19話
地下迷宮のゲートの魔方陣に入りキーワードを唱えると視界が一瞬暗くなってすぐに見えるようになった。すぐに魔方陣の外に移動して腰に下げたロングソードを右手で抜いてからマップ画面を確認した。
マップ画面には俺が見えている範囲の詳細な地図と次の階層へ行くためのポータルと安全が確保されたエリア、モンスターを示す赤い点と冒険者を示す青い点が表示された。
1階層に入る冒険者は殆ど居ないはずだと予想していたのだが、比較的近くに青い点のグループが5つ表示された。
初めて地下迷宮に入った時はスキルに慣れていなかったため半径200mの範囲までしか表示されなかったのだが、最近は意識しなくても半径4kmぐらいの範囲まで表示されるようになった。
迷宮都市の地下迷宮の場合、地下迷宮に入った個人またはパーティ毎の専用の迷宮になっているのだが、迷宮都市以外の地下迷宮はフィールド上の迷宮と同じく迷宮に入った冒険者の全員が同じ場所に出る。
誰かがお宝をゲットすると他の冒険者は手にいれることが出来なくなるのだが、お宝もモンスターもある程度の時間で再生するし迷宮の地形も僅かに変化しているらしい。
効率の良い狩り場は取り合いになることは容易に予想できるのだが、1階層の広さが迷宮都市と比べて段違いに広いので、オンラインゲームのような酷い状態にはならないらしい。ゲームのように頻繁にモンスターと遭遇することもないらしいが、各階層のボス部屋に関しては待ち行列が出来てしまうようだ。
詳細な情報が無いので地図は真っ黒のままだ。冒険者ギルドでマップ情報を購入することもできるのだが、アリスなら神聖協会のネットワークを瞬時に検索できるので高い金を出して購入する必要はない。
「アリス。ここのマップ情報を検索してマップ画面に反映してくれ」
『了解しました。検索します』
『信頼性の高い情報を抽出統合しました。マップ画面に表示します』
数秒でマップ画面に詳細な地図が少し薄い色で表示された。最初の頃と比べてアリスの反応速度が格段に上がっているような気がする。
迷宮の攻略は実に1ヶ月ぶりになる。マリアに出会ってからまだ1ヶ月しか経っていない。1ヶ月が長いのか短いのか。マリアに出会う前はひたすら地下迷宮を攻略していたし、マリアから出会ってからも色々なことがあった。ここ1ヶ月は特に長いとも短いとも言えない。勿論、この世界に来る前の1ヶ月と比べれば、この世界に来てからの方が比較できないほど濃厚だ。1ヶ月がとても長く感じる。
おっと、感慨に耽っている場合ではなかった。今は迷宮の攻略に意識を集中するべきだ。
どの迷宮も同じだが、一度次の階層に辿り着けば次からはその階層に直接行くことが出来る。逆に1度も行ったことがない階層に直接行くことができないので、先ずは30階層を目指し、その後で各階層を攻略して行けば良いだろう。
俺は次の階層へ行くポータルへの最短ルートをマップ画面に表示させて駆け出した。
30分ぐらいで目的のポータルに到着。魔方陣の中に入ってキーワードを唱えたが俺は転送されなかった。
「なんでやねん」
思わす関西弁で突っ込んでしまった。
『フロアボスを倒していないためと思われます』
アリスが教えてくれた。
ボス部屋を通らずにポータルに来ることができたので不思議に思っていたのだが、成程、アリスの言う通りだ。ゲーマーとしてこんなことに気づかないとは恥ずかしい限りだ。
幸いなことにボス部屋は近いし青い点が表示されていないので待ち行列も出来ていないようだ。まぁ、1階層ならこんなもんだろう。
ボス部屋に入ると見るからに弱そうなコボルドが1匹。武器は棍棒だけで防具は無し。つまり裸だ。身長が1m20cmぐらいの犬の頭。全身に毛が生えている。
ひと言で表現するならば二足歩行の狼と言えば分かるのではないだろうか。
