第Ⅰ節/負うべきは責務に非ず
†
早朝六時。
毎朝きっかりこの時間に目覚める。
神田風飛が襖を開けると季節は春、庭には桜が美しく咲き乱れる。
早朝の清々しい空気を感じながら布団を畳み、押し入れ(上段)に突っ込む。
今日も世界は透き通っている。
美しい早朝の空に、子供の頬のように鮮やかで、ささやかな桃色に染まった桜が日本独特の綺麗な景色を作り出している。
我ながらこの家に住んでいることを誇りに思える。
自室の押し入れ(下段)から木刀を取り出す。
朝のちょっとした鍛錬に使うのだ。
縁側に置いてあった草履を履いて庭に出る。
そして、木刀を振るい始める。
幾度も、幾度も振るう。
汗が頬を伝い肩やシャツ、地面に落ちる。
風飛は汗も拭わず一心に振るう。
――いつか、誰かのために力を奮おうと誓ったから。
一頻り朝の鍛錬も終わり、流した汗を流すために脱衣所を目指す。
讀み(よ)が正しければ……
案の定、妹が脱ぎ捨てた服が籠にぶち込まれたままになっていた。
今着ている服と、可愛らしい服を洗濯機に入れて、洗剤を入れてスイッチを押す。
ガタガタと洗濯機は稼働した為、自分は風呂場に入る。
軽くシャワーを浴びるだけなので蛇口を捻り、ぬるま湯が出たら、速攻で全身に浴びる。
早いとこ上がって朝食と弁当の支度がしたい。
汗を流し終え、風飛は制服に着替える。
高校の制服だ。
私立白菊学園。
風飛が住む竜胆市、桔梗町の高校だ。
制服の袖に腕を通し、ズボンを穿く。
あとは朝食と弁当を作って、妹を起こして、洗濯物を干しておくだけだな。
そう思い、廊下に出た。
風飛は廊下を歩きながら今朝の朝食と昼の弁当について考える。
わりかし鶏肉が沢山有った気がするから今日は朝昼鶏尽くしか、などと考えを膨らませつつ居間へと歩む。
居間と厨房は直結している。
まあ当然と言えば当然なのだが。
この家は和式の屋敷で結構年代を重ねている。
味があっていいのだが、近年の造りと比べて空調などがあまり意味をなさないのが痛いかもしれない。
厨房に辿り着き、エプロンを装着。冷蔵庫を開き鶏肉を取り出す。
そして、まるぽちとも言うべき禍々しい突起の付いた肉叩きで叩く。
心が痛むのは気のせいではない筈だ。
決してこれを凶器に使ってはいけない気がする。
平たくなった鶏肉に野菜を挟み、くるんで焼く。
ロールチキン・イン・野菜・イン・チキン。と言ったところか。
要は鶏肉、野菜、鶏肉の層になっている、と言うことだ。
料理は発想が命。
親父が言っていた気がする。
創作料理は確かに楽しいから個人的には好きだ。
焼き上がった肉を綺麗に皿に盛り付ける。
他のおかずにほうれん草のお浸しなんかもある。
弁当のおかずはまた別に用意した。
ただ、弁当箱に入れて直ぐに蓋をすると水滴でべちゃっとなるので要注意。
あとは、ぐーたらな妹を起こして、起きるまでに洗濯物を干して……
うん、今朝は完璧だな。
そうと決まれば善は急げ、妹の部屋に向かう。
咄嗟の事故(妹が下着で寝てるとか)を防ぐために、扉を開けて起こさない、扉が開いて危険な気がしたら緊急退避。
よし、行ける。
まずは扉をノック。
「朝日〜!起きないとお兄ちゃんが襲っちゃうぞ〜!」
数秒の後。
「ぅぅ……起きるよぉ……」
ガチャッ、っと扉が開く、総員(一人しかいないが)、厳重注意。
「ふぁぁ……おはよ、おにいちゃん」
可愛らしい欠伸をしながら現れる妹――朝日。
パジャマは着てたな、セーフ。
だが、少しはだけている。
何とも言えぬよさがあるな。
