#22
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問われたトキヤは、どう答えていいものかわからずに閉口した。
確かに傍から見れば珍妙な光景だろう。この部屋にはトキヤ一人しか居ないはずで、会話ができるような相手は、実際に部屋の中を眺めてみても見当たらない。
『その娘たちは――』
突然の闖入者に、"それ"もまた相応の反応を示していた。
大きな瑠璃色の瞳が動き、二人の少女を順繰りに捉える。某かの感慨があるらしく、頬や目元がわずかに引きつるようにして動いている。どうやら元々無生物の体であるために表情が変化しにくいだけで、人格、あるいは感情というべきものはしっかりと持ち合わせていて、意図的にそれを隠しているわけではないらしい。
『予想外に来訪者が多いな。それで、なんじらは何者なのだ?』
交錯する視線。予想だにもしなかった展開の連続で、トキヤの混迷はかつてないほど深まっていた。
なにか説明らしいことをしようとしても、言葉に出来ない。そもそも誰に何を言っていいのかすらも定まっておらず、その様はいたずらの現場を見咎められた子供のように情けない。
たっぷり数十秒は日和っていたトキヤだったが、ようやくある事実に気づき、すこしばかり冷静さを取り戻した。
トキヤはその時点で頭のなかに焼き付く言葉に慣れていたが、姉妹はどうだろうか。
"それ"の言葉は一種の魔術的現象である。対象を選択して、言葉を直接脳内へと送り込んでいるのだ。
地上に居た姉妹は無論、その対象に含まれなかった。しかし、この場に姿を表したことで、彼女たちはその対象に含まれることとなった。"それ"の二人称が「なんじら」となったことから、それは間違いない。
いきなり五感を通さず言葉が伝わってくれば、よっぽど神経の太い人間だろうと、驚きくらいはするだろう。魔術の知識を持つトキヤでさえも"あの様"だったのだ。魔術をはっきりと魔術と認識していない一般人には相応しいリアクションというものがある。
不思議なことに、そんな一般人であるはずの姉妹の反応は両極端なものだった。
フウカは部屋の外で顔を青くし、耳を塞いで身をかがめ、周囲に視線をばらまいている。あからさまに動揺しており、もはや悲鳴を上げることさえままならぬ様子だ。
レイカはといえば、顔色も変えず、ただ説明を求ムといった具合でトキヤを睥睨するばかりだ。背後のフウカの様子には気付いておらず―― 否、そもそも"何が起こったのかすら"気づいていないようだった。
「どうなの? 何か居た? しゃべるネズミかムシでもいたのかしら。今更何が置きても驚かないわよ、私は」
前髪を払い、腕組みをして威圧するかのような仕草を取るレイカ。どうやらトキヤがロクに申し開きもせず黙っているのが気に召さないようだが、そもそもこの"異常事態"を彼女自身が認識していないため、説明のしようがないのである。
「いえ、ムシやネズミではないのですが――」
『この娘…… そうか、なるほど。これでは仕方がないな』
トキヤが返す言葉を選びながら口を開いたのとほぼ同時に、"それ"が何かに合点がいったかのようにそうひとりごちた。
『もう良い。なんじらの正体はだいたい予測がついた。このままでは話がしにくいゆえ、伝達の手段を変える』
「……その、にん、ぎょうが……」
説明のための言葉が止まる。
唐突な宣言の後、明らかな呪力の放出が行われた。
脳内に直接言葉を送り届けるなどという芸当をやってのけていたことからある程度予想はしていたとはいえ、実際に「行使」の瞬間を目の当たりにし、トキヤは唖然とした。
呪具が本来無生物に宿るはずのない呪力を秘めた道具だということは、魔術師なら誰でも知っていることだ。トキヤにもその知識はある。しかし、呪具が「自らの意志で」、「魔術を行使する」などというのは前代未聞である。
確かに、理屈の上では可能だ。目の前の"それ"は他にはない明確な意志を持っている。その意志と呪力さえ在れば、魔術を行使すること自体は可能だといえよう。それでも、前例にない極めて奇異な光景であることは否定しようがない。
「――ア、アァ、アー ……どうだ、耳で聞き取れるか?」
驚きはさらに続く。
部屋の中に、女の声がこだましたのだ。
レイカのものでも、フウカのものでもない。艶のある、大人の女の声だ。
微妙に籠もったように聞こえるのは、人間の声帯からではなく、魔術による空気の振動で無理やり発生させたものであるからだろうか。シンプルな現象だが、これほど本物に近づけた"声"を生み出すのには、相応の技倆が必要なはずである。少なくとも、並の魔術師にはここまでのことは出来まい。
