第一話 雪割草
ワイワイガヤガヤとした雰囲気が伝われば、ラッキー。
そんなノリで書きました。
寒い寒い冬が終わり、待ちに待った春。
雪ノ下でじっとこの日が来るのを待ちわびていたかのように、ムックと起き上がった新たな私。
前髪をそろえて切った私は、一通りの表情を作ってみる。
「よし」
鏡の前で一回転した私は、その勢いで階段を下りて行く。
「登志子。ご飯は?」
「いらない」
その言葉に、母親が玄関まですっ飛んでくる。
「どこか具合でも悪いの?」
「元気ですけど、それが何か」
不機嫌に言う私に、それなら良いけどと言うが、目が怪しんでいる。
「お弁当はいるでしょ?」
おずおずと目の前に出された小振りの弁当箱を引っ手繰り、表へと飛び出す。
そうなんだ。自分に関して無頓着だった私は、突如、目覚めてしまったのだ。小振りの弁当箱を自分で用意し、これで頼むと出された時、一次的な気紛れだと踏んだ母親は、二つ返事をしながら笑っていたが、冗談でも気紛れでもない。
私は恋をしてしまった。
相手は、私より数段年上。もしかしたら妻子がいるかも。言葉も交わしたことなどない。同じ時間、同じ車両の同じドアの傍。偶然だらけの出会い。私より頭一つ背が高く、いつも何かの小説を読んでいる。
「告れば」
内なる思いを悪友であるヒッキ―こと、広川夏妃に打ち明けるや否や、こんな言葉が返って来た。
「冗談言わないで」
「何で? 好きなら言うでしょ」
あっさりと言い返され、顔面真っ赤にした私は、俯く。
「無理だよ。こんな私じゃ」
「横綱らしくない」
そうなんだ。今まで自分の欲求にまま、満たされた胃袋は、正直に体に反映されている。
「だからだよ」
きょとんとしているヒッキ―に、半泣きで、この身体じゃ、相手にされないでしょ。と言い切る。
「別に大丈夫だと思うけど。デブ専ってのもいるわけだし」
軽く言うヒッキ―を、私は初めて憎しみの目を向ける。
「彼がそうだって言える? ヒッキ―は良いよ。痩せているし、ヨッちゃんっていう彼氏がいるからさ。世間一般、私みたいなの相手にするわけないでしょ? あだ名だって、横綱だよ。今までは気にしなかったけど、やっぱりキツイよ」
生まれてこの方、この体型だった私は、誰に何と言われても気にすることがなかった。横綱と呼ばれるようになってからは、どすこいと腹を叩いて、ギャグっていたくらいだった。それなのに、姿見の前、絶望の波に襲われる日が来るとは、思いもしなかった。
「そんな気にするんだったら、痩せれば」
どうしてこの悪友は、こうもいともたやすく言葉を吐き出すのだろう?
ショックでものも言えない私を見て、ヒッキ―は冷淡にも言い繋ぐ。
「横綱にも乙女の心があったということで。祝杯の盃を、今日の帰りにでもあげますか」
うるうるしている私を見ながら、ヒッキ―は何食わん顔で割引券なるものを掲げ見せる。
「商店街の福引きで、当てたんよ。デザート食べ放題。どう、乙女心くすぐられるでしょ」
「くすぐらんでいいわ。ヒッキ―、私の話をちゃんと聞いていた?」
「聞いていましたよ。この大きなお耳は、横綱の話を聞くためについているんだよ」
「てめぇ、ぶっ殺すぞ」
「きゃー怖いです。ヨッちゃん、助けて」
「ああ、芳郎の元へ行きやがれ。そして二度と私の目の前に姿見せんなよ」
「嫌だよ。横綱との会話しなくなったら、私、窒息死しちゃうもん」
「ヒッキ―!」
感動のあまり抱き付こうとした私に弾き飛ばされたヒッキ―が、地べたに転がりながら笑う。
「私でぶつかり稽古しないでよ」
そんな訳で、私のダイエット生活は始まったのであります。
雪割草の花言葉・・・はにかみや。忍耐。




