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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
二章 真実の輩は扉を叩く
40/78

#8

実生活で少々無理をしてしまいまして、病院のお世話になっておりました。

予約投稿もしないまま家を空けていたので、まったく更新ができませんでした。もうしわけございません。


9日更新予定だった分は明日の投稿になります。次々回の投稿は14日です。


#8


 オオトミ邸は、大方の予想通りに散らかっていた。


 男の、しかも学生の一人住まいである。廊下には不要なものが放置されっぱなしてあったり、パーソナルスペースには衣服のたぐいが散乱していた。外の環境のせいで汚れがたまりやすいシュトにおいて、あまり一般的ではないスパンで清掃はなされているようであったが、そのやり方はひどく大雑把であり、特に汚れの溜まりやすく手の届きにくい場所は、見るも無残な有様となっていた。


 レイカは開口一番「きったないわね」と言い放ったきり、さほど気にした様子ではないが、フウカはどうも気になってしまうようで、そわそわと周囲を見回しては落ち着かない様子を見せている。周囲を清潔に保っていなければ気が済まない質なのだろう。シュトにおいては、肉体的に健康な人間であるほどその傾向が強い。過ぎた汚れはそのまま病魔に繋がるからである。もっとも、レイカとフウカは「他人によって常に清潔に保たれた」空間で生きてきた人間だ。レイカは"どうにもならないことを知っている"から気にしないようにしているのだし、フウカは"どうにもできない"から気にしているのであろう。


 トキヤはそんな令嬢姉妹の様子を尻目に、あまりプライベートな部分に近づかないよう、各部屋を見て回ることにした。

 オオトミの話通り、家の内部の様子は例の一件から手付かずのままのようである。一階寝室は誰かが使用したままであるし、リビング・ルームのソファの上には乱雑に畳まれたブランケットが二枚残っている。飲酒混じりのパーティーの名残もまたシンクに残されており、その惨状にはさしものトキヤも目を背けざるを得なかったので、せめてもの慰めにとポンプを作動させ、ある程度汚れを押し流しておいた。あとになってこれを片付けることになった人間の憂鬱は想像したくない。


「おおむね、証言通りってとこね」


 いつの間にやら取り出した手帳の中身を眺めながら、レイカが言う。彼女はすっかり探偵気分のようだ。


「証言というと、例の晩にオオトミさんの家に集まっていたという方々の?」

「そういえばまだ詳しく話してなかったわね。一応、聞いておく?」

「ええ、もちろん…… と言いたいところですが、今日のところは肝心のものを調べてしまいましょう。あまり時間もないことですし」


 レイカとフウカに出くわした時点で、トキヤはこの日の探索を早々に切り上げるつもりでいた。実のところ、この家の探索を午後の遅い時間にまわしたことには理由があったのだが、本来の思惑を実行に移すには、単独でなければならない。そう考えていた。


 一階部分の探索を切り上げると、二階部分へと目標を移す。

 二階にある部屋は、住人の個室や客室として扱われていたようである。普段オオトミが寝泊まりに使っていた部屋は、どうやら元々は使用人用の部屋であったらしい。


「――さて、ここが「開かずの間」ということだけど」


 西側の奥から二番目。見た目には何の変哲もないその部屋が、「開かずの間」であるという。

 試しに取ってを握ってみるが、動きはするものの扉が開く様子はない。オオトミから預かってきた鍵束についている鍵をひとつずつ差し込んで確かめてみても、どれひとつ当てはまるものはなかった。


「ほんとうに開かないわね」

「そのようですね」


 トキヤは姉妹に合図を送って少し下がってもらうと、扉に耳を当てて室内の音を聞こうとした。

 しん、という無音が耳をつんざく。息を殺して中の気配を探るが、何か生き物が潜んでいるような気配は感じない。


「どう? 何かいそう?」

「いえ、そういうふうには感じませんが」


 扉を叩いてみる。乾いた音が響くが、中からはなんの沙汰もない。


「……ふむ」


 一度離れ、扉を観察する。

 扉自体は他の部屋とまったく変わりないものだが、鍵穴が大きく、覗きこめば中の様子は見れそうだ。窓の雨戸は閉め切られており、廊下も薄暗い。ほとんど何も見えないだろうが、他に試せる手段もないのも事実だ。――さて、どうするべきか。先にこの家で起こった「出来事」を聞いてきているトキヤは、【開かずの間】に対して迂闊な行動を起こす気になれない。


