6話
精神的疲労を取るために無駄に6時間の睡眠を取ったお蔭で、爽快な気分で目覚めることができた。
宿屋の中庭に出て簡単なストレッチで朝の美味しい空気を満喫した。
朝食を済ませて部屋に戻ると、すぐに地下迷宮を攻略する準備を整えた。
少し早いかと思ったが、宿屋を出て都市の中央にあるゲートに向かった。宿屋を出たのは7時20分だった。
早すぎると思っていたのだが、ポータルに向かう途中、何組もの冒険者と合流してポータルに向かった。広場では弁当を売る屋台が商売を始めていた。
俺は屋台で弁当を購入してポータルに向かう冒険者の流れに乗って歩いた。まるで、通勤するサラリーマンのようだ。
魔法陣の中に入ると、2階層のキーワードを唱えた。
2階層に出てくる魔獣は1階層と殆ど同じ。迷路のパターンは違うのだが、宝箱やイベントも似た感じだ。俺はすぐに赤い点を目指して走った。
最初に遭遇した魔獣は化け蛙2匹に吸血蝙蝠が3匹。1階層と比べると、若干、数が多くなったような気がするが俺は瞬く間に5匹を倒した。
昨日と比べると随分とましになったようだ。十分に休養を取って無理をしなかったのが良かったのだろう。魔獣の死体を見ても何も感じなくなった。
ゲームの情報を元にアリスが提案した最短の攻略ルートに従って迷宮内を突っ走った。攻略ルートがマップに表示されるので、俺はマップの指示通りに走り、魔獣を見つけたら瞬殺するだけ。
隠し宝箱やスイッチなどの仕掛けはマップに表示されているし、俺が見逃してもアリスが教えてくれる。
アリスとのコミュニケーションに慣れてくると、アリスは言葉でなく、直接、情報を伝えてくるようになった。
11時頃には2階層を突破し、12時頃に屋台で買った昼飯を食べて休憩。午後3時間半ごろに3階層をクリアして4階層の入り口に到着した。
地上に戻るには丁度良い時間だ。
地上に戻って宿屋を探すには、午後4時ごろには引き上げる必要がある。しかし、それでは効率が悪すぎると一昨日の夜にプランを立てていた。
俺は睡眠時間が2時間しか必要としないし、若い頃は深夜の12時過ぎまで仕事をしていた。それに、宿屋で泊まると娯楽が何もないので暇でしょうがない。
地下迷宮の安全エリアで快適に寝泊りできないかとマジックアイテムを確認したら、魔法の小屋を見つけた。
魔法の小屋は見た目は3cmぐらいのサイコロのようなキューブだが、魔力を込めると1辺が2mの立方体の箱になる。そして、この箱の中に家が丸ごと入っている。
俺はカスタマイズ機能を使って、庭付きの3LDKのマンションをデザインした。
昨日は地下迷宮で寝泊りする状況ではなかったが、今日は昨日のことが嘘のように調子が良いので、このまま地下迷宮の攻略を続けることにした。
順調に4階層をクリアして5階層に突入後、午後8時頃に安全エリアで晩飯を食べて、休憩を取ってから攻略を続行。深夜1時頃に5階層をクリア。6階層に入ってすぐの安全エリアで魔法の小屋を使用した。
魔法の小屋に入ると入口は6畳ぐらいはある玄関になっており、そこで靴を脱いで中に入るとすぐに30畳ぐらいのリビングになっている。
自由にカスタマイズできたので、間取りはかなり広く取ってあるし、家具や内装も現代日本風にデザインした。冷蔵庫などの電化製品も揃えてある。
ダイニングキッチンに入って夜食を食べてから風呂に入った。
冷蔵庫からビールを出してぐいっと飲んだ。元の世界に戻ったような気がした。
何もかもが新品で、まるで引っ越したばかりのような雰囲気だが、住み慣れた現代日本風のデザインなので、宿屋で泊まるよりも遥かに落ち着く。
俺はビールを飲み干してベッドで眠った。
2時間の睡眠で気持ちよく目覚めることができた。
朝食を食べて昨日に引き続き地下迷宮の攻略を続行した。
そして、3日後の昼頃に10階層をクリアして地上に戻った。
ポータルの広場の屋台で食べ物を買って、昼飯を食べてから冒険者ギルドの支店で、魔石とドロップ品を換金した。
特に何処かに行く当てもないので冒険者ギルドを覗いて見ることにした。
ギルドのロビーが広いので、多くの冒険者がたむろしてもさほど混雑した様子はない。
ずらりと並んだテーブルには、4人から6人のパーティが座っており、みんな会話を楽しんでいるようだ。
ふと、学生の頃の友達の顔を鮮明に思い出した。いつも4人一緒で馬鹿なことをやっては大笑いした。前よりも記憶力が段違いに良くなったためだろう。初めて出会った時のこと、一緒に大学に行って学生食堂で安いカレーを食べたこと、一緒に都会に出て遊びに行ったことなど、一瞬で鮮明に思い出してしまった。
