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第Ⅰ節/相対、故の揺らぎ

竜胆市狭霧町の駅前に存在する一軒の喫茶店。

店名を【ボヌール】と言う。

そこは可愛らしいメイドさんが接客をするメイド喫茶だった。

神田風飛はそんな店の厨房アルバイトを唯一の男性従業員として行っていた。


「オムライスお願いしま〜す」

「応!」

慣れた手付きで卵を割りボウルの中で溶く。

このバイトを始めてから数ヶ月が経ったが、実に素晴らしいバイトだ。

可愛いメイドさんをじっくり堪能できる。

これはとてもいい特権だ。

料理の腕もなかなかに役に立つものだ。

仕事自体も何の苦もなく楽しくやれている。

料理を作るのは楽しいから、この仕事は好きだ。

「オムライス上がったぜ!」

速さを重視するも味に一片の曇りもない(筈の)オムライスを鉄のカウンターに滑らせる。

メイドさんはそれをキャッチするとご主人様(お客様)の許へと小走りで運んでいく。うん、可愛い。

それから暫く、そんな作業の繰り返しだった。

こんな感じのバイトを週に何回か行っている。

今日はそろそろ上がりかな。

「神田くん、上がっていいみたいだよ」

「おっ、さんきゅ。分かった」

「ねえ神田くん、ってどうしてそんなに料理が上手なの?」

「どうしてって言われてもな、好きだから、かな?」

「本当に主婦殺しよね〜」

「うん?」

「あ、何でもない何でもない」

こうして厨房の女の子と話すこともある。だが時々会話が噛み合わないのは何故だろうか。

そんな事を考えながら、休憩室に向かった。


休憩室はとても広く、生活ができそうだ。

そこには店員のロッカーがずらっと並んでいる。

ロッカーは学校の掃除用具入れと同じ造りのロッカーだ。

風飛は自分だけの青いエプロンを外すと、ロッカーを開き、中に掛けた。

エプロンは週に二回程洗濯している。

逆に言えばそれだけシフトにも余裕があるにはあると言うことだ。

「風飛さ〜ん。お疲れ様でございます」

そこにとてとてと駆けてくる一人のメイドさん。

彼女の名前は安代五歌あしろいつか。自称メイド・オブ・メイドで自称パーフェクト・メイドだ。

その拘りと言ったら「真にご主人様とお呼びできる方以外はご主人様とはお呼びできないのでございます」と言う徹底したメイドっぷり。

ならばこのボヌールで何をしているのか。と言うと、休憩室に来た店員を癒やすメイドだ。

言わば店員専属メイド?

