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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
二章 真実の輩は扉を叩く
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#23


#23


 フレミングはこの地に住んでいた時も、シュトに移り住んだ時も変わらず一人暮らしのままだったようだが、いずれの屋敷も一つの家族が揃って住まえるだけの規模がある。もしかしたら、フレミングはいずれ故郷の家族を呼び寄せるつもりだったのかもしれない。この国にはイツキ・ホウジョウ以上にフレミングと親しい間柄にあった人間はいなかったようなので、誰かと空間をシェアしていたとは考えにくい。


 屋敷の大きさは、現オオトミ邸にくらべて少し大きい程度である。部屋数もう腰ばかり多いが、そのほとんどには何も残されていなかった。家財の一切は移されたのであろう。大きな棚やテーブル、椅子などは残されていたが、人が住んでいた残滓が僅かに残されているだけといった具合で、がらんどうと言っても差し支えがない様相であった。


 トキヤは何も見逃すものがないように、かつなるべく時間をかけないようにしながら、ひとつひとつの部屋を調べていく。一階の探索が終了した。特に変わったものは見つからなかった。


 少しの落胆を胸中に抱えたまま、二階部分へと向かう。


 階段を登った先の廊下の壁には、西洋人の男性が描かれた絵画が飾られていた。年齢は四十代後半くらいであろうか。薄暗い屋敷の中で見ると"それなり"の雰囲気が備わって見える、青白い顔色の紳士である。

 トキヤは思わず足を止めてその絵画を眺めた。古い油絵のようだ。誰が描いたものか、また誰が描かれたものであるのか、特定するための情報はない。おそらくはフレミング家ゆかりの人物であろう。美術眼は備わっていないトキヤだが、経年の程度からみるにフレミング本人というわけではなさそうだ。これが描かれた時、彼はもう少し若かったはずである。


 絵画から視線を外し、廊下を右手側に折れる。そして、探索が手前から二番目の部屋に到達したとき、ようやく"それらしい"部屋が見つかった。


 他の部屋よりもやや広いスペースが取られたそこは書庫であった。大量の書架と、読書や調べ物、あるいは執筆作業などに使われていたのであろう書き物机と椅子のセット。格子のはまった小窓からはやわらかな日差しが差し込んでおり、ホウジョウやフレミングといった人種にとってはさぞ居心地の良い部屋であったであろうことがうかがえた。残念ながら、今はそうでもない。部屋の中は、むせ返りそうなほどの埃や塵でうめつくされている。

 目の前に舞う塵芥を払いのけつつ、トキヤは室内に入り込んだ。書架に並ぶ書物のほとんどは、宗教や各地域の伝承、魔術や呪術等のオカルティックな内容で占められている。マミヤ邸で発見したフレミングの研究課程を記した資料を見る限り、彼は"一般的な"領域を出ることはなかった研究者だった。この中にもおそらく、"本物の魔術"に関わるような書物は含まれていないであろう。そもそも、今回に限ってはそういったものを調べるためにやってきたのではない。トキヤは書架よりも優先的に、僅かな小物が残されているラックや、書物机を調べることにした。


 部屋の最奥までやってくると、探すまでもなく、机の隅に小箱が置かれているのが目に入った。

 装飾が施され、小さな宝石があしらわれた、それなりの値打ちものと思しき小箱である。大きさは一般的なサイズの本が一冊か二冊おさまる程度であり、持ち上げて揺すってみると、何かが入っているような手応えを感じることが出来た。


 いよいよ当たりか―― と小箱を開けようとするトキヤであったが、当然のように鍵がかかっていた。もう一度刃長に眺めてみると、正面に完全な円形の、小さな鍵穴のようなものが空いている。残念ながら、トキヤにはこのごく小さな鍵穴に適合する鍵に心当たりがなかった。


 どこかに鍵が隠されていないだろうか。書き物机の引き出しや、棚の中を探してみるが、それらしいものは何一つ見当たらない。出てくるのは筆記用具や空のインク瓶くらいのものである。

