20話
今回は少し長いです。(当社比1.5倍)
外に出かける準備を整えてから朝食を食べるために食堂に入った。
いつもは食堂が開く6時30分に食堂に行き、朝食を食べ弁当を貰って地下迷宮へ出かけるのだが、今日はギルドに行って依頼を受けるつもりでいる。
ギルドの営業開始時間は8時からなので今朝は7時過ぎに部屋を出た。いつもなら食堂には誰も居ないのだが今朝は10人ぐらいの泊り客がテーブルに座っていた。
夕方は酒場になるので5、60人ぐらいの客で溢れているのだが朝食を食べるのは泊り客だけなので閑散としている。奥側の半分のテーブルには椅子が上に乗せられており手前側半分しか使えないようになっている。
俺は適当に空いているテーブルに座って朝食が運ばれるのを待った。
「おはよう。今朝は遅いのね。寝坊した?」
アリーシャが朝食を運んで俺の目の前に並べてくれた。
「アリーシャさん。おはようございます。今日はギルドに行って依頼を受けるつもりなんです。それとお弁当をお願いします」
朝食を並べ終えたアリーシャに50コルの銅貨を渡した。
「迷宮に飽きたのかい? 確かに気分変換に依頼を受けるのも悪くないわね。分かったわ」
アリーシャは銅貨を受け取ると厨房に戻った。
朝食はパンとベーコンエッグに山盛りに積み上げられたマッシュポテト。マグカップに入った熱いコーヒー。俺は熱いコーヒーを火傷しないように啜ってからパンにジャムを塗ってかじった。
今日は9月1日月曜日。この街に来て2回目の月曜日だ。
先週の月曜日にギルドマスターを殴り倒したので、臆病な俺はギルドマスターとその手下の仕返しを避けるために翌日からギルドを避けて地下迷宮に直行して攻略に専念した。
攻略と言っても次の階層に続くポータルへの最短ルートを疾走し途中のモンスターは無視してフロアボスのみを倒しただけだ。おかげで先週の土曜日に最下層の30階層に到着した。
何故か分からないが宿屋を経営しているフェステバル一家と宿屋の常連客に気に入られ、気軽に声を掛けて貰ったり酒を飲みながら騒いだりと比較的楽しい毎日を送っている。
昨日は休養を兼ねて街に買出しに出かけ教授とマーガレットに指定されたお土産を購入した。今日はマリアの命令によりギルドでクエストを受ける予定でいる。
教授とマーガレットとマリアに詳細な報告書を毎日送信している。マリアからは週に1回か2回は依頼を受けなさいと言う返信を貰っている。
目的だった30階層に到達したしお土産も買ってある。後はマリアが来るのを待つだけだ。マリアが来てからボスのドラゴンを倒して封印を解除する予定になっている。
「おはよう。今朝は遅いのね。寝坊した?」
ルーティがアリーシャと全く同じ挨拶をして俺の対面に座った。
「おはよう。今日はギルドの依頼を受ける予定だよ」
俺は口に入れたパンを飲み下して挨拶を返した。
「迷宮に飽きちゃったの? 気分転換に依頼を受けるのも良いわね。私も一緒に行こうかな」
1人で依頼を受けるよりも2人の方が選択肢が広がるし楽になるのはのは確かだが、ルーティのランクはEなので受けられる依頼のランクが下がってしまう。
「ギルドに一緒に行くのは構わないけど、一緒に依頼を受けるかどうかは依頼の内容によるね」
「リオンのランクはCだもんね、それでどんな依頼を受けるの?」
「行って見なきゃ分からないけど、簡単で安全なのが良いね」
「それだと報酬も安いわよ」
「こう見えても金持ちなんだ。報酬は割りとどうでもよかったりする」
「ふーん。確かに革鎧の素材がちょっと変わっているかも知れないけど、リオンの装備は初心者装備って呼ばれる装備じゃない。とても金持ちには見えないわ」
「人を見かけで判断するのは間違ってるよ」
「リオンに言われると説得力があるわ。確かにその通りだけど……。でも、簡単で安全な依頼なら私でも出来るランクになるわね」
ルーティは嬉しそうな顔で俺を眺めた。俺は話をしながらせっせと朝食を口に運んだ。アリーシャが弁当のサンドイッチ2人分とルーティの朝食を運んできた。
