18話
アルフロント大陸はエルミディア大陸から赤道を越えた先にある大陸だ。バラモンはアルフロント大陸に上陸した場所からかなり南下した場所にある。つまり、バラモンの季節は学院都市とは全く逆の季節になる。
バラモンの今の季節は冬だ。日本で言えば2月ぐらいの季節に相当する。寒い冬ならアルコールを摂取して体を温めようとするのは自然の摂理と言えるだろう。
午後の7時ごろに部屋を出て夕食を食べるために食堂に入ると、そこは完全に酒場になっていた。こんなことなら食堂が開く6時に来ればよかったと後悔した。
学院都市の宿屋であれば7時ぐらいなら酔っ払って大声を出す客は殆どいない。比較的静かに夕食を食べることが出来るのだが、この街では情況が違うらしい。
元来無口な性格なので見知らぬ人と相席になると自分から一言も話さないためか気まずい雰囲気になりがちだ。6人で座るテーブルだと相席になった人達は知り合いだけど俺だけ他人と言うことになる。カウンター席で隣に座った人に話しかけた方が親しく話せる可能性が高かったりするのだ。
給仕にカウンター席の隅の方をリクエストして席に案内して貰い部屋の鍵を見せて夕食セットを注文した。少し待つとシチュー、パン、サラダ、そして特大ビールジョッキが運ばれて俺の前に置かれた。
学院都市の相場と比べると倍近くの高い宿代を払ったのだが、払った金額の割りには質素な夕食だと言えるだろう。学院都市で利用していた宿屋と遜色がない。
昼に探索してここ以外の宿屋で特に値段が安い宿屋は寝てる間に持ち物を取られるとか下手すると寝首を取られそうな気配がしていた。宿代の半分が安全を確保するための費用だと考えれば安いのかもしれない。
「ビール! お代わり!」
夕食を食べ終えて半分ぐらいになったビールを飲んでいると隣に座っていた中年の男性が空になったジョッキを振り上げて追加の注文をした。すぐにアリーシャがジョッキを運んできた。
俺をみたアリーシャが驚いた顔をした。
「おや、並んで座っているとは、これは神の導きだね」
「神の導きって?」
中年の男性が俺を見ながらアリーシャに聞いた。
「ジェームズ。隣の子はリオン。今日来たばかりのおのぼりさんだよ。なかなか度胸が据わっているみたいだけど、こんな可愛い顔が殴られるかと思うと可愛そうでしょうがなくてさ。あんた。例の儀式を避ける裏技かなにか知らないかい?」
「例の儀式って、ギルドのあれか?」
「そうだよ」
「あれは儀式と言うよりもこじつけだな。俺から言わせればギルドマスター公認の新人いじめさ。自分の手下を守るために無理やりギルドのルールだと言っているようなもんだ。ギルドマスターに公然と歯向かうことができないから誰も言い出さないけど冒険者の3分の2は反対している」
「だけど、新人の冒険者は必ず受けさせられるんだろう?」
「いや、そうでもない。結局は性質の悪い連中に目を付けられるかどうかだ」
ジェームズは俺を一瞥するとアリーシャに顔を向けた。
「残念だが、こいつは確実に目を付けられそうだ。女性にモテそうな奴は目の仇にされる」
ジェームズはアリーシャから受け取ったビールをゴクゴクと飲んでゲップをした。
「そうだな、朝の早い時間ならあいつらは居ないことがあるから、朝一番で登録すれば、避けられるかもしれない」
「聞いたかい? ギルドは8時に開くから8時前に行きなよ」
アリーシャが真剣な顔つきで俺に忠告してくれたが、しかし、話を聞いた限りでは殴られるのは新人だけのようだ。俺は新人ではないから殴られないかもしれない。
「アリーシャさん。勘違いさせたみたいで申し訳ないけど、一応Cランクだよ」
