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Real Life  作者: 夢まくら
序章 偶然の始まり
3/5

新たな世界へ

◇12/21句読点修正。

◇3/24ゲームプレイ理由追加。

 ピヨピヨピヨ、ピヨピヨピヨ、ピヨコナメンジャネー。


 馴染みのヒヨコ目覚しが耳元で頭を揺さぶり、僕の意識を無理やり覚醒させていく。

 意識はあるが暖かい布団の中でまだ眠っていたい、そんな欲求が鎌首をもたげる。けれど僕が起きないと大変な事になるので目を擦りながらベッドから立ち上がり、窓を開けて少し冷たい風を受けながら背伸びをする。


 何時聞いても可愛らしい声で恐い台詞を吐く、中々にユニークな目覚まし時計だと思いながら、何時までも鳴り続けるヒヨコ目覚しを止め、怒って羽ばたいていたヒヨコのホログラムが消えていくのを確認してから洗面所へと向かう。


 生徒会長である姉の朝は早い、必然的に僕の朝も早くなる。


 現在の時刻は5時


 姉が登校する時間帯が大体6時半だから結構余裕があると思えるけど実はそうでもない。


 姉は低血圧のせいで朝が弱く、1時間近く寝ぼけるのでその間の世話は僕がみないといけないのだ。


 顔を洗って髪を整えた後、早速朝食の下準備を軽く済ませて姉の部屋へと向かう。

 男勝りの性格からして質素倹約といえる部屋が待ち構えていると思われがちだが、その実大変乙女チックな姉である。

 部屋の中には可愛らしいぬいぐるみで溢れており、壁にはアイドルポスターと見紛うばかりに加工された僕の写真が貼り付けてある。


 最初張られたときには本気で引いたものだが、今ではなれたものだ。

 写真を無視して布団とぬいぐるみに埋もれている姉をゆさぶって起こしにかかる。


「姉さん、もう朝だよ。起きて」


「んー、嫁が一緒に寝てくれたら考える」


 本当は目が覚めているんじゃないかとこの時ばかりは毎度思わされる。


「駄目だから、早く起きて」


「わかった……」


 スクッと立ち上がった姉はそこから一歩も動こうとせず、乱れたパジャマと髪が人にはお見せできない状態になっている。

 急いでパジャマを正して櫛で髪をとかしていく。姉の髪が長いのは美点だが時間がかかるのが難点といったところか。


 綺麗な黒髪だとは思うのだけれど手入れを考えるとかなり面倒だよな、と思いながら鼻歌混じりにせっせと艶やかな髪をとかしていく。

 綺麗に髪が整ったところで姉の象徴であるポニーテールを作る。


 我ながら完璧ではなかろうかというポニテの造詣を見て頷き、鼻提灯をつけたままの姉をキッチンへと連れて行く。


 下準備は済ませていたので簡単にベーコンエッグサンドとハムサンド、コーヒーを準備して姉の前においておく。


「朝ご飯だよ」


「ぬーあー」


 と意味の分からない寝言を呟きながら、危なげな動作でハムサンドを掴んでぱくついていく姉を尻目に見ながら、今度は洗濯物を洗って干していく。

 僕の出発時間は遅いので特に急ぐ必要も無い、おかげで朝は姉と一緒に食べることが少ない。

 姉が本当に起きているのならここで文句を言ってくるのだろうが、何時も学校の昼食時にやっと文句を言われるので本当に寝ぼけているのだろう。だから朝の嫁発言は癖なのだ、頭が痛いことに。