「ギルドには3人で行くの?」
アリーシャがルーティに朝食を渡しながら聞いた。
「えぇ、そのつもりよ」
ルーティは朝食が載ったトレイを受け取りながら答えた。アリーシャは俺とルーティの前に弁当を行くと厨房に戻った。
朝食を食べ終える頃にジェームズがやって来た。ジェームズには幼馴染の若奥さんが居るそうで新居から毎日のようにここに通っている。アリーシャの話では今年一杯か来年で冒険者を引退してギルドの職員に就職する予定らしい。
毎日夜遅くまで飲んでいるのに若奥さんには叱られないらしい。良く出来た奥さんなのか元気で家に居ない方が良いと思われているのか俺には分からない。
アリーシャの旦那を見たことはないが厨房で料理を作っているらしい。アリーシャには19歳になる息子もいるらしく子供は全部で2人だ。
「おはよう。2人で仲良く朝食とは、どうしたんだ?」
「今日はギルドで依頼を受けるそうよ」
「そうか」
俺より先に朝食を食べ終えてコーヒーを飲んでいたルーティがジェームズに返事をした。ジェームの言い回しがちょっと気になったが俺は黙って皿の上に残ったマッシュポテトをフォークで綺麗にすくって口に入れた。
ルーティよりも俺の方が朝食の量が多いので俺の方が食べるのに時間がかかる。俺の朝食はルーティの2倍ぐらいの量があるし、他の男性の冒険者と比べても5割増しだと思う。夕食も肉料理が追加されていることがある。アリーシャは「リオンはもっと筋肉をつけないとだめよ」と言っている。
俺は食べるのは大好きだし、この宿屋の食事は旨いから残したことも無いので問題ない。
俺は残っていたコーヒーを飲み干してテーブルにおいた。
「それじゃ、行くか」
ルーティがコーヒーを飲み終えるのを待ってジェームズが椅子から立ち上がった。ルーティも「はーい」と返事をして椅子から立ち上がったので、俺も椅子から立ち上がり「ごちそうさま」と厨房に向って声を投げてから食堂から出て行く2人を追いかけた。
宿屋からゆっくり歩いても10分ぐらいでギルドに着く。俺は2人の後ろに隠れるようにしてギルドの中に入った。
2人は掲示板に向って突き進むので俺も2人の背中に顔を向けて歩いた。
入口の横に一番最初に難癖を付けて来た強面の5人組みがたむろしていたのでちらりを視線を向けると、俺に気づいた1人がピクリと固まったのが見えたが俺はすぐに視線を2人の背中に戻した。
ロビーのざわめきが静かになり、「おい、あれはリオンじゃないか?」、「あれが勇者か? 子供じゃないか」、「うそだろ、どうみても初心者じゃないか」、「バカ、声が高い」……とロビーのあちらこちらで囁き声が聞こえだした。
「おはよう、3人で来るとは珍しいな」
アリーシャの店の常連客であるライオネルが俺達を見つけて声を掛けてきた。
「おはよう。リオンが依頼を受けると言うから一緒に来ただけだ」
ジェームズがライオネルに返事をした。
「ライオネルさん。おはよう」
「おはようございます」
俺とルーティも挨拶を返した。
「そうか、リオンは冒険者だったな。依頼を受けるのは当たり前か。まぁ、がんばれや」
ライオネルは俺に向って手を振ると離れて行った。
俺達は掲示版に移動して張り出されている依頼を調べ出した。ギルドマスターの手下が何か言ってくるかと緊張していたのだが、注目はされているようだが特に声を掛けて来そうな冒険者はいない
「俺は事務所に行って来るわ。用があったら呼んでくれ」
ジェームズは言うと受付カウンターの方に行ってしまった。
「何か面白そうなのはあった?」
「ちょっと気になる依頼はあったよ」
「どれ?」
俺はランク外の枠に張り出されている依頼を指差した。
「なんだ、師匠の依頼じゃない」
依頼の内容を確認したルーティが答えた。
「やっぱりそうか、依頼主の名前がエルシア・フェステバルだったし、調合師となっているからルーティの師匠かもしれないと思った」
ルーティは祖母から色々なことを学んでいるらしい。詳しい内容は教えて貰えなかったが魔法と薬の調合と戦い方など。祖母は魔法のポーションを売って生活しているそうだ。
