表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
一章 魔術師たちの昏き憧憬
22/78

#21

#21


 しかし、いつまでもほうっておくことは出来ない。なにしろ、手がかりらしい手がかりは目の前の"それ"しか存在しないのだ。

 恐る恐る手を伸ばし、鳥籠に触れる。鳥籠自体はありふれたもののように見える。円すい形で、上部から止まり木が吊るされている。呪力を帯びているわけでもなければ、何か仕掛けがあるわけでもなさそうだ。

 中の人形がぎりぎり通るか通らないかというような大きさの扉に手を伸ばす。小さな(かんぬき)のような留め具を爪弾いて外そうとするが、なぜか外れない。なんどやっても巧くいかないので指で摘んで持ち上げようとするが、それでも開かない。抵抗があるなしではなく、最初から溶接されているものであるかのように動かないのである。


「なんだ、これはどうなってるんだ……?」


 予想外の事態に、焦りから小さなつぶやきが漏れた。――その時であった。


『――わらわを真に欲するのであれば、その証を示されよ』


 トキヤは自分の身に起こったことを表現するために様々な言葉を探したが、どれも適切なもの足り得なかった。


 あえて無理に表現するとすれば、声が"視えた"。


 突然言葉そのものが、耳を介さずに脳裏に焼き付いたのである。

 不可思議な体験であった。衝撃に一瞬視界が焼きつき、無様な悲鳴を上げる。

 痛みも苦しみもなかったが、それまで生きてきて味わったことのない感覚に、ただただ不快感ばかりがこみ上げてくる。


『来訪者よ』


 承前の出来事を巧く処理できずにうろたえたままのトキヤの脳裏に、再び声が滑り込んでくる。聴覚を通さず伝わってくる言葉は、男のものか女のものであるかさえも定かではない。


『なんじは何者だ? わらわを受け継ぎし者か、それとも好奇のもとにわらわを奪い来た者か』


 ようやく動悸が収まりつつある。混乱で狭窄していた視界が元の調子を取り戻していくにつれ、自分の実に何が起きたのかがわかってきた。――もっとも、この場においてトキヤがこのような不可思議な影響を受ける原因となるようなものはふとつしか見られない。


 "それ"は鳥籠の中で身じろぎをしたかと思えば、いかにもたいぎそうに体を起こし、立ち上がった。


 その動きは―― 動きだけならば人間のものに限りなく近いものであった。鳥籠に収まり、トキヤの手のひらに乗る程度の大きさしかない、人形だと思われていた"それ"。


 開かれた瞳は瑠璃色だった。値踏みするかのようにトキヤを見つめるその瞳は、ただのガラス玉などではない。ランプの光を受けて複雑なきらめきを湛える様は、さながら生身の人間のものであるかのようだ。


人工妖精(ミミック)……?」


 立ち上がった"それ"の背中には、光の羽が生えていた。

 それこそ地上の書斎に何冊かあった、絵本の中に出てくるような妖精の似姿である。

 人工妖精、もしくは擬似妖精と呼ばれるものは、二重の意味を持つ魔法の道具の一種である。


 まず一つ目に、それらは"妖精"ではない。あくまでも姿を模っただけのものに過ぎず、むしろ見た目の上では目的に沿ったものであることが理想であり、必ずしも可憐な妖精の容姿を借りる必要はない。


 そしてふたつ目に、それらは生命体ではないし、人智を超えた存在でもない。魔術を用いてつくられた、生命体を装った単なる"道具"である。


 魔法の道具の域を出ない代物であるため、もちろん使用者の意向なくして勝手に動くこともなければ、何かの結果を生むわけでもない。大量に操作するにはそれだけの呪力が必要なほか、いざ動かせたとしてもごく限定的な使用法―― 手足や目が不自由な魔術師が生活の補助に使うだとか―― しかされないため、見た目のインパクトほどポピュラーな道具ではない。


 トキヤも実際人工精霊を目にしたことは一度もなかった。ただ、目の前の"それ"に一番近しい存在の知識が「人工妖精」であったため、その言葉を口にしたに過ぎなかった。


 無論、"それ"がただの人工妖精でないことはわかっていた。


 第一、人工妖精は人造人間(ホムンクルス)ではない。早い話が「命を得たように動かすことのできる人形」である。しかし、目の前の"それ"のふるまいには、少々のぎこちなさがあるものの、説明しようのない生々しさがある。


