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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
二章 真実の輩は扉を叩く
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#9

#9


 なおも話を聞きたがるレイカをなんとか押し留めて帰らせたあと、トキヤは来る夜に備えるべく、【開かずの間】を除いた家中をくまなく見て回り、戸締まりを確認した。オオトミの話では、例の夜の戸締まりは不完全であったという。現に、幾つかの窓の鍵は開いたままであったし、雨戸の閉め忘れもあった。

 内部の異変を探るには、外的な要素を絶たなければならない。戸外が闇色に染まり切る頃には、オオトミの家は大きんな密室に仕上がっていた。中にいるのはトキヤ・カンザキただ一人である。


(……さて、時間にはまだ余裕があるが)


 手元の懐中時計に目を落とす。

 それは先の一件で、レイカの祖父であるショウダイ・マミヤが手紙とともに姉妹に送りつけた品のうちのひとつである。ある意味、この時計こそが自分を"その気"にさせたのだと思えば、なんとなく覗きこむたびに因縁のようなものを感じてしまう。


 魔術的な意匠が施されたその銀時計は、結局どういう質のものであるかわかっていない。トキヤよりも圧倒的に魔術に詳しいはずのソフィアに見せてみても、なんの情報を得ることが出来なかった。ショウダイがなんの意味もなく時計を同封したとは考えにくいのだが、これについてはほんとうに一切の情報がない。取り扱いに悩んでいたところ、レイカが「自分たちのせいで壊してしまった時計の代わりに」とトキヤに無理やり預けてよこしたのだ。彼女たちはこの時計が、魔術ゆかりの品であるとは思っていないようである。


 時刻は未だ「夜」とも言い切れぬほどだ。


 季節にも多少左右されるが、シュトではある時間を境に急激に夜の闇が街を包み込む。市が一律十八時を「日没」と定めているのには、夜の闇から市民を守るという理由がある。基準を設ければそれを目安に行動しやすくなるうえ、公的に注意喚起を行っておけば、公僕の負担を減らすことも出来る。

 夜間警邏はリスクを伴う仕事である。彼らは社会的な肩書を持ち、武装しているが、それらが彼らの身の安全の保証をしているわけではない。したがって、彼らは夜間に出歩く人間を等しく警戒し、なるべく声をかけなければならない。


 トキヤは二階の窓から、小さく揺れながら動く灯りを目にした。ようやく夜が訪れたのだ。

 もはや何もやるべきことは残っていない。あとは決まりきった時間を待つのみとなった。


 日没の合図の鐘を耳にしたところで、トキヤは【開かずの間】の隣の寝室に入った。部屋の中には例の日にオオトミが使用したと思しきオイルランプが残されている。特に灯りを必要とする用事はなかったが、窓の外からわずかに差し込むガス灯の光はあまりにも弱々しい。黙って火を灯すと、ランプの中で小さく爆ぜながら揺れる炎を見つめ、トキヤは思考にふけり始めた。


 気になるのは、やはりさきほどのフウカの様子だろう。彼女の話はひどく曖昧だった。彼女の人格を信用するにしても、あの様子が何を意味していたのか、それだけでは判断することが出来ない。


 トキヤがこれを重要視しているのには理由がある。さきほどレイカに言ったとおり、あの【開かずの間】に何か得体のしれないもの―― 少なくとも身近な"いきもの"ではない―― が潜んでいる可能性があると考えているからだ。


 その考えに至ったきっかけは、姉妹からの預かりものであるソフィアである。

 トキヤは昼間の間に得た情報を整理するため、オオトミ邸に向かう前に、一度事務所に戻ってきていた。この時点である種の"臭さ"は感じていた。だからこそ、自分よりも多くの「知識」を持つ居候に話を聞かせてみようと思い立ったのだ。




『――ほほう、【開かずの間】、とな』

「ええ。入ることの出来ないその部屋の中から、妙な音が聞こえてくると。そういう話のようです」

『それはなかなか興味深い話だ。なんじはどう考えておるのだ?』

「当初は良からぬ輩が入り込んでいる―― という線で考えていたのですが、さきほど妙な話を聞いてきてしまいまして。……それであなたの考えをおうかがいしたいと思ったのですが」

『ほう』


 その日も籠の中から手を伸ばし、読書に勤しんでいたソフィア。トキヤにそう水を向けられると、瑠璃色の瞳を輝かせてニヤリと笑った。


『面白そうではないか。聞かせてくれ、是非』

「……面白がられるのは不本意なのですが」

『わらわにとっては他人事であるからな』

「ボクはあなたの主ではなかったのですか?」

『形式的にはな。トキヤは未だわらわの正当な所有者としての資格を満たしているわけではない。――まぁ、それはさておき、早くその話とやらを聞かせてみろ。役に立てるかも知れぬぞ?』