ルーティは元々は冒険者になるつもりは無かったようだが冒険者に登録しておけば旅の途中で稼ぐことも出来るし身分証明にもなるので何かと都合が良いだろうと留学を許可される条件にされたため、ランクを上げるために週に1回か2回は叔父のジェームズと一緒に迷宮に入ったり、簡単な依頼を受けたりしているそうだ。
気になった依頼の内容は銀月百合採集の護衛だった。銀月百合は最上位回復ポーションの必須の素材なので依頼主が調合師なら納得だ。
しかし、護衛の期間は日帰り、人数は2名まで、襲撃される可能性のある魔獣がワイバーンでワイバーンを倒すことができるか群れで襲われても生き残れることが条件になっている。そして報酬が5クラン。
「それにしてもランク外って変だね」
「そうなの?」
「ワイバーンは確かAランクの魔獣だよ。人数の制限があるからこの条件を満たせる冒険者は最低でもAランク2名かSランクの冒険者が必要になるよ」
「大丈夫だよ。師匠は強いからワイバーンぐらい師匠が倒せるよ」
「それなら護衛は要らないんじゃない?」
「銀月百合の採集に集中するから見張り役が必要なのよ。ワイバーンの群れに襲われると見張り役の人まで守りきれないからワイバーンに襲われても身を守れる人でないけだめなんだ」
「成程。ルーティは採集に行ったことがあるの?」
「去年は師匠が危ないから駄目だって言われた」
「それならルーティはこの依頼は受けられないってことだね」
「大丈夫だよ。去年は駄目だったけど私だって去年より強くなったわ。ランク外だから私でも受けられるしね」
「ワイバーンを倒せるの?」
「勿論よ」
「倒したことがあるの?」
「倒したことはないけど、でも、やってみなきゃ駄目かどうか分からないじゃない」
「そうだけど……。そうか、俺が判断する必要はないな。ルーティの師匠に判断して貰えば良い。それならこの依頼を受けてみる?」
「いいわよ」
俺は掲示板から依頼票を引き剥がしてルーティを連れて受付窓口へ移動した。
「ルーシー。これお願い」
ルーティは俺が手に持っていた依頼票をひったくると受付窓口に座っている若い女性に渡した。ルーシーと呼ばれた職員は20歳ぐらいの女性でルーティと仲が良いらしい
「これって、ルーティの師匠の依頼じゃない。2人で受けるの?」
「そうだよ」
「この依頼についてはルーティの方が良く知っていると思うけど、ワイバーンは大丈夫なの?」
「勿論よ。ギルドマスターと比べればワイバーンなんて可愛いもんよ」
ルーティは声を落としてルーシーに答えた。
「ちょっと。聞かれたら大変な目に会うわよ。気をつけてよ」
ルーシーは吃驚したが小さい声で文句を言うとルーティを睨んだ。
「それじゃ、2人とも、ギルドカードを渡して、依頼の受付処理をするわ」
俺とルーティはギルドカードをルーシーに渡した。ルーシーは端末を操作して処理をしてからギルドカードと依頼完了報告書の紙を差し出した。
「これを持って依頼主に会ってください。依頼が完了したら依頼完了報告書にサインを貰ってください。依頼完了の手続きをすれば報酬が貰えるます」
ルーティはカードと依頼完了報告書を受け取ると自分の冒険者カードはポーチに入れ、俺の冒険者カードと依頼完了報告書を渡してくれた。
「それじゃ、行って来るね」
ルーティはルーシーに手を振ると俺を引っ張ってギルドの出口に向った。
「がんばってね」
ルーシーは激励の声で見送ってくれた。
ギルドを出て大通りを南に向って歩いた。ルーティの師匠の家は街の郊外に建っていて40分ぐらいで行けるそうだ。
街を南から出て随分と歩いた場所にまるで森に隠れるように家が建っていた。
まるで人を避けるかのように見つけ難い場所にある。比較的小さな平屋建て、広い庭と言うよりも庭の代わりに畑が作られているようだ。調剤師なら野菜の代わりに薬草を育てているのだろう。
ルーティは玄関を開けて「師匠!。どこに居るの?」と大声で呼びながら中に入った。
扉はルーティが入ると自動に閉まった。仕方がないので俺は玄関の入口で待つことにした。
