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22話

 ギルドの副支店長のセインから話があって以来、特に事件もなく見かけ上は平穏に時が流れた。相変わらず俺の監視は続いているのだがダンヒル一味がちょっかいを出して来る気配は全くない。

 セインの話を聞いて臆病な俺は少しでもレベル上げをしておこうと決意した。月曜日にルーティと一緒にギルドの依頼を受けた以外は、もっぱら29階層の闘技場で修行に明け暮れた。

 おかげで「超加速」がランクアップして「神速」になり、加速の倍率も8倍になった。そして、「神速」の熟練度が上がると倍率も少しづつ上がって、今では倍率が10倍に届こうとしている。

 セインから話を聞いて10日。この街に来て4週目の水曜日にマリアから明日の夕方にこの街に来ると言う連絡が入った。


 翌日。マリアが指定してきた待合場所はバラモンではトップクラスの高級宿屋のレストラン。俺はマリアに指定された時間に高級宿屋のレストランに入った。

「リオン・ウォートです」

 入口で給仕が控えていたので名前を告げた。

「ウォート様ですね。お待ちしておりました。お連れの方はすでにお待ちになられています。こちらにどうぞ」

 給仕はテーブルが並んでいる大部屋を横手に奥に向う通路に俺を誘導して個室に案内した。

「こちらの部屋になります」

 上品で豪華な調度で飾られた部屋に入ると中央のテーブルにマリアが座っていた。10畳か12畳ぐらいの部屋に2人用のテーブルと椅子がおかれているだけなのだが、天井が高いせいもあるのか部屋が実際よりも広く感じられた。

 久しぶりに見たマリアは綺麗だった。いつもの黒い魔術師学院の制服姿で特別に着飾っている訳ではないのだが、とても綺麗に見えた。そして何故か無償に嬉しくなった。なんだか胸の奥から純粋な喜びがこみ上げて来ているような感じだ。

「お久しぶり」

 給仕に椅子を引いて貰いマリアの対面に座るとマリアがにっこりと微笑んで話しかけてくれた。

「お久しぶりです。マリアさん」

 俺も笑顔で挨拶を返した。

「なんだか嬉しそうね。こっちで何かいいことがあったの?」

「久しぶりにマリアさんの顔を見たからですよ」

「あら、お世辞で嬉しいわ」

 マリアは嬉しそうに笑った。

「先に注文を済ませましょう」

 マリアは言うと給仕からメニューを受け取って広げた。給仕は俺にもメニューを差し出した。

 大きなメニューを開いてみると食前酒、前菜とコース料理を順番に選べるように料理が並べられていた。給仕にお勧め料理を聞きながらマリアと一緒に料理を選択した。

 食前酒に選んだのは給仕のお勧めの赤ワイン。深い味わいで程よい酸味が利いている年代物。思えば俺もアルコールに強くなったものだ。以前の俺ならグラス1杯のワインで十分に酔いつぶれることができたのだが、今ではぶどうジュースを飲んでいるのと変らない。


「少し見ない間に随分と強くなったみたいね。また、無茶なことをしていないでしょうね」

 闘技場でのレベル上げで俺のレベルは50以上も上がっているのだが、数をこなしているのでレベルよりもスキルの熟練度がとんでもなく上がっている。

「無茶はしてませんよ。ちゃんと朝食を食べてるしちゃんと夕食前に宿屋に戻ってます。食後は宿屋の人や街の住民と親睦を深めてます。毎日、規則正しくまじめに生活しています。それに週に1回はちゃんとギルドの依頼を受けてますよ」

「そうなの? ……嘘を言う理由は無さそうだし、まぁ、いいわ」

「ところで、マリアさんはここにはどうやって来たんですか?」

「うふふっ……。それは秘密よ」

 マリアは澄ました顔でワインに口をつけた。

 マリアなら空を高速で飛ぶ聖獣を召喚するなり転位魔法を使うなり、何通りもの手段を持っているのだろう。

「失礼します」

 給仕が前菜のサラダと白身魚のカルパッチョを運んでくると静かにテーブルに並べて部屋を出て行った。


「学院の方の様子はどうですか?」

「リオンくんが居なくなってから凄かったわ。教授の報告会で大騒ぎになってね。毎日、何人もの人が研究室に押しかけてきて質問責めよ。リオンくんに関する問い合わせも凄かったわ。教授とマーガレットは必死になって対応してたわ」

