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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
二章 真実の輩は扉を叩く
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#14

#14



「はぁ、覚えている限りでの"最近の彼の動向"、ですか。……うーん、そう言われましても、最後にあったのは例の売り渡しの時のことでして、もうだいぶ昔のことですしなあ」


 結局、もう一度会うことが叶ったのは、二日後の午後の事だった。

 それなりに待たされたというのに、管理者の男の反応は芳しくない。


「実のところ、私と彼とはそこまで深い付き合いではなかったのですよ。以前―― 最後に見た時よりももっと昔の話ですが―― はもうちょっと親しかったと思うんですけどね。私のところに家を譲りに来たのも、おそらく知り合いなら"例の条件"を呑んでくれる可能性が高いと踏んでのことでしょう」


 事実、今は後悔しているとはいえ、男はその条件を安々と呑んでしまった。これが初見の相手だったら、少しは状況が変わっていたのかもしれない。


「――ともかく、私は先日お話したこと以上、お役に立てそうにはありませんな。彼の知り合いについては何人か心あたりがあるので、そちらを訪ねてみては?」


 そう言って、男は数名の名前と、連絡先をトキヤに教えた。トキヤは大した情報が得られなかったことに落胆したが、手がかりが得られたことに喜ぼうと考えなおした。


 知り合いの伝手をたどれば、いつかは事情を知る人間に行き当たるだろう。

 ――そう思って行動した結果、情報が確たる形を成すまでに、トキヤはそれから更に五日間もの時を費やすことになってしまった。終わってみてから振り返ってみれば、それほど気楽にあたっていたわけでもないのに、当初の自分がひどく楽天的であったように思えてくる。


 実にいろいろな人物に会った。中には簡単に事情を喋ってくれない人間もいたし、また、余計なことをやたらにまくし立てる輩も居た。ただ、彼らは一様にして、"目的の人物とプライベートで特に親しい間柄ではなかった"という点で共通していた。

 その共通点こそがトキヤを辟易させたのだ。特に事情に詳しいといえる人間が誰も居なかったので、彼らの話す断片的な情報の信憑性の是非を確かめつつ、統合しなければならなかったからである。


 結果、多大な労力と時間を割き、トキヤはようやく目的の人物の詳細情報をまとめ上げる事が出来たのだった。


 イツキ・ホウジョウ。

 それが現・オオトミ邸を建てた人物の名だ。職業は作家であり、姿をくらます以前は、それなりに名が売れていたようである。

 出身は地方の地主の家系であり、海外への遊学経験がある。帰国後は嫡子であった彼が家督を相続するはずだったが、その役目を弟に譲り渡し、妻とともに黎明期のシュトへと移り住んだ。

 シュトへ移り住んだ頃は、女遊びが派手であった(この情報の真偽は定かではないが)が、娘の誕生をきっかけに性格がガラリと変わり、子煩悩な父親となったようである。――だがそれが、後の悲劇へとつながった。


 ホウジョウが家を売り払う年より二年半前、彼の娘が死亡している。それも事故ではなく、世間では誘拐犯による他殺であると目されているようだった。

 事件の詳しい状況を知るものは居なかった。よって、トキヤは叔父の事務所にある充実した資料室(ライブラリ)に潜り込み、それまでに得た断片的な情報を頼りに、当時の記録を調べあげなければならなかった。


 ――"探偵"を初めて三日後の午前。


 スメラ・カンザキの資料室は、トキヤの事務所面積の五倍ほどの広さがある。室内には巨大な(ラック)が整然と並びたち、その中にシュトで起こった事件や事故の記録が収められている。スメラの事務所の人員や、伝手がなければ到底集めきれないものだ。殊事件記録に関しては、市立図書館よりも充実している。


 トキヤは圧倒的な資料の数々の中から、当時の記録を探った。該当する年代のシュトはまだ市警の統率も取れておらず、犯罪件数は今と比べようもなく多い。メディアも規模の大きい犯罪をターゲットにしている。印刷技術が渡来して間もない時期でライバル会社が多く、とにかくセンセーショナルな記事が目立った。この中から一家庭の事件について扱ったものを探すとなると、骨が折れる。