 洗濯物を干し終わったら姉を洗面台の前へと連れて行って歯ブラシとコップを持たせ、放置する。


 姉の部屋の窓を開けて叩きをかけ、埃を飛ばし、掃除機をかけて掃除が一段楽したところで姉の元へと向かい、歯磨きと顔を洗った姉を姉の部屋へと戻す。


「ん? もう朝か」


 寝ぼけ眼から一転してすっきり目が覚めた様子の姉は扉を閉め、学校に行く準備をし始める。

 それを見届けて今度は僕がゆっくり朝食を取る。


 パンの素朴な味とベーコン、ふんわり卵、瑞々しいキャベツの相性の良さは万国共通なのではないかと無駄な考えを抱きながら頬張り、咀嚼して飲み込んだ後にコーヒーを飲んで体を温め、一息つく。

 少しして今度はぴりっと胡椒の効いたハムとキャベツに、特性ソース付けたハムサンドを食べていく。簡単な料理といえどここまで美味しく感じるのだから、この形まで持ってきた人には心から敬意を表したいものだ。


 ただ日本人として本当なら味噌汁とご飯、焼き魚といった朝食もやりたいとは思う。けれど最近魚が値上がりしてとてもではないが、気軽に手が出せないという悲しい現実がそうさせてくれない。


 いつまでも朝食で嘆いていても仕方が無い、部屋全ての掃除をしなければいけないので優雅な一時を終え、さっさと食べにかかる。


「それじゃあ行って来る」


「あ、ちょっと待って」


 準備を終えた姉が玄関から出て行こうとするのを引きとめ、食べ終わった食器を片付け、姉に近寄る。


 生徒会長なのだから身だしなみには気を付けないといけないというのに、姉は朝、かならずと言っていいほど何処かが駄目なのだ。


「リボン直すよ」


「ああ、頼む」


 リボンをきっちりと直し、姉の全体を見回して今度はいいねと太鼓判を押して見送る。

 さすが私の嫁だといいつつ嬉しそうな笑みを浮かべて学校へ行く姉を、僕も笑みを浮かべながら送りだす。


 その後僕は家全体を軽く掃除をすませ、落ち着いたところで残っていたコーヒーをいっぱい飲んで一息つく。


「キヨーーー!」


 断りなしに闖入者が扉を開けて入ってきたが慌てる事は無い。幼馴染であるミサの来訪はいつもの事なので放って置き、自分の部屋で着替えを済ませて玄関口へと向かう。


「キヨ遅い!」


「まだ時間に余裕あるだろ」


「違うよ、そういう時は『すまん、待たせたか?』って歯をきらめかせながら」


「すまん待ったか?」


「気持ちがこもってないよ!」


「何でもいいけど襟が立ってるよ」


 朝からものすごくハイテンションな幼馴染を押さえつけ、襟を正して上がりすぎたスカート、飛び出しているシャツのすそなどを直していく。

 健全な男であるならここで照れてもいいのだろう。けれど姉と違ってほぼ駄目な箇所しか見当たらないミサの相手をしていたら、それはもう哀しいほど慣れてしまった……。

 そんな事もあって僕は特に何も感じる事なく全てを遂行していく。


 ……思春期ってなんだろうとたまに思う時もあるけど、きっと気にしたら負けなんだろうな。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 制服を直し終わった後、ペコリと頭を下げるミサに対してこちらもお辞儀を返す。こういう所をきちんとしている所がミサの美点だと僕は思う。


「それじゃあ行こう!」


「はいはい」


 子供のように手を掴んで引っ張りせかすミサにおざなりな返事をしながらついていく。

 どうして学校に登校するだけで、ここまでミサがハイテンションになれるのかはこの学校が始まって以来の謎だと言われているが、僕にはミサの気持ちがほんの少しだけ分かる。

 昔のミサは明るい子ではなく、家に閉じこもっているような子だった。


 隣に越してきたときは一言も喋らなかったし、それどころかまず家から出ない子供だった。

 でもそんな子供を僕が見逃すはずは無い、何せ僕は子供のころから世話好きだったのだ。いや、あの頃は世話好きというより、親戚の大宮家に引き取ってもらったお礼に役に立とうと思い、色々していた気がする。

