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5話

 翌朝、8時頃に宿屋を出て、都市の中央にあるポータルに向かった。

 地下迷宮に入るには、ポータルに入ってキーワードと行ったことのある階層の数を唱えれば指定した階層の入口用のポータルに転送される。

 一般的には、迷宮都市の冒険者ギルドに地下迷宮に入るための申請を行なって、神聖協会の腕輪を購入するか、腕輪を持っているのなら、ポータルが起動するように設定する必要があるのだが、リオンは冒険者ギルドに登録済みで、腕輪も設定済みだ。


 冒険者ギルドが発行している分厚い地下迷宮攻略ガイドブックも頭に入っている。神聖協会がネットワークのシステムを提供しているのだが、この世界には印刷技術がないため、神聖協会が発行していない本はかなり高価になる。

 冒険者ギルドが発行している地下迷宮ガイドブックは500ページぐらいで1冊が20シルクもする。

 複製防止の魔法が掛かっていない本なら、初級魔法で複製できるのだが、魔術師を雇うのは金がかかる。人手で写本すると手間が掛かるわ間違いもあるわで、この世界では魔法で写本するのが常識になっているようだ。


 ポータルに行く途中の広場に屋台が並んでいた。あまりにも旨そうな匂いだったので、昼飯用に蒸した特大サイズの中華饅を3つほど購入した。2個もあれば十分なのだが、具が3種類もあって、2種類を選ぶのが面倒だったので、全種類を購入することにした。警察犬並みの臭覚が仇になって、匂いの誘惑に負けてしまった。


 ポータルは直径30mの巨大な魔方陣だった。魔法陣の中に入り「転送、ファースト」とキーワードを唱えた。

 一瞬、視界が暗くなり、すぐに、見えるようになった。

 ポータルの魔方陣から出て、腰に下げてたロングソードを右手で抜いてから、マップ画面を確認した。

 最強の装備もあるのだが、今は初心者用の革鎧とロングソードに小型の盾を装備している。最初から最強の武器を使うかどうか考えた結果、ゲームと同じように最初は初心者用の装備を使い、徐々に強い装備品に変えていくことにした。

 実際に武器を使ったことは無いのだから、一通りの武器を試しておいた方が無難だ。

 その代わりと言っては何だが、強力な護符は最初から装備している。


 地下迷宮の中と地上の時間は一致しているので、地上と同じように昼間は明るく夜は暗くなる。そして、夜の方が魔獣が多くなる。

 ガイドブックには、地下迷宮には朝に入って日が暮れる前の夕方には戻るようにし、翌日は体力を回復するために1日は休むようにと書かれている。

 リオンには暗視能力があるので暗くなっても平気だ。レベル上げには魔獣が多くなるので、逆に夜の方が効率が良いのかもしれない。

 マップ画面には、2階層へ行くためのポータルと安全が確保されたエリア、そして、モンスターを示す赤い点が表示された。

 赤い点は、俺から約200mの範囲の魔獣を示している。意識を集中して索敵のスキルを発動すれば、もっと広い範囲の魔獣を索敵できるのだが、迷宮の中なら200mの範囲で十分だろう。

 俺が見た範囲がマップに反映され、マップ画面の情報が増えるようになっている。

 地下迷宮の仕様は「迷宮都市の冒険者達」と殆ど同じようだ。ひょっとしたら、ゲームの攻略情報がそのまま使えるかもしれない。

「アリス」

「はい。マスター」

「『迷宮都市の冒険者達』の攻略情報があるよな、マップに反映できるか?」

「可能です。マップは実際に踏破したかどうか分かるように色を薄くしますか?」

「そうだな、そうしてくれ」

「了解しました。実際の情報で上書きするようにします」

 マップ画面に見覚えのあるマップが表示された。

 インターブレインのアリスは感情と言った個性は無いが、非常に優れたAI機能により、簡単な命令でも、こちらの意図を汲んで有益なアドバイスをくれる。

 個性があるかのように会話が成り立つのだが、例えば、俺が綺麗な女性を見て邪な想像をしていたとしても、アリスが怒ることは有り得ない。単なる機械でしかないのだ。

 マップ画面に固定の宝箱とランダムの宝箱や固定場所にスポーンする魔獣の情報、イベント情報などが表示された。

 地下迷宮の各階層に決まったサイズや形はない。1階層は正方形の迷路になっていて、ゲームでは、マップの全てを探索しても1時間から2時間ぐらいでクリアできたと思う。

 マップ画面を操作して確認すると、1辺が5kmぐらいもあった。単純な構造だが迷路になっているので、踏破する距離は50km以上はありそうだ。どれぐらいの時間が掛かるのか、見当もつかないが、歩いて探索していたら、2、3日ぐらいは掛かりそうだ。可能な限り、走って探索した方が良いだろう。