 釈然としないながらも、トキヤはため息混じりに話し始めた。




 昼間の時間をかけてトキヤが話を聞きに行ったのは、件の物件の所有者―― オオトミに家を貸し出している男であった。幾つかの物件を所有しているが、それが本業ではなく、自分で小さな商売を営んでいるらしい。


 トキヤが訪ねてゆくと、男は大層迷惑そうな顔をしたが、市の認可した探偵である明石のバッジと姓名を名乗ると、彼の方からスメラ・カンザキとの関係を問いただしてきた。今度はトキヤがうんざりさせられる番であったが、目の前の男が"そういう男"なのだとわかっていたので、素直にスメラが自分のオ次であるということを告げた。すると、それまでの態度が嘘のように軟化した。聞けば、自分の父親がスメラの世話になったことがあるという。


「いやぁ、でもね。あなただからお話しますけども、市警関係の人間にはね、漏らさないでくださいよ?」


 そうであることは多分に予想できたが、どうやら後ろ暗いことがあるようである。


 トキヤには警察関係者との個人的な繋がりは存在しなかったが、そのことは敢えて告げることをせず、ただ首を縦に振るだけでよかった。男はそれだけで満足し、随分いろいろなことを喋ってくれた。




「オオトミさんの話では、以前に彼の住む家で人死が出たことがあったそうです」

『そう、それは物騒な話だな』

「そのことを確認したところ、実際にあったことで間違いはないようです。ただ、その事件やその前後の話が妙でして――」




 男がその物件を手に入れたのは、十二年前の事だった。

 家の主―― 実際にそこに家を建てた人間が、突然知古であった男にその権利を売り渡してきたのだ。その値段は相場から言って安く、男は喜んでその権利を買い取った。


【開かずの間】に関しては、その頃から存在していたようである。元の権利者から受け取ったどの鍵でも開くことが出来ず、男の方でもだいぶん首をひねった。

 しかし、男は【開かずの間】に対してなんの行動も起こさず放置した。なぜなら、それが元の権利者との「契約」であったからだ。




『契約だと?』

「なんでも、安く譲る代わりに、例の【開かずの間】には絶対に触れるな。無理やり開けてはならないし、部屋に光を入れてもいけない…… というものだったそうですよ」

『光を入れてはならない、か……』


 それまで微笑を湛えていたソフィアの表情が曇る。


「何か思い当たることでも?」

『――いや、今の時点では何も言うまい。全部話してみてくれ』




 男はその「契約」に関して、最初はそれほど気にしなかったようだ。

 どうせ受け取った鍵では開けることが出来なかったし、部屋数は一個人の邸宅にしては十分だった。なにしろ格安であったので、使えない部屋があるぶん多少値引きをして、借家にすることにした。

 個人の色が色濃く残るものを処理し、ようやく借家として使い物になるか―― というところまできたときのことだ。男に尋ね人があった。


 西洋人の尋ね人は作家の某と名乗り、元の権利者の友人であったのだと言った。


 男はその作家の話を聞いて驚いた。なんと、地方に帰ると話していた元の権利者は、家を手放した直後に失踪してしまったのだという。彼の身を案じる作家は、何かの手がかりが残っていないか、残された家を調べてみたいと男に頼み込んできた。

 男は戸惑った。例の家を調べてみたいと言われても、私物の殆どは処理してしまったあとだったからだ。


 しかし、それを作家に告げようとも、作家の方はしつこく頼み込んでくる。どうやら何かアテがあるらしい。それについて訊ねてみてもはぐらかされる。……そのうちに、男のほうが折れた。

 男はその日のうちに作家を伴い、例の家に行った。男は作家に鍵束を手渡し、自分はエントランス部分で待機していることにした。盗まれるようなものはなにひとつなかったが、万が一鍵を持って行かれては困るからだ。


 鍵を受け取った作家はしきりに礼を言うと、まっすぐエントランスを抜けて二階部分へと向かった。男は作家の背中を見送ったあと、何をするでもなく葉巻をくゆらせていたが、数十分も待っていると、突然くぐもった悲鳴のような声が聞こえてきた。

 慌てて二階に駆けつけてみると、【開かずの間】の目の前で、作家が倒れていた。


 ――それは凄惨な光景だったという。


 作家は右目を何か鋭利な、棒状のもので貫かれていた。傷は頭蓋を突き抜けており、後頭部に開いた穴からは大量の出血の痕跡が見られ、素人目にも作家が息絶えているのは明らかであった。

 気が動転した男は―― 知り合いの伝手を頼り、自分の手でこの死体を処理した。醜聞を嫌ったのであろう。なにより、これより貸し出そうとしている物件に"曰く"がつくのが嫌だった。


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