 マリアは他人事のように笑った。実際、教授達に全てを押し付けてマリアは雲隠れしたんじゃないだろうかと疑問に思った。

「そう言えば、ギルドマスターを殴り倒した事件を宿の人に聞いたわよ。リオンくんを勇者だと褒めてたけど、リオンくんもなかなかやるわね」

 マリアがニヤリとした。

「毎日報告書を送信してるからご存知でしょう。あの時は反射的に体が動いて気づいたら知らない間に殴り返してたと言う感じです。慌てて生死を確認しましたよ。あの時は焦りました」

「ふーん。そうだったんだ。でもこの街の人は歓迎しているなら良かったんじゃないの?」

「そうかもしれません。だけど、教会の注意を引いてしまったようです」

「まあね。でも、それは仕方が無いわ。気にしなくてもいいわよ」

 給仕が入ってくるとスープとロールキャベツのような料理を運んできて空いた皿を片付けて新しい料理をテーブルに並べた。

 マリアが給仕に合図をすると給仕はマリアと俺のグラスに赤いワインを注いで空になったボトルを引き取って部屋から出て行った。

 マリアにルーティやエルシアのことを話したり教授達の様子を聞いたりして食事を楽しみながら会話を進めた。マリアはエルシアのことを知っているらしく懐かしんでいた。

「明日の朝はどうしますか?」

 デザートを食べ終えて食後のコーヒーを飲みながら俺は切り出した。

「そうねぇ、8時ぐらいに迎えに来て頂戴。一緒に地下迷宮に行きましょう」

「分かりました」

 俺はコーヒーを飲み終えるとマリアに別れを告げて宿屋に戻った。



 翌朝、7時を少し過ぎた頃に食堂に入り、いつものテーブルに座った。俺に気づいたアリーシャが朝食の準備を整えて運んで来るをぼうと眺めた。

「おはよう」

 アリーシャがいつものように朝食をテーブルに並べながら挨拶をしてくれた。

「おはようございます。弁当をお願いします」

 俺はいつものように挨拶を返し、50コル銅貨をアリーシャに渡した。

「あいよ」

 アリーシャはいつものように返事をして厨房に戻っていった。こちらに来て4週間近くになる。朝のやり取りは今やすっかり習慣になっている。

 今日はマリアと一緒に最下層に行き封印の扉を解除する予定だ。今回の神の遺産が何かは知らないが遅くとも2、3日中にはこの街を離れて学院に戻ることになるだろう。

 出会いがあれば別れがあるのは当然のことだが、たった4週間で随分とここの生活に慣れてしまったものだ。

 俺は悲しい気持ちを胸の奥にしまい込んで朝食を食べ始めた。



 約束通りに高級宿屋にマリアを迎いに行き地下迷宮の30階層にやってきた。

 30階層のポータルからレッドドラゴンがいるボス部屋まで巨大な通路が続いていた。ボス部屋と呼ぶには抵抗があるほど巨大な空間が広がっており、奥の方に全長が10m以上はありそうなレッドドラゴンがうずくまっているのだが、頭だけを上げてこちらを警戒していた。レッドドラゴンが飛びまわれるほどの広さが十分にあり、レッドドラゴンの背後の壁に封印の扉が見えた。

「でかいですね」

「そうかしら、ドラゴンにしては小ぶりじゃないかな」

「僕の「黒桜」で切り裂いても死にそうもないです」

「あら、首を刎ねれば一撃よ。でも剣でちまちまと傷つけてたら日が暮れてしまうわ。魔法で倒しなさい。リオンは剣に頼りすぎ。魔法の腕をあげるために今回は魔法でドラゴンを倒しなさい」