「なんだって?」
アリーシャが吃驚した顔で聞き返した。
「これでも冒険者になって半年以上は過ぎてる。ランクはCだよ」
「ほぉ。半年でCか。たいしたもんだ」
ジェームズが吃驚した顔で言うとビールジョッキをあおってテーブルに置いた。
「本当だよ。なんなら冒険者カードを見る?」
「まぁ、坊やが嘘を言っているとは思わないけど……。それなら、儀式は無いってことだね。よかったよ」
アリーシャが安心した顔になって肩の力を抜いた。
「いや、ランクは関係ないね。お前さんは見た目は強そうに見えないし、女性にモテそうだ。あいつらから見れば1番気に入らないタイプだ。あいつらは気に入らないとなるとランクに関係なく儀式を強制してくる」
「成程、確かにねぇ……。坊や。明日は早起きして一番でギルドに行きな。まぁ、ギルドに顔を出さないのが一番かもしれないけど、冒険者ならそうも行かないだろうねぇ」
アリーシャを呼ぶ声が奥から聞こえた。
「あいよ。ちょっと待っておくれ」
アリーシャは奥に向かって言うと「ジェームズ。坊やの面倒を頼むわよ」と言って店の奥に移動した。ジェームズは軽く手を上げてアリーシャに答えた。
ジェームズは俺の方に体を向けた。
「改めて自己紹介しておく。俺はジェームズ・フェステバル。アリーシャの弟だ」
ジェームズは右手を差し出した。
「リオン・ウォートです。よろしくお願いします」
俺は名前を告げて軽く右手を握った。
「俺はBランクだ。ねぇさんは面倒を見ろと言ってたけど、Cランクなら助けは要らないだろう。まぁ、何かあれば相談には乗るよ……。
それと、儀式の件は諦めろ。一度殴らせれば奴らの気が治まるだろう。
それに新人じゃないなら殴り返せる。絡まれたらランクを告げてタイマンに持っていけ。黙って殴らせる代わりにこちらも1発殴らせろと要求すれば奴らも拒否できんからな。それで張り倒してやれば、次からは絡んでこないだろう。
ところで、リオンは何処から来たんだ」
咄嗟に田舎の村からと誤魔化そうかと思ったが嘘をつく必要性がないことに気づいた。どうやら誤魔化そうと考えるのが習慣になっているようだ。
「ベルゼルグ王国だよ」
ジェームズは吃驚した顔をした
「ほう。海を越えてはるばる来たのか。とても大陸を渡って来たようには見えんが、嘘をつく理由もないか。それで目的は地下迷宮か?」
「そうだよ。ここの地下迷宮は30階層しかないと聞いたからね。最下層に挑むつもりだよ」
「確かに30階層しかないけど難易度はアルトスの倍だぜ。アルトスの地下迷宮の60階層に相当する。それに、最下層のボスは上位種のレッドドラゴンだ」
「レッドドラゴンかぁ……」
迷宮都市の地下迷宮の300階層のボスが同じ上位種のレッドドラゴンだ。30階層しかないのならボスの難易度も低いだろうと思っていたが甘くは無いらしい。しかし、今の俺のレベルならば十分に倒すことが出来るし、装備も充実している。上位種のレッドドラゴンでも問題ないだろう。
「ボスだけは他の地下迷宮と同等レベルなんだ」
「まぁな、30階層に行くだけなら俺も行ったことがあるけど、流石にドラゴンは無理だ。上位種のドラゴンだから「竜殺し」の称号が手に入るがな。ギルドマスターが「竜殺し」の称号を持っていると聞いてるが、俺は嘘じゃないかと思っている。
確かにギルドマスターは強いけど、レッドドラゴンを倒せる程とは思えん」
「ギルドマスターは強いのか?」
「あぁ、見た目も強そうだが、見た目に見合った強さがあるな。2年前にギルドマスターが死んで今のギルドマスターに代わった。前のギルドマスターは今のギルドマスターに殺されたと噂されている。今のギルドマスターになってからギルドは酷くなる一方さ。ギルドマスターに目をつけられないように気をつけた方がいいぞ」