ポータルに行く途中のモンスターは無視したので、この迷宮での初めての戦闘なのだが、さっくりとコボルドを倒して出現した宝箱を開いた。宝箱には10シルクの銀貨1枚とショートソード1本が入っていた。
2階層のボスはコボルドが3匹で宝箱は銀貨3枚と革製の篭手。
3階層のボス部屋の入口には順番待ちの冒険者が1人だけだったので、すぐにボス部屋に入ることが出来た。ボスはコボルドの亜種1匹で宝箱は金貨1枚と小型の盾。コボルドの亜種は身長が160cmぐらいで剣と革鎧を装備していた。
4階層のボス部屋の入口には冒険者の待ち行列が出来ていた。仕方が無いので列の最後尾へ移動して並んだ。
俺の前には十数人の冒険者が並んでいる。ここに来たばかりなのでこの人数が多いのか少ないのか良く分からない。
「あなた1人なの?」
俺の様子をちらちらと伺っていた18歳ぐらいの女性の冒険者がくるりと俺の方を向いて聞いた。俺の前には彼女と19か20歳ぐらいの男性の冒険者、ヴァンモス族の男女のペアが並んでいた。ヴァンモス族の男女の年齢は良く分からないが同じ程度の年齢じゃないだろうかと思う。4人は仲が良さそうに会話していたので4人でパーティを組んでいるのだろう。男性の2人は両手剣、女性の方は2人とも剣と弓を装備している。
「はい。1人です」
「どんなボスが出るか知ってるの?」
怒った顔で聞かれた。
「コボルドの亜種が5匹ぐらい?」
何故怒っているのか分からないので不安のあまり語尾が疑問系になってしまった。
「なんだ、知ってたの……。だけど、知ってるのに1人で入るつもりなの?」
明らかに怒っているらしい。怖いほど迫力がある。怒らせるようなことは何もしていないはずだが、なんだか不安になってきた。何か知らない内にタブーを犯したのだろうか。
「すみません。1人で入るつもりでした。ごめんなさい」
俺は60度ぐらいに腰を曲げて頭を下げて謝った。
「謝って貰っても困るけど……」
頭を下げた効果があったらしく怒った顔が和らいで少し困った顔に変わった。
「アリシア。どうかしたのか?」
人間の男性が心配した顔で女性に聞いた。アリシアはくるりと仲間の方に体を向けた。俺からは後ろ姿しか見えない。
「みんな。この子を仲間にするけど、いいわね?」
「いいわよ」
ヴァンモス族の女性がにこやかな顔で即答した。
この子とはつまり俺のことだと思う。俺を仲間にするとはどういうことだろうか?
「どうして?」
俺の思いが伝わったかのように人間の男性がアリシアに聞いた。ヴァンモス族の男性は腕を組んで黙って見守っている。
「だって、1人でボス部屋に入るって言ってるのよ。ほっておいたら死んじゃうじゃない」
アリシアは当然だと言わんばかりに人間の男性に食って掛かった。後ろ姿しか見えないのだがきっと迫力のある顔で男性に迫っているのだろう。
「君はそれでいいのかい?」
男性が俺に視線を向けて聞いた。あぁ……。一瞬で男性と女性の立ち位置が分かった。男性は優しい性格で女性に惚れているのだろう。つまり、完全に尻に敷かれている。女性は思い込みが激しくある意味頑固でそれでもって優しい性格なんだと思う。ひょっとしたら男性が好意を持っていることに気づいていないのかもしれない。
「いえ。1人でボス部屋に入るつもりです」
俺が答えると女性がくるりと俺の方に体を向けて迫ってきた。アリシアの顔の位置が近すぎる。
「何言ってるの。お金が必要な事情があるのかもしれないけど、死んでしまったらお終いなのよ。ここのボスは最低でも5匹が同時に襲ってくるのよ。しかも魔法が使えるのが最低でも1匹、最悪の場合は2匹も出てくるわ。例え2匹か3匹を倒せてもその背後から魔法で攻撃してくるのよ。魔法の攻撃は弓と違って避けれないわ。私達4人でも運が悪いと危ない目に会うのよ。あなた1人で倒せるはずがないでしょ。意地を張らないで仲間になりなさい。あんたは見てるだけで何もしなくても大丈夫よ。ちゃんと分け前も均等に5人で割ってあげるわ」