「魔法ですか?」

 マリアが言うとおり、剣で攻撃するよるも魔法による攻撃の方が比較できないほど威力が高い。勿論、使う魔法は最上位の広範囲魔法が前提だ。2、3mぐらいの魔獣が対象なら問題ないが、ドラゴンのような巨大になると剣や槍で攻撃するよりも強力な魔法の方が手っ取り早いのは確かだ。

 勿論、剣で倒すことは不可能ではない。魔闘気で刀身を延ばす技もあるのでマリアが言う通りに首を刎ねればドラゴンであっても一撃で殺すことは出来るし、決して不可能ではないのだが。

 ドラゴンの首を一撃で刎ねるなんて芸当はなかなかできることではない。それよりも強力な魔法を使った方が難易度は下がるのだが、強力な魔法を発動するには時間がかかるので呪文を唱えている間に殺されるのが普通だ。

「魔法を発動するには時間がかかりますよ。僕1人では無理じゃないですか?」

 魔法を使うかどうかを別にしても、そもそも1人でレッドドラゴンに挑むこと自体が間違っていると言いたい。

「リオンくんなら大丈夫よ。がんば!」

 マリアは両手の拳を握って可愛らしくエールを送ってくれた。

 マリアから魔法でと言うリクエストを受けた以上は魔法を使わねばなるまい。俺はアリスからのアドバイスを受けて使用する魔法を決め、頭の中でドラゴンとの戦闘をシミュレーションした。

「行って来ます」

 俺はマリアに宣言して30cmの魔法の杖を装備してレッドドラゴンに向かって歩き出した。10mほど歩いたところでマリアを振り返ると、マリアは「がんば!」と先程と同じエールを送ってくれた。手伝うつもりは毛先ほどもないらしい。


 30mぐらいに近づくとレッドドラゴンは4つ足で立ち上がり戦闘態勢を整えたが、警戒しているだけで襲い掛かっては来ないようだ。俺は魔法のワンドを掲げて詠唱を始めた。

「魔を封じる境界を定める。時の狭間の永遠なる深遠にて絶対なる境界を築き。……」

 俺を中心に魔法の円が描かれ呪文の詠唱に従って力のある記号が円の中に描かれて徐々に魔法陣が構築された。

 詠唱を始めて30秒ぐらいで魔法陣が完成した。魔法陣に必要な量の魔力を送り込むと魔法陣が一瞬光って発動した。

 レッドドラゴンを中心に閉じ込めるように巨大な立方体が出現し閉じ込められたレッドドラゴンが真っ白になって凍りついた。


 絶対零度空間アブソルートゼロキューブ


 一瞬だが立方体で囲まれた空間の分子レベルの動きを止めて絶対零度の空間を作り出す魔法だ。レッドドラゴンを殺すことはできないが完全に凍りつかせて動きを止めることはできる。

 俺は急いで凍りついたレッドドラゴンの目の前に移動して次の魔法の詠唱を開始した。

「永久の狭間に在りし聖なる領域。流れたるは無数の星。我がリオン・ウォートの名に置いて彼の地に呼び寄せん。……」

 「無詠唱」の特性により上級魔法までは詠唱なしで発動できるが、最上位魔法となると詠唱なしでの発動は俺では不可能だ。しかし、「高速詠唱」の特性により詠唱時間を縮めることは可能だ。普通なら5分の詠唱を30秒にまで縮めることが出来る。

 俺を中心に魔方陣が30秒ぐらいで完成し魔方陣に魔力を込めると一瞬光って魔法が発動した。魔方陣により異界から召喚された力が俺が構えた魔法のワンドの先に集結し、白くて眩しい光が現れるとレッドドレゴンの胸に向って発射された。


超絶流星弾ホーリーメテオストライク


 太陽のコロナに匹敵する程の超高熱のエネルギーを秘めた聖なる光星の弾が魔法のワンドから発射されレッドドラゴンの胸に吸い込まれるかのように消えた。そして、氷の彫像となっていたレッドドラゴンは粉々に粉砕されて崩れ落ちた。



