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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
一章 魔術師たちの昏き憧憬
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#28

#28


 そこで一度、会話が途切れる。

 時計を失っている事務所には、音がない。ただひたすら無音が支配する中、トキヤも"それ"も何も言わなかった。


 淵にすこしばかり残っていたコーヒーは、すっかり冷めていた。すでにない湯気の行方をぼうっと見上げていたトキヤは、ふと思い出したかのように口を開いた。


「決断の材料を集めるために「保留」したつもりだったのですが、これではまた「保留」せざるを得ませんね」

『わらわをどうするつもりだ?』

「言ったとおりですよ。本人を目の前にして言うのもどうかと思いますが、正直ボクはあなたを所持していたくはありません」

『気を遣わなくとも良い。なんじは"どういうわけか"魔術師ではないようだし、なんじにとっては危険物以外の何物でもないだろうしな』

「……まさしく。出来れば手放してしまいたいところですが、そう簡単に決めてしまう訳にはいかないのですよね」

『預かり物、だからか?』

「それもありますが、そればかりではありませんよ。……ここであなたを手放してしまうと、後々問題が起こるかもしれないと判断しました」

『――そうか。ショウダイのやつが、なぜわらわを誰かに受け継がせようとしてまで存続させたかったのか、その真意がつかめぬからか』

「はい。それが知りたくてあなたをここまで連れてきたのだと言っても過言ではないのですが、結局手がかりはほぼゼロだったことですし、無闇とあなたを扱うのは具合が悪いと思いまして」


