第Ⅲ節/どんな時でも独りに非ず
†
「くそっ……!」
倒しても倒してもキリがない。
呪術によって現れたであろう犬の群は倒しても次々現れた。
倒した犬は好都合にも消滅するが、これではいつまでも足止めを食らっているばかりだ。
「ええいっ!キリがない!」
レグルスを横薙ぎに振るう。
数匹の犬が分断され弾け飛ぶが、また多数の犬が現れる。
そして複数の犬が飛びかかってくる。
返す刀で弾き飛ばした。
だが、足りない。
「くっ……」
その爪が服を掠め、多少破る。
だが、恥じるほどには破れていない。
ここは一か八か、賭けに出るのも得策と呼べるかも知れない。
レグルスの刃を消し、ただの棒に戻した。
機動力はこちらの方が上だ。
そして、ルナは詠唱を始める。
「眠れる獅子が目を覚ます……」
飛びかかる犬を打ち払いながら、
「その息吹は獲物を爆ぜさせる」
疾走する犬を踏み潰しながら、
「我、眠りから覚めた獅子よ」
四方八方から襲い掛かる犬を撃退し続ける。
「故に、今。破天の雄叫びを上げよう」
ルナは歯を食いしばりながら猛攻に耐える。
「王者は我が脈動の内に」
そして、紡がれた術式を一気に解き放つ――!
「獅子王、爆砕波!」
くるりと一回転しながら棒を振るった。
すると、ルナの全方位に衝撃波が撃ち出され、命中した犬は爆破され次々無に還って逝く。
ルナは衝撃波の後ろを疾走した。
爆発を物ともせず、犬達を殲滅しながら包囲網を突破した。
そして、背後を見る。
そこには何も残っていなかった。
これがルナの魔術である獅子奮迅の力だ。
ルナは急停止した。
再び、犬が湧き出したのだ。
「まったく……骨折りじゃのう……」
再び棒を構える。
だが、今度は犬だけではなかった。
獅子だ、本物の。
ところどころ穴の開いた身体にはやはり呪いを纏っている。
「冗談キツいのう」
レグルスの刃を現す。
流石にこれを刃無しで討つのは骨折りだろう。
しかし、どうしてこうも犬は大量にいるのだろうか。
まるで、無限に湧き出る水の如し量だ。
まさか――倒した犬に蘇生が掛かって再び召喚されている?
なら、キリがないのは当然か。
だが、するとこれはいたちごっこだ。
いや、もしかすると自分が力尽きて終わるかもしれない。
しかしまずは、獅子をどうにかして抑えなければならない。
飛びかかる犬や獅子を打ち払う。
流石は獅子、犬とは違いあまりダメージは無いようだ。
「くっ……!」
次第に押され始める。
疲労はあまりないが、敵の数が多すぎる。
時間がない。
走ればもう五分と掛からない。
だが、この獣が付きまとっていてはそれも叶わないだろう。
この獣を蹴散らさねば風飛の許には向かえない。
風飛はこの犬が束になろうと倒せる者ではないが、持久戦になれば分からない。
「せぇぇぇいっ!」
気合いを込めた一振りが獅子を蹴散らす。
もう十数は打ち込んだが、まだ獅子は一度たりとも倒れていない。
破壊力も頑丈さも通常の獅子の比ではない。
下手をすれば間違い無く死ぬ。
おそらく、自分も風飛も春川憂壺と言う呪術師を見誤っていたのだと悟った。
間違い無く彼女は大が付くクラスの呪術師だ。
それを、彼女を軽視し過ぎたせいで予知出来なかった。
風飛の家に泊まってでも一緒に行動すべきだった。
だが、今は悔やんでも仕方がない。
まずは、この獣を一掃する。
そして、魔力の流れは速くなる。
血が身体の中を引っ掻き回しているような感覚だ。
だが、魔術師はこんなもの直ぐ慣れる。
飛びかかる獅子を眼前にルナはレグルスを刀の居合いの如く構える。
「獅子王――」
獅子の速度を超えて、レグルスを振り抜く。
空気を切る音を唸らせながらレグルスは獅子の腹に激突し。
「――爆砲刃」
瞬間。視界を焼く白光が放たれ――
決着した。
†
「な……!?」
突進をかろうじて躱す。
首無しが激突した壁は崩れ去り、首無しが、首も無いのに振り向く。
それに合わせて身構え、
「いいぜ、まずはテメェからぶっ倒す」
俺が何か動こうとしたのを察知したのか、向き直った首無しは斧を構えた。
敵が斧を持つならば、こちらも得物が必須だ。
斧に素手で勝つ択一した技能は俺には微塵もない。