 それが今では趣味にまで昇華してしまったのだから人生分からないものだ。


「Real Lifeが始まるのって今日の夜からだよ? 大丈夫?」


「大丈夫じゃなかったら予定伸ばしてくれるのか?」


 本当ならもっと事前に調べて尽くし、安全面だとある程度思えた段階でゲームをしたい。とはいえ、そんな事を察して遠慮してくれるミサではない。


「無理! 私一人でもやるよ。別にキヨは後で来てくれてもいいんだよ?」


 現にこうやって断られている様に、楽しいことは必ず優先する子なのだ。そんな姿がいつも危なっかしくて見ていられないから、僕はまたこうして世話を焼いてしまうのだろう。


「それは断る。危なくて一人にさせられん」


「むーっ。私VRゲームぐらい一人でやったことあるもん!」


「それはゲームセンターのVR格闘ゲームでだろ? しかもネット対戦しなかったしな」


「むむむっ」


 確かにそのとおりだと言わんばかりに顔をゆがめるミサを見て、思わず笑ってしまう。登校中だっただけに周りの生徒に見られてしまったが、笑うのを咎める人は居ない。

 これは周知の事実だが、ミサは正しい事を指摘されると言い返せなくなってしまう人種だ。しかも変顔と呼ばれる顔芸を意識せずにやってしまう。

 もしかしたら真剣に反論を考えているのかもしれないが、外から見れば全くそうは見えないので、クラスメイトの女子からマスコットとして日々可愛がられている。

 とはいえ、他の者からも笑われるのは忍びない。だから僕は優しく笑いかけ、安心させるように言葉を紡ぐ。


「絶対やるよ。僕は約束は破らないから期待してて」


「……うん」


 子供の頃から約束を破った事が無いのが僕の自慢である。それはもちろんミサも知っており、不満が少なからず燻っている様だが、納得してくれたらしく、大人しく首を縦に振ってくれる。

 なんてのは都合の良い解釈だ。ミサが了承したのは、僕が約束を破らない理由を知っているから、というのが本当の所だろう。


 僕の両親はずっと一緒にいるという約束を守ってくれなかった。だからといって別にそれを恨んでいるわけじゃない。

 僕はあの時約束を守ってくれなかった両親を一時恨みはしたが、少し経ってそれまで想像したことの無かった、重い悲しみと苦しみが襲ってきた。

 一時でも恨みを抱いた事を後悔し、僕は両親の墓前で約束を破らない男になると誓ったのだ。


 それ故に僕の約束は重い。そしてミサと姉さんは僕の約束の重さを知っていながらも、それを気にし過ぎることなく約束を交わしてくれる。


 僕はそんな二人の反応が有難くて、少し救われる。


「期待してる!」


 僕の思考を遮る様に、唐突に機嫌を直したミサが叫びながら、軽快に坂道を登っていく。


 坂道を登りきったミサは、最近ちらほら見えるようになった若葉の様な、夏を感じさせる明るい笑顔を見せながら、くるっと一回転する。


 どうやら僕が坂の上で上ってくるのを待っててくれるみたいだ。


 そんな様子を見てか、周りの生徒達がコソコソと噂話をしている。とはいっても学校では夫婦と持て囃される僕とミサにとって、嬉恥ずかしな現状も、既に慣れている日常でしかない。

 友達が語るに僕は落ち着いた理想の専業主夫でミサは元気なOL、理想的な新婚さんとの事だ。OLってところがリアルすぎて少し怖い気もするが、所詮は噂なのだから気にするだけ無駄だ。