 鍵穴を見つめたまま思案していると、コートが僅かに後方に引かれる感触がした。

 振り返ってみると、フウカが遠慮がちに指先でコートの端を摘んでいた。何か伝えたいことがあるようだが、その表情は一目見てわかるほどに深刻なものだった。


「どうかしましたか?」


 その意図を察したトキヤが問いかけると、フウカは手を慌てて引っ込めた。


「あ、ああ、あの…… それは、や、やめたほうがいい…… と、思う。です」


 何を、と問い返す必要はないだろう。フウカはトキヤが鍵穴を覗きこむことを止めようとしたのだ。


 ただそれだけのことであるのに、フウカは必死だった。顔色が悪い。「やめたほうがいい」と訴える言葉はいつも以上にたどたどしく、言葉の合間合間で息を呑むような仕草をしていた。

 明らかに緊張を感じている。レイカに目をやるが、彼女は何も感じてはいないようで、むしろフウカの様子を訝しんでいる。

 トキヤは一瞬どうしたものか迷ったが、一度扉の前から離れることにした。フウカは確信がない限り、自身を主張することをしない少女である。彼女が強い不安を感じてそれを訴えてきているのなら、迂闊な行動で煽るべきではないだろう、という判断であった。


 だが、トキヤがフウカの不安を取り除くために行動しても、フウカの怯えた様子は変わらず、むしろ秒刻みに悪化していった。


「ちょっと、大丈夫? あんた」


 フウカの顔色は見る間に悪くなっていく。フラリと体が傾ぎかけたところをレイカが支えにかかる。レイカはトキヤと同じく何が起こったのかわからないようだったが、フウカの突然の変調に強い戸惑いを感じていることは明らかだった。


「……一度この場を離れましょう。どうもフウカさんの様子が普通じゃない」

「そ、そうね」

「一階に戻りましょう。リビング・ルームあたりなら落ち着けるはずです」


 トキヤの提案通りにその場から移動しようとする姉妹であったが、極度の緊張からか、フウカは思うように身動きができないようだった。レイカが必死に引っ張るようにして進もうとするが、彼女の腕力ではおぼつかない。レイカはその行動力と性格に似合わず、身体能力が著しく低いのである。


「ボクが代わりましょうか」


 見かねたトキヤがそう申し出ると、レイカは彼女にしては珍しく弱り切った表情で妹の顔色をうかがった。

 フウカは何も答えない。


「……しかたないわね。お願いできるかしら」

「その、よろしいんですか?」

「あなたが言いだしたことでしょ? 階段もあることだし、お願いするわ。情けない話だけど、私じゃこの子一人の体重も支えられない。……平気よ、たぶん。あなたなら"大丈夫"」

「わかりました。……それでは、失礼」


 すっかり反応がなくなってしまったフウカに一応の断りを入れると、トキヤはフウカの肩と膝裏に手を回し、横抱きにした。トキヤは過去の怪我からあまり腕力に関して自信がなかったが、それでも問題にならないほど、少女の体は軽かった。


 フウカは強張ったまま身じろぎもしない。それが却って運びやすかった。

 一階に降り、リビング・ルームのソファの上に横たえてやると、フウカは五分後には起き上がれるほどにまで回復した。相変わらず怯えた様子ではあるが、もはや体に異常はないようである。


「……ごめん、なさい」


 ある程度調子が戻ったあと、フウカは消え入りそうな声で謝罪を口にした。迷惑は被っていないという旨を伝えると、トキヤはレイカと目配せをした。こういった場合、トキヤが何か質問をするよりも、レイカに訊ねてもらったほうがうまくいく。前回の経験から、トキヤはそれを理解していた。


「あんたがもう大丈夫ならいいわ。それで、何があったの? いきなりあんな――」

「イヤな感じがしたの」


 レイカの言葉が終わらないうちに、フウカははっきりと口にした。自分の膝に目を落としたまま、"その瞬間"のことを思い出し、体を震わせて。


「イヤな感じ?」

「あの時まで、全然なんにも感じなかった…… のに」


「あの時」とは、フウカがトキヤに忠告した時のこと―― つまり、トキヤが鍵穴に興味を示した瞬間のことだろう。激しい動悸を握りつぶすかのように服の胸元をぎゅっと握りしめ、フウカはひゅうと喉を鳴らす。