 一瞬、箱を破壊して中身を取り出そうとも考えたが、箱は小さいサイズにしてはずっしりとした重さのある金属製である。壊せないこともないだろうが、道具のない今の状態では無理だ。


(あまりやりたくはないが…… 背に腹は変えられんか)


 トキヤは意を決すると、胸ポケットに潜ませてあったヘアピンを抜き取った。彼自身のぞまぬ技能ではあったが、叔父から所謂「鍵開け」の術を伝授されている。機会に恵まれないのでさほど巧みではないが、簡単な錠であれば、トキヤでも曲げ伸ばしたヘアピンで解錠できるはずだ。


 箱を机に置き、屈みこんで鍵穴と視線を合わせ、ヘアピンを差し込む。中の構造を探るようにヘアピンを動かしていくが、どうにも手応えがない。普通の鍵穴ならば必ずどこかに引っかかる感触があるはずである。そこを"手がかり"として無理に引っ掛けて開けるのが鍵開けというものなのだが、この鍵穴の中にはそういった"凹凸の一切がみつからない"のである。


「……参ったな」


 諦めて一度ヘアピンをしまい、考えこむ。


 仮にここにホウジョウが残した「真実」が眠っているとして、彼はどういうつもりだったのであろうか。


 意図的に残したものであれば、誰かに発見されることが前提のはずである。そして、ホウジョウが「真実を見つける相手」として想定していたのは、親友のフレミングであったのだろう。


 ホウジョウは予めフレミングにこの屋敷の鍵を借り、この箱に真実を隠してからシュトへと戻り、家を売った。そのタイミングでフレミングに屋敷の鍵を返そうとしたはずだが―― おそらくはなんらかの理由で会うことが出来なかったのだろう。故にホウジョウは自分の家の鍵束に友人の家の鍵を紛れ込ませるという賭けに出た。友人の帰りを待つほど、彼には余裕がなかったのだ。

 鍵はその後、ホウジョウの目論見通り一度はフレミングの手に渡ったが、彼は不幸にも【開かずの間】の中を覗くという愚行を犯し、その場で殺されてしまった。この"事故"こそがすべてを狂わせたのだ。


 フレミングが【真実の輩】に殺されることなく、自身の家の鍵を見つけ、探索をしていたのなら、今回の件は別の様相を見せていたはずである。残される問題は元の次元に還ることの出来ない【真実の輩】のみとなるはずだった。


(ホウジョウ氏が真実を伝えたかった相手はフレミング氏だった…… だとしたら、フレミング氏はこの箱を"開ける方法を知っていた"はずだ)


 そして、箱には鍵がかかっている。少なくとも、ホウジョウとフレミング。この二人の人間はこの箱の鍵の構造をよく理解していたことになるのではないか。


(二人の人間が共通して扱うことの出来る箱、か。……お揃いの鍵を持っていた、なんてことでなければいいが。そうなれば今度こそ"詰み"だ)


 それこそこのまま箱を持ち帰り、破壊する手立てを考えなければならない。


 逡巡の末、もう少しその場を調べてみることにした。トキヤはさきほどの探索で「鍵の形状をしたもの」を想像して探したが、そんなものはどこにもなかった。あるいは、鍵は"鍵の形をしていない"のかもしれない。なにしろ、この箱の鍵の構造は特殊なのだ。


 手始めに、見落としがないことを確かめる。引き出しを完全に抜き取り、裏側や内側の壁までよく見なおしてみたが、何かが隠されている様子はなかった。

 棚も同様である。それ以上の収穫はない。


 こうなると、この場で調べられるものはすでに引き出しの中から引っ張りだした物品のみとなる。

 筆記用具の類と、空のインク瓶だ。

 トキヤはそれらをよく観察できるように、机の上にざっと広げてみた。すると、数ある筆記用具の中に、ひとつだけ明らかに不自然なものが含まれていることに気がついた。


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