第三話 あじさい
穴があったら入りたい。
目の前に真っ暗になったのは、愛しのきみが居たからじゃなかった。
情けない話だが、腹の空き過ぎによる貧血によるもの。
その夜、点滴を打たれながら私は一人泣いて誓う。
絶対に痩せてやる。
「横綱が体育、休むなんて珍しいね」
そうなのだ。私は太っているという他は、健康優良児。この太さでまぁ良く頑張っている、と健康診断を受け持った医者からは、褒められているのか貶されているのかわからないことを言われ、必ず貰うのが肥満教室への案内。それに比べ、ヒッキ―は朝礼ではいつも貧血を起こし倒れてしまう。それをお姫様抱っこして保健室に連れて行くのが私の役目。この関係がある限り、私たちは上手く行く自信がある。ヒッキ―の彼氏のヨッちゃんも、隣のクラスで列は近いが、彼には残念ながらそんな腕力はない。吹奏楽部でリズムを打つ能力は天下一品らしいが、それが何なんだと私は言いたい。
「なんかさ、聞いた話だけど」
机の上に腰掛けたマッチが、ニヤニヤと私を見る。
こ奴、何かを知っているな。
私は惚けのオーラ全開で、それに挑む。
「もしかしてあの話? 私もD組の子から聞いた」
ヨーデルまでが口を挟みだして、いよいよ追いつめられた私は、たじろぐ。
「な、何よ」
マッチとヨーデルは目配せをしながら、ニヤニヤするばかりで口をわろうとしないでいる。
業を煮やして、だからなんなんなのよと言う私に、ヒッキ―が、まぁまぁと肩を叩く。
どういうことだ?
「まぁお二人さん、そのくらいにしておいてあげんなせぇ」
私は目を見開いて、ヒッキ―を見る。
本当にこの女は……。
顔色一つ変えず、スカートのぽっけっとからスマフォを取りだし、これ見よがしに私の目の前へ差し出す。
紛れもなく、私が担架で運ばれて行く姿だ。
「あんた、痩せなされ」
吹き出しながら言うマッチを睨む私に、容赦なく攻撃を加えて来たのは、やはりこの女。
「ちなみにもう一枚、良い写真があるからあんたに送っておいたから」
野次馬を映したその写真に、しっかりと愛おしのきみの姿が収められていた。
「誰が撮ったの?」
「偶然だったんだよね。ヨッちゃんと駅のベンチで話し込んでいたら、入って来た電車が何だか大騒ぎになって、見たら横綱が倒れているじゃん。もうおかしくって、ああ違った驚いちゃって、でもそのおかげですぐに身元とか分かったから、私に感謝してよ」
「で、この写真はどないしました?」
「記念に撮ったろうと、親切心ですねん」
「親切心ね~」
怒りに満ちた私の顔を見た三人は、蜘蛛の子を散らしたように教室を飛び出して行く。
こうしてにわかに芽生えた私の恋心は、ダイエットの道へと導いていくのであった。
あじさいの花言葉・・・辛抱強い愛情