 ショウダイの隠蔽の手口は鮮やかなものとは言い難いが、周到であり、手間がかかっている。

 そこまでしてやったことには必ず理由があるのだ。"それ"が【焚書会】の人間の手に落ちると不都合が生じるのか、それとも何かの場面で役立つことを想定したのか――。


 いずれにしろ、その「なんのため」かがハッキリしない限り、"それ"を処分してしまうのは下策であると、トキヤは判断したのだった。


『……何故だ?』


 淡々とした態度で話を続けるトキヤの脳裏に、不意に疑問の言葉が投げかけられた。


「なんですか?」

『何故、なんじはそこまで関わる気になれる? なんじの言う不都合も何もかも、"なんじが被るべきものではない"ではないか』


 確かに、"それ"の言にも頷ける。

 本来、トキヤはこの一件に関わるべきではなかった人間だ。黙して何もかもを見なかったことにさえすれば、想定されるリスクを回避すること自体は可能だろう。


「まぁ、殊「関わり」という点に関して言えばボクは完全に部外者ですからね。あなたの言うこともわかりますよ」


 すべては偶然だった。

 トキヤとショウダイ・マミヤの間に繋がりはない。当然、ショウダイの目論見に関して、トキヤはまったく無関係だ。


 なるほど部外者である。そのような部外者が、当事者たちが被るべきリスクを憂うというのは、ある種滑稽な姿なのかもしれない。しかし、


「もはや無関係などとは言えないのですよ。ボクは暴くべきではなかった真実の断片を暴いてしまった。今更なかったことには出来ない関わりを持ってしまった」


 トキヤ・カンザキとは難儀な男である。

 面倒を嫌い、なるべくして避けるものだと頭では考えながら、無縁では居られない。


 それはなぜか。


 解明されぬ謎から目をそらすことが出来ず、謎と面倒事は切っても切り離せない関係にあるからだ。


「関わってしまった以上は、探り出さずにはいられないんです。真実を――」


 トキヤ・カンザキは「真実」にこだわる男である。

 曖昧なままにはしておけない。それがどれだけ瑣末なものであろうと、自分なりの決着がつかなければ納得しない。今回のような大きな謎であればなおさらだ。


 傍から見ればよほどの節介焼きに見えるのかもしれない。だが、ほんとうのところは、そのような"気持ちのいいもの"ですらないのである。


 端的な理由を求められれば、ただ一言こう答える。

 ――ただ知りたいから(しら)べるのだ、と。


「それに、ボクは雇われの身ですからね。まだ不完全な報告しか出来ていませんし、納得のいかない仕事にしたくはないので」

『……本音と建前が逆ではないか?』

「そんなことはありませんよ。ボクはこの性質が高じて、探偵などというものをやっているわけですし」


"それ"は初めて呆れたような顔を見せた。

 トキヤは探偵として優秀な技倆と高い素質を備えた男だが、そのすべてがこの「野次馬根性」を源としているのだと知れると、とたんに卑近に感じるものだ。

 とはいえ、"それ"はトキヤの態度について文句を言える立場ではない。トキヤのそのような性質のおかげで、なんとか立場が保たれていると言っても過言ではないからである。


『……それで、結局わらわのことはなんじが面倒を見てくれるということで良いのか?』

「何か手がかりが掴めるまでは、ボクが責任をもってあなたの身柄をお預かりしますよ。あなたもここに居たほうが安全でしょうしね」

『安全であろうな。……あの娘たちは』

「…………」


 ジトリとした視線から、フイと逃れる視線。"それ"は大げさに肩をすくめるゼスチュアをする。


『なんじは優しいのか冷たいのか、マジメなのかふざけているのか、よくわからぬ男だな……』

「どうとでも解釈してくださって結構です。なんにせよ、あなたにとって不都合ではないでしょう?」

『確かに。良からぬことを考える木っ端魔術師の手に渡るよりはマシだな。……それに、本音を言えば処分されるのも恐ろしいし、"それ以外の何か"が起こるのも恐ろしい』

「そういうわけですので、あなたの扱いは「保留」ということにします。今後の安眠のためにも、レイカさんたちからもう一度話を聞いて、相手の出方も伺わなければなりませんね」


 地下室の出入り口は元のように塞いできたが、レイカやフウカたちが屋敷に赴かなくなれば、いずれ状況が変化したことは知れてしまうだろう。今のところその様子は見られないが、冠詞がついている可能性についても考えなければならない。


 ただの好奇心で関わるにはあまりに課題の多すぎる謎。今後の動向についてあれこれと思案を巡らせているトキヤをじっと見つめていた"それ"は、ある時意を決したように言葉をトキヤの脳へと送り込む。


『――ひとつばかり、提案がある』

「お聞きしましょう」


 上の空で答えるトキヤに、"それ"は構わず続けた。


『なんじはわらわを「ただのリスクだ」と称した。なんじがどういうつもりかはこの際抜きにしても、このままただこの場所においてもらうというのは、いかにも寝覚めが悪い。そうだな?』


 なんとなく不穏なものを感じ始めたのか、トキヤの視線が"それ"へと向いた。

 ロクでもない微笑みが、そこにはあった。


『そこで、だ。臨むのなら、わらわの知識をなんじに分け与えてやっても良い』

「――結構です」

『即答!?』


 驚きに魔術の出力調整を間違えたのか、慣れ始めていトキヤの脳裏に大きすぎる文字(イメージ)が焼きつき、ショックを与えた。頭をフラフラとさせるトキヤに、体裁をなんとか繕った"それ"の言葉が畳み掛けるかのように雪崩れ込んできた。


『少しは考えてみたらどうだ!? さすがにどのようなことでも良いというわけにはいかぬが、わらわが良いと思えば、どのようなことでも教えるに吝かでは――』

「魔術の知識はこれ以上増えても困るのですが」


 トキヤにとって、魔術の知識などは無用の長物である。むしろ叶うなら、すでにある知識を忘れてしまいたいくらいだ。

 露骨に「イヤです」と物語っている表情を差し向けられた"それ"は一度絶句するが、


『何も、魔術に限った話ではないのだぞ! それに、訊かれたこと以外は答えられぬからして、なんじが扱いを間違えなければ、わらわはちぃとも危険ではないわ!』


 どうやら、ただ放って置かれるのは嫌らしい。矜持を保つのに精一杯の様子である。


 ……まぁ、勝手に余計なことを喋り出すわけでもなし、辞書の代わりに使えなくはないか、などと本人が聞けば激高しそうなことを考えながら、トキヤは渋々と首を縦に振った。


「わかりました。何かあれば、協力してもらうことにしましょう」

『フフ、それでよいのだ。どの程度の付き合いになるかはわからぬが、よろしく頼むぞ、主様よ』

「……主様?」

『仮とはいえ、わらわの持ち主となったのだ。呼び方くらい改めるさ。……それとも、"真名"を読んだほうが良いかね、旧き血を引く者よ』


 それは"それ"のささやかな復讐のようで。

 実際、トキヤはそれを聞くだけでビクリと背中を硬直させ、嫌な汗をかいた。


 どういう理屈かはわからないが、"それ"はトキヤの正体を正しく理解しているようであった。銀髪(シルバー・ブロンド)を備えるトキヤが純粋な極東人ではないことは誰にでもすぐわかることだが、その正確な出自を知るものは、おそらくこの島国において二人と居ないであろう。


 トキヤは弱り切ったため息を吐くと、


「主さまでもなんでもいいですから、真名(なまえ)を呼ぶのだけはやめてください……」


 力なくそう懇願したのであった。


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