だが、得物が在れば或いは……
だが、この場で斧に対抗しうる得物はない。
この場には、だ。
「起動(wake up)」
魔術師としてのスイッチが入る。
さながら、もう一本血流が始まったようだ。
疾駆する巨体。
首無しが斧を振り回しながら接近してくる。
「剣の方舟(sword of ark)」
そう呟く。
右手で《羽》を掴む。
斧が俺に振り下ろされた。
《ソレ》は、突如として現れた。
《ソレは徒の剣。》
何の変哲も無いソレは、斧を止めた。
ぎりぎりと剣の刃と斧の刃が鍔迫り合う。
体格差が有るにも関わらずまったく引けを取らない。
これでも力には自信があった。
そのまま首無しの鳩尾に渾身の蹴りを放つ。
だん、と言う聞き慣れない音と共に首無しの身体が爆ぜ、後方に十五メートルほど吹き飛ぶ。
普通、人間が蹴ってこれほど飛ぶ筈もないが、魔術師だから、いやもしかしたら元々脚力が並外れているのか、それほど見事に首無しは飛んだ。
だが、そのまま絶えるでも、悶えるでも、吹き飛んだ時に斧を手放すでもない。
何事も無かったかのように立ち上がった。
間違い無く頑丈さも力も人間のモノではない。
だが、勝機はこちらにある。
ゆっくりと剣を構え敵を見据える。
アレが何なのかは判らないが、間違い無く春川が関係している。
だとすれば、倒さなければならないのは明白だろう。
今度はこちらが攻める。
持ち前の脚力を駆使し、素早く接近し、下段を切り上げる。
だが、鉄同士がぶつかる音と共に弾かれ、無防備な体勢になりかける。
それにも屈さず、今度は中段を横に薙ぐ。
再び、鉄同士がぶつかる音。
間違い無い。首無しは《見えている。》
いかなる方法で見ているのかは解らないが、間違い無く見えている。
見えていなければ辻褄がまったく合わない。
その後もそのまま幾度か切り込むが阻まれる。
的確に、頭が無いとは思えない動きだ。
今度は、敵が体勢の崩れた俺に斧を振りかざす。
(掛かった!)
刹那、俺は自分の身体を(端から見れば)無理な体勢で転がし、首無しの背後に一瞬で回り込み、起き上がる勢いを十二分に利用して首無しの背中を切り上げる。
確かな手応えが掌に伝わる。
間違い無く、首無しの背中を剣は斬り抉った。
素早く振り向き確認する。
背中は骨まで剣が到達していたためざっくりと切れている。
血は出ていない。
やはりアレは容姿からして通常の生物ではないようだ。
背中の肉が蠢き修復を始める。
「マジかよ……」
かなり重度の絶望感。
修復能力があるならば一撃で絶命(そもそも生きていない可能性もあるが)させる必要がある。
首を撥ねる、と言うのがセオリーだが残念な事にヤツには首がない。
なら次に有効なのが心臓の破壊だが、そもそもヤツの心臓がマトモに機能している事さえ疑わしい。
ならばどうするか。
一撃で修復不能になるほどに大打撃を与える他無いが、不幸な事に俺にはその《手段》は一つしかない。
それを実行する事も勿論可能だが、ヤツにそれほどの魔力は使えない。
ならば出来る事は一つだった。
振り向いた首無しが振り向きながら斧を振るった。
そんな芸当も出来るのかよ!?と内心ほとほと疲れながらも剣で防ぐ。
「ぐぁっ……」
失念していた。
右手首は裂けていた。
ソレを更に進行させる羽目になっていた。
僅かながらもコンクリートに鮮血が垂れる。
包帯は巻いていたが許容量と言うものがある。
出血性ショック死、なんてオチは無いだろうがかなり痛い。
今の手首の惨状は身体の中で見たくないモノの五本の指に入る気がした。
そんな負傷もあって僅かに後退する。
だが、敵の猛攻は止まらない。
ここぞとばかりに斧を打ち込んでくる。
流石に今は右手首に無理はさせられない。
時に躱し、時に左手のみで握った剣で巧いこと軌道を逸らし、次第に攻撃パターンが讀めてきた。
単調な、危険を顧みない素人染みた攻撃だった。
これなら鍛錬を積んでいる俺は楽に対処出来る。
問題はヤツを倒す方法だ。
春川を倒せばおそらくは止まるが、春川がどこにいるかは分からない。廃工場には居るだろうが。
打ち合いながら模索する。