五歌はフリフリのスカートにやはりフリフリのエプロン(メイドの正装だ)、ピンク色のショートカットの髪にはメイドお馴染みのカチューシャも着けている。

見た目は一二〇点の満点越えのメイドさんだ。

一方の中身。口調は〜でございます口調でこれまた完璧。性格だって奉仕しようと右往左往してくれるようないい子だし。

非の打ち所がない。パーフェクト・メイドはあながち間違いではないようだ。

今五歌は木製の盆に黄濁色の液体――分かり易く言うならオレンジジュース――が入った硝子ガラスのコップを乗せてこちらへ運搬している。

いつも通りならば何の問題もなく目の前に到達し、笑顔でコップを差し出してくれるだろう。

だが、

「きゃわわっ!?」

何もない場所で見事にすっ転んだ。

五歌の身体は抱き留めたが、宙を舞うコップの中身が五歌にクリーンヒットする。

更に木製の盆が風飛の頭に落下する。

「あてっ」

その盆を素早くキャッチ。第二波を待ち構える。

そして次に硝子のコップが頭に激突する。

「いっだ!」

木製の盆のそれとは比べ物にならない痛みと衝撃が走る。

だが、これを落とす訳にはいかない。

何とかしてコップを盆に乗せ落下を阻止せねば。

「よっ」

かたんと盆に重圧が掛かる。

何とか乗ったようだ。

盆を手の届く位置にあったテーブルに乗せ、五歌を見た。

おそらく一連の動作は時間にして数秒だろう。

「大丈夫か?五歌」

「はぅぅ〜、びちゃびちゃでございますよ〜」

密着した五歌の服はやはり濡れていた。

その他には柔らかい感触がふにふにと身体に当たっていたり、とにかく女の子な感触がする。

桜色の髪からは甘い香りがするし、とにかくヤバイ気がする。

だがしかし、ずっとこうしていたい気がしなくもない。

五歌は可愛いし、こんなメイドさんが家にいたら日々精進できるだろうなぁ……などと妄想を膨らませてしまう。

「《ご主人様》……」

「へ?」

完全に不意打ちだった。

五歌が呟くように発した単語に思わずドキドキしてしまう。

「い、いや、あの、えっと、風飛さんが私のご主人様だったらいいな〜、なんて……え、いや、考えてないのでございますよ!?」

「う、うん?」

あたふたと挙動不審げな五歌の頬は真っ赤に染まっている。

「と、とにかくっ!風飛さんはお気になさらないでくださいね!」

「お、応」

何故ここまでムキになるのか。女の子はやはり解らない。

麗奈も度々挙動不審な気がする。

「まあとにかく、俺はさっさと帰るから、着替えちまえよ?」

「はい、承知しましたのでございます」

五歌を離して、何となくその頭を優しく撫でてみた。

「えへへ〜、私風飛さんになでなでされるの大好きでございますよ〜」

五歌は気持ちよさそうに表情をふんわり笑顔にしている。

「ならよかったぜ」

初めて五歌のことを撫でた時は「そ、そんな事してると勘違いされてしまうのでございますよ?」と頬を赤らめて言っていたのを思い出す。が言葉の意味は解らない。

「風飛さんは優しい人でございますね」

「そうか?」

「そうでございますよ」

「そう、か……」

そこまで話していて初めて五歌の服を見て、気付いてしまった。

「風飛さん?」

「いや、何でも、ないぜ、うん」

メイド服が水気により五歌の女の子らしい身体にぴったりと張り付きその嫋やか(たお)な膨らみを強調していて、どうしても見てしまう。

「また明日な、五歌」

「はい、また明日なのでございます。ごしゅっ……風飛さん」

何だか違和感のある噛み方な気がしたが、気にしない事にした。

そしてもう一度五歌の頭を軽く撫でると風飛はボヌールを出て帰路に就いた。





同日の六時過ぎ、風飛は厨房で夕飯を作っていた。

今日は揚げ物にしようと思っていた。

ふと右の手首に目をやる。

春川の一件で付けられた傷は包丁を破壊した事により解呪され、もう完治している。

ルナの話によればルナもその父親――つまり市長にも何のお咎め無しだったそうだ。

つまり、事件以後に問題は何も起きていない。

それは何よりいい結末だったのではないだろうか。

だと言うのに、何か、嫌な予感と、《存在を感じられる体質》ではないのに、《大きな存在を感じた気がした》。





もう直午後が午前に変わろうとする深夜、風飛の許に一通の手紙が届いた。

手紙と言っても携帯のメール機能であったが、差出人と内容が不可解だった。

差出人は獅子道ルナ、内容は――

『今すぐに廃工場に来てくれ』

と言うシンプル極まりないモノだった。

不可解なのは、どうせ明日の朝、つまりは数時間後には逢っているのに何故今なのか。

考えても仕方がない、と風飛は廃工場を目指し家を発った。


廃工場は相変わらずの静けさで、夜だと薄気味が悪い。

以前の事件の時はここで戦ったんだな、などと思いつつ辺りを見回す。

だが、ルナの姿はない。

寝ぼけたのか?などとおちゃらけた思考を巡らせていた。

ルナを捜すために工場の内部に踏み入った。

かび臭く鉄臭いこの臭いは嫌いではない。

しんと静まり返った工場を見渡すがやはりルナの姿は見えない。

辺りには錆びた機械の残骸や、埃を被った石の机があるのみだ。

暫く彷徨いて(うろつ)工場の中程に差し掛かった時だった。

ガチャン、と言う何かが外れる音に次いで金属が激しくぶつかり合う騒音。

そのどちらも《頭上から》鳴り響いてきた。

頭上を見上げた。

《硬質で巨大で人間なんて一つ降ってきただけでぐしゃっと潰れる塊》が幾つも降ってくる。

「っ……!!」

その刹那、反射的に脚に魔力が籠もり地を蹴り、身体を吹き飛ばす。

一蹴りで一〇メートルは優に吹き飛んだ。

ガラガラガシャガシャズン!、っと激しい音を立てて、《ソレ》は地面を抉り穿った。

「なんだ……?」

無論ソレが何なのかは熟知している。鉄骨だ。

正確に言えば、それっぽい残骸なのだが、当たれば只では済まないだろう。

解らないのは、《何故ここに落ちてきたか》だ。

――《誰か》が落としたのだろう?まさか、偶然だ。ならどうして自分に降ってきた?被害妄想だ。なら――《お前をここに呼んだのは誰だ》。

思わず片方の掌で額を押さえる。

――どうしてこうなった。

頭にはそれしかない。

ギリギリと歯噛みした。

自分は何を間違えた?