就職先がバラバラだったので、卒業後は殆ど会わなくなったのだが、あれから30年以上も経っている。大学時代の日々の記憶を詳細に思い出し始めたので、俺はアリスに命じて思い出すことを止めた。
昔の記憶に意識が取り込まれてしまいそうだった。
冒険者達が楽しそうに雑談している様子から学生の頃の記憶が呼び出されてしまったのだろう。気持ちを切り替えて、パーティ募集の依頼を調べた。
パーティに入ってみたいとは思うが、しかし、パーティに入る訳には行かないだろう。
パーティに入ってしまったら、リオンの力を隠し通すことは不可能だろう。絶対にボロが出るに違いない。
神官や魔術師のメンバーを募集する依頼が多い。神官も魔法を使えるのだが魔術師とは方向性が違っており、神官は怪我や病気を治療する技を持っている。
治癒魔法を使える者は極めて稀だ。
怪我を治す方法は薬草などの薬で治す方法、回復用の魔法薬を飲んで治す方法、、そして、治癒魔法の3つの方法がある。
魔法薬は高価で治癒魔法を使える者はめったにいないので、薬で治すのが普通なんだと思う。
暫く時間を潰してから冒険者ギルドを後にして、以前に泊まった宿屋に向かった。
赤白の派手な外装の宿屋の扉を開けて中に入ると、オーソドックスな内装のカウンターが客を待ち構えている。このギャップがなんとも言えない不思議な感じがする。
「こんにちは、お客さん。お泊りですか?」
カウンターの奥側にシャム猫のような頭をした小柄な少年が座っていた。ラーニャに良く似ている。
「こんにちは、君はラーニャさんの息子さん?」
「そうだにゃ、トントンと言うにゃ、3日前に食堂で会ったことあるにゃ」
「うん。3日前に泊まったよ。名前はリオン・ウォートだよ。よろしく」
「こちらこそ、ご贔屓にしてほしいにゃ」
「ところで、個室は空いてるか?」
「空いてるにゃ、1泊7シルクだにゃ」
俺は財布から7シルクを出して、カウンターに置いた。
トントンはお金を取ると、鍵を取り出して立ち上がり、俺を部屋に案内した。
カウンター席に座って、夕食を堪能した。
今日のメインは煮魚だった。甘辛く煮込まれた魚はとても美味で、丁寧に食べつくしてしまった。
魚が好物なので食べられる身は可能な限り食べてしまう。お蔭で皿には見事な魚骨の標本が残った。
満足したゲップを出しながらビールを飲んでいると、ラーニャが食べ終えた食器を片付けるために近づいて来て俺の隣に立った気配がした。
「さすがの私も驚いたわ」
俺は隣に立っているラーニャを見上げたが、普段の顔付きのラーニャが居た。
いや、良く見たら、少し目を大きく見開いているようだ。たぶん、驚いた顔をしているのだろう。
「魚が好物の人が骨ごと食べて、何も残っていない皿なら時々見るけど。ここまで来ると芸術品だわ」
なんだか凄いことを言われたような気がする。
「ラーニャさん。今日の煮魚はとっても美味しかったです。これ、何と言う魚ですか?」
焼き魚を売っている屋台なら広場で見かけたが、煮魚の料理は見たことが無い。
「あら、ありがとう。嬉しいわ。この料理は主人の得意料理なのよ。
この魚はアンポンヌと言う名前よ。近くの湖で取れる魚でね。塩焼きするとあまり美味しくないのだけど、主人が料理すると別の魚のように美味しくなると評判なのよ。これがアンポンヌだと信じない人もいるぐらいよ」
ラーニャがうふふと嬉しそうに説明してくれた。マップ画面の地図によると迷宮都市から10kmぐらいのところに大きな湖がある。
「アンポンヌって言うんだ。今度、その湖に釣りに行こうかな」
「あら、それは良いわね。釣った魚を持ってきたら買い取るわよ」
「本当ですか、それなら、息抜きに行ってこようかな」
「この時期なら、それほど混んでいないし、小型のボートも借りられるからお勧めよ。釣った魚を持って来てくれたら、こっちも助かるわ。是非、お願いしたいわね」
「やっぱり、夏になると混むんですか?」
「えぇ、混むらしいわ。私達は行かないけど、泳ぎに行く人が多いそうね。この近くの唯一の観光地だから、仕方がないわ」
ふむ。釣りはあまり得意じゃないけど、暑い夏になったら行って見るか。
「それじゃ、食器を片付けるわね。この皿はオルモンドに見せなきゃ」
ラーニャは皿を丁寧に持ち上げて厨房に運んで行った。どんぶりやお椀は残したままだ。厨房の奥の方から、ラーニャが騒いでいる声が聞こえてきた。
俺は残ったビールを飲み干して部屋に引き上げた。
そして、翌日から地下迷宮の攻略を続行した。
「騎士王物語」の12話を流用しています。第一章の終わりになります。1話の長さの調整がうまく出来なくて、短くなってしまいました。すみません。次話の後半から「騎士王物語」のストーリと分岐します