格闘ではどうあってもヤツは無力化出来ない。
剣術も然りだ。
ならば魔術を動員する他無いだろう。
春川も持久戦になったなら首無しに分が有るとますます出て来なくなる。
なら、ここで魔術行使をし、春川を焦らせるのも悪くはない。
散々焦らされたのだ、これくらい許してほしいものだ。
尚も猛攻は続く。
だが、
「剣の方舟(sword of ark)」
《羽》が辺りに撒き散らされる。
これで打ち切りだ。
首無しを蹴り飛ばし、一度身を引く。
そして、羽は《剣と化す。》
比喩でも何でもなく、本当に剣に《戻った》のだ。
俺の魔術、剣の方舟は剣と血の契約を交わし、羽として呼び出す。
羽はいつでも剣に戻せ、更には自由に使役する事も可能になる。
もう一つ、《力》があるのだが、今はいいだろう。
「全弾投射!」
俺の号令を受けた剣が刃を首無しに向け、飛び交う。
全ての剣が真っ直ぐ首無しに向かっていく。
このままなら間違い無く首無しは串刺しになりこの戦闘は終わる。
だが、現実はそう甘くはなかった。
首無しは斧の柄を素早く回転させる。
円を描く斧は予想に反して剣の雨を防ぎ切った。
「っ……!?」
驚愕は俺のものだ。
驚くに決まっている。
必殺を確信した一撃がああも容易く防がれたのだ。
それが魔術師ならばまだ納得は出来た。同じ土俵に立っているのだから。
だが今はどうだ?
相手は間違い無く人外の化け物だ。しかも頭の無い。
そんなヤツに防がれたとあっては誰であろうとかなり驚くに違いない。
魔術でも駄目。
ならどうする。
もう打つ手は一つしかなかった。
《解く》しかない、と。
迫り来る敵を前に詠唱を始めようとした。
その刹那、背後から奇襲。
直前に勘が働きかろうじて躱したが、危なかった。
それは、とてつもなく長い《刃》だった。
刃の許には春川の姿が在った。
「あーあ。奇襲失敗よね」
刃が縮んでいく。
その刃は紛れもなく包丁だ。
漸く解った。
包丁が右手首を掠めたのは、《刃が伸びたから》なのだ。
春川は能力を二つと偽り、俺はまんまとハメられた。
それだけだろう。
「春川……」
「誘き出したつもりが超劣勢、そりゃ焦るよね」
春川は、やはりニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて言った。
「頼りの領地主様も今は足止めを食ってる。これって絶対絶命よね」
領地主……だと?
やっぱりルナにはバレたか。
それより、ルナも似たようなヤツらと戦ってるって事か、なら尚更負けられない。
「後ろ」
「しまっ……!」
そう、すっかり忘れていたが、俺の背後には首無しがいた。
きっとヤツは、その手の内に在る斧を振り下ろし――――
――――鉄の響く音がした。
斧は俺に到達しなかった。
斧を阻んだ物、それも斧だった。
「ルナ……」
「私に黙ってこんな事をした責任は後で取ってもらうぞ」
「それは悪かった。でも助かったぜ」
「まったく、私がどれだけ苦労したと思っておる」
「悪かったって」
「今回だけじゃぞ?」
「ああ、分かった分かった」
春川は呆然としている。
「何でよね。私の可愛い蠱毒はどうしたのよね」
「殲滅した」
「な……!?よく殺せたよね」
「レイズの掛かる理由さえ解れば楽勝じゃ」
「?」
多分何の話をしてるのか分からないのは俺だけだろう。
「解ったんだよね。蠱毒はリーダーが死なない限り蘇るって」
「偶然じゃがな。獅子を倒した攻撃に巻き込まれた犬は完全に消えたようじゃったのでな」
「ちっ……仕方ないのよね。首無しに後は任せて退散するよね」
そして、春川が走り出す。
「追え!風飛!」
ルナが首無しと鍔迫り合いながら言う。
「……わかった」
俺は春川を追って走り出した。
春川は物置の陰に隠れ、《長》に連絡を取っていた。
『憂壺さん、どうしましたか?』
その優しい声が聞こえてくるとホッとする。
「作戦失敗よね。迎え、頼めますよね」
『ええ。勿論です、直ぐに向かわせますね』
「場所は……」
出来るだけ事細かに説明する。
その方が速く来るからだ。
蠱毒なんてまた作ればいいが、この包丁を破壊される訳には行かない。