ボサボサの長い髪。
涎の痕。
我が妹ながら情けない。
せっかく綺麗な髪なのだから手入れさせるか。
「朝日、髪を解かして、顔洗え。そして制服に着替えろ」
「うん、わかったぁ……」
「二度寝は絶対するなよ?」
「ふぁ〜い」
何だか心配だが仕方ない。
脱衣所に向かった。
「朝日〜!起きないとお兄ちゃんが襲っちゃうぞ〜!」
今日も大好きな兄の声で目覚めた。
朝日は眠い目を擦りながら起き上がる。
正直襲われて嬉しいぐらいなのだが、兄は優しいからそんな事はしないだろう。
身辺をチェックする。
パジャマは脱げていないか、とか。
案の定脱げていた。
見られると恥ずかしくて死にそうなので数秒掛けてしっかりパジャマを着直す。
「ぅぅ……起きるよぉ……」
そして、扉を開ける。
そこにはいつもと変わらぬの兄。
当たり前だったがちょっぴり嬉しかった。
《あの人は、あの日急に変わってしまったから。》
「ふぁぁ……おはよ、おにいちゃん」
恥ずかしい、大好きな兄に欠伸を見られた。
顔から火が出そうだ。
「朝日、髪を解かして、顔洗え。そして制服に着替えろ」
どうやら気付いていないらしい。
「うん、わかったぁ……」
二つ返事で応える。
この重要な三つのミッションをこなさねば、と眠いながらも意気込む。
「二度寝は絶対するなよ?」
念を押された。
実のところ、ほんのちょっぴりだけ二度寝の可能性があった。
「ふぁ〜い」
嬉しかった。
こんな風に、《嘘でも、家族と平和に生活出来るのが。》
勿論、ずっと続いてくれる、そう信じている。
脱衣所にて洗濯物を回収。
居間に出て物干し竿と洗濯バサミを駆使して洗濯物を留める。
さて、後は居間で待つのみか。
居間に向かった。
居間に着き、食卓に白米、おかず、汁物を並べ、準備完了。
ちなみに、《六人分》だ。
勿論、この家に住んでいるのは二人だけ。
その時、インターホンが鳴った。
待ってました、と言うように風飛は立ち上がり、玄関にいそいそ進む。
玄関にて、引き戸を開け、客人を出迎える。
「おはよう、麗奈」
「おはようございます。ふうくん」
玄関越しに挨拶を交わす。
挨拶を交わした相手は、幼なじみの瀬良麗奈だ。
いつも世話になってる。
金糸のように長く綺麗な髪を振り撒きながら麗奈は玄関に上がり、丁寧に扉を閉め、にっこりふんわり笑顔を作る。
「いい匂い、今朝はお肉?」
「ああ、鶏がヤケに沢山あったからな」
「やっぱりふうくんはお料理上手なんだね」
「おいおい、まだ見てもないのに決めつけるなって、ダークマターかもしんないぜ?」
「ふうくんに限ってそんな事はない、よね?」
「ああ、言うとおり、料理失敗したなんて数えるほどしかないな」
二人で軽く談笑しながら居間まで歩く。
正直ここまで気軽に話せる女の子は他にあまりいないと思う。
「あ、麗奈ちゃんおはよー」
「おはようございます。朝日ちゃん」
朝日は座ったまま、麗奈は立って会釈し合う。
そして、朝日の隣に麗奈はちょこんと正座をする。
その真反対に、風飛も胡座を掻いて座る。
「あとはルナだけか」
「そうですね、ルナさんならもう、直ぐ来ますよ」
何故だか、麗奈は二人だと多少砕けた口調になる。
「参ったぞー!」
元気で偉そうな声が響く。
「ほら、噂をすれば」
「呼ぶより早い、ってか」
二人で苦笑し合う。
朝日だけがポカンとしている。
「出迎えはどうした?」
「あのな、呼び鈴も鳴らさず勝手に入ってくるヤツを出迎える義理はねぇよ」
「世知辛い奴じゃ」