 背後から足音が近づいて来た。振り返るとマリアがこちらに向っていた。

「おめでとう。これでリオンくんも竜殺しの仲間入りね」

 竜殺しの称号の効果は肉体が強化されて毒が効かなくなり物理攻撃と魔法攻撃の両方のダメージを軽減する。俺の場合はもっと優れた効果がある常時発動型の特性があるのであまり意味がない。

「ありがとうございます」

 レッドドラゴンが消えた後に宝箱が出現したので、魔法で罠を解除してから宝箱の中身を回収した。そして、マリアと2人で封印の扉の前に移動した。


 レッドドラゴンが守っていた封印の扉を見ると、スターレン渓谷と同じ保護バリアに包まれ扉には同じ魔方陣が発動していた。

「見れば分かる通り、スターレン渓谷の遺跡と全く同じ扉よ」

 暫くすると知らない間に杖を準備したマリアが杖で扉を示しながら言った。

「そうですね」

「こっちは準備できてるわ。始めて頂戴」

 俺はマリアに頷いてスターレン渓谷の遺跡でやったとおりに保護バリアに対応するための魔法陣を展開して発動した。すると扉を覆っていた青白い魔法のバリアが静かに消滅した。

 すぐにマリアが俺が展開した魔法陣を維持するための魔法陣を展開して発動したので、俺は魔力を込めるのを止めて杖を下した。そして、扉の中央に近づいて右手を印の上に当てた。

 手を当てたルーン文字が光り、まるでデジタル回路のように光のラインが扉の全体に走った。そして扉が静かにゆっくりと開いた。


 突然、背後から手を叩く音が聞こえた。


 反射的に振り返ると大げさな身振りで拍手をする長身の男とその横にギルドマスターのダンヒルが立っていた。

 身長は190cmぐらい。ダンヒルと同じ身長だがこちらは細身。銀色の長髪に灰色の目、尖った耳。教授と同じような体型で顔つきも似ているような気がする。教授の肌は真っ白なのだがこちらの肌は少し黒い。教授の肌をこんがりと日焼けさせたような色だ。真っ白な魔術師のローブを着ている。魔力は教授の倍ぐらいはありそうだ。オーラの色が黒い。こんな色のオーラは初めてだ。

 直前まで誰も居なかったことは確かだ。まるで転位魔法で突然背後に現れたかのようだ。



「相変わらず、嫌な性格ね。どうせ亜空間に潜んでずっと見てたのでしょ」

 マリアがまるでなめくじでも見るかのように心底いやそうな顔で長身の男を見ながら言った。

「流石は遺跡の番人。何でも見通しですか」

 長身の男は手を叩くのをやめてマリアに答えると、俺の方を見た。

 ぞっとするほどの冷たい視線。なんとなく憎しみが込められているような気がした。

「スターレン渓谷の報告を聞いた時はとても信じられなかったが、いやはや、この目で封印が解かれたところ見た時は流石に驚きましたよ。

 そちらの少年がリオン・ウォートくんですか。

 封印が解かれるのをこの目で見た以上は、あなたを候補者として認めてあげましょう」

「あなたが認めようが関係無いけど、一応、訂正しておくわ。リオンは候補者じゃなくて後継者よ。間違えないでね」

「これは手厳しいですな……」

 長身の男は一瞬だけ辛そうに顔を歪めたがすぐに口元だけ笑みの表情に変えたが目は爬虫類の目のように無表情で冷たい感じのままだ。

「おっと、これは失礼。リオンくんに会うのは初めてでしたね。

 私はローハン・ハイライダー。教会の古代研究部門の長をしている者です。どうぞよろしく」

 ローハンは優雅に礼をして見せた。

「まぁ、私のことを覚える必要はないかもしれません。ここで死んで貰う予定ですからね」

 ローハンはぞっとするほどの冷たい視線を俺に向けた。

「あら、その隣に居る人を依代にしてグレートデーモンでも呼び出すのかしら?」

 ギルドマスターのダンヒルは腕を組んだまま微動もせずに、ずっと俺を憎しみを込めた目で睨みつけたままだ。

「あぁ、スターレン渓谷のことですか、あれは私にしては珍しく失敗でしたよ。無能な見張りの者が暴走したお蔭で貴重なアイテムを無駄に消費してしまった。しかも、猿でも使えるはずの物質転送のマジックアイテムまで無駄にするほど無能だとは思いもしなかった。嘆かわしい限りです」