俺はたじたじになって後ろに下がりながら、どうしてこんなに迫力があるのか不思議に思った。そして、良く見たらアリシアの顔立ちがそれなりに美人であることに気づいた。マリアやマーガレット達に慣れてしまったので気づかなかったのだが。目元がきりりとした狐顔の美人。迫力が出てるポイントは間違いなく少し釣りあがった目だ。瞳が大きくて緑色。美人に見える重要なポイントでもあるが怒ると思いの外、迫力のある顔になる。美人の怒った顔は怖いと聞いたことがあるが成程なぁと納得した。
「えぇっと。一応、Cランクだし魔法も使えるから大丈夫ですよ」
俺は尻すぼみのような声で言い訳をした。
「そうやって、意地を張らない。あなたがCランクのはずがないわ。おねぇさんの言うことを聞いて、仲間になりなさい。いいわね」
俺が一歩下がるとアリシアは1歩前に進むので常にアリシアの顔が目の前にある。しかも下から見上げられる角度なので余計に迫力がある。俺は思わずかくかくと頷いた。
ある意味、ギルドマスターよりも性質が悪い。まさか女性を殴る訳には行かないではないか。しかも好意で言っているのが分かるので断りきれない。男性が女性と口論して勝てるはずが無いのだ。
「それでいいわ。仲間を紹介するから来なさい」
アリシアは納得すると俺の腕を掴んで仲間の所に移動した。俺とアリシアは何時の間にか列から5、6mぐらい離れていた。
列に戻ると人間の男性が苦笑しながら迎えてくれた。
「俺はダグラス・ロングバーグ。ダグラスと呼んでくれ、アリシアが迷惑を掛けたみたいで申し訳ない」
後半はアリシアに聞こえないようにささやき声で俺に言った。
「ダグラス。なに訳の分からないことを言ってるのよ」
アリシアにはちゃんと聞こえたのだろう。アリシアがダグラスに文句を言った。ダグラスは尻に敷かれているだけじゃなく、要領も悪いようだ。
「私はジュディよ。よろしくね」
「俺はオルグだ」
ヴァンモス族の女性と男性が名前を告げた。
「リオン・ウォートです。よろしくお願いします」
俺は名前を告げてお辞儀をした。
「彼女はアリシア・レパード。アリシアと呼べば良いよ」
ダグラスがアリシアの名前を教えてくれた。
「あっ。ごめんなさい。自分の名前を言うのをすっかり忘れてたわ」
ボス部屋の順番を待つ間に俺はアリシアから冒険者の心得について説明を受けさせられた。時々は質問をしたのでこちらの常識もある程度は知ることが出来た。
こちらの大陸は神聖協会がないため腕輪型の端末も魔獣バックも持っている冒険者は少ないらしい。俺は皆に合わせるために端末と魔獣バックをアイテム画面に仕舞って魔獣バックの自動収集機能をオフにした。
ボス部屋の扉は10分毎に開くことができるし、1度に6人まで入ることが出来る。人気のあるボス部屋なら2時間待ちはざらにあるそうで1時間待ちが普通らしい。4階層のボス部屋は3、40分が普通で今日は普段よりも混んでいるそうだ。
「今日初めて迷宮に入った」と言ったら、アリシアに「嘘を言うな」と本気で怒られた。
4人の連携を壊したくないので俺は魔法と弓で支援すると宣言した。アリシアが睨んできたのでウェストバックから魔法のワンドとマジックボウを取り出してアリシアに見せると渋々だが一応納得してくれた。
4人のリーダはダグラスで、ダグラスとオルグは前衛役、アリシアは弓による後方支援。ジュディは情況により弓と片手剣を使い分けるそうだ。戦闘時の指示は後方支援役のアリシアが行なうらしい。
俺の役割はボス部屋に入ったらまずは支援魔法を使い。後は弓で支援することに決定した。4人には部屋に入った直後は支援魔法を掛け終えるまで固まって待つと約束して貰った。