「他に気をつけることはある?」
「後は21階層から25階層の魔獣は魔法生物ってことかな、知っていると思うけど、奴らは魔法でないと倒せない。行くなら魔術師を仲間にする必要がある。なんなら一緒に行ってもいいぞ。ちょうど俺が面倒を見ている姪が魔術師だからな。ねぇさんの長女で魔術師の才能は天才レベルだ」
「へぇ、それは凄いね。困ったらお願いするよ」
「リオンは魔術師学院を知ってるか?」
「うん、知っているよ」
「姪の名前はルーティって言うんだけど、魔術師学院に留学したいと言い出してな、まぁ、色々とあったけど、ねぇさんがDランクか、せめてEランクになってお金をある程度貯めたらと言う条件で折り合いがついたんだ。それで俺が面倒を見ているんだけど、魔術師学院について知っていることを教えてくれないか?」
「いいよ」
俺はビールを飲んで、ジェームズに学院について簡単に説明した。その後、ジェームズがアリーシャを呼び、アリーシャが唐揚げのつまみをサービスで追加したりと学院都市の話を遅くまで説明させられた。俺もギルドや街の噂を色々と聞かせて貰えた。結局、解放された時は11時近くになっていた。
翌朝、出かける準備を整えて7時半頃に食堂に入った。空いているテーブルを見つけ、勝手に座ってぼうと待っているとアリーシャが朝食を運んできた。
「おはよう」
俺はアリーシャに挨拶した。
「おはよう。朝食を食べてたら開店前にギルドに行けなくなるけど、食べるの?」
アリーシャは挨拶を返してから俺に聞いた。昨日の話し合いでは諦めることになっていたのだが、アリーシャは諦めきれないらしい。俺の外見はそんなに母性本能をくすぐるのだろうか。
「今日だけ逃げれても何れはかまれるから。諦めて殴られることにしたよ。それと、お弁当もお願いします」
俺は50コル銅貨をアリーシャに見せた。
「坊やの言う通りなんだろうねぇ。しょうがないか」
ジェームズは名前で呼んでくれるのだがアリーシャは「坊や」扱いだ。アリーシャは俺の前に朝食を並べると、銅貨を受け取って厨房へ戻って行った。
昨晩は寝る前に作戦を考えたがいじめっ子に対しては最初に1発ドカーンとお見舞いして弱くないことを誇示してやるのが一番良い。マリアには余り目立つなと言われているが力が支配する街なのだから仕方がない。最初から実力を示してやった方が結局は上手くいくはずだと思う。
俺はゆっくりと朝食を平らげて、アリーシャからサンドイッチの弁当を受け取って冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドは木造4階建ての大きな建物でこの街では最も大きな建物のようだ。迷宮都市や学院都市の建物と比べると100年ぐらい時代遅れな感じがする。入口は2階まで吹き抜きのロビーになっていて、建物の構造はあまり違いが無いようだが雰囲気がかなり違う。
中に入った瞬間に一斉に値踏みされるような視線を感じて、そこら中で俺のことを噂する話し声が聞こえた。どうやら新人と思われているらしく俺が気絶するかどうかで賭けをする声まで聞こえた。
俺には聞こえていないと思っているのか、あるいは聞こえるのを承知で話しているのか、声をひそませずに普通の大きさの声で話している。
俺は空いている受付窓口を見つけてまっすく進んだ。
「いらっしゃい。冒険者の登録かい?」
20代前半の男性の係員がにこやかに話しかけてきた。明らかに面白がっている。
「いや、地下迷宮の通行証を発行してくれ」