 ――そう。まるで、"人間の魂が無生物の体に乗り移っている"かのように見えてならないのだ。


『ふむ、魔術の知識を持ったうえで、わらわのことを知らぬと見える』


 "それ"のトキヤを見る目が少しだけ様子を違えたようだった。どうやら声を出すことで普通に意思疎通をはかることができるようである。

 やや間を置いて、


『この体はもともと無生物ではあるが、"魂の(うけざら)"として誂えられたものだ。それだけの知識を有していれば、わかるであろう? わらわは人工妖精でもなければ、人造人間などでもない。限定的な目的を果たすためにつくられた呪具である』


"それ"は鷹揚に、自身が呪具であると宣言した。


 それが完全な真実であるかどうかは、トキヤには判断できない。相手の態度から憶測しようにも、"それ"の言葉には聞き耳で判断できるような「震え」がそもそも無いのだ。そこから何かを読み取ることは不可能に近い。


「自ら呪具を称する呪具など、ボクは初めて見聞きするのですが」

『自らを語る道具など、本来は在ってはならぬものだからして、無理もない。わらわがこうしてなんじに語りかけるすべを持つのは、それが"最も適している状態である"からに過ぎぬ。わらわの役目には不可欠なことなのだ』

「――あなたはいったい、なんだというのですか?」

『今のわらわにはその質問に答える義務はない。それが知りたいのであれば、まずわらわの質問に答えてもらおうか。忘れたならば今一度問う。なんじは何者―― いや、違うな』


 鉄面皮であった"それ"の表情が、不遜に緩んだ。わずかにつり上がった口角が示すのは、微笑である。


『なんの目的でここまでやってきたのだ、"旧き血"を受け継ぎし者よ』


 反対に、トキヤの表情は強張った。

 その"事実"を知るのは、この東方においてトキヤただ一人を除いて他には居ないはずであった。


 もっとも親しい親類である叔父にすら教えていない真実を、なぜこの不可思議な存在が知っているのか。ここにきてその日一番の動揺がトキヤを包み込んだ。


「何故それを……」

『その質問にも、今は答えかねる。さあ、聞かせてもらおうか。なにゆえここまでたどり着くことが出来たのか。……返答によっては、わらわは今後一切、なんじの質問に対する回答を拒否する』


 解答の拒否。どうにも地味な宣言ではあるが、この状況下では何よりも効果的だ。

 地下室に呪具が隠されていたのも、その呪具がまるで意志を持っているかのように語りかけてきたことも予想を裏切る出来事だったが、情報を得るまたとない好機でもある。


(……やれやれ、今日はこんな状況ばかりだな)


 表裏一体の窮地と好機。"それ"の言動からして物理的な危険が及ぶことはまずなさそうであるが、これが今日一番選択を間違えてはならない場面であることは確かだ。ここで何かを間違えれば、今までの苦労が全て水泡に帰す。

 実にシビアな場面であるが、承前の"それ"の発現に受けた衝撃を除けば、トキヤは比較的落ち着いていた。ここで答えるべきことは、そう難しく考えるべきではないことのはずである。


(アテがないわけじゃない…… と言うか、ただ素直に答えれば良い気もするが)


 万が一ということもある。時間は惜しいが、かけるべき保険はかけておくべきだ。


「それについて、答えるにやぶさかではありません。ですが、その前にひとつだけ明らかにしておいたほうがいいことがあると思うのですが、いかがでしょうか?」

『ふむ、聞くだけ聞こう。必要と判断すれば、こちらから何か言うことがあるかもしれぬ』

「ありがとうございます。ボクが確認したいことというのは他でもありません。あなたとマミヤ氏の――」


 そこまで口にした時であった。


 もはやトキヤを巻き込んだ運命の歯車は止まらぬ―― とでも言うかのように。

 しっかりと閉めたはずの地下室の鉄製の扉が、勢い良く開かれたのである。


 扉の軋る音に振り返れば、そこには扉に手をかけたまま訝しげな表情を浮かべたレイカと、部屋の外から恐る恐るといった面持ちで様子をうかがうフウカの姿があった。


 しまった、と思う暇さえない。トキヤが自分で無様な悲鳴を上げて、姉妹に"危険"を知らせていたのだということ気付いたのは、レイカが口を開き、事態が急速に動き出した後のことであった。


「悲鳴が聞こえたと思って来てみたら、あなたいったい、何と喋っているの?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