ボス部屋に入ると約束通り俺を中心に4人が近くに固まった。前方には6匹のコボルドの亜種が現れていた。2匹が魔法使い4匹が戦士の組み合わせ。運が良いのか悪いのか分からないがこのボス部屋の最強パターンだ。
俺は構えていた魔法のワンドを掲げて全ての能力を一時的に大幅に向上する全能力向上、怪我や体力を一定の速度で回復する自動体力回復、1回だけ完全に攻撃を防ぐことが出来る完全防衛と2倍の速度に加速する加速の4つの魔法の魔法陣を同時に展開した。
全能力向上は魔術師の熟練度により向上する割合が増えるのだが俺のスキルの熟練度は全て1000以上あるので全能力向上により全てのステータスが100%アップする。同様に加速も熟練度により早くなる割合が上がるのだが俺の場合は丁度2倍の速さになる。
この2つの魔法だけでもパーティの戦闘力は3倍以上に跳ね上がるはずだ。
今回の相手はコボルドの亜種だが、ここの26階層から出現するオーガが相手もでも十分に対抗できるだろう。
少しやりすぎかもしれないがアリシアを納得させるためには、いや、正直に白状するならアリシアをぎゃふんと言わせるためにはこれぐらい必要だろうと考えた。
1、2秒で俺達を中心に各々が独立した4層の魔方陣が展開され光を一瞬だけ放って消えた。
本来は1、2分はかかるのだが「無詠唱」の特性があるので一瞬で魔法を掛けることが出来る。
「いいぞ!」
俺が掛け声を掛けると、アリシアとジュディは弓に矢を構え、ダグラスとオルグが戦士に向かってダッシュした。
アリシアとジュディが放った矢が魔法使い2匹の各々の頭を貫き、ダグラスとオルグは各々が2匹の戦士を大剣を2回振っただけで切り裂いた。
「ちょっと、何なのよ。信じられない」
アリシアが大声で叫んだ。戦闘が始まってすぐに終わってしまったのだから驚くのは当然かもしれないが4人とも驚き過ぎじゃないかと思う。
4人が固まっている間に俺は現れた宝箱に近づいて罠が無いか調べてみた。毒針が飛び出す初歩的な罠が仕掛けられていたので俺は魔法で罠を解除した。
「宝箱を開けてもいいかい?」
俺が皆の方を向いて聞いた。
「ちょっと待ってよ。罠が仕掛けられてるはずよ」
アリシアが叫んで俺の方へ駆けてきた。
「魔法で罠は解除したから大丈夫だよ」
「なんなのよ」
俺が答えるとアリシアが意味不明の文句を言った。
「リオン。宝箱はちょっと待て、先にドロップ品の回収をしてから宝箱のところに集まることにしよう」
ダグラスが指示すると皆が「了解」、「分かった」と答えた。加速の魔法が効いているので皆の動きが素早い。ドロップ品がすぐに回収されあっと言う間に宝箱に全員が集まった。
「リオン。魔法を解除できないか? 慣れないと怪我をしそうだ」
俺はダグラスに「できるよ」と答えて、全能力向上と加速の魔法を解除した。
ダグラスが宝箱を開くと金貨6枚、魔法のポーションが3本入っていた。
「ボス部屋を出たらリオンとは別れるべきだ」
突然、オルグが口を開いた。
「そうだな、それが良い」
ダグラスがすぐに同意した。
「アリシア。文句ないよね」
「分かったわ」
ダグラスが聞くとアリシアは素直に答えた。
「リオンくん。ごめんなさい。私が勘違いしてたわ。リオンくんは信じられないくらい強いわ」
アリシアが俺に頭を下げた。
「謝らなくても良いですよ。僕も色々と情報を聞けたし。お互いに良かったと言うことにしましょう」
分け前については少しごたついたが結局は俺が金貨2枚を受け取り、残りは4人で分けると言うことになった。俺が使った支援魔法について質問されたので簡単に答えた。
ダグラス、オルグ、ジュディの3人は唸っただけだが、アリシアは4つの上位魔法の同時使用なんて有り得ないと文句を言った。