挨拶代わりの問答を終えると来訪者――獅子道ルナ。中学、正確には今の高校の中等部に入った頃からの友人だ――は風飛の隣を我が物顔で占拠した。
――一瞬、麗奈が顔を顰めた(しか)気がしたが気のせいだろう。
「風飛よ、今日も旨そうな食事じゃな」
映える銀髪を靡かせ(なび)、ルナが言った。
「まあな、皆に食ってもらうんだし、不味くちゃダメだからな」
「うむ。風飛はそう言ったところがよいのじゃ」
一人頷きながら呟くルナ。
それにしても、ミニスカで胡座はいかがなものか。
中が見えそうで見えない、絶妙なチラリズムだ。
「そろそろ食おうぜ、冷めるとギリギリに作った意味なくなるし」
これで全員揃った。
六人分なのは朝日が三人分食べるからだ。
「はい、そうですね」
「うんうん、早く食べよ〜」
「私はいつでもよいぞ?」
「んじゃ、」
皆揃って掌を合わせる。
『いただきます』
号令をし、食事を始めた。
とりあえず、朝のニュースを見るためにテレビを点ける。
朝に相応しい清々しい音楽と共にニュースが始まる。
「ねえ、《今日もあのニュースかな……》」
《あのニュース。》
市を騒がせている、《連続殺人事件》の事だろう。
被害者は特に共通項もない男女。
もうここ一週間はそのニュースで持ち切りだ。
正直、早く犯人が捕まってほしい。
だが、今日も、犯人像すら浮上しなかった。
被害者は皆、動脈を刃物でざっくりと断ち切られている為、発見しても手遅れだそうだ。
つまり、《犯人は無差別に人間の手首を切り裂いている。》と言うことになる。
果たして可能だろうか?
最初の頃の被害者はまだしも、警戒心が強まった今の被害者の《動脈だけ》を切り裂いて殺す、など。
凶器も、何の手掛かりさえ見付からない。
つまるところ、事件は迷宮入りしている――
被害者が増え続ける今も。
「風飛、どうした?ボーっとして」
「え、いや、何でもない」
気が付いたら、食べ終わっていた。
ニュースも終わっている。
「ふうくん、寝不足?」
「いや、バッチリ寝てる」
主に学校で、と付け足せるが止めておいた。
「おにいちゃん、何か考え事?」
「まあそんなとこだ、心配しないでくれ」
皆の食器を流し台に持って行く。
そして弁当の蓋を閉める。
「ほら朝日」
三段重ねの重箱を大きめのスカーフ(勿論不要品だ)にくるんで朝日に手渡す。
少し大きいサイズの弁当箱を、自分の鞄にも詰めた。
気のせいか、食事の後ルナはずっと怪訝な顔をしていた。
まあ、ルナのことだし心配は無いだろう。
華奢そうな体躯に見えてルナは結構筋肉が付いている。
勿論見た目に見える程ではないが。
(と、何を心配してるんだ俺は)
今日の自分は少しおかしいな、などと心の中で苦笑しつつ、風飛は思った。
ただ、自分の大切な人が被害者にはなってほしくない、と心から思っていた。
大丈夫、そんな事がある筈がない。
絶対に大丈夫。考え過ぎなだけだ。
少し過保護なだけだ。
うん、大丈夫。
「よし!学校行くか!」
「はわわ、急に元気になったよ?」
「ふっ、いつもの風飛らしくてよいではないか」
「そうですね、行きましょうか」
まさしく三者三様な反応をするが、それが嬉しい。
今彼女達は自分の傍らに居てくれているのだ。
心の中で感謝の言葉を述べつつ家を出る。
扉にしっかり鍵を掛けて歩き始めた。
ふと、空を見上げた――
――そこには春の晴れた空と、不規則な形の雲があった。
今日も、自分達は普通に暮らせる。
そう自信を持って言えた。
†
学校に着いた。
中学生の朝日も一緒だ。