 結局四時間ほど時間を掛け、見つかった情報は大衆紙の切り抜きひとつばかりであった。そこからわかったことは、事件の日取りと世間で誘拐犯の仕業であると噂されているということのみ。労力と成果が見合っているとはいえない。


 もう少し詳しく調べられないものか。

 思わずため息が漏れる。と、


「その事件が気になるのか?」


 突然、耳元で声がした。


「ッ!?」


 突如耳たぶに降りかかる生暖かい吐息と声。トキヤは飛び上がるほど驚いた。何より不意を突かれたことによるが、"その人物"がまさかこのタイミングで話しかけてくるなど、思いもよらなかったからである。


「お、叔父さん……」


 振り返りつつ、相手の正体を口にする。果たして、視線の先にはトキヤのよく知る男が、意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。


 長身痩躯。鋭い目つきで、何かと狼を思わせるような出で立ち。黒髪黒瞳の純粋な極東人であるが、その雰囲気―― いや、オーラとでも言い換えたほうがいいだろうか。西洋人の血が混じっていて、見た目にあまり共通点がないはずのトキヤと、どことなく共通するものがある。


 スメラ・カンザキ。シュトにおいて並ぶもののない凄腕の探偵である。扱った事件は数知れず、その活動の範囲は探偵の定義に留まらない。市警からの信頼も厚く、正式に調査協力依頼がくる事もあるほどだ。


 それゆえに、スメラは多忙である。自身の事務所に顔を出すことすら稀であり、事実トキヤが事務所を訊ねた時点では不在であった。この場所には、スメラの秘書であり、スメラが不在の際―― つまりはほぼ全日に渡り―― に事務所の統括を任されている人物に頼み込んで入れてもらったのだ。


「帰ってきていたんですか。まったく気が付きませんでしたよ」

「おいおい、ここは俺の事務所だぞ? なんだその珍しい物を見たような目は」

「事実、珍しいでしょう。今日は何の用事ですか?」

「用事がなければ事務所に居ちゃなんねェのか俺は」

「用事がなければ事務所に来ないほど多忙なんでしょう? さすがですね」

「そりゃ、確かに用事があってきたんだけどもよ。……おまえ、その無自覚に嫌味なのやめたほうがいいぜ。まァ、俺のせいなんだろうけどなァ」


 硬質で艶のある黒髪をかき上げ、何が面白いのか豪快に笑うスメラ。年齢はもはや四十代後半であるが、多忙に老けこむどころか、生き生きとしている。

 肉体の方にもまったく衰えがない。いつ鍛えているのか定かではないが、細身の体躯にはしなやかな筋肉がしっかりと備わっている。まったく得体が知れない存在というのは、こういう人間を言うのだなと、トキヤは常々思わされているのだった。


「――そンで、話は戻すけどよ。その事件が気になるのか? ッつーか、なんのためにそれを調べてる?」


 ヘラヘラと笑っていたスメラだったが、一瞬で表情を引き締めると、鋭い表情で訊ねてくる。言外に親族とはいえ、自分に断りもなく資料室に潜り込んだことを咎める雰囲気を感じ取るトキヤであったが、この程度のことはすでに慣れ切ってしまった。


「住まいのトラブルですよ。それに決着をつけるために必要なんです」


 いくら叔父であるとはいえ、簡単に事情を話してしまうわけにもいかない。それに、スメラは話に魔術が絡んでくると、とたんに不機嫌になってしまうのだ。


「仕事か」

「仕事です」


 こう言えば、スメラがしつこく詰問してこないことは承知している。


「――なーるほど。住まいのトラブルとやらにソレがどう関係するかは知らねーが、まァいいか。そんで、それっぽちの記事で足りるのか?」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。それっぽちで足りるのか。情報は?」


 慧眼である。情報が十分であるとは言えないだろう。

 トキヤがそう応える前に、言葉の応酬の「間」から感じ取ったらしいスメラは、


「ちょうどいい。かわいい甥っ子のためだ。情報収集の機会をやろう。大いに喜び給え」


 不遜にそう言い放ち、手招きをするのだった。



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