「何かが…… 扉のムコウに居る感じがしてっ、それがじっと、こっちを見てる気がして、気持ち、悪くて……」

「――もう結構です。わかりました」


 さらに質問を続けようか迷っている様子のレイカにも言い聞かせるように、トキヤは静かにフウカの独白を制した。それ以上続けさせておけば、再び恐慌状態に陥りそうであったからだ。


(やはり、確かめなければならない)


 当初の目的を振り返り、それをなんとしてでも実行しなければならないと考えなおす。ここに来るまでの間につかみとった情報から感じた不安が、胸中で膨れ上がってゆく。


「……レイカさん」

「何かしら」

「あなたがたは、今日のところは帰るべきです。そして、問題が解決するまで、この場所に来るべきではない」


 明確に強い口調でそう伝えると、レイカは少しだけ悔しげな表情を見せるが、もはや彼女はわがままを通すことが出来ない。自身の欲求と天秤にかけるまでもなく、掛け値無しに大切にしているものがあるのだから。


「……あなたの言うとおりね」


 レイカが妹の手を取る。フウカは申し訳無さそうに姉を見上げるが、レイカはそれに優しく首を振った。


「この場はおとなしく引き下がることにする。……でも、ひとつだけ訊かせて。あなたはどうするつもりなの?」


 一度フウカの様子をうかがったあと、レイカは静かにそう訊ねた。トキヤはほんの一瞬ばかり嘘をつくことを考えたが、自身がここに興味本位で着ているわけではないことを思い、再度言葉を選んだ。


「ボクは―― 調べなくてはならないことがまだ残っていますので、まだ帰るわけにはいきません。今日のところは、このままこの家で夜明かしをすることになりそうです」

「そんな……!」


 フウカはトキヤを非難するように声を上げたが、それは自分が蔑ろにされたためのものではないことくらい、トキヤにもわかっていた。

 この場で唯一「何か」を感じ取ったフウカの心配も理解できる。トキヤにも恐怖の感情がないわけではない。特に、自分が"何も感じ取れない"ということに関して、強い不安を覚えずにはいられなかった。


「お気持はわかります―― とボクが言うのも妙な話ですが、必要なことです。フウカさんが感じたことを重要視すればするほど、このまま退散するわけにはいかないのですよ」

「それってつまり?」

「オオトミさんがウチの事務所にいらっしゃった時、ボクが【開かずの間】に生物が潜んでいる可能性を捨てきるべきじゃない、と話していたことを覚えていますか?」

「もちろん、覚えてるわ。だからさっきも中の様子を探ろうとしたんでしょう?」

「ええ、そのとおりです。実際に生き物―― ヒトでも潜んでくれていれば単純な話で済む、と考えていたのですが、フウカさんの反応見る限り、考えが甘かったようですね」

「……どういうこと? あなたいったい、昼間のうちにいったいどこで何を掴んできたの?」


 トキヤは敢えてこの家に来る時間を遅らせた。無論、アカギリ姉妹と出会う前の時間に、何もしていなかったわけではない。彼は関係各所を訪ね、必要な情報を集めていた。

 収穫の中には看過できそうにもない重要な情報が幾つか含まれていた。さらに、それらを整理する段階にあって、ひとつ警戒すべきことが生まれていたのだ。


 もし現在の【開かずの間】の状況が、"警戒すべき状態"なのだとしたら。

 フウカが「イヤな感じ」と称した気配の状態が、ソレの片鱗なのだとしたら。


 またしてもトキヤは不条理の霧のなかへと彷徨い込むことになる。今更逃げることが出来ない自分はともかく、なんの知識も持たない姉妹を巻き込むことだけは避けたい。トキヤは自身の言動に注意を払わなくてはならなかった。ここで姉妹を、完全にこの家から遠ざけてしまわねばならない。


「今はまだなんともいえませんが、もしかしたらあの部屋には、"普通では考えられない生物"が潜んでいるかもしれないのです。……そう、言うなれば―― 【魔物】が」



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