理由としては、この白菊学園は中高一貫の学校だ。とかそんなとこだろう。
「それじゃあ、またね。おにいちゃん」
元気よく駆けていく朝日。
中学生と高校生ではやはり校舎が違うからだ。
そうは言っても渡り廊下を介して繋がっているし、逢おうとすれば直ぐに逢える。
俺と麗奈は1組。ルナは2組だから校舎に入っても割と早く別れる。
「昼休み。屋上」
ルナは、風飛にそう耳打ちして、一足先に校舎に入った。
教室に麗奈と二人で入る。
「うーっす」「おはようございます」
二人同時にクラス全体に挨拶をする。
「おっす。風飛、麗奈さん」
親友の架我澄愛樹だ。
「よう愛樹」
「よう風飛」
二人の挨拶はそれで終了。
「おっはよーう、麗奈ちゃんに風飛〜」
続いて美山凉夏。
このやんちゃな女の子ともよく一緒にいるな。
「おはよう。神田。麗奈」
そして、椎名結月。
高校に上がってから入って来た女の子だ。
――つまり、まだ1ヶ月ちょいの付き合いだ。
それでも大切な友達だ。
「おはよう。三人とも」
「おはようございます」
二人でそれぞれ挨拶をする。
やはりよく絡むグループ内の友人だからこそなのだろう。
「む、神田、珍しく眠たく無さそうだな」
「まあな、今朝はバッチリだ」
「珍しいな」
「俺はナマケモノかって」
「そうだな、飼いたいタイプの愛玩動物的ナマケモノだ」
「じゃ、結月に飼われようかな〜」
などと、風飛のプライド(ほとんどないが)もへったくりも無い話で盛り上がった。
†
授業終了のチャイムが鳴った。
昼休み前の授業から解放された生徒が次々と喧騒を作り出している。
「よーし、俺達も食おうぜ!」
「あ、わりぃ、俺今日は無理だ」
昼休みはルナに徴集されていた。
ルナが折り入って話すときは大抵《こっち側の話》な為、皆を巻き込むワケにはいかない。
「む、そうか。残念だが仕方ないな」
「ああ、明日埋め合わせはするから」
そう言って教室を出る。
春の空の下、ルナは彼を待っていた。
何となく、コーヒーがいつもより苦い。
本来なら《この件》は自身が何とかしなければいけない。
何故なら、自分は獅子道家の次期当主。
この竜胆を守るのは、監理するのは、いつか自分が担う仕事だ。
もう決まっている、やらなければ。
例え、風飛の手を借りる事になろうと、解決しなければ。
これは《役目》なのだ。
自分が、生涯を費やす――役目。
そして、屋上のドアが開いた。
屋上に上がり、辺りを見回す。
幸い周囲にルナ以外の人はいないようだ。
いや、もしかしたらルナがそう仕向けた可能性もあるが、今はどうでもいい。
今は彼女の話が最も重要だ。
屋上の角でコーヒーを啜って(すす)いるルナの隣に座る。
「ルナ、話の内容は分かってる」
「そうか、ならば話は早い」
ホットコーヒーを飲んでいるのか、その頬は心なしか桜色に染まっている。
「風飛、言いたいのは他でもない、事件についてじゃ」
「ああ、やっぱ《こっち側》の話だよな」
「そうじゃな、それだけ怪異的な事件なぞそうとしか思えん」
「やっぱり、《警戒していても手首だけをざっくり切られる》ってところだな」
「そうじゃな、一例ぐらい揉み合いになった事例があってよい物を、ただの一つも無しじゃ」
「じゃあ、やっぱ、《抵抗しようのない力にやられたか》」
抵抗しようのない力。
つまり、理解の外の力だ。
原始人が初めて火を見たのと同じ。
問題はその危険度だ。
その力に理解が届く前にその力――俗に言う怪異に殺される。
悪いのは理解出来ない人間ではなく、その力を奮う大元だ。