 入口用ポータルは行き止まりになっており、奥に向かった通路の先に赤い点が表示されている。

 これから魔獣と戦闘するのだと思うと、急に怖くなった。恐ろしい魔獣と戦うシーンが頭に浮かんできて歩け出せなくなった。

 1階層の魔獣なら大したことはないだろう。それに、リオン・ウォートのステータスなら強くてニューゲームの状態なので、圧勝するに決まっている。……と、ヘタレな俺は何回も自分に言い聞かせて覚悟を決めた。

 バンブージャンプで飛び降りる時のように、覚悟を決めて赤い点に向かって走った。

 前方に、1mぐらいの角が生えたでっかいウサギが立ち上がって、俺の方を見ているのが見えた。

 ゲーム画面では大きなウサギに角が生えていただけだったが、実際の一角ウサギは可愛らしさの欠片もない悪人顔のウサギだった。

 俺は右手に持ったロングソードを後ろに引き、ウサギに向かって突っ込んだ。

 一瞬でウサギに近づき、あっと思った時には体が勝手にロングソードを横に振って首を刎ねていた。

 あっと思った時、反射的にロングソードを横なぎに払って、首を刎ねようと頭の中でイメージしたので、体が勝手にと言うのは語幣があるかもしれない。

 俺がイメージした通りに体が動いていたのだが、余りにも速かったため、体が勝手に動いたように思った。

 それに、一瞬で距離を縮めた時の速度、ロングソードを横に振った剣速は、人外の速さだった。

「本当に弾よりも早いかもしれん」

 俺は思わず声にだして呟いた。

 大きな角が付いたウサギの頭が転がり、首から血が噴出してコトンと横に倒れた。首の断面は見事な切り口で、リアルに内部が見えるため気持ちが悪くなったが、段々と薄くなって飛び散った血まで綺麗に消えた。

 気持ちは悪くなったが、生き物を殺したと言う罪悪感を実感する前に死体が消えた。

 アリスのアイテム画面の魔獣バックのアイコンをクリックして、魔獣バックの画面を表示し、獲得したドロップ品を確認した。

 一角ウサギからのドロップ品は、魔石、角、皮、肉だった。名称の頭に「一角ウサギの」と付いている。

 魔獣を倒せば魔石を必ずドロップするが、角、皮、肉などのドロップ品は5分の1の確率だ。俺は盗賊神の護符を装備しているので、ドロップアイテムを必ずゲットできる。

 他にも、女神の護符、不死鳥の尾、そして、成長促進の護符を装備している。成長促進の護符に加えて、特性の効果により獲得経験値は8倍だ。


 マップ画面を確認すると、通路の30mぐらい先に赤い点が3つ表示されている。

 俺は赤い点を目指して走った。

 今度は3匹の吸血蝙蝠が飛んでいた。

 さっきと同様にダッシュして、一瞬で距離を詰めて斜めの袈裟切り、切り上げ、そして、正面からの切り下ろしで仕留めた。

 今度はイメージ通りに体が動いたが、さっきと比べると動きが遅かった。

 先ほどは、以前の体のつもりだったので意識していなかったのだが、今度はイメージ通りに体を動かそうとして力を抜いてしまった。

 吸血蝙蝠は3匹とも体が二つになってばらばらと落ちた。

 生き物を殺したと言う生々しさを感じた。

 ゲームの3Dグラフィックもリアルで生々しいのだが、それでも単なるCGだ。生き物を殺したと言う実感は全く感じなかったが、現実に生々しい死体を見てしまうと気分が悪くなった。


 冒険者は牛や豚などの屠殺業者と同じなんだろう。お金を稼ぐために魔獣を屠殺するのが仕事だと割り切らないとだめなんだ。割り切れないのなら、冒険者をやめるしかない。

 …………魔獣を殺すのが冒険者の仕事なんだと割り切ることにして考えないようにした。


 俺は何も考えずに、ひたすら次の赤い点を目指し、宝箱を開け、仕掛けをクリアして魔獣を倒しながら、通路を走り続けた。

 マップの3分の2が完成した頃には、随分とリオンの体に慣れてきていた。特性の「高速思考」、「加速」に慣れてたためか、魔獣と戦闘になると加速されて周りの時間が遅くなるように感じたし、リオンの動きに思考が追いつくようになった。