どうして、どうして――――

頭の中でグルグルと意味のない自問自答が駆け巡る。

そして、ふと気付いた。

――魔術師ならば自分が躱すのは容易にわかる筈。

なのに、こんな単純な攻撃が仕掛けられてきた。

これは一種の警告なのではないだろうか。

ガタンと頭上から物音がした。

「しまった……!」

考えすぎていて、鉄骨を落とした人間を捕まえるのを忘れていた。

急ぎ階段を駆け上がって上階に向かう。

工場内には自分以外のもう一つの足音。

間違い無くまだいる。

そして、その視界に《長く綺麗な髪》を捉えた。

振り乱される髪や暗闇により、顔などはよく見えない。

瞬間、爆発音と爆風が撒き散らされる。

「あ、っち……!」

火の粉が爆ぜて飛びかかってくる。

顔を腕で護り、次に視界が開けた時には人影はなかった。

残された物は、壁に空いた大穴と、その周りをパチパチと跳ねる火の粉。

そして、皮肉にも美しく差し込む銀の月光だった。

「くそっ……!!」

風飛は当て擦りな運命にコンクリートの壁を殴りつけ、その拳から赤い血を垂れ流す事しか出来なかった。





あれから数時間後、風飛は朝食を並べながら、いつもの面々を待っていた。

「わー、今日も美味しそうだね〜。……あれ?」

朝日がキラキラと目を輝かせて食卓を眺めていたが、その視線が自分の右の手を凝視している事に気付いたのは数秒後だ。

右手には数時間前にコンクリートの壁を殴って出来た傷があった。

勿論大した傷ではないが、念の為消毒をして包帯を巻いていた。

「どうしたの?それ……」

朝日は心配そうに、両の掌で怪我をした右手を包み込んでいる。

上目遣いでこちらを見上げる潤んだ瞳からは涙が零れそうだった。

「大丈夫、ちっと打っちまってよ。すぐ治るし大した怪我じゃねえさ」

空いている左手で朝日の頭を撫でてやる。

「おにいちゃん最近怪我してばっかりだからね、心配なんだよ?」

「ごめんな、心配ばっか掛けさせる兄ちゃんで」

多分今自分は大変不甲斐ない表情なのだろう。

朝日は数度右手を撫でた後に手を離した。

「なんか、最近怖いの、おにいちゃんがいなくなっちゃいそうで」

俯いて朝日は不安そうに言った。

「馬鹿だな朝日は、大丈夫だぜ?俺は絶対いなくならないからさ、心配すんな」

今の言葉に嘘偽りは微塵たりともない。

だから、笑った。

「うん、そうだよねっ!」

朝日は勢いよく顔を上げて、ニコッと笑った。

目尻から数滴の雫が飛んだ。


それから暫くして、麗奈、ルナと家に来た。

風飛はルナを縁側に呼び出すと腰を下ろしてルナを待った。

「なんじゃ風飛」

「お前か?」

「む?何の話じゃ?」

ルナは首を傾げて隣に腰を下ろした。

「惚けんなよ」

「風飛、そんなに怖い声でどうした?」

まさかここまで惚けてくれるとは思ってもいなかった。がこの後にする事は同じだ。

「お前がそう言うつもりなら上等だ。やってやろうじゃねえか、俺は《お前ら》なんかに殺されてやらねえからな」

「な、何を――」

「すっ惚けんなよ?俺は朝日や麗奈と一緒にいる為にもテメェら魔術師なんかに殺されてなんかやるか」

「風飛、それはちが……」

ルナが言い終える前に、立ち上がって縁側を去った。


言った後、酷く後悔した。


結局、その日ルナは学校には来なかった。





いつも通り、同じメンバーで昼食を食べていた。

「それでよー」

愛樹が饒舌に場を盛り上げている。

「んむー、なかなか興味深い話ですなっ」

凉夏がそれに対して合いの手を打つように反応していた。

「風飛はどう思う?」

「ん?ああ、悪い、聞いてなかった」

「どうした?ヤケにぼーっとしてるけど、もしかして恋か?」

「なに?そうなのか?」

すると、それまで無言で弁当をつついていた結月が口を開いた。

「いや、違うけど」

「そうか、だろうな」

結月は一人うんうんと頷いて「それは困る非常に困る」と呟いている。

「ふうくん、なんか変だよ?」

麗奈が怪訝そうに首を傾げる。

「大丈夫だよ」

「大丈夫か?とは訊いていないのに不思議な返答だな、神田」