他人の家に勝手に入るのはエチケットに反する行為なので礼儀正しい人は玄関で待つだろう。しかし、俺はそこまで礼儀正しくない。実は強力な結界が張られているのだ。無断で入ると精神面に作用する結界のようだが具体的にどのような影響が出るのかは分からないので用心のために待つことにした。家の人に招待されて入れば作用しないようだ。
ばたばたと騒々しい音が止むと女性2人の声が聞こえてきた。
「なんじゃ。ルーティか、今日はギルドじゃなかったか?」
「ギルドだよ。師匠の依頼を受けてきたよ」
「お前はあほか、お前が依頼を受けてどうするんじゃ。お前に頼んで済むんなら態々ギルドに依頼を出さんわ」
「えー。だって、私だけじゃないよ。リオンと一緒に受けたんだよ」
「リオンって、あのギルドマスターを倒したとか言っていた冒険者か?」
「そうだよ。リオンがギルドに行くと言うから一緒にギルドに行ったんだ。リオンが師匠の依頼を見つけて受けると言ったから一緒に依頼を受けたんだよ」
「それで、リオンとやらは何処におるんじゃ?」
「あれー。居ない。さっきまで一緒だったんだよ」
「まったく。また結界のことを忘れたな。どうやら玄関の前で待っとるみたいだぞ」
「あっ。忘れてた」
「もうよい。お前はお茶の用意をしなさい。わしが行ってくるわ」
コツコツと歩く音が近づいて玄関の扉が開いた。
魔術師のローブを着た20歳ぐらいの女性が現れた。派手な髪だ。パッションピンクの髪を長く伸ばしている。ルーティの髪も濃くすればこんな色になるのかもしれない。ルビーを嵌めこんだような赤い目。顔はルーティにそっくりだ。ルーティと同じちょっと変ったオーラを纏っている。魔力はルーティの2、3倍ぐらいだろうか。
老婆の姿を予想していたのだが、ルーティの姉にしか見えない。
アリスからエルシア・フェステバルの情報が送られてきた。竜人のハーフだと……。
「おはようございます」
驚いた俺は一瞬だけ動きが固まったがすぐに気を取り直して60度のお辞儀をしながら挨拶をした。ルーティの師匠は何も言わずに俺をじろじろと見ていた。
「お前さんがリオンかい?」
「はい。リオン・ウォートです。ギルドであなたの依頼を受けて来ました」
「予想とは随分と違うようじゃの。まぁ良い。中に入りなさい。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
師匠に招かれたので俺は家の中に入った。
入るとすぐにリビングになっており、ルーティが3人分のカップにお茶を入れていた。
「そこの椅子に座りなさい」
師匠が椅子を示したので俺は言われた通りに座った。師匠が座るとルーティはカップを配り、俺の横に座った。俺はウェストバックから依頼完了報告書を取り出して師匠に渡した。この用紙は依頼を受領した証明書にもなっている。
「うむ。確かにわしが依頼した内容じゃ。念のために簡単に説明するとお前さんに頼みたいのは銀月百合を採集する間の護衛じゃ。ワイバーンが襲ってくる場所でな。お前さんは見張り役と可能ならワイバーンを倒して欲しい。すぐに準備して出かけるから今日の夕方には戻れるじゃろ。何か質問はあるかな?」
「あなたのことはエルシアさんと呼べば良いですか?」
「あぁ、そうじゃった。自己紹介をしてなかったの。わしはエルシア・フェステバル。エルシアと呼んでかまわんよ。知ってると思うがルーティの師匠。見れば分かる通りルーティの血縁者じゃ。ルーティの祖母と言うことにしておる。他に質問は?」
「今はないです」
「うむ。それでは出かける準備をするか、2人は座ってお茶を飲んでおれ」
エルシアは言うと椅子から立ち上がって台所に移動した。
ルーティは先程からカップを両手で持ってお茶を冷ましながら啜っていた。大人の会話を邪魔しないように静かに待っている子供のようだ。
この世界では15,6歳で大人として扱われるのだがルーティは甘やかされて育ったのか年齢よりも子供っぽい振る舞いをしてアリーシャとジェームズに何時も注意されている。なんだか兄貴の姪っ子を見ているような気がして心が和んだ。