 12時頃に安全エリアとなっている小部屋に着いたので、壁を背にして座り込み、ウェストバックに入れた蒸したての中華饅を食べた。

 2個ぐらいは食べられると思って買ったのだが、実際には1個で十分に腹が膨れてしまった。思っていたよりも、ボリュームがあるらしい。実際、大きな中華饅はそれなりの重さあった。

 …………魔獣を殺したので、食欲が失せたのだとは意識して思わないようにした。


 食べ物をウェストバックかアイテム画面に入れた場合、熱い食べ物はいつまでも熱いままで、決して腐ることはないし、味が落ちることも無い。新鮮な物は新鮮なまま。冷えたビールなら冷えたままだ。

 残った中華饅はウェストバックに放り込んでおけば良いだろう。無理に食べる必要はないのだ。魔法の水筒を取り出して名水を飲みながら、少し休憩してから地下迷宮の攻略を続けた。


 1階層で出現する魔獣は、一角ウサギ、吸血蝙蝠、1mぐらいの芋虫のようなクラウラー、1mぐらいもある化け蛙、そして、1階層のフロアボスが3匹のケイブ狼だった。

 プロアボスを倒し、ポータルを起動して2階層に上がった時、時刻は午後の2時になっていた。

 時間が早いかと思ったが、思った以上の精神的なダメージを受けているのか、2階層の探索を開始する踏ん切りがつかなかった。


 生々しい魔獣の死体を見すぎた。

 罪悪感は無いが船酔いと同じ感じで気分が悪い。魔獣の死体に酔ってしまったらしい。

 魔獣のドロップ品を換金して宿屋を探す必要もあるからと自分に言い訳をして、地上に戻ることにした。


 地上のポータルの近くに、換金専用の冒険者ギルドの支店が建っていた。換金所に入ると1階のホールに30ぐらいの窓口が並んでいた。2階にも同じようなホールがあるので、窓口は60ぐらいになるだろう。

 時間が早いためだと思うが、随分と空いている。

 700匹ぐらいの魔獣を倒したと思うが、ドロップした魔石とアイテムを一度に換金すると、大騒ぎになるかもしれないので、魔獣ドロップ品用にアイテム画面を作り、魔獣バックに100匹分の魔石と20個分のドロップ品を適当に選んで残して、残りを全て魔獣ドロップ用アイテム画面に入れた。

 1階層で10個ぐらいの宝箱を見つけたが、数枚の銀貨か、魔法薬、そして、安物の武器だった。隠し宝箱も大した物は入っていなかった。

 空いている窓口に近づいて、魔獣パックを腰から外し、冒険者カードと一緒に窓口に渡した。

 係員は魔獣バックと冒険者カードを横に置かれた装置に入れてディスプレイを見た。

「随分と溜めたんですね、えっと、残念だけど、ドロップ品は必要数に達した物がないわね。どれも、あと少しってとこよ。魔石の換金だけでにする?」

「魔石だけですか?」

 と俺は疑問におもって聞いた。

「あぁ、あなたは換金するのは初めてね。ドロップ品は指定された個数が溜まっていれば、クエストを受けていなくても、クエストの受注と達成処理を同時に出来るのよ。だから、必要数が溜まってから換金するのが普通なのよ。物によっては高値で取引されるから、魔獣バックから取り出して、バイヤーに売る冒険者も多いわ。何が幾らで取引されているかは、バイヤーに聞いてね。ギルドは関与してないわ。でも、結構良い値段で買い取ってもらえる物があるらしいわよ」

「なるほど、それじゃ、魔石だけでお願いします」

「分かったわ」

 と係員は返事をすると端末を操作した。

「全部で36シルクになります。お金は銀行の口座に振り込まれます。現金が必要な場合は銀行で下ろしてください。ギルドポイントは3ポイントになります」

 係員はディスプレイを見ながら説明すると、装置から魔獣パックと冒険者カードを取り出して返してくれた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 俺がお礼を言うと、係員がにっこりと微笑んで返事をくれた。俺は窓口から離れて、冒険者ギルドの支店を後にした。



 魔獣の死体に酔ってしまって、頭がぼうとなってしまった俺は、ポータルの広場に置いてあるベンチに座り込んだ。

 魔獣の死体が目の前にちらついていた。

 頭を空っぽにして何も考えないようにして、馬鹿になりきって、ぼうと空を見上げ続けた。

 …………何年前だっけ?