 なんていっても今や噂のおかげで僕は有名人。いや、元々姉の事が有名だった為に拍車がかかって、僕を知らない人は学校に居ないと言うほど知名度が高くなっている。


 もしかしたら姉を崇拝する人たちの抗争に巻き込まれながらも、毎回普通に助かっているという事実も、知名度を上げる1つの要因なのかもしれない。


「キヨどうかした?」


「いや、なんでもない」


 慣れすぎてしまった日常を省みて少し暗くなったのを見咎められたみたいだ。

 勤めて笑顔を作り、なんでもないとアピールをしてミサの隣に並ぶ。


「ふーん」


 まだ少し気にしているようだがそれ以降何か聞いてくる事は無かった。



□■□■□



 学校と言うのは本当に代わり映えしないと思う。

 技術が発達したところで書く作業、聞く作業を行う事によって効率的に授業内容を取り込めるとして昔と変わりない授業体系を取っている。

 一時期モニタ付きの机が導入されたと聞いたことがあるが、消耗品である机にコストがかかりすぎるし、掃除の際の不手際や、もたれかかるだけでも負荷がかかり、故障する原因になったりするため、通常よりも早く損耗してしまうらしく、一時の夢物語とされて計画が破棄された。


 唯一導入されたものと言えばホログラムだろうか、あれはだいぶ普及していて、昔では考えられなかったらしいけれど、今では手軽に使われるものになっている。例えば、資料などはもっぱらホログラムを使ったものだ。

