰めの甘さゆえだろう。よもや、拳銃が持ち出されるとは考えてもみなかったのだ。
「こうして銃を突きつけられて確信しましたよ。"誰"がやったのかまでは特定できなさそうだと考えていましたが、あなたで間違いなさそうだ」
「何がだ?」
すでにダイバの表情からはヘラヘラとした軽薄な笑みは消えている。トリガーにかかる指も、きっかけさえ在ればすぐにでも行動を開始するだろう。指先ひとつ、ほんの少しばかりの運動によって、トキヤの命は散らされる運命にある。それでもトキヤは言葉を続けた。絶体絶命の状況において何としても時間を稼ぎ、逆転の発想を生み出すために。
「わかっているのでしょう? ……ホウジョウ氏の娘を手に掛け、そしておそらくは"ホウジョウ氏本人"をも殺した"実行犯"。それがあなただ。……違いますか?」




