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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
二章 真実の輩は扉を叩く
51/78

#19

今回は少々短いですが、文字数的にキリが悪くなるためシーンを二回に分けます。ご了承ください。

6/11 サギリの容姿についての描写を少々追加しました。

#19


 ホウジョウ家の屋敷は、極東の自然あふれる田舎に建っているには、いささか不釣り合いな規模と様相の建物であった。少しばかり発展した地方都市の役所だと言っても遜色が無いような小綺麗なデザインで、ダイバによればイツキ・ホウジョウがまだシュトで暮らしていた頃に、現当主である彼の弟がまるごと建て替えたのだという。そのころまだダイバはホウジョウ家に召し抱えられていなかったが、当時を知るものによれば、建て替え以前は大きな平屋であったということだ。

 馬車から降り、ダイバに導かれるままエントランスまでやってくると、老齢の執事と思しき人物が出迎えをしてくれた。


「ようこそ。お持ちしておりました」


 慇懃に頭を下げる姿は、様になっている。見た目からしてかなり高齢のように見えるが、背筋はシャッキリとしていて、顔立ちからは教養深さを感じられる。先にダイバと接していたからかもわからないが、なるほど真っ当な使用人だというような、妙に腑に落ちるような感覚を味わった。


 トキヤが自身の名前と用件、事前のやりとりのことを口にすると、執事は「存じております。奥様がお待ちです。さ、こちらへ」と物分かりよくトキヤを屋敷の奥へと案内した。


 ダイバはいつの間にか姿を消していた。彼がどういった身分として雇われているのかを訊ねそこねていたが、どうにもまともに使用人としての教育を受けた人間ではなさそうなので、目の前の執事のような"真っ当な"使用人とは折り合いが悪いのかもしれないと、トキヤはそう結論づけて特に気にしないことにした。


 執事はトキヤを先導し、屋敷の一階北側の部屋へと入っていった。

 その部屋は、どうやら本来は客間として存在しているものであるらしかった。応接用の部屋ならば、最低限椅子とテーブルがあれば良い。部屋の調度は客間のそれであった。


「奥様、お連れいたしました」

「ありがとう、もう下がっても結構よ」

「は、失礼致します」


 執事はごくあっさりとした態度で部屋に居た婦人に礼をすると、そのまま屋敷の投下を歩き去っていく。


「カンザキ様でしたわね。……どうぞこちらへ。おかけになって」


 いきなりずかずかと部屋に入り込んで行くのも気が引ける。


 部屋に居た婦人―― おそらくはこの夫人こそがサギリ・ホウジョウその人なのであろう。トキヤよりも一回り以上年かさのはずだが、肌艶が良く、所謂女っぷりは未だ衰えていない。このごろの上流階級の女性が身につけるにしてはやや装飾の控えめなドレスを纏っており、それが却って年若い女性にはない落ち着いた魅力を醸している。


 サギリのいざないの言葉を受けてようやくトキヤは入室し、自らが表せる限り再考の礼節を示してみせた。


「急なおとないをお許し下さい。勝手ながら、少々立て込んでおりまして」

「構いませんわ。当主(おとうと)ならともかく、わたくしには何もやることがありませんの。あなたや夫にはもうしわけないけれど、これもいい暇つぶしになるわ」


 サギリはそう言って、疲れたように微笑んだ。

 口ぶりからして、彼女にとって夫であるホウジョウはすでに「過去の人間」になっているようだが、トキヤはそう思い込んで話を進めることが危険であるように思われた。


 なぜなら、サギリの瞳にはある種の力強さが宿っていたからだ。


 娘と夫を失い、夫の弟の屋敷に身を寄せ、ゆるやかに老いてゆくことしか出来ない女性―― そのような境遇であり、実際彼女はその境遇を自虐的受け止めているような言動をとっているにも拘らず、その目には異様なほどの生命力の強さが垣間見えるのである。


「さ、ともかくおかけになって。ゆっくりお話しましょう」

「……失礼致します」


 いつまでも立ったまま、サギリを睨みつけているわけにもいかぬ。

 トキヤは勧められるまま、サギリの向かいに置かれた椅子に腰を掛けた。その間にも、サギリはトキヤから視線を外さない。やはりこの女性(ひと)は妙だ、と思わずにはおれなかった。


「改めて訊ねることでもないのですが、形式上のことです。……サギリ・ホウジョウ様で間違いありませんね?」

「ええ、わたくしがサギリ・ホウジョウですわ。今やわたくしには、何の身分もありません。友人のように―― とは言えませんが、もう少し楽に話してくださっても構いませんのよ、探偵さん?」

「お気遣いありがとうござます、奥様。ですがこれが、ボクの性分ですので」


 嘘ではないが、本音とも言えぬ。トキヤはサギリの目の前で脱力することはできそうにもないと思っていた。


「そうなのですか。……それで、わたくしに訊きたいこととは? 夫のことについて話をしたい、ということだったと思うのだけれど」

「ええ、その通りです。ですがあなたに色々とお聞きする前に、ボクの調査内容について少しばかり話しておくことにしましょう。ボクの目的をある程度知っておいていただいたほうが話もしやすいかもしれませんし、何よりフェアではありませんからね」

「そう、そうかもしれないわね。わたくしも最初に、それを訊ねてみたかったのです。……なぜ今更になって、夫のことを?」

「実は現在、ボクはイツキ・ホウジョウ氏がシュトに残した物件絡みの事件に関わっているのです。その調査中にどうしても氏の協力が必要であるというような事態に直面したのですが――」

「肝心の夫は―― イツキは失踪していた、と?」

「はい。氏の行方についての手がかりは一切得られず、とうとうここまでやってきたのです。奥様もやはり、ホウジョウ氏の行方については何も?」

「……ええ、残念ながら。わたくしも随分と時間をかけて探したのですが、結局夫は見つからずじまいでした。都から戻ってきてすぐのことだったから、もう十年も前の事になるかしら」


 時間の流れを惜しむかのように語ってみせるサギリ。

 トキヤは息を吐き、さてこれからが本番だ、と緊張感を高めていく。トキヤはここにホウジョウの行方の手がかりを求めてやってきた。故に、先ほどの言葉には語弊があっても嘘はない。

 だが、その大本の目的とは別に、気になっていることがあるのだ。どうにかしてそれを確かめたいとも考えているトキヤであったが、それにはリスクが伴う。


 ここへ来て実際にサギリを見て確信した。彼女はとてつもない意志力を秘めている。トキヤがサギリを見定めようとしているのと同じように、サギリもまた油断なくトキヤを観察している。最初から核心をついていくようなことは避けたほうが無難であろう。


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