 年寄りから話を聞く限り、昔と変わった点といえばこれぐらいなものだろう。


 って、……まったく僕は何考えてるんだか。


 ホームルームの時間に学校の変わった点を考えるなんて馬鹿だろうか。

 友人から常々変わり者だと言われるけれど、こういう時は僕自身も自分が変わり者だと実感してしまう。

 でも暇だから仕方が無いと僕は言いたい。


 いつも忙しい僕にとって暇は敵だ。下らない事を考えがちになってしまうし、何より怠けたくなってしまう。

 怠けるのが当たり前になってしまうと人間そこから脱するのがかなり難しい、と言うのは姉とミサを見ていれば良く分かる。

 僕までそうなってはしまっては僕の人生、否、僕達3人の人生はそこで終焉を迎えてしまう。


 それはいけない、だから暇は敵だ。


 うん、やっぱり僕は変わっているかもしれない。


「キヨ! 迎えに来たよ!」


 ホームルームが終わりを告げた瞬間に飛び込んできたミサは、先生を無視して僕に飛び掛ってきた。

 いつものやり取りだからか先生も生徒も特にこれといった劇的反応を示すこともなく、僕らの事を見守っている。


 せめて注意してください、と思うのだがもはや我が校に僕を助けてくれる人など姉ぐらいしか居ない。

 だから僕は自分の身を自分で守るしかないわけだから、突っ込んでくるミサの顔面を片手で押さえて醜い顔にさせても許されると思いたい。


「キ~ヨ~、どぼちて」


「暑苦しいから」


 どうして抱きつかせてくれないのと言う言葉を先読みして拒否の意を示す。

 以前油断したときに抱きつかれて相当囃し立てられたのは、慣れていたとはいえ流石にきつかった。


「それより帰ろ!」


 自分からやってきて何がそれよりなのかは全く分からないが、ここで反論してミサをフリーズさせるのは厄介ごとが増えるだけなのであえて提案に乗らせてもらう。


「わかった」


 周りで口笛を吹くやつらは相変わらず人をからかうのが生甲斐らしい。彼女が出来たら僕もやり返すと決めているのだけれど、悲しい事にあいつらの春は遠いみたいだ。

 いつものやっかみを受けながらクラスを後にして、僕とミサは特売が始まる前に電気店に寄る。


 アレが届いてからというもの世話になっている店員に残りの必要な物を教えてもらい、なるべく安く、性能がいいものはないかと議論を重ね、商品を選んでいく。

 数日で結構買わされる羽目になったが、自分のお小遣いで足りたのは幸いだった。


 その後はミサに荷物を持たせて僕は特売戦争へと向かい、見事今日も勝利を収める事に成功した。

 最近連続で勝利している僕におばさんたちは「やるじゃねえか」言うような視線を向けて去っていく。


 彼女達は間違いなく本物の戦士なので僕も敬意を払って「あなたたちもね」と視線を返してミサの元へと歩いていく。


「今のアイコンタクトって何?」


「戦士の会話」


「良くわかんない」


 別に理解されなくてもいい、僕達特売戦士はいつも孤高なのだ。


「帰ったら準備するよ」


「10時には始まるからそれまでにキャラ作っておくんだよ?」


「わかった」


 時間を決めた後、いつもの家路を昨日のTV番組、学校の女子の流行、Real Lifeの噂話と取り留めの無い会話をしながら早歩きで進んでいく。

 時間短縮が出来たおかげで何とかキャラを作成する時間が持てそうだ。


「それじゃあ10時にね!」


「またね」


 手を振って分かれた後はいつもの家事へと移行する。

 今回はお手軽なチーズINハンバーグなので然程時間もかからず準備が出来た。


 余裕が出来た時間で僕は冷却ファン等、PCが熱暴走しないように対策の最終工程を終わらせ、新たに出たゴミを捨ててからキャラクターメイクにとりかかった。


 初めて着たVRスーツは驚いた事にピッタリだった。恐らく応募のときにサイズを書くのだろうが、ミサが僕のサイズを全て把握していたとは……驚愕の真実である。


 と、おふざけは此処までにする。さすがに無駄な事を考える時間がない。


 VRの初めては痛いと有名だ。何でも脳から各部位への命令、またはゲームの感触を伝えるために、使われる電気信号が行き来する回路を作る時に痛みが発生すると聞いたことがある。

 人によってはかなり痛いとらしいので早めにやっておきたい。痛みが長引いて姉にばれたとあってはここまで苦労した甲斐が無い。


 押入れを閉じてPCを立ち上げ、VR機器を接続してReal Lifeを起動する。


 全身に電気が走り抜け、まるで冬場の静電気のような痛みを体のあちこちで感じた後、ヘッドマウントディスプレイを装着するとそこはもう狭い押入れの中ではなく、黒地に青いラインの交差する四角い空間の中だった。


「これどうすればいいんだ」


 ネットでVRの情報を拾っていたといっても実際やるのは初めてだ。どうすればいいのか全く分からない。


『Real Lifeへようこそ』


 辺りをキョロキョロと見回して何か無いかとさぐっていたら突然無機質な声が振って沸いてきた。


『まずはじめにReal Lifeをプレイするに当たっての注意事項、契約概要を説明致します』


「お願いします」


 思わず敬語でお願いしてしまったが初心者なのでそこは許して欲しい。


『Real Lifeをプレイする上での注意事項ですがまずは時間をきちんと把握する事、そして緊急時のログアウト要請には必ず従う事、何よりこれは現実世界ではないと割り切る事に同意をお願いいたします』


 時間の把握とログアウト要請については予想していたけれど、割り切る事を注意されるとは思わなかった。

 もちろんゲームは現実ではない、けれどVRに限ってはそう思わない人が多く存在するのは知っている。

 VRに感覚を持たせて発生した事件の数々はゲームと現実の混同によるものが多い。はまり込んで死ぬ人はゲーム=現実になっている。事故で死ぬ人はVRの動きが出来ると思って事故を起こしてしまう。