ルーティは1歳下だが、正確には5ヶ月の違いしかない。第三者から見れば俺とルーティは同じ年にしか見えないのだろう。
エルシアは30分ぐらいで準備を整え、俺達はエルシアに連れられて開けた場所に来た。エルシアは「そこを動かずに待っておれ」と言うと俺達から20mぐらい離れた場所に移動して杖を片手に高く掲げた。
「近きにして遠きにある重なりし世界アビタールよ。我が呼びかけに答えよ。我の名はエルシア・フェステバル。我は空を翔る聖なる……」
エルシアの詠唱に従って、エルシアを中心に聖獣の召喚魔方陣が展開された。そしてエルシアの上空で巨大な鷹が現れるとエルシアの傍に降りた。翼を畳んで立っている鷹は象よりも2周りぐらい大きいサイズがある。
銀月百合は100階層の地下迷宮で言えば95階層から先にしか手に入らない最上位の素材だ。この街の地下迷宮では手に入らないのでフィールド上でしかも難易度が最上位の場所に行くことになると予想していた。しかも人数制限があったので4人ぐらいが乗れる聖獣を召喚して飛んで行くのだろうと考えていた。エルシアは俺が予想した通り鷹の聖獣であるホルスを召喚した。
目を輝かせながら見ていたルーティはエルシアがこちらを向くと聖獣に向って走り出した。俺は急ぎ足でルーティに続いた。
ルーティは聖獣に近づいてエルシアに押し上げられながら聖獣に登り首の後ろに跨った。
「リオンはルーティの後ろに乗りなさい」
当然ながら鷹は滑り易い羽で覆われているので登るための足掛りがない。俺はその場で軽くジャンプして飛び上がり両手を鷹の背中に掛けてジャンプした勢いを利用してルーティの後ろに跨った。
エルシアは慣れた様子で俺と同じように飛び上がってルーティの前に跨ると「飛べ!」と聖獣に命令した。聖獣は翼を広げ前に2、3歩助走して飛び上がった。「わーい!」とルーティが歓声を上げた。
聖獣は遠くに見える山に向ってぐんぐんと空に登って行く。地面が凄い勢いで遠ざかる。
乗り心地は意外と良い。風が凄いかもしれないと思ったが予想に反して風が無く殆ど揺れない。
「凄い! ……あっ、街が見えるよ。リオン、見て!」
ルーティがはしゃいで後ろの方に見える街を指差した。首を向けて見ると確かにバラモンの街並みが見えた。
「ルーティ。静かにしないか、騒いどるのはお前だけじゃ、少しはリオンを見習ったらどうだ?」
「えぇー。だって、ホルスに乗るのはまだ3回目だもん……」
ルーティは不満そうな顔をして黙った。ひょっとしたら拗ねているのかもしれない。普段ならもっと大人らしく振る舞うのだが、普段は猫を被っていて今が素のルーティなのかもしれない。アリーシャやジェームズに対してはここまで子供っぽくならないところを見ると、エルシアに相当甘えているのだろう。
「目的地はあの山ですか?」
「そうじゃ、1時間ぐらいで着くじゃろ。ホルスには乗ったことがあるのか?」
「いいえ。初めてです。意外と乗り心地が良いですね」
「まったく。おぬしは変っておるの、一体何者じゃ?」
「ごく普通の人間ですよ」
「確かに、見た目は人間の少年にしか見えないがな、普通の人間がギルドマスターの顎を砕くなんぞできんわ」
「自分では人間だと思っていますけど、正直に言うと自分でも良く分からないです」
「ふむ。自分が何者かが分からんか、成る程な。そう言うこともあるかもしれん。ルーティが貴族じゃないと言ってたが、わしは人間の上位種かと思っておった。しかし、人間の上位種でもなさそうじゃのう。ふうむ……」
俺は竜人のハーフについて聞こうとしたが思い止まった。気軽に聞いて良い事でもないし、何故分かったと問い詰められるのも困る。それに立ち入ったことを聞くのはエチケット違反だ。会ったばかりの孤児の人に両親はどうして死んだのかと聞くようなものだろう。それに自分のことを正直に話していない後ろめたさもある。
