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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
二章 真実の輩は扉を叩く
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#10


#10


 家の中に何者かが潜んでいたのかもしれない。当然そう考えて家の中を探し、何者かが逃走を図ったかのような痕跡が認められないかどうかも確認してみたが、出入りができる扉は男が立っていたエントランスにしかなく、人間が体を通すことが出来る大きさの窓は二階部分にしかなく、そもそもすべての窓には内側から鍵がかけられており、家の中は擬似的な密室となっていた。


「言っておきますけどね、私は何もやってませんからね。ほんとうに。――いや、何もやっていないって言ったら語弊がありますけどね、そりゃ」


 話し終えたあと、男は慌ててそう言い添えた。状況的には、作家を殺し得たのは男本人だけということになる。それを理解してしまったことも、市警に連絡を入れなかった原因の一端なのだろう。男のしたことは、本来なら看過すべきことではない。しかしながら、トキヤは探偵であって市警の捜査官ではないのだ。個人的な正義を振りかざすよりも先に、知るべきことがある。


「遺体を発見した時、何か変わったことはありませんでしたか」

「と、いいますと?」

「何か妙なものを見たとか、現場に不自然な点があっただとか」

「いやぁ、そんなことは全然。何かあったとしても、わかりませんよ。とにかく驚いて焦っていたものだから。敢えて言葉にするなら、周囲の様子は「血の海」という表現がこれ以上ないくらいに当てはまっている、といった具合でしたね。思い出しただけでも気分が悪くなる」


 生産な現場の光景だけは、忘れたくても忘れられないのだろう。男は気分を悪くしたようで、少し青い顔をして、しきりにため息をついていた。


「とにかく、その場をすっかり片付けちまって、そのときはそれっきりです。けれど、いざ家を貸してみると、例の部屋から物音が聞こえるだの、声が聞こえるだのって―― 誰も居着きやしない」

「家を手放そうとは思わなかったんですか?」

「もちろん、それも考えましたけどね。例の「契約」に触れると誰も彼も気味悪がって買い取ってくれやしないんです。どうやら、昔の私が特別物知らずだったようでね……」


 当時は本業も軌道に乗っておらず、考えが及ばなかった。そう自身を振り返り、男は嘆息する。


「いっそ取り壊してしまおうかという気にもなるんですけどね。あんなことがあった手前、どうにも気が進みませんで。なにか私の身にも悪いことが起こるんじゃないかと」

「それで今まで"曰く"を隠しながら、格安で貸し出し続けていたと?」

「ええ、まぁ。……でも、それも限界が近いとは思っているんですよ。実際にああやって直接文句をつけに来て、何事があったのかを問いただしてくるような人間も出たことですしね。――それでおたく、あのお坊ちゃんから幾ら貰っているんです?」

「…………」


 トキヤは答えなかった。先程まではいかにも被害者然とした表情を貼り付けていたというのに、今やこちらの機嫌をうかがう卑屈な笑みが浮かび上がっていた。


「私もあの物件にはほとほと手を焼いているんですよ。貧乏貴族の子息が払える報酬なんてたかが知れているでしょう? おたくがほんとうにこの"曰く"をなんとかしてくれると言うなら、私からも謝礼を出しますよ。こころばかりではありますがね」


 多分に口止めの要素も含んでいるのであろう。あまりにも本音の見え透いた建前である。


 トキヤは自分をただの貧乏人と侮られ、懐柔しようとしている目の前の男にかつてない不快感をおぼえずにはいられなかったが、その昂ぶりの色を口調に滲ませることはしなかった。ただし、その視線が冷気を帯びることは、どうしても防ぎようがなかった。

 トキヤは自分が思っているよりもなお、矜持にこだわる性質だったのである。過去の彼は今よりもだいぶん自己評価が低く自罰的な性質であったから、これは探偵としての師である叔父の影響であろう。


「結構です。ボクはあなたのためにこの件に関わっているわけではありませんので」


 きっぱりと拒絶してやると、男は一瞬「おや」というような顔をしたが、すぐに厭らしい笑顔へと戻った。


「これはこれは手厳しい。私の誠意を拒まれるのはおたくの自由ですが――」

「もちろん、言われずとも心得ていますよ。あなたの"ちょっとした過ち"を市警に知らせるつもりはありません。ボクの矜持にかけて誓いましょう。嘘は申しません」

「それを聞いて安心しましたよ」


 男はそう言ってまた笑ったが、未だ腹に何かを隠しているような素振りだった。

 これは先手を打たねばなるまいな、と。無言のまま会談の場を去るトキヤは考えていた。

 無論、約束事は守るつもりである。――少なくとも、自分が口にした内容に関しては。





「彼から聞けたことはこれですべてです。……さて、改めておうかがいしますが、なにか思い当たる節でも?」

『…………ある』


 話し終えた勢いで訊ねてみると、ソフィアはなにやら重々しく首を縦に振るのだった。


『……おそらく、その【開かずの間】とやらの中に()るのはヒトでもただの動物でもない』


 所有者の男の話を聞いて、なんとなくその可能性をも思い浮かべていたトキヤであったが、ソフィアの口から改めて告げられると、いかにもぞっとしない。


「それではいったい何が?」

『わらわの予想をそのまま話すことは容易いが、あともうひとつだけ知りたいこと―― いや、足りぬ情報がある。それが得られれば、これ以降"どうすればよいか"指針を示してやることも出来るであろう』


 ソフィアの中では結論が出かけているようだが、彼女はその性質上、少しでも曖昧な部分を残しておくわけにはいかないようである。彼女の口を割らせるためには、その「足りない情報」とやらを手に入れてくるしかないようだ。


「どうすればいいのですか?」

『単純な話であるよ。あの若者と同じ体験をすればよい』

「つまり、彼の―― オオトミさんの家に泊まりこんで、例の得体のしれない物音を聴いてこいと?」

『左様。ただしひとつばかり意識してやってもらわねばならぬことがある。"彼奴"の気配がしだしたら―― 厳密に言えば、扉を叩く音が聞こえたならば、それに応えるように扉を叩き返し、唱えるのだ。「我、真実を求む者也」、とな』

「それを実行することで何かがわかるのですか?」

『主様はただ、それに返ってきた応えを聞いてくるだけでよいのだ。……ただし、問いかけに対して「我、真実の輩也」と返答があった場合は、その場から速やかに離れるのだ。何も口にしてはならぬ。よいな?』

「……わかりました。他に何かありますか?」

『いや、それだけでよい。むしろ、余計なことはせぬほうが身のためかも知れぬぞ?』


 余計なこと、か。トキヤは管理者の男の話に出てきた、家の中で突然死んでしまった男のことを思い出す。状況的に言えば、やはり怪しいのは管理者の男ということになるが、彼には今のところ作家を殺すだけの動悸が認められない。――となると、こういった予想が脳裏をよぎる。もしや、作家はソフィアの言う「余計なこと」をやってしまったせいで、扉の向こうの"何か"に殺されてしまったのではないか、と。


「肝に銘じておきましょう。調べるにしても、慎重を期すことにします」

『素直なことはよいことだ。……わらわから以上であるよ。主様の報告、愉しみにしている』


 ソフィアはそう言って意味深に微笑んだが、その笑みは平素の胡乱なものとはすこしばかり違って、なんとも先行きの不安を煽るようなものだった。

 果たして、無事に済めばよいが。


 妙に落ち着かない気分のまま、トキヤは外出用のロング・コートに再び袖を通すのであった。



次回更新は17日となります。(三日ごとの更新ペースに戻します)

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