#27
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トキヤは発見した地下室へと潜りこむ直前、レイカが言った言葉を思い返していた。
レイカとフウカには魔術の智識はない。たしかに彼女たちの記憶によってトキヤは地下室を発見することが出来たが、それは偶然に偶然が重なって生まれた結果でしかないのだ。
「レイカさんとフウカさんがあの地下室にたどり着くことができたのは、ボクという不確定要素が絡んだ結果です。ボクは偶然にも"その手"の知識を持っていましたが、これが他の誰かであった場合、今日の結果はなかったかもしれません」
『そうか。なんじは他でもない、あの"姉妹が"選んだ人材だったのだな…… 匿われるだけの生活を続けていたせいか、わらわもだいぶん勘が鈍ってしまったようだ』
詳しく言及すればアカギリ姉妹が直接トキヤを選んだわけではないのだが、この際それは関係のないことである。――紹介者であるスメラ・カンザキが、この事態を予想していたわけではないのなら。
「実際のところ、レイカさんたちはボクに話を持ってくる以前からマミヤ邸を探索なさっていたようですが、なんの成果も上げられなかったわけですしね」
『なんじの話では、わらわを狙う賊もその頃からあヤツの屋敷の探索を行っていたということだが』
「ええ、そのはずです。書斎の随所に証拠が残っていましたから。……しかしながら、彼らもまた何も発見することは出来なかった。仮に彼らの正体があなたの言う【焚書会】の人間だとしたら、彼らには少なからず魔術の知識があったはずですね?」
【焚書会】は魔導書のたぐいをこの世から消そうとする組織である。
魔導書を識り、魔導書を消すものは魔術師でなければならない。探究心と欲望という要素を共有する輩であるはずの魔術師としては、異例の行動目的であるが、それが一般人にはなし得ない所業であるのは確かだ。
『末端に至るまですべてが魔術師であるかどうかはわからぬが、ショウダイが魔術師であったことは承知しているはず。素人ばかりの構成で探索に向かわせるほど、組織として愚かではなかろう』
「マミヤ氏が亡くなってから約二週間もの間、二組が屋敷を探索していました。ショウダイ・マミヤという人間を知るアカギリ姉妹と、魔術の知識を持つ者たち―― 奇しくも、両者は書斎の謎を解くカギとなる要素を二分していたのです」
『そこに偶然なんじが加わったために、均衡が崩れたというわけか。……なんとも奇妙な話だ』
そう、奇妙な話なのだ。
上手い具合に咬み合って物事が進んでいたためになし崩し的にここまで来てしまったが、疑問はまだ残っている。その最たるものが、「ショウダイ・マミヤの真意」である。
「ある種運命的な要素を感じますが、そんな言葉で終わらせて良いことではない。マミヤ氏が"何かを計画していた"ことは確かです。現状は、それが不完全なカタチで継承されたもの―― ボクにはそう思えてならないのですが」
今の状態は、ショウダイ・マミヤが最初から目論んでいたものとは違ったものであろう。だが、物事が絶妙に一部分のみ噛み合っているせいもあり、ショウダイの計画がどこで間違ってしまっていたのかがわかりづらくなってしまっている。
すでに失われたショウダイの意志を探ることは不可能だ。唯一「ごく最近のショウダイ・マミヤについて」の情報源となりうるのは、すぐそばに在った"それ"くらいなものだったが、
『……こうなるとわかっていれば、強引にでも話を聞き出しておくべきであったか』
「その反応を見る限り、マミヤ氏はあなたにも自分の思惑は話さなかったようですね」
『あヤツは多くを語らなかった。わらわが知っているのは、あヤツが【焚書会】の連中に追われ、危機的な状況にあったこと。あヤツがわらわが連中の手に渡ることを、自分の身に害が及んでもなお阻止しようとしていたことだ』
「そのあたりも、いまいち合点がいかないところなんですよねえ」
トキヤは一口コーヒーを啜り、慣れ親しんだ低い天井を仰ぐ。
苦味が淀んで曇っている思考の中を一瞬貫いてゆく。コーヒーの中に含まれている成分のせいか、あるいは彼自身がその飲料に対して感じている「やすらぎ」のせいかはわからぬが、トキヤは徐々に自身の意識が冴えてゆく感触を味わっていた。
「……マミヤ氏とあなたの契約について、ボクが聞いても差支えがないことは?」
『そう多くはない。あヤツが望み、わらわが与えた。そしてあヤツは目的を成し遂げたが、同時に多くのものを失った。……そのうちのひとつが精神的な自由だった。わらわという枷を得たのだから、当然のことだ』
先ほど地下室にて聞いた以上のことを、"それ"は語らなかった。
多くを語らない理由が契約ゆえのことなのか、今回のこととは一切関係のないことだからなのか、はたまた別の理由が存在するのか。トキヤにはそれを確かめることさえままならないが、ただいまの質問においての肝は込み入った背景事情などではないのである。