「そう言えば、ギルドに顔を出したらギルドマスターを殴り倒した新人の話で大騒ぎになっていたが、その新人って君かい?」
「何の話?」
ダグラスが俺に聞くとアリシアがダグラスに聞いた。
「詳しくは聞いてないけど、ギルドマスターが例の儀式を新人相手に強行したら逆に殴り倒されて顎を砕かれたそうだよ。新人の名前はリオン・ウォートでCランクだそうだ」
「それって、リオンくんの名前だよね」
アリシアが聞いたので「そうだよ」と俺は答えた。4人はなんとも表現するのが難しい微妙な顔をして俺を見た。
気まずい雰囲気になってしまったがボス部屋を出ると4人と別れて次の階層へ行けるポータルに向った。俺は被害者なんだと自分を慰めた。そして、桁外れの強さを隠すことは必要だろうが、無闇に強さを隠して弱い振りをするのも考えものだよなぁと反省した。客観的に自分の強さを測ることも必要なことだと認識した。
ポータルに出てボス部屋までは30分程度で疾走したがボス部屋の待ち時間で平均1時間を費やした。7階層のボス部屋を攻略して8階層に移動した時点で夕方の6時を過ぎていたため街のゲートに戻った。とっくに陽が沈んで辺りは月明かりに照らされていた。初日からがんばりすぎたかもしれない。明日はもう少し早めに切り上げた方が良いだろう。
アリシアからドロップ品の換金方法について色々と教えて貰っているが時間も遅いしギルドに行くと大騒ぎになりそうなのでドロップ品の換金は諦めた。
「ただいま。202号室のリオンです。部屋の鍵をお願いします」
受付カウンターに座っていた18歳ぐらいの若者に挨拶した。
「食堂には何時に入りますか?」
若者は棚から鍵を出して俺に渡しながら聞いた。
「シャワーを浴びてからだから30分後かな」
なんでこんなことを聞くんだろうと疑問に思ったが大したことではないので素直に答えた。共有のシャワールームは暖房が効いて暖かいし熱いお湯がふんだんに使えるので寒くは無いのだが、風呂じゃないので物足りない。
酒場になっている食堂に入るとアリーシャが待ち構えていた。
アリーシャに案内されてテーブルに行くとジェームズと見知らぬ女性が座っており、俺が座るとアリーシャが隣の席に座った。
「アリーシャさん。仕事は大丈夫ですか?」
「勿論よ。ここのボスは私よ。誰も文句を言わないわ」
言わないじゃなくて言わせないの間違いじゃないかと思ったが黙っていた。
「隣の子がルーティだ。昨日話したと思うけどねぇさんの娘。学院のことを聞きたいと言うから連れて来た」
向かい側に座ったジェームズが隣の女性を紹介してくれた。
「リオンくん。よろしくね」
ルーティはにこやかに挨拶してくれた。
「こちらこそ、よろしく」
15、6歳でアリーシャと同じ赤毛に赤い目。顔つきも母親似だ。髪の色は少し薄いのかピンクに近い色だ。身にまとうオーラがちょっと変わっている。魔力はマルコムと同程度だろうか。
ジェームズが天才と言っていたがあながち間違いでは無いようだ。
俺とアリーシャのビールが運ばれてきてテーブルに並べられた。テーブルには唐揚げの大皿やサラダにパンと予め料理が並べられていた。
「とりあえず。乾杯しましょう」
アリーシャがジョッキを持ち上げると、ジェームズとルーティもジョッキを持ち上げた。仕方が無いので俺もジョッキを持ち上げた。すると、アリーシャは立ち上がって大声を出した。
「皆。ここに座っているリオンがギルドマスターを倒した勇者よ」
アリーシャの宣言で給仕も含めて食堂の全員が注目した。
「リオンの偉業を称えて乾杯よ」
食堂の全員がジョッキを持ち上げた。俺はアリーシャに急かされて立たされた。
「ギルドマスターを倒したリオンに乾杯!」
アリーシャが音頭を取ってビールを飲むと「乾杯!」と口々に称えてビールを飲んだ。仕方が無いので俺はぐるりと回転しながら頭を下げた。
