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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
二章 真実の輩は扉を叩く
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#6

#6


「それはまた、物騒な話ですね」


 またもや、「死」が背後に関係している。

 その事実がトキヤの胃に重くのしかかるが、依頼人が意を決して話をしているのだ。浮かない顔をするわけにはいかない。彼はさほど興味を惹かれていないように装い、話の先を促した。


「例の開かずの間の前で倒れて死んでたって、そう言うんですよ。どうして教えてくれなかったんだ! ……って言ったら、『それじゃ商売にならないだろ』って」


 いかにも理不尽に聞こえる話だが、現在の極東の法律上、過去に人死にがあったとしても、借家の管理者が店子に対し、それを伝える義務はない。

 数ある宗教の中には「死穢」という概念が存在するが、それとは関連がなくとも、極東人の多くはこれに近い考えを備えている。要するに、人死にがあった場所を「穢れている」として忌避する傾向・感覚を持っているのだ。

 事故や事件があった物件は売り家であろうが借家であろうが、とにかく避けられてしまう。故に、それを敢えて公表する商売人はほとんど居ないのである。


「つまりオオトミさんは、その「誰か」の死が関係しているのではないかと。そう考えているわけなんですね?」

「まぁ、そうですね。違うんですか? 俺はその話を聞いた時、これか! って思ったんだけど。そいつの幽霊が――」

「短絡的ね、アンタ」


 レイカから容赦のない言葉が投げかけられれば、オオトミは露骨に落ち込んだ様子で、「しかたがないだろ、俺だって正気じゃなかったんだ」などと呟いていた。


(まぁ、それであの部屋には幽霊が潜んでいると考えたとしても…… おかしくはないな。レイカさんの言うとおり、結論付けるのが早過ぎるけども)


 二年間も何事も無く住んでいた物件が、実は曰くつきのものであったと。そんな事情を知ってしまったら、みずからの恐怖体験を「曰く」と結びつけて考えてしまっても仕方がないようには思える。

 しかし、トキヤにはどうにも、「開かずの間」に潜んでいる何かが、実態のない幽霊であるとは思えなかった。


「果たして、ほんとうに幽霊なのでしょうか」

「俺の話、信じてくれないんですか」


 トキヤの問いかけに、オオトミはふてくされたように言葉を返した。おそらくは、裕福な家庭で甘やかされて育ったのであろう。彼にはある程度自分の思い通りに事が進まないと、苛立つ傾向があるようだった。


「そういうわけではありません。ボクが申し上げたいのは、あなたがたが聞いた「音」の主が、ほんとうに幽霊だったのだろうか、ということですよ」

「それじゃあ、なんだって言うんです?」

「あなたが自分で仰ったじゃないですか。生物ですよ。命のある、生きたモノ。……ボクはその可能性を今の段階で捨てきるべきではないと考えます」

「そ、それじゃ、誰かがほんとうにあの部屋に潜んでいるって……?」


 みるみる顔を青ざめさせていくオオトミ。彼の思考は常に極端だ。


(ボクは敢えて、人間が潜んでいるとは言わなかったのだけれどな)


 扉を叩く―― 所謂ノックという行為は、確かに人間的な行動である。しかし、オオトミはあくまでも「そのような音」を聞いただけに過ぎず、また同時に聞いたという「声」も、人間のものであったかどうかは定かではない。

 トキヤは普段レイカがやるように、大げさに肩を竦めてみせると、


「……さあ。今の段階ではなんとも。あなたが知覚した存在が「誰」であるのか、もしくは「何」であるのか―― いただいた情報からでは判断いたしかねますね」

「これ以上どうしろって?」

「あとでこちらから何かを訊ねることがあるかもしれませんが、現状ではあなたに要求することは何もありません。これ以上は実際に動きまわって調べてみる必要があると考えます」

「それって、つまり」


 オオトミの表情に、希望の火が灯った。その日初めて見せる、安堵を含んだ表情だ。


「仮に―― そうですね。【開かずの間の幽霊】としておきましょうか。【開かずの間の幽霊】の正体を明らかにし、それが出来るのならば、あなたを悩ませる原因を排除するために行動する。そういった体で依頼を請け負おうと考えているのですが」


 それは奇妙なアプローチであった。

 そもそも、オオトミはトキヤの素性を詳しく素人は考えていなかったようだ。少なくとも、「探偵」に依頼をしにやってきたわけではない。しかし、トキヤは彼以外の他人がどう言おうと「探偵」であり、彼が請け負えるのは探偵としての仕事ばかりなのである。