 明らかに演技だと分かる様子でローハンはふっと溜息をついた。

「まぁ、過ぎたことは良いでしょう。それより、今回はスターレン渓谷のような失敗はあり得ません。あんな制御が利かない手段は2度と取りませんよ。スターレン渓谷の時は突然すぎましたからね。今回はちゃんと準備を整えてあります」

「それにしては手下の数が少ないわね。彼1人なの? 確か、リオンくんに殴り倒されたって聞いたわよ」

 マリアの発言で、ダンヒルが「むうっ!」と唸り声を上げた。俺を睨む目がより憎しみに満ちた目になった。

「心配して頂いたようですが、大丈夫ですよ。今回は私の最高傑作作品を使わせて貰いますよ。リオンくんが例えSSランクの実力があっても、問題なしです」

 ローハンはローブのポケットに手を入れてトランプのカードのような物を取り出してダンヒルに差し出した。

「これは前回の2倍の効果があります。使った後の反作用も2倍ですが、死ぬことはありません」

「こいつを殺せるならそれぐらい大した問題ではないわ」

 ダンヒルはカードを受け取るとローハンに返事をした。

「では、私は邪魔にならないように、移動しますよ」

 ローハンは言うと横に移動してからマリアがら20mぐらいの距離を保って壁際に移動した。

「リオンくん。あれをコテンパンにやっつけちゃって。私はバリアを張って身を守るから心配しなくても大丈夫よ」

 マリアは俺に言うと呪文を唱えてコズミックバリアを張った。

 ローハンが移動しマリアがバリアを張っている間にダンヒルはカードを掲げて魔法を発動していた。黄金色の光を全身から発して2回りほど体が大きくなり、全身の毛が伸び、両手は膨れて爪が生え手の平に肉球が出来上がった。完全に2足歩行の赤虎の姿に変化した。まるでワータイガーに変身したかのようだ。

 全身から発している迫力は先ほどのレッドドレゴンの何倍もある。これほどの強敵は今までに出会ったことがないと断言できるだろう。

 俺は10mぐらい前進して特性を発動し手に「黒桜」を装備した。


「うおおおぅ!」


 ダンヒルはまるで戦いの合図のように咆哮を上げた。途轍もない音が響き渡り足元の地面が振動するのを感じたが、俺はダッシュして一瞬でダンヒルとの距離を詰めて黒桜を袈裟切りを浴びせかけたが、ダンヒルは鋭く伸ばした左の爪で、俺の黒桜をがしっと受け止めた。

 10倍に加速した俺の袈裟切りを、しかも、この世にあるどんな物でも切り裂くことができるはずの黒桜を受け止められて俺は吃驚して、ほんの一瞬だけ動きを止めてしまった。

 

「うぐっ!」

 

 物凄い速さで真横に振られたダンヒルの右の手が俺の左の脇腹に当たり、ダンヒルの爪が鎧を引き裂きながら俺は真横に10mほど吹き飛ばされた。

 俺の攻撃を余裕で防ぎ、カウンター攻撃が可能であると言うことは、10倍に加速した俺よりも動きが素早いと言うことになる。俺は吹き飛ばされながら冷静に状況を分析した。


「うおおおおっ!」


 ダンヒルが勝利の雄叫びを上げた。

「あははっ。ローハン。感謝するぜ。こつはすげぇ力だ。確かに前の力の倍はありそうだ。やっとお返しをすることができたぜ」


 俺は立ち上がり、黒桜から双剣に装備を変更した。スピード重視なら刀よりも双剣の方が良い。「超高速回復」の特性のの効果で切り裂かれた脇腹の傷が塞ぎ、折れた肋骨も徐々に修復されている。