目的地に着くまでにエルシアからルーティの話を聞いた。普段は魔術師の格好をしているのだが、ルーティは戦闘もこなせるそうで素手の格闘から剣や杖などの色々な武器を使った戦闘をエルシアから習っているらしい。「一通りの基礎は教えたからの、後は実戦で鍛えるのみじゃ」とエルシアが言うとルーティは嬉しそうな顔をした。エルシアはルーティを褒めた訳ではないのに何を勘違いしたのかと俺は不思議に思った。
聖獣が山の中腹にある比較的狭い平原に下りると俺達は聖獣の背から降りた。エルシアが呪文を唱えて杖を振ると聖獣が消えた。
「ここに来るにはあっちの森を通り抜けないと来れないが、あの森にはオーガの亜種がいる。森には決して行くではないぞ」
俺はエルシアに頷いて返事をした。
「さて、遊んでおる時間はない。すぐに採集を始めるかの。ルーティも手伝いなさい。リオンは見張りじゃな、2人とも決してわしの傍を離れるでないぞ」
「自分用に少し採集しても良いですか?」
「そうじゃな、ワイバーンが襲ってこないか見張りながら採集できるのならかまわんが、もし、わしの方が先にワイバーンに気づいたら報酬は無しじゃ。それで良ければかまわんぞ」
エルシアはにやりとした顔をなった。報酬無しと言えば諦めると思ったのだろう。
「ありがとうございます」
俺が素直に礼を言うとエルシアはおやっと言う顔になった。
「そうか、まぁ、良いじゃろう」
エルシアは近くに生えていた枯れて茎だけになった銀月百合を見つけて屈み込んだ。「ほれ、ルーティも早く始めな」と言うと茎の周りを小さなスコップで掘り始めた。
エルシアの許可が出たので、俺も2人から離れないように気をつけて銀月百合の球根を掘り出し始めた。
1時間ぐらいするとアリスから警告があった。マップ画面を確認すると山の方からこちらに近づいて来るワイバーンの赤い点で表示された。赤い点は5つある。
「エルシアさん。5匹のワイバーンがこっちに向ってます。距離は200mです」
俺は掘り出した球根の土を払って麻袋に入れてからウェストバックに入れて2人の近くに移動した。エルシアとルーティは立ち上がると俺が指差した方向を見た。
暫くじっと見ていたがワイバーンが150mの距離に近づいてくると「うむ。本当のようじゃの」とエルシアは言うと道具を置いて手を払ってから杖を持った。ルーティもエルシアの真似をして杖を構えた。
俺もウェストバックから30cmぐらいの杖の取り出して構えた。エルシアはちらりと俺を見たが何も言わずにワイバーンの方に顔を向けた。
「ルーティ。ワイバーンが十分に近づいてから魔法を撃つんじゃ。焦るでないぞ、1匹に集中して1匹だけでも倒してみなさい」
ワイバーンが80mぐらいに近づくとエルシアは呪文の詠唱を始めた。エルシアと違う呪文だがルーティも呪文の詠唱を始めた。エルシアはサンラインの魔法でルーティは魔弾の魔法だ。俺もエルシアを真似て同じサンラインの魔法の呪文の詠唱を始めた。
魔弾の射程距離は初級魔術師で20mぐらいで熟練度が上がれば射程距離も伸びる。最大の射程距離は50mぐらい。サンラインなら最大射程距離は80mぐらいになる。
サンラインはレーザー光線のような魔法で収束させた超高熱のラインを放出する魔法だ。速度はなんとか目で追える速さなのでレーザー光線と言うよりもプラズマ砲に近いのかもしれない。炎の上位魔法に分類される。
50mぐらいの距離でエルシアが2本のサンラインを発射して2匹のワイバーンに当てた。1匹は2つに分かれて落ちたがもう1匹は辛うじて飛んでいる。続いて俺も2匹にワイバーンに2本のサンラインを発射して2匹とも2つにした。
「ルーティ、焦って発射するでないぞ。ちゃんと自分の射程距離を把握するんじゃ」
エルシアは早口で呪文を詠唱して襲い掛かってくるワイバーンと先ほど仕留め損なったワイバーンに魔弾をぶつけて片方のワイバーンを落とした。
25mぐらいの距離に近づいたワイバーンに向けてルーティは魔弾を発射した。エルシアの魔弾に比べると魔力の輝きが少し薄い感じだが、魔弾がワイバーンに当たって弾けるとワイバーンは力を失った墜落した。
「ふむ。悪くはないぞ。なんとか及第点だな」