「いや……」

そう言われると、返す言葉がない。

「すまない、今のは私が意地悪だった」

結月が申し訳なさそうに一度目を閉じて頭を下げる。

「いや、いいっての」

「む、そうか」

頭を上げると結月は心配そうな顔をしている。

「ああ、気にすんな」

その後も気まずい一日を過ごしたことは言うまでもない。





放課後、バイトに向かう。

ボヌールに裏口から入り、休憩室を目指して歩く。

途中、美人な女の子とすれ違った。

深い青色の髪にガラス玉のように綺麗なスカイブルーの瞳、そして雪のように綺麗な白い肌。どこをどうとっても美人だった。

「いっ……てぇ!?」

――ただし、いきなり《向こう臑》を蹴られた事さえ除けば。

「あら?地に這う蟲かと思ったわ」

女の子はそれだけ言い捨てて歩き去って行った。

「なんなんだありゃ……」

凄まじい破壊力の蹴りに片膝付いて悶絶しながらも何とか立ち上がり、最近は獰猛な子もいるもんなんだな。などと考えながら休憩室に入った。

「ふむ……参ったな」

「店長、どうしました?」

「おう、神田か。いやなに、家族間のコミュニケーションが上手くいっていないだけだ」

「だけなんすか?それ」

「私にとってはそれだけの事だ」

淡々と、しかし不満げに言うこの見た目に反して中身が残念な美人さんこそがボヌールの店長である雛和焔ひなわほむらだ。

艶やかな黒髪とか、端正な顔立ちとか、美人なのだが、中身が冷たい。

見た目と中身のギャップ、つい数瞬前に出逢った女の子を思い出した。

「家族ってもしかして青い髪の?」

「そうだ」

「あー、成る程」

確かに、何となく繋がる物はあるな。

「名前はかがり、それ以外はあまり知らんな」

「それ家族としていいんすか?」

「彼奴は私を嫌いではないが、私を見ていないからな。仕方あるまい」

「疎遠って事すか」

「まあそうだな」

「それじゃ、バイト入りますね」

「精進を怠るなよ」

あまり人の家の事情に首を突っ込むのも悪いのでそこで話を切った。

「勿論っす」

鞄をロッカーに放り込み、ワイシャツの上にエプロンを装着する。

そして、厨房へ向かおうとした時。

「そうだバイト、彼奴は男が嫌いだ、絶滅しろと思うほど、だから逢ったら気を付けろ、臑を蹴られるぞ」

――それって人間としてどうなんですか。あと、もう手遅れっす。

言おうとして口を噤んだ。

――噂の篝が休憩室の前を横切った。

「あら糞蟲、その不浄な手で料理を作るの。客も可哀想ね」

そう言い捨てられたのは言うまでもない。





その夜、そう言えば、とあのバカっぽい暗殺予告を開いた。

筆跡は綺麗なんだが、中身がいかにもバカっぽい。

果たしてルナが本当にこんな事をするだろうか。

――否、する筈がない。

じゃあ何故、あんな酷い事を口走ってしまったのか。それだけが解らない。

謝るなら、それも考えなければならないのは間違いないが、一刻も早く謝った方がいいに決まっている。

だが、やはり直ぐには謝れない。

「俺って馬鹿だな……」

もっと信じてやればこうはならなかった。絶対に。

色々変な部分はあるが、ルナは善い奴だ。間違いない。

だから、いや、ルナだから、信じる。今度こそ信じる。信じきる。

――――仲間だからな。

もしルナが本当にやっていたとしても、ぶっ飛ばして改心させればいい。

いつまでも仲間でいたいから、いつまでも大切な仲間で。

だから、きちんと謝る。

そしてこの件も解決する。

これは誰の為でもない。自分の為だ。

だが、そこにはやはり迷いがあって、正義の味方にならんとする自分が利己的になっていいのか、などと。

だが、大切な仲間を喪って正義の味方などほざけるような神経はしていない。

大丈夫、ルナは仲間だ、赦してくれる。きっと。

だから、謝るためには、この件をきちんと解決してからでないとダメだ。

先に謝ってはまたルナの力を借りてしまう。ダメだ、それでは。

少し待たせることになるかもしれない。

だが、だから、絶対に解決する。

今ある手掛かりを総動員して、犯人を突き止めてケリを付ける。