「ほう。俺の攻撃を受けて立ち上がるとはたいしたもんだぜ。こうでなくちゃ面白くねぇ。がははは……」


 笑い声を上げていたダンヒルが、突然、俺に向って一瞬で距離を詰めて、爪を伸ばした両手を交互に横に振って攻撃してきた。俺は斜め後ろに、右、左、右と交互に飛んで攻撃をかわしたが、爪が鎧を切り裂き、浅くは無い切り傷から血が吹き出た。

 7回目の右の攻撃の時、逆に前にダッシュして左に体を回転させながら右の剣で右の爪に当てて攻撃を受け流しながらダンヒルの懐に入り、俺のちょうど左後ろに来たダンヒルの鳩尾に左の剣を突きたてたが剣の先端が2,3cmぐらい刺さったところでダンヒルの膝蹴りをケツに受けて前に飛ばされた。

 なんとかなるかもしれない。ダンヒルの両手の攻撃は素早くて威力があるが大振りだ。ダンヒルの体が大きいので逆に今のように懐に入り込めば奴の体を切り刻むことが出来そうだ。


 俺は空中で体を捻ってダンヒルに体を向けて着地するとダンヒルに向って駆けた。

 ダンヒルはまるでボクサーのように両腕を縮めてガードを固め、俺が近づくとジャブのように真っ直ぐに拳を前に伸ばしてきた。俺はひょいと左にステップしてジャブをぎりぎりで避けようとしたがダンヒルは手首だけの動きで伸ばした爪で俺の肩を引っかいた。鎧が裂かれて血が噴出したがすぐに血は止まった。アリスにより痛感を遮断しているので痛みを感じないが右肩の動きがほんの少しだが鈍くなっているようだ。

 ダンヒルはボクサーのように左ジャブ、左ジャブ、右ストレートと手首だけの動きによる引っかきも加えて攻撃してくる。俺は剣で爪を弾き、サイドステップで避けながら剣をダンヒルの腕に当てて切り裂いた。

 ダンヒルの攻撃は俺に当たるようになったが大きく振りかぶった攻撃では無いので威力が低い。しかし、俺も懐に入り込むことが出来なくなった。

 そしてダンヒルは蹴りと噛み付きの攻撃も加えてきたが俺も蹴りと頭突きで対抗した。

 十数分の攻防で俺もダンヒルも血だらけの傷だらけになり、同時に後ろに飛んで、お互いに距離を取った。

 2人とも大きく肩で息をしながら一息ついた。お互いに血だらけになっているがどちらも浅い傷しか負っていないし、どちらも開いた傷はすぐに塞がっている。全くの互角の勝負だ。体力が尽きて少しでも動きが鈍った方が負けるだろう。


「何をしている。時間は無限ではないぞ、早く仕留めろ!」


 ローハンが焦っているような声でダンヒルを叱責するとダンヒルが低い唸り声で答えた。ダンヒルも心なしか焦っている様子が伺える。


 突然、ダンヒルが突進してきた。俺もダンヒルの動きに合わせて前に出て、先程と同じ攻防が始まった。

 ダンヒルが左ジャブと同時に右腕を振りかぶって勢いつけた右手で攻撃をしてきた。俺は左の剣を逆手に持ってがっしりと受け止めると俺の首筋に爪が伸びてきた。頭を大きく右に傾け左腕に力を入れて押し返すとにやりと笑ったダンヒルは顎を大きく開けて俺の首筋に噛み付いてきた。