「勇者リオン。ばんざい!」
年配の男性が立ち上がって叫ぶとジョッキを掲げて見せてからビールを飲んだ。皆も「勇者リオン。ばんざい!」と復唱してビールを飲んだ。
勇者と言われて反射的に勇者は止めてくれと大声で言いそうになったが慌てて押さえ込んだ。折角のお祝い気分をぶち壊すことはできないので、俺は出来る限りにこやかな顔を浮かべるように努力した。ファンタジー小説で語られる「勇者」をイメージして、内心でやばいと冷や汗を流したが、どうやら魔王を倒す勇者と言うほどの意味ではないようだ。
アリーシャが「今日は俺のおごりだと言いなさい。大丈夫。お金は取らないわ」と俺に囁いた。躊躇していると肩を叩いて「ほら、早く言いな」と言われた。仕方がないので俺は立ち上がり。
「皆さん。ありがとう。今日の飲み代は奢りますので、存分に飲んでください」
俺が宣言すると「やっほう!」、「さすが勇者!」、「今日は飲み潰れるぞ!」……とあちらこちらで歓声が上がって食堂は大騒ぎになった。
「アリーシャさん。いきなり酷いですよ」
俺は椅子に座ってアリーシャに文句を言った。
「こっちの流儀だ。諦めろ」
ジェームズがにやついた顔で俺に言った。
「改めて見直してみると、やっぱりギルドマスターの顎を砕いただなんて信じられないわね」
アリーシャは俺を眺めながら言った。
「アリーシャの言う通りだ。とてもこの坊主が倒したとは思えんなぁ。あぁ、俺はライオネル・プルートだ。何かあったら声を掛けてくれ、力になるよ」
冒険者らしい男性が来て自己紹介をするとジョッキーを掲げた。
「リオン・ウォートです」
俺も名前を告げてジョッキを掲げた。そして、ジョッキに口を着けて飲む真似をした。
「ほれ、代われ」とすぐ後ろで待っていた男性がライオネルを退かして「俺はサムソン・トレーシー。よろしくな」と挨拶をした。そして、次々と食堂にいた全員が名乗りを上げて挨拶をすると席に戻って行った。
良く分からないが随分と歓迎されているらしい。今更だが俺は大変なことをやってしまったようだ。ギルドマスターとその手下達から仕返しされるに違いない。当分はギルドには寄らないで地下迷宮の攻略に集中した方が良いだろう。恐れをなして逃げたと言われるかもしれないがそんなのは知ったことではない。
「リオンはギルドマスターを倒した後は迷宮に行ったのか?」
挨拶が済んで一旦落ち着いたので夕食を食べ始めるとジェームズが聞いた。
「そうだよ。8階層に行ったところで戻ってきた。ジェームズはギルドに居たの?」
「あぁ、居たよ。お前が殴り倒すところをルーティと一緒に見てたぜ。お前が出て行った後は大騒ぎさ。ギルドマスターの手下どもは青くなってたけど、半分以上が喜んでおおはしゃぎよ。あいつ等が少しは大人しくなればいいが、まぁ、無理だろうなぁ」
ジェームズはから揚げを取り上げて口に放り込んだ。俺は落ち着いたところで夕食のパンとシチューをせっせと口に運んだ。
「壊れたテーブルと椅子を魔法で元に戻したでしょう。あれはどんな魔法なの?」
「復元魔法だよ。時間を巻き戻して壊れる前の状態に無理やり戻してしまう魔法だ」
ルーティの質問に答えるためにパンを急いで飲み込んで答えた。
「学院に行けば教えてもらえるの?」
「どうかな、少なくとも図書館に行けば調べることは出来るよ。属性が特殊だから使える可能性は低いかもしれないけどね」
「必要な属性は時間?」
「時間と空間の両方」
「時間属性の適性はないから私には無理ね」
ルーティは残念そうな顔をした。
食堂の冒険者が割り込んで来ても夕食を詰め込む間はジェームズとアリーシャが上手に人払いしてくれた。ある程度お腹が膨れた後はもっぱらビールを飲んだ。
ルーティは途中で引き上げたようだが、結局、部屋に戻ったのは日付が変わって深夜の1時を過ぎてからだった。