だが、実を言えば《もう既に犯人は粗方予想が付いていた》。

ルナの名義でメールを送れる人間などルナを除けば一人しかいない。

だが、それにしては不自然だ。

廃工場で見た人影は長い髪の女だった。

それだと《ルナの父親》は実行犯ではないと言うことになる。

ルナの母親は既に他界している。

ならばルナの父親しかいない。

だがしかし、現状では情報がイマイチ足らない。

何か、もっと決定的な何かがあれば。

だが、向こうから攻めて来ない限り他の情報を得る事は不可能だろう。

ルナの自宅に殴り込む手も無くはないが……却下だ。

それこそ要らぬ誤解からルナを傷つけるやもしれない。

それだけは避けたい。

やはり、敵方の動きを待つしかない。

もう寝ようかと布団を敷こうとした時だった。

家の敷地内に誰かが踏み入った。

間違いなく待ち望んでいた襲撃だ。

庭に飛び出し辺りを見渡す。

闇色の世界に、闇色の影が一つ。

魔力を使い、視力のピントを合わせる。

漆黒のコートを纏ったその影は、顔をフードで隠している為、まるで正体が解らない。

「話しても無駄だよな」

影は答えない。

そして、影は右手に長大な刃を持つ銀色の光を受けて銀色に輝く大鎌を握った。

こちらも右手に剣を握る。

そして一瞬の間も無しに双方が疾駆し、肉薄する。

お互いに武器を片手で振るい、火花を散らす。

初撃は武器の大きさに押され多少怯む。

そこに大鎌の容赦ない首狩りが放たれる。

それを屈んで間一髪で躱し、その腹に剣を突き出す。

闇色のコートから左腕が伸び、剣を弾く。

そこに握られているのは、サブマシンガンだ。

専門的知識は無いから、型は分からないが、その火力は間違いなく強力――!

「な――――!?」

思わず身を退くが、サブマシンガンから無慈悲に大火力の弾丸が乱射される。

「っ……!?」

数発が腕を掠めていく。

腕を掠めただけなのに凄まじい激痛が走る。

直撃したら意識が飛びそうだ。

遠距離ではサブマシンガンの銃撃。近距離では大鎌の断絶。

隙が殆どと言っていいほどに無い。

そんな思案中にすら銃撃は放たれる。

咄嗟に剣で鉄の壁を造り、銃撃をせき止める。

銃撃がガンガンと激しい音を立てて鉄壁を穿たんと激突する。

銃撃の命中した部分がメコメコと凹み、ひび割れる。

いつまでも鉄壁には頼っていられない。

破壊される前に打開策を練らねば。

弾切れを狙うのが妥当だろう。

鉄壁が穿たれんとする瞬間、鉄壁から飛び出し、次々鉄壁を造り、銃撃を防ぎながら円を描き接近する。

残り数メートルまで近付いた所で、銃声が途絶えた。

刹那、鉄壁から飛び出し、闇色のコートに一撃をくれてやる。

「っ――――!?」

驚愕は自分のモノだった。

コートの一部が敗れ、その下の服が一瞬だけ露見した。

その服はまるで、白いエプロンのような服だった。

闇色のコートは分が悪いと認識したのか、弾丸をバラ捲きながら塀を飛び越えて逃げ去っていった。

追撃は弾丸に阻まれ、結局敵の正体は掴めなかった。

庭の後片付けをしながら、ふと思った。

弾丸が《銀》で出来ている。

銀は使いようによっては魔――つまりは魔術や術者に絶大なダメージを与えられる。

敵は対魔術に特化している……?

ルナの父親が魔道協会に自分を殺すように任命されたとして、魔術に仇なす銀使いの力を借りるような――そもそも他人の力を借りるような人間だろうか。

数度しか逢ったことはないが、そんな人間には見えなかった。

勿論、断定は出来ない。

ならば、ルナの父親の線が危ぶまれるかもしれない。

そうなる事を願っているし、衝突したくはない。

だが、もしやらざるを得ないのならば――――

思考を停止した。

これ以上は考えたくはなかった。

悪い方悪い方へと考えるのは悪い癖だ。

とにかく、今はやはり次の動きを待ち、次こそは絶対的に犯人を断定出来る証拠を得なければならない。

白銀の月を見上げながら、風飛は思考を張り巡らせた。

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