「冒険者カードは持ってるのか?」
俺は黙ってウェストバックから冒険者カードを出して係員に渡した。
「へぇ、Cランクか。とてもそうは見えないなぁ、念のために認識票をチェックさせてくれ」
係員は周りに聞こえるような大きな声で俺に告げた。個人情報漏洩だと文句を言ってやりたいところだが、俺は認識票を引っ張り出して読み取り装置にかざした。
「間違いないようだな。通行証の発行は1クランだ。金はあるか?」
俺はウェストバックからがま口を取り出して金貨1枚を係員の前に置いた。係員は金貨を取ると端末を操作した。
「通行証とギルドカードだ。疑って悪かったな」
俺は頷いてカード2枚を受け取ってウェストバックに入れた。出口に向かって歩くと予想通りがらの悪い冒険者5名が脇から移動して出入り口を塞ぐように並んだ。
流石に殴られると分かっていると足が震えてくる。俺はアリスに頼んで恐怖心を感じないように感情を制御させた。
中央に立っている冒険者がリーダ格らしく他の4人より頭1つ分ぐらい背が高い。上半身は冒険者ギルドの中でも際立っているほど逞しい。腕はそれこそ女性のウェストぐらいの太さがありそうだ。見るからにがらが悪い雰囲気で中央のリーダ格は絵に描いたかのような強面だ。これから起きることが容易に予想できて俺はうんざりとした。
「聞こえたと思うけど、俺は新人じゃないよ」
無駄だとは思うが、一応、リーダ格の冒険者に告げると、リーダはにやりと笑った。気の弱い子供なら一発で泣き出しそうな顔だ。
「嘘をつくなよ。お前さんは明らかに新人だ。このギルドは「黙って殴られろ」と呼んでる新人用の儀式があってなぁ、お前さんにも受けてもらう必要があるのさ」
リーダがいかにも楽しくてしょうがないとにやけた顔をしながら告げた。
「あぁ、知ってるよ。係員の声が聞こえたと思うけど、俺のランクはCだ。それでもやるなら「黙って殴られろ」じゃなくてタイマンの勝負だ。黙って殴られてやる代わりに俺にも殴らせるんだろうな?」
俺はジェームズの忠告に従って俺にも殴らせることを要求した。
「なんだ。知ってたのか、まぁ、しょうがないから受けやろう。最も、俺様の拳を受けて立っていらたらだけどなぁ。くっくっくっ……」
リーダは嬉しくて仕方が無いと言わんばかりに笑い出した。
今やすっかり注目の的だ。「新人がんばれ」と野次を飛ばす奴が半分。「かわいそうになぁ」と小さい声でささやき、同情する声が半々と言ったところか。
「皆!。これから「黙って殴られろ」の儀式を行う。気の弱い奴は見ない方がいいぞ!」
リーダは大声で怒鳴ると、何が可笑しいのかげらげらと笑い出した。
「それじゃ、行くぜ、覚悟しろ」
暫く仲間と大笑いをしてやっと満足したリーダは俺に宣言すると右腕を突き上げて皆にアピールするように1回転して右腕をぐるぐると回して思いっきり後ろに引いた。
左足を前に出して俺の目の前に近づき、右の拳を俺の左頬を目掛けて殴りかかってきた。俺は瞬きもせずにリーダの目を見続けた。
「グシャ!」と明らかに骨が砕ける音するとリーダは「いてぇー」と叫び声を上げ左手で右腕を押さえ、「ちくしょう」と叫ぶと床に倒れて転げまわり「いてぇー」と泣き叫びだした。
「硬身」、「頑丈」と言った特性のおかげで俺の体は鋼の体のように硬い。分厚い鋼鉄製の壁を思いっきり殴りつけたようなものだ。
殴った方の拳が潰れることは予想していた。目立たないようにするために殴られた瞬間に右に飛ぶことも考えたが、そんなことをすれば手ごたえで直ぐにばれてしまい余計に面倒なことになるだろう。俺は敢て避けないことにした。