「え、ええ、今のは何? どこから聞こえてきたの!?」
それまでひとり置いてけぼりを食らっていたレイカにも、これは伝わったようだ。
もう驚かないなどと豪語してたワリには、その鍍金が剥がれるのは早かった。一気に警戒を露わにし、出所の分からない声の正体を探らんと、部屋の奥まで踏み込んでくる。
フウカはレイカを止めたかったようだが、度重なる驚きの現象に苛まれたせいで、軽い恐慌状態に陥っているようだった。
レイカがその場その場で大げさに反応してストレスを往なすタイプであるなら、やはりフウカはストレスを蓄積させ、許容量を超えたタイミングで爆発させてしまうタイプであったらしい。
得体のしれないものに対して考えないように目をそらしていたのに、それが出来ないところまで追いつめられてしまったのだ。手足が上手く動かないらしく、大きな瞳に涙を溜め込みながら震えている。視線だけが、怪しい物に自ら立ち向かっていく姉の背中をしっかりと捉えていた。
「ここだ。……まったく、案外とコレには呪力がかかるのだぞ。ムダはなるべく減らしたいというのに」
「……どこよ?」
部屋に響く声には、指向性がない。空間から生み出しているのだから当たり前といえば当たり前だが、目の前の人形がその不可思議な現象を起こしている原因だとは認められず、レイカの視線は以前さまよったままだ。
「ええい、じれったい! ここだ、ここ! 現実を直視するのだ、このカタブツめ! それっぽい存在などこの場において人形だけだろうが!?」
それまで鳥籠の中で直立不動で事態を見守っていた"それ"が、両手を上げて存在をアピールし始めた。
体を左右に揺らし、体全体で存在を訴えかけるその様子は、いかにも怪しげなダンスそのものである。無生物の体を懸命に操っているらしく、少々動きがぎこちないのが、シュールさに拍車をかけている。
(……なんだこれは。いけない、頭痛がしてきた)
場の空気が一気に弛緩したように感じられた。あらゆる意味で緊張していた自分が急に恥ずかしくなってきて、トキヤは額に手を当てて嘆息した。
「……人形が喋りながら踊ってる?」
ようやくその「現実」とやらに目を向けたらしいレイカは、深刻さとはかけ離れた、珍妙なものを見たというような声音でそう呟いた。"それ"はレイカの自分を見る目から、自分の行動が著しく尊厳を損なうものだったと気がついたらしい。急に動きを止めると、咳払いをして体裁を整えた。
「に、人形ではない。この体は有機物質で作られた、限りなく生物に近い―― と、そんな話をしている場合ではなかった」
「ねぇ、なんなの。このしゃべる人形も魔法の一種なの?」
正体がわかってしまえば強気なもので、突如部屋に響き渡った声の主が、鳥籠の中の無力な人形―― 本人は否定しているが―― だと知れると、レイカはむしろ興味を示して訊ねてきた。
訊ねられたほうのトキヤはといえば、相変わらず答えに窮する立場である。
「ええ、まぁ、無関係とは言いませんが。なにぶん、このような存在はボクも初めて見るもので」
「あら、しゃべる人形なんてわりと"よくある夢のある話"だと思うけれど」
「単純にしゃべる人形であれば、たしかにそうかもしれませんが、これはちょっと毛色が――」
「こら、せっかく伝達の手段を無理して用意したというのに、わらわを無視するんじゃないッ!」
レイカのあくまでも「珍妙な物体」としての扱いを不満に思ったのか、怒気をはらんだ声が室内にこだまする。"それ"にとっては自身の尊厳やら矜持のかかった問題なのであろうが、そうとは知らぬレイカは気安いものだ。先程までの緊張感など、この場にはもはや一欠片も残っていなかった。
「ほら、フウカ。ちょっとこっち来てみなさいよ。こんなの滅多に見れな―― ってあんた、なんて顔してるの」
すっかり見世物を眺めている気分で妹を呼び、振り返る。そこでようやく、レイカはフウカの様子に気がついたようだった。
なぜか言葉の魔術の影響を受けなかったレイカとは違い、フウカはトキヤと同じく"それ"の声を頭のなかで直接認識していた。"それ"が珍妙なただの人形などではないことはわかっている。
あんまり雑に扱って良いものではないよ、と。
フウカの表情がそう物語っているが、無知というのは罪であり、強さでもある。
「今のがそんなに怖かった? 私はむしろ、さっき本が光ったことのほうがよっぽど派手でビックリしたけど」
「あの、そう、じゃなくて。さっき、頭のなか、声が――」
フウカは懸命に事の次第を説明しようとするが、口下手なフウカのことである。自分の身に起こったことを巧く説明できず、姉妹のすれ違いは解消されそう