 トキヤはあくまでも探偵として、【開かずの間の幽霊】の正体を解き明かす。そのために行動する覚悟はもう出来ていた。あとの問題は、オオトミ自身に「依頼人」となる気があるか否かであった。

 それらはすべて建前上の話でしかないのだが、トキヤは「霊能者」としての仕事はすることが出来ない。そのような働きを万が一にも期待されないためにも、この念押しは必要なことだ。


 そんな事情を理解しているのかしていないのか、オオトミは喜色を浮かべて首を縦に振るのだった。


「是非、是非お願いします。なんだっていいんです、なんとかしてくださいよ! 俺、怖くてあんまり寝てなくて。できれば家にも帰りたいし。新しく家を探すとなると、経費も時間もかかっちゃうから……」


 転居するための経費のことを気にするというのなら、二階の「開かずの間」など無視して、二年間過ごしていてもまったく問題のなかった一階部分で暮らし続ければいいではないか。そう思わなくもないが、せっかく舞い込んできた仕事を棒に振るようなことをわざわざ言う必要はないだろう。オオトミに申し訳ない気持ちがないではないが、トキヤとて生活には金が必要なのだ。


 その後、諸々の相談を終えたオオトミは、くれぐれも頼むとトキヤに言い残し、アカギリ姉妹を探偵事務所に残したまま去っていった。この後、居候先の友人とどこかへ行く予定があるらしい。自身が恐怖に参っていると事あるごとに主張していたにしては、生活そのものに著しい悪影響を受けているという風でもないようである。あるいは、必要なとき以外は普段通りに振る舞うことで、恐怖を忘れるように努めているのかもしれない。


「提示した金額、あの程度でよかったの?」


 オオトミが去ったあと、レイカがそのようなことを訊ねてきた。

 今回は調査に移る前に、依頼料についての交渉を行っていた。報酬は成果に見合った額を、というのがトキヤの考え方であったが、今回ばかりは有耶無耶にはしておけない。ただでさえ質素な食生活から、タンパク質の要素が完全に失われてしまいかねないからである。


「確かに相場よりはすこしばかり安いとは思いますが…… 資産家の御令息とはいえ、転居の費用を気にするくらいでしたし、あのくらいが妥当かと」

「まぁ、トキヤがそれでいいと言うのなら、私がどうこう言う問題でもないか。……それで、今後の行動予定は?」

「もちろん、調査を始めますよ。……あなたがたがお帰りになられたあとで」


 話の行き先が不穏だ。釘刺しのつもりで放ったトキヤの言葉に、レイカはこの日初めて心底面白そうに笑った。


「あら。私たちを除け者にする気なのね」

「除け者と仰られましても…… これより先はボクが仕事として動くことになるわけですから」

「私は紹介者よ?」

「仕事を紹介していただけたことに関しては感謝してもし足りないですが、それとこれとは話が別ですよ」


 そんな気はしていたが、レイカは今回の調査―― トキヤの仕事に首を突っ込む気のようである。


「私、役立たずではないと思うけれど」

「そういう問題でもないのでしょう」


 レイカは特別仕事の邪魔になる人材というわけではない。むしろ、彼女の行動力や物事への執着心は、探偵業と親和性があると言っても良いだろう。しかし、素人は素人だ。いくらなんでも事件の調査に巻き込む訳にはいかない。それに、別の問題もある。トキヤがあまり姉妹と行動をともにしていては、わざわざ彼がソフィアを預かっている意味がなくなってしまいかねない。


「そう。なら仕方ないわね」


 さしものレイカもトキヤの拒絶を受け、引き下がった。――かに見えた。


「それじゃ、あとはお任せするわ、探偵さん」

「ええ、それでは―― また」


 レイカはいずれ責任のある立場におさまる身である。いくら紹介者だといっても、自分(トキヤ)とオオトミとの間に確かな契約が結ばれた以上、これからの「仕事」に強引に関わってくることはない。……はずだ。


 あっさりと退室する姉を追い慌てて―― 自身の"無礼"によってトキヤのシャツがくしゃくしゃになったことに気づき、詫びつつ―― フウカが飛び出していく様子を見送りながら、トキヤは妙に落ち着かない気持ちでみずからの思考に折り合いをつけようとしていた。



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