「やったぁ! 師匠から初めて及第点を貰った!」
エルシアの評価を聞いて、ルーティは飛び上がってはしゃいだ。
「それにしても、リオンは見かけによらずやりおるのう。魔法の腕はわしもりも上じゃないのか」
エルシアは俺の正体を見極めようと目を細めて見た。
「まぁ良いだろう。1度襲われれば、暫くは襲って来んからな。ドロップ品を回収したら採集を続けるぞ」
ルーティは「はい。師匠!」と返事をするとワイバーンが落ちた地点を目指して駆け出した。
50分置きぐらいにワイバーンの襲撃があったが俺達は順調に採集を続けた。昼食は早めに切り上げて銀月百合の球根を集めることに集中し、午後2時頃には俺だけでも100個以上の球根を集めることができた。
「ちと早めじゃが、十分に取れたからそろそろ戻ろうかのう」
エルシアは嬉しそうな顔で立ち上がると俺に近づいて言った。
「ルーティ! そろそろ帰るぞ!」
「はーい!」
エルシアがルーティに告げると、ルーティは元気な返事を返した。
「あぁ! 宝箱だ!」
突然ルーティは叫ぶと駆け出した。ルーティが向った先10mのところにポツンと宝箱が現れていた。俺とエルシアは吃驚してルーティの様子を見ていたが、「あっ!」とエルシアは言うと「ルーティ! やめなさい!」と叫んだ。
ルーティはエルシアの声が聞こえなかったのかエルシアの命令を無視して宝箱を開けた。するとけたたましい音が宝箱から響き渡った。エルシアはルーティに向って走ったので俺も慌てて追いかけた。
地下迷宮ではありふれた罠の1つで、大量の魔獣を呼び寄せる「警報」の罠だ。地下迷宮じゃないので油断してしまった。「警報」の罠が発動したので何十匹ものワイバーンが襲ってくるに違いない。
「ルーティ、なんてことをするんじゃ」
エルシアがルーティを怒鳴りつけると「ごめんなさい」とルーティが泣きそう顔で謝った。
ぽつぽつと俺達の上空にワイバーンが現れた。10匹、20匹と視界の半分はワイバーンで埋め尽くされてしまった。
「なんてことじゃ」
エルシアは上空を見ると驚いた顔で唖然とした。ルーティも空を見上げて惚けている。
俺はウェストバックから30cmの杖を取り出して全能力向上、自動体力回復、完全防衛、加速の補助魔法を全員に掛けた。エルシアが目を見開いて驚いた顔で俺を見た。
「兎に角、やっつけましょう」
ワイバーンは既に数え切れないほどの数が上空に現れている。アリスが52匹ですと教えてくれた。俺は右手にマリアが貸してくれた魔弾銃を装備した。
ワイバーンは魔弾を4、5発は当てないと倒せなかったが、桁違いの連射能力のおかげて30分ぐらいでワイバーンを撃ち落した。エルシアも魔法で10匹近くを撃ち落し、ルーティも2匹ぐらいのワイバーンを仕留めていた。
「宝箱は無闇に開けるなと注意したろうが、この大ばか者!」
ワイバーンを片付けてほっと一息つくと、エルシアがルーティに怒声を轟かせた。俺は思わず首を竦めた。
「ごめんなさい」
ルーティはその場で正座すると本当に涙を流しながらエルシアに謝った。
「リオンが居なかったらわしらは完全に死んでおったわ」
3分間ぐらいエルシアはルーティを怒鳴り続けて俺の方を向いた。
「リオン。礼を言う。本当に助かったよ。ありがとう」
「リオン。ごめんなさい」
エルシアが礼を言うとルーティは俺に謝った。
「気にしないでください。怪我もしないで済みましたし、結果良ければ全て良しですよ。それより、宝箱に何が入っているか見ませんか?」
「うむ。そうじゃのう」
エルシアは俺の提案に頷くと宝箱の方へ移動した。
宝箱には魔法の杖が1本と金貨12枚が入っていた。魔法の杖を鑑定すると「赤竜姫の杖」だった。エルシアは俺の物だと主張したが結果的には金貨は俺が受け取り魔術師学院に留学するルーティのお祝いにと言う理由をつけて魔法の杖をルーティに渡した。
「赤竜姫の杖だなんて、ルーティ用の杖としか考えられないじゃないですか、あの宝箱は留学するルーティへの餞別として現れたんですよ」
エルシアは微妙な顔をしたが、最終的には頷いてくれた。
