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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
一章 魔術師たちの昏き憧憬
27/78

#26

推敲分を予約投稿する前に眠ってしまいました。申し訳ありません。

夜勤はあんまりよくないですね、やっぱり。

#26


「まったく、なぜこのようなことに」

『そのセリフ、もう五回以上は聞いたぞ』


 ――夜。


 シュトの夜の闇は本物の闇だ。灯りを持たねば視界は閉ざされ、灯りを持ってしても三メートル以上の視界を確保することは難しい。

 夜に出歩けば、昼間では視認できなかった無数の塵芥が光のなかで舞い踊る姿を見ることができるだろう。それらひとつひとつがシュトの汚染の原因である。


 夜は犯罪者の時間だ。賑わいを見せる日中にはなりを潜めている日陰者たちが、得物を求めて闇の中を跋扈する。ガス灯の光はアテにはならない。闇から身を守るのには、暖かな寝所にて朝を待つのが一番適当である。

 そういうわけもあって、シュトは今や極東一の人口密度を誇る大都市であるにもかかわらず、夜のうちはいかにも静かな街であった。昼も夜も暗雲に包まれたこの街を揶揄する言葉の中に『夜無き街』というものがあるが、実際にこの地に住んでみれば、太陽光がどれだけ偉大なものであるか理解することだろう。


 煤煙によって遮られてなお太陽の照らす昼があるからこそ、こんなにも恐ろしい夜がある。トキヤは以前ショウダイ・マミヤが孫娘たちに向けた言葉を思い返していた。


 曰く、『月は太陽なくして輝けない。けれど月がなければ、ヒトは太陽の光をこれほどありがたいものだとは思わなかったことだろう』。

 なるほどそのとおりだ。月の支配する恐ろしい夜がなければ、ヒトは太陽の偉大さを理解せず、シュトは「常夜」の街と化していたかも知れぬ。――もっとも、月が空にその姿を見せることは、ほとんどないのだが。



 シュトの夜の訪れは早い。時刻は午後十八時を過ぎた頃から、街は一気に活気を失ってゆく。


 時計仕掛のベル―― 夜の訪れを知らせるベルを聞きながら、後日の面会の約束の取り付けと屋敷の後始末、諸々を終わらせて姉妹を彼女らの使用人の目が届く場所まで送り届け、ようやくトキヤが二十四番地区の自宅に戻ったころには、すでに二十時を回っていた。


 完全な夜の時間。


 事務所に帰り着き一区切りついた心地のトキヤは、最近の定位置となりつつある椅子―― 叔父から書物とともに譲り受けた、この部屋で数少ない高級品のうちのひとつである―― に深く腰を落ち着けると、それから体を動かす素振りを見せなかった。


 ――疲れた。というよりも、現在進行形で疲れている。


 トキヤ・カンザキという男は、難儀なことに一度あれこれと考え出すと止まらなくなってしまう。自分の納得のいく答えが得られないと不満に耐え切れなくなり、つい厄介事に足を踏み入れすぎてしまうのだ。

 今回もそうだ。気になることなど捨ておいておけば、こんなにも疲労感を感じることはなかった。あとは姉妹をなだめすかし、実家に送り届ける面倒さえ被れば、晴れて依頼達成となるはずだった。


(それが、どうしたってこんなことに)


 自分の性分をこれ程呪ったことはない、と思う。

 トキヤには今回の件で、どうしても気になることがいくつかあった。それに気が付かなければどんなにシアワセだったろうと思う反面、この疑問を感化した場合、取り返しの付かない状況を生み出しかねないというような、漠然とした危惧もあった。


(聞かずにはおれんだろうなあ……)


 わずかに身を起こし、机上に置かれた鳥籠の中から、こちらをジト目で睨んでいる―― ように見える"それ"に目をやった。


 ショウダイ・マミヤの遺産。魔術の智識の番人である呪具。


 手のひら大の可憐な妖精のような姿をしたそれには、人格のようなものが宿っているらしい。見た目に反してやや尊大なところも見られるが、そこが妙に人間臭くもあるので、トキヤ自身は道具のたぐいであるとわりきって接していることができているとは言いがたい。


 何しろ、「自分には要求を通す権利がない」などと言っておきながら、"それ"の望みはいかにもわかりやすい。それこそがトキヤがこの妙な状況をつくり上げるに至った理由の一員でもあるのだが、それは今はいいだろう。


 こうなってしまえばやるべきことはひとつだ。あの場において出来なかった話を続けるのだ。


 やる気を出して立ち上がると、帰ってからそこそこにしていた外着の手入れを済ませ、落ち着いた空間を演出するために、コーヒーを淹れる。

 薄味のコーヒーしか抽出できないやすい豆を投入するのは、文明にやや置いて行かれ気味の部屋には不釣り合いな、蒸気式抽出機である。中古の物ではない、最新式のものだ。ふと舞い込んできた高額依頼の達成の折、つい買ってしまったシロモノである。


 トキヤ自身、今考えてもバカな買い物だと思わないでもないが、機械自体はそれなりに気に入っている。 やかましいというほどでもなく、無音でないのがいい。シューシューと控えめな音で蒸気(スチィム)を吐き出すさまは、ゴツい見た目の機械のくせに、愛嬌がある。