 以前にも公園でぼけっと空を見上げて、辛いことを忘れようとしたことがあった。確か、主任になって3、4年ぐらいだったか、仕事がうまくいかなくて、上司に毎日、毎日、毎日、同じ説教を延々と繰り返されたっけ。まぁ、結局は単なる虐めだったのだが、…………いや、忘れよう。もう昔のことだ。

 物語の主人公なら、美人のヒロインが現れて慰めてくれたりするのだろうか? 確かに、こんな状態でやさしいくされたら、誰だって惚れてしまう。……成る程、だから物語になるのか。……俺は、平凡なサラリーマンだ。そんなヒロインが現れるはずがない。

 何も考えないで、ひたすらぼけっとした方が良い。長年の経験で獲得した俺の知恵だ。

 …………考えることをやめて、ひたすら頭を空っぽにして、空を見上げ続けた。

 30分ぐらい空を見上げ続けてから、俺はベンチから立ち上がり、宿を探すために歩き出した。


 時間は十分にあるので、迷宮都市の探索も兼ねて、通りを見学しながら歩いていると、柱や窓の桟に扉が赤い色の中華風の店を見つけた。

 殆どの建物はレンガ造りの洋風なのでひどく目立っていた。

 見た時、中華の料理店かと思ったが、宿屋も運営しているらしく、宿泊費用の一覧が書かれた看板が出ていた。

 都市の中央から離れているためなのか、料金は低めに設定されているし、外見から判断すると、まだ新しい建物のようだ。

 内装も中華風かもしれないと少し期待しながら、思い切って中に入いると、内装は普通の宿と同じで正面に受付、左が食堂となっていた。

 受付カウンターの奥にチャムチャム族と呼ばれている猫の頭をした女性の獣人が立っていた。

 動物の猫よりも人間の顔に近いのだが、それでも、猫の顔なので年齢は分からないのだが、若いように思えるし、微笑んでいるようにも見える。

 地球の猫と比較したら失礼になるのだろうが、猫の種類で言えば、シャム猫に似ている。

「いらっしゃい、若い人、食堂は準備中だよ。それとも、部屋を探してるの?」

 若い女性の声で話しかけてきた。

「……えっと、……派手な建物だったから、何だろうと思って入ったんだけど、……中は普通なんだね」

「まぁね。見ての通り、ちょっと街の外れにあるからね。目立つように主人が外装を派手にしたのさ、なんでも故郷の建物があんな感じなんだそうだよ。内装も故郷風にしようとしてたから、私が反対したのさ。あんなに派手な内装じゃぁ、落ち着かないもんね。

 それより、どうするの? 泊まっていくの? うちは料理が自慢の店でね。他の店じゃ味わえない料理を出すって、有名なんだよ、部屋でのんびりしてれば、すぐに食事ができるよ。試してみなよ。絶対に後悔はしないよ。どうする?」

「夕食のメニューは何なの?」

「今日の定食のメインは肉団子だよ。味付けが特殊で美味しいわよ。あとは、サラダと特製スープに米よ。米が嫌ならパンにすることもできるけど、うちが炊いた米は美味しいよ。是非、試して欲しいな」

 炊いた米とは驚いた。しかし、外国の米は不味いと良く聞くから、期待しない方が無難かもしれないが、試してみるのは良いかもしれない、不味かったらパンにするか、次からは他の宿に泊まれば良い。

「……えっと、個室は空いてる?」

「勿論、空いてるわよ。個室だと1泊7シルクの前払いだけど、いいかい?」

「はい。お願いします」

「はい。まいど。支払いはカード? それとも現金かい?」

「現金で、払います」

 俺はウェストバックからがま口を出して5シルク銀貨と1シルク銀貨2枚を渡した。

「はい。7シルクちょうどね、それじゃ、夕食は炊いた米でいいんだね」

「えぇ、是非、お願いします。」

「分かったわ。それじゃ、部屋に案内するから付いて来て」

 彼女は棚から鍵を取り出して受付カウンターから出てきた。俺は彼女の案内に従って2階に向かった。


 7時頃に1階の食堂に入ると、シャム猫風のチャムチャム族の男性が近づいてきた。

「お客さん。こんばんわ」

「こんばんわ」

「お客さんの部屋番号は何番ですかにゃ?」

「204だよ」

「お1人なら、カウンター席でいいかにゃ?」

「あぁ、かまわないよ」

「それじゃ、お客さんの席はこっちだにゃ」

 店員に案内されて、カウンター席に座った。

「お客さんはパンにするかにゃ? それともご飯にするかにゃ?」

「ご飯で頼むよ」

「分かったにゃ、すぐに持ってくるにゃ」

 店員は厨房の方へ行くと、言葉通り、すぐに晩飯を運んできた。

 中華風の肉団子、サラダ、どんぶりのご飯、トン汁のような味噌汁、ビールの大ジョッキ。スプーンとフォークに箸が付いてきた。

 こっちに来て2日しか経っていないのに、物凄く久しぶりに日本料理を見たような気がした。まるで海外旅行先で日本料理店に入ったみたいに、懐かしい気持ちと同時に、ほっと安心した気がした。