エルシアの家に戻ると、時間があるからとお茶に誘われた。
エルシアの家に着くまでの間、会話らしい会話は全く無かった。エルシアは考え事に集中した様子でルーティは落ち込んだり嬉しそうに杖を撫でたりしていたが自分から話をしようとはしなかった。俺もおしゃべりじゃないのでずっと黙っていた。
「リオンはあの魔弾銃をどこで手に入れたんじゃ?」
お茶を準備して椅子にすわるとエルシアが切り出した。
「ある人が貸してくれました」
「ある人とは、遺跡の番人と呼ばれている女性か?」
俺は吃驚してエルシアを見た。今更誤魔化すのは無理だろう。魔弾銃を使ったのはまずかったかもしれない、教授は反対したがマリアは魔弾銃は普通に使って良いと言っていたので大丈夫だろうと思ってしまった。
「良くご存知ですね。その通りです」
「するとリオンの目的は地下迷宮最下層の封印の扉じゃな?」
「まぁ、その通りです」
「分かった。わしは隠居した身じゃから、手伝わんぞ」
「えっ。勿論、手伝いはいりませんよ。考えたこと無いです」
「そうか、すると元々わしを知っていた訳じゃないのか。うむ。考えすぎじゃったかのう」
何でもお見通しかと思ったが、そうでもなさそうだ。
「どう言うことですか?」
「うむ。わしとルーティは竜人の血を引いていることには気づいておるのじゃろ?」
「はい。2人ともちょっと変ったオーラをしてますからね。ルーティは違うみたいだけどエルシアさんは竜人のハーフでしょう?」
「師匠。話しても大丈夫なの?」
ルーティが不安そうな顔で口を挟んだ。
「大丈夫じゃよ。ルーティは少しの間、黙っておれ。それで、オーラと言うのは何じゃ?」
「体から出てる光みたいの物です。人間も亜人も何かしらのオーラが出てます。魂の光が溢れて出ているような感じでしょうか?」
「成る程のう。リオンにはそのオーラとやらが見えておると言うことじゃの。まぁ良い。リオンの言う通り、わしは竜人と人間の間に生まれたハーフじゃ。正確な年齢は忘れたが4000歳ぐらいかのう。竜人は1万年は生きるらしいからハーフのわしの寿命は半分なのかもしれん」
エルシアは話を切るとお茶を飲んだ。
「さて、今から2000年ぐらい前になるかのう。人間の男と恋に落ちて子供が生まれたが、子供には竜人の血は引き継がれなかった。
わしは後悔しておらんが、人間の男はすぐに年を取って死んでしまった。死んだ時は90歳ぐらいじゃった。人間としては長生きしたようだが、わしら竜人から見ると余りにも短い寿命じゃ。それからわしは子供の子孫をずっと見守ってきた。
不思議なことに直系の子孫は必ず赤い髪と赤い目を持って生まれた。わしは今まで赤い髪と赤い目を持つ子孫を影で助けながら見守ってきたんじゃ。今ではそれが生きる楽しみになっておる。ところが、驚いたことにアリーシャの娘のルーティに竜人の血が現れた。
竜人から見れば弱い力かもしれんが、それでも人間の上位種並みの力があるとわしは見ている。それでわしが直接、魔法や戦い方を教えていると言うことじゃ。
人間の言い方をすれば婆さんが気に入った孫の面倒を見ていると言うところじゃの」
「そうですか、ルーティとエルシアさんは見た目がそっくりですからね。分かります」
エルシアはにやりと笑った。
「そうじゃろ、ルーティはわしにそっくりじゃよ。それでじゃ、ちとお主に頼みがあるんじゃが」
「何ですか?」
「ルーティの友人になって欲しいのじゃが、頼めんかのう?」
「そんなの、頼まれなくても、とっくにルーティとは友人ですよ」
「えっ!」
ルーティが吃驚した顔すると嬉しそうな顔に変化した。
「そうか、そうか、それなら問題なしじゃ、わっはっはは……」
何故かエルシアがルーティを見て豪快に笑った。
それから暫く3人で会話をしてから依頼完了報告書にサインを貰って、ルーティと2人でエルシアの家を後にした。
「これでも長く生きておるからのう。何か知りたいことあればいつでも聞きにおいで、わしの力は貸せんが知っていることなら話しても良いぞ」
別れ際にエルシアが俺に言ってくれた。