「マミヤ氏は、あなたが内包する智識の断片に触れた。そうしておいてなお、それ以上のことを望んだことはなかったのですか?」
『あヤツには野心などはなかった。これは誓っても良い。あヤツにはあの時分、たったひとつだけ「成すべきこと」があったのだ。それだけのために魔術師となった。……まぁ、魔術師となったことでその"代償"に侵されてはいたが、わらわのなかの智識を悪用しようとはしなかったよ』
「……そういうことなのであれば、氏はあなたの危険性というものをよく理解した上で、秘匿し続けてきたということになる。そしてそれが露呈し、自分の身が危うくなった時、自身が担ってきた役目を「誰か」に継承させようとした。……正直を申しますと、彼がそこまでする理由がボクにはわからないのです」
ショウダイと"それ"の間には契約があった。
ショウダイは智識を求み、"それ"は智識を与える代わりに、自身を匿うことを望んだ。
確かにショウダイが"それ"をかばうことには理由がある。だが、それは自身の死を超えてまで存続させるべき"理由"なのであろうか。トキヤが解せぬのはその部分だ。
「あなたの話では、マミヤ氏はすでに成すべきことを成していた。あなたを匿い続けていたのは、謂わばあなたへの義理や恩義。口約束程度の契約だったのだとすれば、理由のすべてはそういった本人次第の感情に集約されるはず。……ですから、彼が亡くなった時点で契約は破綻する。破綻して、そのまま終わりにしなければならなかったはずなんだ。しかし、マミヤ氏は「誰か」にあなたを託そうとした。あなたという存在を他人に託すということは、じぶんの思いばかりを託すのではない。自分が被っていた特大のリスクをそのまま押し付けるということに他ならないのです」
自身でも認めるほど、"それ"は危険を内包した呪具だ。
そんなものを匿う役目を継承させるというのはつまり、継承者にも自身と同じ末路を辿らせかねないということである。実際に危機的状況に置かれていたショウダイが、その事実に気が付かなかった可能性は極めて低い。承服し、覚悟し、彼は決めたのだ。
「ここで先の問題にも繋がってきます。マミヤ氏がなぜそこまでしてあなたを「誰か」に受け継がせたかったのかもわからなければ、本来その相手が「誰」であったのかもわからない」
トキヤはショウダイ・マミヤが呪具を継承させたかったのは、アカギリ姉妹ではなかったのではないかと憶測している。どのような理由があったにしろ、ショウダイは相手にリスクを負わせることを「決めた」のだ。その相手が魔術に対して耐性のない姉妹だったとは到底思えない。
ただ、そう考えると事の発端ともいうべき時点で矛盾が発生する。
アカギリ姉妹がこの厄介事に巻き込まれた契機は二週間前。ショウダイ・マミヤの死と彼から送られてきた手紙である。この手紙の筆跡は間接的にフウカがショウダイ本人のものであると認めているし、家の鍵も同封されていた。本人が出した手紙である見込みは強い。
ショウダイが選んだ継承者が姉妹でないのなら、なぜ屋敷に誘うような手紙が届けられたのか。どうやらこの問題に臨むには、事の始まりを疑う必要さえあるようだ。
(彼女たちには、この手紙が届いた時の状況を詳しく訊かないといけないな)
トキヤが一人考えを整理していると、鳥籠の中の呪具はあからさまに落ち込んだような素振りを見せていた。それが人ならば、自身を「特大のリスク」などと表現されれば落ち込みもするだろう。
――しかし、事実だ。そして呪具は人格を備えていようとも、人間ではない。
『わらわはやはり、もっと早くに失われて然りであったのだ』
「しかし、あなたは自分の破滅を望んではいない。だからこそマミヤ氏に契約を持ちかけたのでしょう?」
『……どのような身の上であろうと破滅は恐ろしい。その気持がないと言えば嘘になるだろう。だが、わらわが破滅を免れるように動いているのは、気持ちの問題ばかりではない』
「……と、言うと?」
『わらわは道具なのだ。自らの処遇に何かを申し立てる権利はなく、そして何より―― "自身を破壊することができず、自身が破壊される恐れのある危険を冒すことができぬ"のだ』
それが呪具として、"かのじょ"が抱える最大の矛盾であるという。
自身の存在が危険であると知りながら、破滅を望めず、在り続けなければならぬことが。
『本来、道具には意志が宿るべきではない。道具としての本質を歪めてしまうからだ。わらわ自身はもう誰にも影響など与えたくもないが、わらわの本質はそうもいかぬ。使われることを望んでおるのだ。……道具としてな』
「理解に苦しむ話ですね」
『そうであろうよ。ロクでもない気遣いの言葉を口にしないだけ、なんじはマシな男だ』




