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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
一章 魔術師たちの昏き憧憬
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#20

#20


 トキヤは本に光を与えるのに使用したオイルランプを掲げ、はしごの掛かった四角形の竪穴を覗き込んでみる。深さ五から六メートルといったところか。家の地下にあるものだと思えば、それなりに深く感じるものである。

 万が一のことを考慮し、息を殺して様子をうかがってみるが、地下に何かが潜んでいる気配はない。もっとも、今立っている場所からでは探れる気配にも限度というものがある。


(行ってみるしかなさそうだ)


 片手にランプを下げたまま、トキヤは器用にはしごへと飛びつくと、慎重に一段一段足場を確かめるようにして下っていった。


 竪穴に自らの立てる足音が響く。金属製のつめたいはしごの感触が、触れたそばから温いものへと変わっていくような気さえした。


 自身の身長の約三倍。それほど長い距離ではないにも関わらず、体を支配する緊張感のせいか、降下時間はかつてないほど長く感ぜられた。ようやく石造りの地面に降り立ち、通路の伸びている方向に灯りを向けてみると、突き当りにこれまた金属製の頑丈そうな扉が在った。


 通路には障害物などはなく、一本道だ。ひとまず脅威がないことを確認すると、トキヤは素早く扉に近づく。

 扉は鍵がかかるような構造ではないようだ。上部には格子の嵌った覗き窓がついている。


 ひとまず灯りを差し入れずに中を覗き込んでみるが、扉の奥は案の定暗闇ばかりが溜まり込んでいる。聞き耳をたてても何も聞こえてこず、まったくの静寂ばかりがその場に横たわっていた。


 息を呑みつつ、灯りを掲げて奥を照らしてみる。


 扉の奥は小さな部屋になっているようだ。広さは地上の書斎の半分もないだろう。

 そこから見える範囲では、チェストやキャビネット、書架がいくつか。テーブルと椅子。

 テーブルの上には何かが乗せられている。


(あれは…… なんだ? 鳥籠?)


 それは中程度の大きさの鳥籠のように見えた。

 奥まった場所にあるため小さすぎる格子窓からでは全容が伺えないが、"何か"が鳥籠の中に入れられているようだ。小さなシルエットが垣間見えたのである。


(まさかこんな場所で生き物を飼っていたのか? ……しかし、飼い主であろうマミヤ氏が不在になって二週間が経っている。およそ生きているものとは思えないな)


 あの程度の大きさの籠で飼えるような小動物は、一日でも世話を怠れば、下手をすればすぐに死んでしまうものである。二週間も捨て置かれたのでは、すでに生きてはいまい。


 ふとそんなことを考えたトキヤだったが、室内には目立った"におい"がないことに気づき、考えを改めた。動物は生きていればにおいを放つものであるし、死んでいれば死臭を放つ。鳥籠の中身が動物ないしはその死骸だったのであれば、無臭というのはおかしな話だ。


(生物じゃないのか? なんとなく生き物の死体かなにかのようにも見えるが…… 直接調べてみるしかないな)


 慎重に金属製の扉を押し開け、トキヤは部屋の中へと身を滑り込ませた。

 手にしたオイルランプが闇から切り出した室内の光景は、『研究室』というような風情であった。

 上の書斎とは比べ物にならないほど、雑然としている。キャビネットやチェストの中には適当に束ねた書類や覚書のようなものが無造作に押し込まれており(中身が飛び出しているような始末である)、同一人物が利用していたようには思えない。


(……どうやら魔術の研究をここで行っていたようだな)


 散らばったまま放置されていた資料群のうちの数枚を手に取り、目を通す。

 どこかで見たような内容だった。知識があり、怜悧なものの見方で書かれた内容だが、肝心の「魔術に関する」ことに関してはだいぶん的外れな知見で、魔術書としての価値はほぼゼロに近い。


(これは例の『月の律動と魔術の関係性についての考察』と同一人物が書いたもの、か)