 右に移動して何とか首筋に噛み付かれることを防いだがダンヒルはそのまま左肩に食らい付いて牙を肩に食い込ませた。

 肩の肉をごっそりと噛み切るつもりだ。


 肩に噛み付いたダンヒルの首が伸びきっていることに気づいた。


 俺は右の剣をダンヒルの喉仏に当てそまま思い切り上に押し上げて刃を滑らせた。肩の肉を食いちぎられるのが先か、俺が首を落とすのが先か。

 首の骨に当たり一瞬止まりそうになったがそのまま強引に体ごと上にジャンプするように押し上げて、左側の皮と筋肉を残したが、ダンヒルの首を切り落とした。

 肩の部分は強化された肩当が付いている。そのお蔭で肩の肉を食いちぎられる前に首を落とすことが出来たようだ。

 明らかにダンヒルの判断ミスだ。


 首の切り口から、まるで消防車のホースで放水するかのように、ダンヒルの血が噴出して頭から被ったが、ダンヒルを思い切り蹴飛ばして、切り残った皮と筋肉を引きちぎりながらダンヒルから離れた。


 俺は肩で大きく息をしながら、左肩に食らい付いたダンヒルの顎を無理やりこじ開けて肩から外してその場にダンヒルの頭を落とした。


 ダンヒルの血の噴出が止まると、体が縮まり変身する前のダンヒルに戻った。明らかに死んでいる。


 俺は壁際に退避していたローハンを睨みつけた。ローハンの悪人顔を見ると何故かむしょうに腹が立った。


「ローハン。次はお前の番だ。何か言い残すことがあるか?」


 俺は右手の剣をローハンに向けた。ローハンは最初と同じように大げさな身振りで拍手をした。


「流石は候補者だ。今回は僕の負けを認めようではないか。僕に対抗するだけの実力があることを認めるよ。しかし、君の強さがこれで分かったからね。次は確実に葬り去ることを約束するよ」


 ローハンは悪役のボスのようにどこまでもふてぶてしい物言いだ。俺はローハンに冷や汗を掻かせてやろうと、ローハンに向かってダッシュした。

 しかし、ローハンは焦った様子を見せずに、トランプのカードのような物を目の前にかざすとその場で消えて居なくなった。俺はローハンの居たところまで移動して何処かに潜んで居ないかと様子を探った。


「リオンくん。ローハンは転位したわ。探しても無駄よ……。

 だけど、危なかったわね。リオンくんが勝つと信じてたけど、ちょっと心配しちゃった。ごめんね」

 バリアを解除したマリアが俺に話しかけてきた。

「それにしても酷い格好ね。頭から被った血だけでも洗い落とした方がいいわ。それに肩の傷は大丈夫? そこに座って少し休んだ方がいいわよ」

 鏡が無いので自分の惨状は分からないが、マリアの言う通り、酷い状態であることは容易の予想できる。俺は無詠唱で自分に洗浄の魔法を掛けて全身を洗い流し、マリアの忠告に従って壁に背を当てて座り込んだ。

 流石に体力の消耗が激しい。水筒を出して水をごくごくと飲んで休むことにした。



 休憩して冷静になると今更ながら怖くて震えてきた。アリスによる恐怖心の制御を止めたのも理由かもしれない。運が悪ければ死んだのは俺の方だったかもしれない。闘技場でレベル上げをしていなかったら負けたのは俺だったはずだ。

 今までに戦ってきた相手は全て俺よりも格下だった。同等の強さを持った奴と戦ったのは初めての経験だ。

「マリアさん。あれは何だったんですか?」

「ギルドマスターのこと?」

「えぇ」

「分からないわ。単なる当てずっぽうだけど、多分、魔法で細胞の存在自体を変異したんだと思うわ。人間の上位種と同じように、例えれば獣人の上位種版ってところかしら、人間よりも獣の方に進化させた分、肉体の強化も強力だったと言うことになるわね。強さは人間の上位種の3、4倍ってところかしら」

「成る程」

「だけど、流石のローハンも慌てて逃げ出したわね。平気そうな顔してたけど、冷や汗でびっしょりになってたはずだわ……。

 これからは直接、リオンくんを狙ってくると思うわ。気をつけてね」

 爬虫類のような冷たい目を思い出してぞっとした。

「脅かさないでくださいよ」

「あら、脅しじゃないわ。ローハンは自分が神の後継者になるつもりだもの、本物の後継者がいたら困るのは明らかじゃない。これからのローハンの第一目標はリオンくんの抹殺以外に考えられないわ」