つまり、ルナはその大元――業界では《魔術師》と言うそいつを取り締まろうとしている。そう言うことだ。
無論の事だが風飛もルナも業界側の人間。
――即ち魔術師だ。
「風飛、私が取り締まる上で主を頼ろう、と言う気はあまりない」
「?。じゃあなんで呼んだんだ」
「関わるな。風飛は私の大切な人物じゃが、《協会》を離反した神田の魔術師じゃ。今回の一件には協会も頭を抱えておる、助力は嬉しいが風飛は奴らに見付かってはならん」
魔道協会。
魔術師の秩序であり掟。
ルール逆らってはならない。
いつだってそうだ。
「…………」
「私はな、責任がある。それに私がやらねば示しが付かないだろう」
「んなモン知るか、俺は手伝うからな」
今、ルナを見捨てる事だけは出来ない。
例え協会に存在が暴かれようとも。
「しかし……」
「いいんだよ、誰かのためになるなら――」
笑った。
ルナの目を真っ直ぐ見て、微笑んだ。
その目にどう映っているかは分からない。
ルナは赤い頬をしながらそっぽを向いてしまう。
「やはり、妻は放っておけぬ、そう言う意味だな?」
「ばか、何度も言ってるけどな、お前は(ルナの)自称俺の嫁だろ。俺はな、単純にルナが心配、それだけだ」
「ぬ……なんじゃ、腹を括って婿養子に来るかと期待したのじゃがな」
「誰が行くかって、もしもルナと付き合ったりしたら考えるけどな」
ぽむ、とルナの頭に手を乗せる。
肩を抱く、みたいなノリだろう。
「ぬ……何をする」
「いいだろ?」
なでなで、擬音語で表すならそう言った感じになるか、優しくルナの頭を撫でた。
普段撫でられるキャラじゃないからなのかルナは恥ずかしそうにしている。
「風飛、わかった、主の力を借りよう」
「光栄至れりってな、さんきゅ」
「これ馬鹿者。礼を言わねばならんのは私じゃろう――」
そして、ルナは一呼吸置き、風飛の顔を真っ直ぐ見た。
心臓が跳ね上がった。
――可愛い。
今のルナは本当に可愛い。
「――ありがとう。風飛」
そしてルナは微笑んだ。
「どう致しまして、誠心誠意頑張るぜ」
「それでは、詳しい事は後々話し合おう。もう昼休みが終わる」
ルナはそう言って立ち上がる。
「これは礼のついでのサービスじゃっ」
くるり、と一回転。
座ったままの風飛にはバッチリスカートの中身が見え――
「ブルマ穿いてたんだな」
「ふふん、ドキドキしたじゃろう。午後に体育があるんじゃ」
まあ、惜しかったが、実にいいショットだった。
「流石ルナだ、抜かりないな」
「うむ」
そんな会話をし、笑い合って、屋上を二人で出た。
†
ルナからメールがあった。
『放課後。狭霧町のカフェ、CRに来ること。よいな?』
勿論、
『よいぞ、待っておれ』
とメールを返した。
今はカフェCRに向かっている。
竜胆市は桔梗町と狭霧町に分かれている。
桔梗町は昔の町並みを残し、開発もあまりされていない西側。
狭霧町は開発が進み様々な施設がある東側だ。
風飛の家は西側、麗奈の家もお隣さんなため西側だ。
ルナの家は東側にある。
今は丁度その境。
神在神社の大通りを東側に横切っていた。
この大通りは祭りの際には様々な出店が出て喧騒に包まれるが、今はポツポツ人がいる程度だ。
(少しばかりお参りでもしてこうかな)
ふとそう思い、境内へ続く石段を駆け上がった。
境内は掃除したてなのか、春だからなのかは分からないがとても綺麗だった。
賽銭箱の前まで行き、制服のポケットから財布を取り出す。