 そういった事例は多く存在し、飲酒運転と同等の割合でTVCM等で注意喚起が呼びかけられている。


 僕としては大げさだと思うのだが、そうしないと現実だと思い込んでしまう世界がそこにはあるのだろう。

 ゲームへのVRの導入は比較的簡単に出来たがVRによって起こされる問題の数々が、存続の可否についての議論をいまだに白熱させているのだから相当なものだ。


 僕としては全く問題ないと思っているのだが一応規則は規則だ。応えないとゲームには参加できない。


「はい」


 短い返答の後に今度はReal Lifeをするにあたっての契約概要が無機質な声で話されていく。

 要点をまとめるとこちらの過失で無い限り死んでも責任取らないよという事と、嵌りすぎて起こる諸問題は自分で解決するという事である。

 こんなの盛り込まないとクレームがくるというのだから世も末である。


 後はゲーム内で創造された物の著作権といった基本的な話が延々と続いていき、最後に契約するかの問いに僕は迷わず先ほどと同じように肯定の意思を伝える。


 『お付き合い頂きありがとうございます。それではキャラクターメイクに移ります。素体は貴方の情報を読み取ったものになりますが性別、容姿の変更は可能となっております。

 もし性別、背格好を変更する場合は現実との齟齬により多大な違和感を生じる恐れがありますので注意してください』


 元々容姿はあまり気にしない性格なので、イケメンでもない自分の容姿そのままで行く事にする。

 唯一誇れるのは美肌というぐらいである。髪の毛の色を変えようと思ったけれど、準備されていた鏡で見ると違和感がすごったので、本当に何も弄らずにキャラクターメイクを終えてしまった。

 とはいえ、現実バレが危険であることには変わりがないので、現実とあまり変わりがないと勝手に習性があるため、最終確認画面である程度差異が出ていた。

 それを見た感想としては、ほくろ一つとか、些細なことでも結構イメージ変わるんだなぁということぐらいだろうか。


 ゲームを終えると同時に姉が帰ってきたようなので、押入れから出てキッチンへと向かう。


 今日のご飯はチーズINハンバーグとサラダ、ご飯、ポテト、トマトスープとなっている。姉は事のほかポテトが好きなのではふはふ言いながらも懸命に食べていく。

 ハンバーグのほうは予め二つに切って熱を逃がしているので大丈夫だろう。


 姉を見ているばかりではなく自分も食べないと後の仕事が出来ないのでささっと食べにかかる。

 ハンバーグをナイフで二つに切ると中から、トロリと蕩けたチーズが顔を覗かせてくる。それに特性ソースを付けて野菜で巻き、口の中へと放り込む。

 肉汁がじゅわっと広がり、チーズと溶けあい、それを野菜が受け止めて一つに纏め上げ、圧倒的質量をもって口の中を蹂躙していく。


 ハンバーグ最高! と思いながら平らげ、今度はトマトスープを味わう。


 トマト特有のさっぱり感、僅かに入っているニンニクが野菜の味を引き立て、ヘルシーな味わいを実現させる。


 ポテトは姉がモノ欲しそうな顔で見ていたのであげることにした。もしばれた時の為にも、少しでもご機嫌とりはしていたほうが無難だろうと判断しての事だ。


 僕のポテト、恨まないでくれ。


 そんなちょっぴりおかしな思いを抱きながら晩御飯を食べ終わる。

 姉は大方満足したようで部屋に戻っていく。僕はその後姿を見送った後自分の部屋へと戻り、特になにをするでもなくぼーっとPCの前で過ごす。


 やっと姉がやってきてドライヤーでいつものように髪を乾かしてあげる。


「何かいい事あったのか?」


「突然どうしたの?」


「今日ポテトくれただろ?」


 姉はやっぱり鋭いなと思いながら本当のことを話すわけにもいかないので適当にごまかす。


「たまには甘くしないと姉さんすねちゃうでしょ?」


「それもそうだな」


 満足げな顔で頷いた後今日はもう満足だといって帰っていってしまった。都合がいいとはいえ最近の姉さんは夜の手間がかからなくて恐い。


 恐いけれど好都合なので姉が部屋に戻ったのを確認してVRスーツを着込み、押入れの中へともぐりこむ。


 Real Lifeを立ち上げ、正式サービス開始までのカウントダウンを開始する。


 5


 どういった世界なのか分からなかったけど。


 4


 僕は知る事になった。


 3


 もう一つの世界と言う意味を。


 2


 そしてVRMMOという物を。


 1


 心から楽しむと言う意味を。


--Welcome to the New World!--

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