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第二話 宵待草

 笑いたければ笑えば良い。私は本気の本気なんだ。


 痩せます宣言をして、二日目。

私の頭の中は、食べることでいっぱいになっていた。人間心理とは、何て愚かなものだろう。食べてはダメと思うと、無性に食べたくなる。腹の虫は24時間体制で鳴りっぱなしになり、授業中、冷や冷やと周りを気にしなくてはならなかった。

 

 「まだ続いているの?」

 食後のコーヒー牛乳を飲みながら、ヒッキ―が何の気なしに聞いてきた。

 「当然」

 「フーン」

 そっけない返事に、私はぎろりと睨む。

 今や、中毒症状が末期に達し始めていた。

 とにかくイライラして仕方がない。

 風が吹いただけで頭にくる。

 「横綱さ。もっと賢明的な痩せ方しなよ」

 「どういう意味よ」

 「あんたの腹の虫、煩くて適わん」

 「はあ? 仕方がないでしょ。今までどんぶり飯を二杯に、おかずは大皿でふた品目以上、それにデザートのプリンやアイス、フルーツ付きのを、朝はヨーグルト一つだけだし、昼だってこんな小さいお弁当だよ。お腹の虫が驚いても仕方がないわ」

 「ダイエット二日目でそれじゃ、明日にはあんた、死ぬね」

 殴りたい衝動を押さえるのに必死な私に、相反してヒッキーは、冷めきった様子で伸びをして、遠くにいるクラスメートの、マッチに手を振ってから振り返る。

 「あの子、ジムに通って5キロ落としたってよ」

 「マジ?」

 「なんでも夏のバカンスを楽しむため、バイト代をつぎ込んだって、ヨーデルが言っていた」

 ヨーデルこと、見澤芽衣子は何かとうわさ好きで、やたら声が通る。だからヨーデルと呼ばれている。マッチこと巻下千菜美は、その相棒。これまたにぎやかさんで、一緒に居ると、時々耳を塞ぎたくなる。

 「夏のバカンスって?」

 「横綱、自分には関係ないと思って、うちらの話を聞いていなかったでしょ?」

 きょとんとする私に、ヒッキ―はやれやれと首を振る。

 「みんなで金を貯めて、沖縄に行こうって言ったでしょ。恋のバカンスをするって、マッチが言い出して、横綱、沖縄って何が美味いのかなって、よだれたらしたでしょ?

ステーキじゃねぇって、ヨッちゃんが口を挟んだら、めっちゃ喜んでいましたけど」

 私の脳裏にその時の状況が蘇る。

 ポンと手を叩く前に、腹の虫がなく。

 「今、特大のステーキ想像したでしょ?」

 していないと、即答できない自分が悲しい。


 ――夏まで三ヶ月。


 放課後、ヒッキ―はヨッちゃんと帰ると言って、幸せそうに二人、手を繋いで帰って行くのを、私は教室の窓から眺めていた。

 ヒッキ―の計画には、しっかりヨッちゃんも含まれている。なんなら、私にも愛おしのきみを誘えば、と軽々と言ってのけ、にやりと笑った。

 「その前に横綱、やらなきゃならないこと、沢山あって大変だね」

 底意地が悪い性格。

 それがヒッキ―の代名詞でもある。

 女子の中でも真っ二つに好きと嫌いで別れるこの性格に、何度も腹は立てて、喧嘩を幾度となく繰り返して来たが、何故か嫌いにはなれない。

 「今に見てなさいよ。あんたよりすらりとしたボディを手に入れて、恋を成就させて見せてやる」

 「はいはい。とにかく、沖縄では水着、着ることを頭に入れておいてよ。原則、ビキニ―だから」

 「何で?」

 「ヨッちゃんの希望」

 「死ねばいい」

 「嫌です」

 思い出しただけでも、腹が立つ。

 怒ると人はなぜ、こんなにもお腹が空くのでしょう?

 下らんことを考えながら乗った電車に、まさかの出来事が私を待ち構えていた。

 

 浅黒く日焼けした肌によく似合う、白いシャツを着た愛しのきみが、いるではありませんか。

 くぅ、小説を読む姿が、またカッコいい。

 高まる心臓。

 「名前ぐらい調べなさいよ」

 ヒッキ―が残した言葉が、耳の中で木霊する。

 それにしても腹が減った。

 考えてみれば、帰りの電車の中、何も口にしないで帰るなんて、そんな日が来るとは思わなかった。大概、コンビニでパンやおにぎりを買い込んで、パクリ。人の目など気にせずパクリ。スマフォをしながらパクリ。我が家同然でせっせと食べ物を口に運んでいた。もしやそんな姿を、愛おしのきみにも見られていたかもしれないと思うと、目の前が真っ暗になってしまった。


 石黒登志子18歳。決めました何が何でも痩せます。


宵町草の花言葉・・・移り気。ほのかな恋。

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