更に財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に投げ入れる。
どうでもいいが、五円玉を入れるのはご縁があるように、だった。気がする。
逆に十円玉は遠縁になる、何て聞いたことがある。気がする。
鈴を鳴らし、掌を合わせ目を瞑る。
確か、鈴を鳴らすのは神様に気付いてもらうためだった。気がする。
祈るのは、平和な日々が続きますように、とか。女の子のパンチラが見えますように、とかだ。
目を開けて、合わせた掌を離す。
「あ、あの……」
背後から、声が聞こえる。
大変可愛らしい女の子の声だ。
振り向くと――
「なん、だと……?」
《巫女がいた。》
「えと……お兄さんですよね?」
意味はてな。
「あの……朝日ちゃんの……」
「ああ、朝日の友達か」
理解完了。
なるほど、朝日が引っ張って連れ回しそうな子だな。
「わりぃな、朝日が迷惑掛けてねぇか?」
「あ、大丈夫です。朝日ちゃんのおかげでわたしも友達が出来たんです」
「そっか、あいつも偶にゃあ善い事するな、うん」
「お兄さんは、何となく朝日ちゃんに似てますね」
「そうか?」
「はい、雰囲気とか」
「お、応。そうか」
「はい、お兄さんも優しそうです」
「あー、そのお兄さんってのよしてくれ。俺は神田風飛だ」
「風飛さんですね。分かりました、わたしは神無聖羅です」
聖羅、と名乗った巫女はふんわり、どこぞの幼なじみのように笑った。
「そっか、聖羅ちゃんな。朝日をよろしく頼むぜ」
そう言や、ルナとの約束があった。
故に早いとこ行かねば。
「はい、それでは風飛さん。また逢いましょうね」
「応。またな」
いそいそと神社を立ち去った。
「遅いっ!!」
「いやぁ……申し訳無い……」
ごごごごご、と言うか。
ずがががが、みたいなオーラが見えるんですが。
「今回だけじゃ、次はないぞ」
「はい……」
「それでじゃ、風飛。私達が標的を確保するには犯行現場を目撃する必要性がある」
「現場ね」
「そうじゃ。しかしじゃ、犯行は毎日、などと言う単位で起こっておるのに、何故か、誰も目撃しておらん」
「結界か」
結界とは、一定の区域を術者の法律で書き換える魔術だ。
「うむ。幸いにも明日は土曜日、午前中で授業が終わったら、その痕跡を重点的に捜したい」
「わかった。明日はどこで待ち合わせる」
「そうじゃな、授業が終わったら裏門に来てくれ」
「ああ、わかった。それじゃ、また明日な」
「うむ。今日被害者になるなど阿呆極まりない事にはならんようにな」
「応――ってかなるかってんだ」
一頻り話もお茶も済んだ。
風飛は立ち上がり、会計を済ませるためにレジに行った。
「もう少し気が効けばのう……」
呟き、彼の後ろを追った。
ルナと別れ、一人帰路を歩いていた。
果たして本当に結界の類だろうか。
もし結界ならば《痕跡がルナに見付からない訳がない。》
魔術師なら百も承知だ。
なのにおめおめと結界を張るだろうか。
明日の議題が一つ増えた気がした。
†
白菊学園数学教師、五原は夜道を歩いていた。
ギリ。ギリ。
何か、何かが食い込むような音がする。
「あぁあああ……!」
ギリ。ギリ。ギリ。ギリ。
「ああああぁぁいぁあ!!」
《食い込む度に、鮮血が吹き出し、吐き気が増し、意識が遠退く。》
ギリ。ギリ。ギリ。ギリ。ギリ。ギリ。ギリ。ギリ。ギリ。ギリ。
《まるで、切れ味の悪い使い古した刃物が肉を潰し切るように。》
更に、深く深く食い込む。
「あがぁぁぁぁぁぁあ!
……!」
ギチリ。
止まった。
既に、《犯行》は終了していた。