 そっと、周りの様子を伺うと、箸を使っている客が2人しかいない、しかも、かなり苦労して使っている様子だ。俺は箸を右手で取り上げて観察した。レストランなどで出される普通の箸だ。

「若い人。箸は初めてですかにゃ?」

 カウンターの奥側から声が聞こえた。

 声の主を見ると料理人の格好した三毛猫風のチャムチャム族の男性だった。

「いや、初めてじゃないよ。だけど、ここじゃ、珍しいから驚いてた」

「へぇ、箸を知ってるとは珍しいにゃ。……それなら、使い方は分かるかにゃ?」

「あぁ、分かるよ」

 俺は右手に箸を持って、肉団子を挟んで彼に見せた。

「へぇー!、驚いたにゃ、お客さん、上手だにゃ」

「まぁね。使い慣れてるから」

「なるほどにゃ、それじゃ、料理が冷めない内に食べて欲しいにゃ」

 と言うと奥へ引っ込んだ。

 肉団子は一口では食べられないほど大きいため、箸で半分に割ってから口に入れ、どんぶり飯の米を口に運んだ。

 予想に反して日本で食べてたご飯よりも美味しい。高級な日本料亭で出てくるご飯に引けを取らない。肉団子も見た目通りの中華風の味で、たれがこってりとしていてとても旨い。

 味噌汁を覗いて見ると、見たことが無い具が入っていた。外人の奥さんが作った味噌汁みたいだと思ったが、味は悪くなかった。

 久しぶりの日本風の食事を夢中になって食べた。あっと言うまに食事を平らげてしまい、満足した溜息をついてビールを飲んだ。

 横から、小エビの唐揚げが入った小皿が横から差し出された。見ると、受付カウンターにいたチャムチャム族の女性が隣に座っていた。

「これ、特別サービスよ。これも、箸で食べてみて」

「ありがとう」

 不思議に思いながら、お礼を言って、小エビを箸で挟んで口に運んだ。揚げたてのアツアツで、とても旨い。そして、ビールを呷った。

「これは、旨いね、ビールに良く合うよ」

 俺は横で見ていた彼女にお礼を言った。

「あんた、うちの主人と同じように箸の使い方が上手だね。何処で覚えたの?」

「何処って言われてもなぁ、小さい頃からずっと使ってたからだよ」

「ひょっとして、主人と同じ出身かい?」

「ご主人の出身が何処か知らないけど、違うと思うよ。……えっと、王都から5日ほど歩いたところにある山奥で暮らしてた。」

 俺はその場で、適当に考えて答えた。「捨て子で、ある老人に拾われて山奥で隠れて暮らしていた」と、とっさに自分の生い立つを考えた。

「山奥ねぇ、……主人の出身は、ベンガル王国の辺境の村だよ、ユリトピア村と言って、チャムチャム族の小さな村から来たのさ。地下迷宮の珍しい食材が欲しくて、ここまで来たそうだよ、何でも、究極の料理を作るのが夢だってさ。呆れちゃうよね」

「究極の料理ですか。……どんな料理か想像も出来ないけど、物凄く旨そうですね」

「どんな料理か、主人も分からないじゃないかしら、夢みたいなことを言ってるし、それより、今日の料理はどうだった?」

「はい。とても美味しかったです」

「それは嬉しいね、これからもうちを贔屓してね。そうだ、あんたの名前は?」

「リオン・ウォートです」

「リオンちゃんね。私はラーニャ、主人の名前はオルモンド。よろしくね」

「こちらこそ、よろしく」

「さて、主人に睨まれないうちに退散しないとね。ゆっくりしていっておくれ」

 ラーニャは立ち上がると、空になった食器を運んで行った。

 俺は他の客の会話を聞きながら、小エビのから揚げを口に運び、ビールを飲んだ。部屋に引き上げる頃には、すっかりいつもの調子を取り戻していた。


「騎士王物語」の10話、11話を流用しています。殆ど変っていません。


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