「そうかもしれないけど、なんだか嫌だな。ぞっとします」

「まぁ、諦めて用心するようにして頂戴……。さて、ギルドマスターの死体を消さないといけないわね。リオンくんが殺したのがばれたらリオンくんは賞金首になるわね」

「あぁ、大丈夫ですよ。ギルドマスターのダンヒルは公開されてないけど賞金首だそうです。ギルドに首を持っていけば賞金が貰えます」

「あら、それは好都合だわ。リオンくんが賞金首に指定されたら動きづらくなるからどうしようかと思ってたわ。……とにかく、後始末して神の遺産を見に行きましょう」


 俺は立ち上がって、ダンヒルの死体の後始末をしてからマリアと一緒に封印を解除した扉の奥に入った。



 アルゴスが置かれていた格納庫と比べると半分以下の広さだが、それでも体育館ぐらいの広さがある。

 中央に円筒型の装置があるだけで、他には何もないためか、嫌に広く感じる。円筒型の装置の前に制御盤らしき装置があるのだが、まるでクイズ番組のスイッチのような赤くて大きな丸いスイッチがあるだけだ。

 俺はスイッチのある制御盤の前に立って、あれこれとこれが何なのかと考えを巡らした。

「マリアさん。これが何か知ってますか?」

 俺の近くに立っていたマリアに顔を向けて聞いた。

「さぁ、知らないわ、その赤いスイッチを押せば分かるんじゃない?」

 確かにマリアの言う通りなんだが、赤いスイッチを押すと円筒型の装置から核弾頭付きの大型ミサイルが現れて発射されないだろうかと、不安でスイッチが押せない。

 考えすぎ、あるいは、想像力がありすぎとか言われても仕方が無いのだが、以前にそのような映画を見たような気がして、まさか、本当にミサイルじゃないだろうなと半分以上本気でなかなか踏ん切りが着かない。

「早く押してみれば」

 マリアが面白そうな顔をして俺に言った。俺は赤いスイッチの上に右手を乗せてぐいっと押し込んだ。

 突然、円筒の装置の上のほうに赤いランプが点ってくるくると回りだし、サイレンが響き渡った。まるで消防車のような緊急車両が倉庫から出撃するのと同じようなサイレンの音だ。

 何事が起きたのかと俺は身構えた。


 円筒の装置の銀色の筒がゆっくりと下がり、ガラスのように透明な円筒の中に少女が現れた。

 長髪の黒髪、袖と襟に白のレースが付いた黒いブラウスに白いレースが付いた黒のミニスカート、白いエプロン。……メイド服を着た16歳ぐらいの日本人女性が現れた。

 パチリと開いた目は黒。所謂、メイド服を着た美少女だ。

「マスター登録、初期設定が完了しました。私は多目的汎用機械人形QZ-2001395です。よろしくお願いします。私の呼び名を決めてください」

 俺は横に居たマリアに顔を向けた。

「確か、神の従者と呼ばれていたアンドロイドよ。家事一般、料理の腕は超一流。魔法は使えないけど戦闘能力は凄いわ。護衛もできるスーパーメイドって感じかな」

 マリアが嬉しそうな顔で説明してくれた。

 スーパーメイドは俺にお辞儀をすると「名前を決めてください」と再び言った。俺は暫く考えてから「杏子」と名付けることにした。

『多目的汎用機械人形QZ-2001395、通称杏子とのリンクが確立しました』

 アリスが言ってきた。

『杏子に関する情報が送られてきました主記憶に直接ロードできる情報が含まれています。ロードしますか?』

 俺はアリスに命令して杏子の情報を主記憶にロードした。


 杏子は円筒の装置から降りると俺の近くに立った。マリアは杏子の状態を確認するかのように、杏子を上から下へと視線を向けて見た。

「問題なさそうね。ここでの用事は終わったから、出ましょう」

 俺とマリアは杏子を連れて地下迷宮から地上に戻った。


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