#13
前回、素で投稿の感覚を間違っていました。ご勘弁を。
「具体的には?」
『究極的な話、あのまま何もせずにほうっておくだけならば、大した被害は出ない。しかし、何かのきっかけで部屋の中に光が差し込み、異次元の住人である彼奴が外に出てしまうような事になれば、実害が出る恐れがある』
「彼らは我々に害を及ぼすのですか?」
『まず、彼奴らは自分の姿形について、矮小なる人間どもに知られることを極端に嫌うのだ。たとえ暗闇に閉ざされた部屋に閉じ込められていようと、自らの姿を確認すべく部屋の中の様子を覗きこむようなものが在れば、これを残忍な手管によって殺す』
「……家を訪ねてきたという作家は、鍵穴から部屋を覗き込んだのでしょうね」
トキヤは現管理者から話を聞いていたため、鍵穴から中を覗くつもりはなかったのだが、あそこでフウカに止められなければ、それ以外の余計な行動に移っていたかもしれない。そう考えると、背筋に悪寒が走った。
『おそらくは、そうなのだろう。……主様よ。そのような性質を持ったモノが夜に解き放たれたら、どうなると思う? 無論、彼奴らが積極的に人前に姿を現すとは限らないが、何者かが彼奴らの存在を知覚しないとも限らない。そして彼奴らは、自分の姿形を知ったものを決して捨て置かぬ』
「万が一【真実の輩】が外に解き放たれてしまった場合、もう一度捕獲をするなり、あるべき場所に戻してしまうことは?」
『その方法はわらわも知らぬ。一度解き放たれたならば、彼奴が気まぐれを起こして自分で帰っていくことを期待するくらいしかないだろうな』
「交渉は――」
『出来ぬと思ったほうが良かろう。彼奴は囚われたことに怒りを抱いているだろうからな。……それに、契約は正しく果たされなかった。自由の身となった時、彼奴がわらわも予想しなかった手管で怒りを振りまくこともないとは言い切れないだろう』
「このまま放置はできない、ということですか」
『形あるものはいずれ崩壊する。彼奴を永遠に閉じ込めておけぬ以上は、今のうちに対処してしまうほうが良かろう。……それに、彼奴を正しい方法で還さぬかぎり、彼奴の怒りと嘆きは収まらぬ』
「【真実の輩】をなんとかしないうちは、あの不穏な物音はずっと続くということですか。……やれやれ」
『くくく…… アレは知識を持たぬものにはどうしようもないものであるし、主様には受けてしまった依頼がある。二重の意味で逃れられんぞ。どうする?』
「どうするもなにも…… ボクにどうにか出来るのであれば、やるしかないでしょう」
『とんだ貧乏くじだな』
「まったくですよ。――なぜ今になって」
本当に忘れたいと思っているものは、忘れたと思い込んだ時にその"存在"を主張する。
ここ最近見に降りかかってくる出来事を振り返るたび、トキヤはなんとも言いがたい抗いがたさを感じるのであった。
「まぁ、請け負ってしまったものは今更何を言っても仕方ありません。……ソフィア。あなたがこうしてボクに話を聞かせているということは、この状況を切り抜けるための手段があるということですよね?」
一抹の不安を残しつつ、訊ねる。
ソフィアはトキヤの内心の不安を知ってか知らずか、先ごろまでの神妙な面持ちを崩し、不遜な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
『フン、当然だろう。方法がなければ、何も聞かせずに「手を引け」と忠言してやっているところだ。今すぐ今の状況がどうにかなるとは思えぬが、こうなった以上は迅速に事を済ます。よいな?』
「わかりました。それで、何をすればいいのですか?」
『彼奴を還すための儀式はわらわが知っておる。だが、必要なものが足りぬのだ。……ひとつは、契約者の真名。そしてもうひとつは、"鍵"だ』
「鍵……?」
トキヤは思わず、コートのポケットから出しておいた、オオトミ邸の鍵束に目をやっていた。おそらく、ソフィアの言う"鍵"とはこの中にはないものであろう。
「鍵とは、【開かずの間】の鍵、ということですか?」
『左様。【真実の輩】を捕らえるためには、特殊な鍵が必要なのだ。術者は特殊な"液体"の中に三日三晩鍵を漬け込み、それを用いなくてはならない。そして、彼奴らを元の次元に還すためにもまた、その鍵が必要なのだ』
「ですが、【開かずの間】の鍵は――」
『手元にないのであろう? で、あれば、まずはその鍵の行方を探すことから始めねばなるまい。すべてはそれからだ』
「鍵の行方、か……」
術者の名の方は、すでに予想がついている。今後調べを進めてゆけば、それは確かなものとなるだろう。
問題は、【開かずの間】の鍵の方である。現管理者の話を信用するのなら、家を買い取った時にはすでに、鍵は存在していなかった。だとするならば、
(元の持ち主が持ち去った、ということだろうか。……いったい何のために?)
【真実の輩】をこの世に呼び寄せたのは、十中八九この家を建てた人間、つまりは元の権利者であろう。そして、彼は【真実の輩】によって、なんらかの真実を手に入れたのだ。
――そこまでは良い。どうしても解せぬのは、なぜ契約を中途に放置したまま去ってしまったのか、だ。それも契約の要である鍵を持ったまま。
「……どうやら、あの家を建てた人間について、もう少し詳しく調べてみる必要がありそうですね」
『わらわには指針を示してやることしか出来ぬ。実際に行動するのは主様だ』
「わかっていますよ。やれるところまではボク自分でやってみましょう。――結局のところ、最後はあなた頼みになりそうですが」
『良い。知らぬものは仕方がないのだからな』
「知らぬものは仕方がない…… そうですね。そのとおりだ」
行動の方針は決まった。
目下の障害は調査の対象となる人物が行方知れずというところにある。だが、こういった情報の収集ならば、探偵の業務からは逸脱していない。腕の見せ所といったところだろう。
(あの男のところへもう一度訪ねて行くしかないか。……気は進まないが)
元の持ち主と知古であったという、現管理者の商人。その狸めいた笑顔を思い起こし、すこしばかり憂鬱な気分になるトキヤであった。彼にはなるべく借りをつくりたくないのである。とはいえ、背に腹は代えられない。今のところ、人の繋がりが認識できるのはそこしかないのだ。
今の時間からでは、おそらくは会ってもらえないことだろう。先にアポイントメントを取らなくてはならない。したがって、駆け込むべきは通信局である。
手入れをおざなりにして、そのあたりにうっちゃっておいたコートを手に取り―― 少しばかり逡巡してから、新しく別のコートを出してくることに決めた。
特に理由はない。気分を新たにするための儀式のようなものだ。――もっとも、コートのデザインはまったく同じものである。トキヤの数少ないこだわりであった。
「――さて、では"探偵の準備"をしてくることにしましょう」
『うむ。話の続きは鍵を手に入れてからだ。忘れるでないぞ』
通信局が閉まるまで、あと半刻もない。トキヤは素早く身支度を済ませると、外へと飛び出していった。
灰色の時間を忘れた都市。表情の変わらぬその空は、それでも夜訪れを予感させるように、闇を含んで重く、低く見えた。