「さて」


 コーヒーカップを片手に事務所へと戻ってきたトキヤの背は、いくらか伸びていた。

 オイルランプの光でぼんやりと照らされた室内。香りつきの湯気越しにトキヤを見つめる"それ"の虹彩が、わずかに変化したように視えた。


「疑問はなるべく潰しておかなければなりません。少々付き合っていただけますか」

『なんじにはまだ、わからぬことがあるのか? ……いや、明らかにすべきものがあると思った、のだな?』


 さきほどマミヤ邸の地下で聞いたような女の声は聞こえない。なぜか魔術の声を聞くことが出来ないレイカがこの場所に居ないため、トキヤは再び脳裏に突然焼き付けられる「言葉」と会話するはめになっていた。さすがにその現象自体にはなれてしまったとはいえ、独り言のように話すのは居心地が悪いと思わなくはない。


「ええ。あなたの話をうかがって、その内容を特別疑うでもないのですが、どうしても腑に落ちないことがあるもので……」

『わらわの話に矛盾があると? 一応先に言いおいておくが――』

「あなたは質問の回答を拒否することは出来ても、嘘で答える事が出来ない。……違いますか?」

『む……』


 "それ"の口端が引きつったようにわなないた。

 どうやらトキヤの仮説は正しかったようだ。"それ"は道具として質問に答えるとき、嘘をいうことが出来ないのだ。


『そのとおりだ。わらわは意識的に嘘を吐くことは出来ぬ。仮にわらわが間違ったことを言う可能性があるとすれば、わらわの中にある知識が間違っている場合のみ』

「あなたが見聞きし、判断した内容に誤りがある場合でしょうね。あなたのその『機能』があるかぎり、そればかりは仕方のないことだ」

『――それで、わらわが考え違いをしているというのは、つまり?』


 焼き付けられる言葉は声ではないので感情などうかがい知ることなど不可能だが、微妙に逸らされた視線やら、尖らせた口元から、"それ"が拗ねているような気配が伝わってくる。


 呪具であろうがなんだろうが、女性―― ほんとうにそうであるかはわからないが―― の扱いは難しいものだ。トキヤは苦笑し、あえてそれ以上フォローをせずに話を進めることにした。


「その話を進める前に、先に確かめておきたいことがあります。あなたの居た地下室に魔術的な隠蔽が施されたのは、いつごろだったのですか?」

『ショウダイがあの屋敷に移り住んですぐのことだ』

「――失礼。訊き方を変えましょう。あの魔術的な隠蔽が、"第三者によって暴くことができる"ように改造されたのはいつごろですか?」

『ああ、それは今から一ヵ月ほど前のことだ』

「つまり、マミヤ氏が亡くなる二週間前のことか……」


 切羽詰まって用意したわけではないようだ。第一、本もテーブルに施された方陣も、一日や二日でどうにかできるものではない。


「やはり最初から、マミヤ氏はあの仕掛けを"解かせるつもり"でつくっていたのですね」

『まぁ、そうだろうな。あヤツは姿を見せなくなる前、自分の身に危機が迫りつつあるというようなことを度々言うておった。もし自分ではない"誰か"がこの地下室を暴くようなことあれば、そやつにわらわを託すという旨もな』

「それは間違いなく、マミヤ氏本人が?」

『間違いない。はっきりそう言うた。とはいえ、わらわも警戒しておったのだ。ショウダイがどのような仕掛けを施したのかはあまりよく知らなかったからな。なんじが現れた時、警戒せざるを得なかったのだ』


 当初の態度はそういった理由から来たものだった。

 姉妹の闖入によって有耶無耶になってしまったが、やはり素直に「アカギリ姉妹に雇われた探偵だ」と名乗っておけばそれで済んだ話だったようである。

 まぁ、それはさておき――。


「やはり、気になりますね」

『何がだ?』

「マミヤ氏が、実際の所どういうつもりであったのか、がですよ」

『……どういう意味だ?』

「あなたは、マミヤ氏の孫娘であるあの姉妹こそが、マミヤ氏の言っていた「後継者」なのだと思ったのですよね?」

『当然であろう? 彼女らはショウダイの血縁者であるし、なによりあの場所に現れた』


 なぜかは知らないが、"それ"は姉妹について何かを知っているような素振りを見せていた。

 だからこそ、当初トキヤに向けられていた警戒心とは裏腹に、彼女らこそがショウダイの言う「後継者」だと信じこんだのだろう。だがしかし、


「ボクもレイカさんに言われて初めて気がついたのですが、レイカさんたちがあなたの「後継者」だと考えた場合、どうもおかしな部分がある」

『なんだと?』

「今日、彼女たちを見て、接してみてどう思いましたか。彼女たちのあなたに対する反応―― それこそがボクの疑問の正体です」

『どう、と訊かれると―― あ』


 息を呑むような気配が伝わってくる。二百余年も世を渡り歩いてきた呪具だ。みなまで説明する必要はなかったようである。それでも話を前へと進めるため、トキヤは口火を切る。


「こう言ってはなんですが、彼女たちは魔術について何も知らない"ただの"素人です。……そんな彼女たちがあなたの「後継者」というのは、おかしな話だとは思いませんか」


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