蠱毒は、自分が初めて人を殺した時に遊びで使った呪術だった。
密閉した空間に同種の生物を放り込むと、自然と殺し合い、生き残った方は術者の走狗になる。そう言う呪術だ。
だが、独自の研究(案外あっさり出来たが)を重ね、走狗を相手を呪う事よりも戦闘重視にする事が出来るようになった。
蠱毒に殺された生物はその蠱毒の群の一員になり、リーダーの蠱毒が死ぬまでは蘇生される。
首無しはその過程でああなっただけだ。
「そう言う事よね、神田風飛」
電話を切って目の前の男に蠱毒について説明した。
ここで神田風飛に包丁を破壊される訳には行かない。
憂壺はすぐさま彼から逃げ出した。
†
ぶつかり合う重厚な金属。
斧と斧が激しく激突して火花を散らす。
力だけならこの首無しとか言う蠱毒に負けていた。
だがこちらは確かな知性がある。
巧くレグルスをぶつける事で威力を相殺した。
今まさにここは死線だろう。
斧を持った二人が激しく打ち合っている。なんてアメリカの映画でもあまり見ない。
だが、それはここに実現している。
上段に振り下ろされた斧は横からぶつけ軌道を逸らし。
中段を薙ぐ一撃は上から押し付けるようにぶつけ地面に当てる。
下段から振り上げられた斧は躱してカウンターを決める。
これだけで十分なダメージを与えられた。
だが、傷は肉が蠢き再生してしまう。
これでは先と同じいたちごっこだ。
ならば、再び魔術行使により優位に立つ他ないだろう。
刃に爆破を乗せて一気に叩き付ける。
その一撃で決着は付くはずだ。
詠唱を行わずして刃に爆破を付加する事も出来る。
詠唱とは自己暗示であり、必ずしも詠唱しなければ発動しない制約などない。
例外もあるかもしれないが、通常はそうだ。
一度距離を取ってレグルスを構え直す。
無論敵は向かって来るが、もう既に爆破は刃に付加されている。
後はこのまま叩き付けるのみだ。
一撃目。まずは敵の得物を無力化する。
敵の振るった斧に向けてこちらもレグルスを振るった。
ぶつかり合うのは重厚な金属なのは先程と変わらないが、変わったのはその破壊力だ。
ぶつかり合った場所から小規模な爆発が起こり、敵の斧がひしゃげた。
これを、幾度か繰り返し叩き付ける。
そして、敵の斧はぱきんと呆気ない音を立ててへし折れた。
見るも無残。ボロボロになっていた。
次は敵本体だ。
ヤツには以上な治癒能力があるが、あくまでも徒の傷に対して反射的に発動しているに過ぎないだろう。
故に、治癒不可能な傷を一撃の下に浴びせる。
それが勝機だった。
「せえええいっ!」
トドメの言わんばかりに振りかぶり、一気に放つ。
野球のスイングのような振り方で首無しの胴をしっかりと捉え、爆破。
木っ端微塵となった肉塊が辺りに撒き散らされる。
多少汚いが直ぐに消えた。
春川を逃がす訳には行かない。
風飛が巧いこと捕まえていてくれれば最高なのだが、急いで自分も加勢しなければ確保は難しいやもしれない。
何故なら、《風飛は甘いから。》
ルナは足早に風飛達を追った。
†
「ああもう!しつこいよね!」
「逃がす訳ねぇだろ!」
廃工場内を疾走する春川を追い掛ける。
本気で走れば追い付くのは容易いが場所が場所だ。足の踏み場が悪く本気では走れない。
少し開けた場所に出たとき春川が立ち止まり振り返った。
「分かったよね。少しだけ相手してあげるよね」
そう言って包丁を構える。
こちらも剣を執った。
ここを逃せばもう次はない。
そんな気がした。
「ありがたいな。勝ったら包丁は壊すぜ」
「ホント馬鹿よね。競うのは勝敗じゃなく生死よね。生きるか死ぬか、魔術師なら解るよね?」
勿論解る。
だが、やはり人間同士で殺し合いなんてしたくはない。
《俺は誰かを守るために剣を執り、魔術を使役し、戦う。》
だがそこに、誰かを《殺す》道なんてない。
出来るならば春川も生かしてやりたい。
命を簡単に奪ったり、投げ出したりするのは本当に駄目だと俺は思う。
それほどに大切だから、尊くて、儚くて、だから守らなければならない。
守るためなら《俺は死んでもいい。》
矛盾しているが、正義の代償が、一度死んだも同然の命なら安いものだ。