 そのうちの一枚にサインが認められた。


 エドガー・ジョン・フレミング。どうやらこの屋敷は、この西洋人の魔術研究家によって建てられたものであるらしい。彼はこの屋敷を手放すまで、この地下室に籠もって秘密裏に魔術の研究を行っていたのであろう。それを後になって買い取ったショウダイ・マミヤが、単純な地下室(かくれが)にしか過ぎなかったこの場所を再利用し、秘密の隠し場所へと選んだのだ。


(おそらく、例の本の元になった資料もここで手に入れたものだろう。……それはさておき)


 問題は、ショウダイの遺産だ。


 部屋の中に特にめぼしい物はない。残っているものの殆どはエドガー・ジョン・フレミングのものだ。価値のほとんどないそれらの中に、唯一混ざっている異質なもの―― 鳥籠である。


 鳥籠の中身の正体は、部屋に入った時点でわかっていた。


 人形である。鳥籠に収まる程度の大きさの、西洋人の少女のようなビスク・ドール。

 近寄って改めてそれを見つめたトキヤの口から、感嘆の吐息が漏れた。


 亜麻色の長く、ウェイブのかかった頭髪。頭頂部を飾る、細やかな意匠を施された金のティアラ。純粋な人間のものとは違った、上向きに尖った耳。耳飾りはヒスイがあしらわれていて、左右に異なった形をしている。まとう丈の長い衣服は神官の法衣(ベストメント)にも似ていて、幾何学的な装飾が金刺繍で施されていた。


 美しい造形である。また、純粋な人間を模していないのが、余計に好ましく思われた。

 唯一気にかかるのはしっかりと閉じられたまぶたであろうか。そのようなつくりのビスク・ドールは珍しい。たいていの場合、宝石のような大きな目を開き、虚空を見つめているものだ。


(ずいぶん精巧なつくりだ。まるで小さな人間のようだ)


 造形こそ現実離れしているが、その人形はまるで生身の人間のようにも見えた。

 籠の内側に持たれて眠っているかのような姿勢も極めて自然なものであるし、わずかに開いた口からは、今にも吐息の音が漏れ聞こえてきそうだ。

 しかし、陶磁の肌には血色がなく、呼吸で胸部が上下するというようなこともない。それは確かに人形であり、無生物であった。それは間違いない。――間違いないのだが。


 トキヤの鋭敏な感覚に訴えかけてくるものがある。

 生命の宿るはずのないものが、「自分は生きている」と囁きかけるかのように。

 波があった。集中しなければ察知できないほどの、波。

 それが心臓の鼓動を、血流を、呼吸を思わせた。

 穴が空くほど人形を見つめ続けた。自分の勘違いであると思いたかった。しかし、トキヤの類まれなる感知能力は、気の利いた嘘でさえも吐かぬようだ。


(……やはりこの人形、微弱に呪力を発している。まさか、こんな場所に無造作に【呪具】が置かれているだなんて……)


 散らかった地下室のなか、その人形ばかりが"本物"であった。それだけが魔術を体現していた。


 通常、魔法の道具(マジック・アイテム)は使用者が自ら呪力を込めなければ、なんの結果も生み出すことができない。例えば地下室の鍵としてショウダイが創りだした本も、そういった魔法の道具のうちのひとつだ。


 しかし、とある技術と強い呪力、そして揺らぐことのない心念―― あるいはすでに"歪みきった"心念によって生み出された魔法の道具は、それ自体が呪力を帯び、単独で現象を起こす力を持つようになる。魔術師たちはそういった魔法の道具を【呪具】と呼び、畏れている。


 呪具は極めて危険な代物である。それがどういうものか知ってさえいれば、魔術師ではない"ただの人間"にも扱うことのできる恐れを含んでいるからだ。

 トキヤは自分の手のひらに乗るか乗らないか程度の大きさでしかない人形の前で、息を呑んだ。


 緊張で喉と唇がたちまち干上がるのを感じた。


 地下室が魔術で秘匿されていた以上、魔術に関する"何か"が出てくるだろうとは踏んでいたトキヤだったが、それが呪具であるだなんてことは考えもしなかったことであった。


 最悪のケースである。

 目の前の人形がどのような質の呪具かはまだわからないが、呪具と呼ばれるものに関して、まともな代物はただのひとつとして存在しない。それも当然のことである。それらはまともな方法でつくられたものではないのだから。



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