でも、少しばかり死ぬのは嫌だったりする。
もっと大切な人と一緒にいたいから。
「春川、改心する気はないのか?」
剣を構えて敵を待ち構える。
「改心?我らが長の望みを叶えて差し上げるのが我々の望みよね。そのためなら殺すし、殺されても構わないよね」
「お前……」
狂っている。
間違い無い。春川は、外道教会は狂っている。
およそ俺の想像を超えて。
「お喋りはもういいよね。行くよね!」
春川の身体が沈み、疾走する。
それに合わせてこちらも動き、近付く。
あの包丁が相手ならば、最早間合いは意味を成さない。
ならば素早くこちらの間合いに引き込んで戦う他無い。
春川がこちらの間合いに入った。
無力化するために包丁に向けて剣を振るう。
長剣程に伸びた包丁の刃がこちらの剣を阻む。
一撃のみならず、二撃、三撃……
(こいつ……巧い)
卓越された。とは言い難いが、それでも超人的反射神経だ。
受けに関しては俺よりも上かも知れない。
攻めに転じさせないために、続けざまに斬りつける。
だが、やはり阻まれる。
ならば手数を重視すべきだろう。
俺は、短めの刀身を持つ双剣【糸巻小鶴】に武器を持ち替え猛攻を始めた。
糸巻小鶴は二本一対の短刀の柄に魔術的加工を施したワイヤーを張った双剣だ。
魔術的加工の影響でワイヤーは最大八メートルまで伸びる。
それを駆使し、巧いこと春川を攻め立てる。
「ちっ……案外やるよね!」
反撃されたが何も問題はない。軽く躱す。
そして、再び双剣で攻め立てる。
それを繰り返す事数合。
決定的な隙を捉えた。
それを突き、春川の包丁を握る手の甲を双剣の片割れで突く。
「ぁ……ぐぅぅぅ!!」
春川が包丁を手放したその刹那、武器を破砕に特化した大剣【砕走玄武】に持ち替える。
砕走玄武は機械的風貌の大剣で、大きさは身体の半分程もある。
機能として、峰側から魔力を噴出して破壊力を増す機能がある。
そして、魔力を噴出しながら思い切り包丁に叩き付けた。
金属の砕け散る音と共に、包丁は粉々に砕け散った。
「あ……あぁ。私の、私の……」
春川は右手からぼたぼた血を流しながら後退って行く。
「風飛。やったようじゃな」
「ああ」
遅れてやってきたルナを見やる。
服はところどころ破れ危ない事になっている。顔には僅かだが煤のような物が付いていた。魔術を至近距離でつかったのだろう。
「く……ふざけるな、ふざけるな!」
春川は垂れ流した血も気にせずに頭を抱えている。
それ程に大切だったのか、最早右手を貫かれた痛みなど気にもならないようだった。
「春川を捕まえるぞ、風飛」
「あ、ああ……」
「う、あぁ……!」
瞬間。春川が窓を蹴破り外に飛び出した。
「なっ……!?」
ここは三階。マンションの四階程度の高さに匹敵するか。
魔術師はともかく呪術師がそんな高さから飛び降りれば只ではすまないのは明白だ。
慌てて下を覗き見る。
――――そこに、春川の姿はなかった。
「回収されたか」
ルナが歯噛みしながら隣でボヤく。
迎えが来ていたのだろう。
「今回の件は私個人で解決した事にするがよいな?」
「美味しいとこ持ってかれたみたいで悔しいけど仕方ねぇな」
協会に見付かる訳には行かないのだから仕方がない。
わざわざ自分の身を危険に晒す程馬鹿ではないので合意した。
「それよりルナ、服大丈夫か?」
「うむ。これぐらいなら問題ないじゃろう。――不審じゃが」
「まあ仕方ねぇよ」
「そうじゃな。帰ったら風呂じゃ風呂」
「俺もそうするかな」
「それがよいぞ。汗を掻いたし、傷も負った、煤も付いたしのう」
そんな話をしながら、二人で廃工場を後にした。
†
《ソレ》は一部始終をずっと見ていた。
前々から怪しいと、魔女狩りを受けたあの《神田》ではないのか、と。そう思い使い魔を付けてみれば案の定だ。
《ソレ》は、《協会》に報告をする。
「神田風飛が見付かった。
直ちに魔女狩りをすべきです」
協会の役員は「よくやった」と褒めていたようだが何も感じない。
ただ、その責務を果たしただけだ。
神田風飛はこれからも監視し続ける。
魔女狩りが来て、神田風飛を殺すその日まで。
《ソレ》はくすりと笑って、罠を思案した。