リーダは大声で泣き叫ぶが周りは誰も声を上げる者はおらず、仲間の4人も唖然とした顔を浮かべ目の焦点があっていないかのように前を向いたままで動こうともしない。
次は俺が殴り返す番のはずだが、明らかに殴らせてもらえる状況では無さそうだ。誰も声を上げないのでうずくまって動かなくなったリーダを跨いで出口に向かった。
「待て!」
受付窓口の内側から大声が聞こえた。振り返って見ると受付窓口の奥から虎の獣人が出てくるところだった。「ギルドマスターだ」と小さな声でささやく声が聞こえた。すると観客達のあちらこちらで何人かがささやきあう声が聞こえだした。
虎の獣人が大またで俺の方に近づいてきた。赤と黒の縞がある虎の頭。赤虎族と呼ばれる獣人だ。身長は190cmぐらい。身長はうずくまっているリーダと同じぐらいだが上半身はリーダよりも一回りほど太い。
「俺はギルドマスターのダンヒル。お前のデータにランクSの賞金首2人の討伐と報酬の支払い記録があったが、ランクSの賞金首を倒せるとは思えん。
お前は身分を偽っているに違いない。本当かどうか俺が直接実力を試す。文句は無いな」
俺の前で立ち止まると一方的に宣言した。まさかギルドマスターがでしゃばってくるとは予想していなかった。しかし、ここまで来て止めることはできない。最初の方針通り強気で押し通るしかないだろう。
「ギルドマスターが直々に儀式をやると言うのはおかしくないか?」
「誰にも文句は言わせん。逃げるのなら冒険者の登録を剥奪して賞金首にしてやる。どうする?」
「それは権力の乱用と言わないか?」
「ふん。文句は俺を倒せたら聞いてやる。どうする。逃げるのか?」
ギルドマスターなら冒険者の資格を剥奪して賞金首に指定することは可能だろう。冒険者ギルドの登録を消されるだけならまだしも流石に賞金首にされるのは困ることになりそうだ。
「しょうがない。受けて立つ。その代わり、俺があんたを倒したら、俺には一切のちょっかいを出さないと約束しろ」
「いいだろう」
ダンヒルはにやりと顔をゆがめて綺麗な歯並びを見せてくれた。リーダの強面とは比較にならないほど恐ろしい顔だ。アリスに恐怖心を制御させていなかったら、股間を濡らしていただろう。
「邪魔だ、そいつを運べ」
ダンヒルが命令するとリーダらしき男の仲間4人が慌ててリーダを抱えて移動した。
「俺から行くぞ」
ダンヒルは宣言した直後、不意打ちを狙ったかのように直に行動した。リーダと同じように右腕を引き左足を「ダン!」と前に出して腰の入ったパンチを俺の左頬に繰り出した。
「ガン!」
まるで大岩に巨大な鉄のハンマーを思いっきり叩きつけたような音が響き渡った。ダンヒルの拳は潰れはしなかったようだが、かすかにひびが入ったような音が聞こえた。
「むうっ……」
ダンヒルは呻き声を押しつぶしたような声を出すと俺の右頬に押し当てていた右の拳をゆっくりと降ろした。
利き腕の右で殴るとやばいと思った俺は右足を「バン!」と開いて腰を落とし腰を捻りながらひじを90度に固定して大振りにならないように左腕を振り、拳を回転させてコークスクリューの入った左フックをダンヒルのあごに繰り出した。
ダンヒルは横方向へ真っ直ぐに飛んで行き、5,6個のテーブルと椅子、そして6、7人の観客を巻き込んで派手に倒れた。
不意をついたとしても予想外の結果に俺も唖然として倒れたダンヒルを見つめた。暫く待ったがダンヒルが起き上がる気配がない。全力を出したつもりは無いのだが適度に力が抜けて逆に理想的な左フックになったらしい。自分でも驚くほどの威力で殴ってしまった。とっさに気配を探ってみると気絶しているだけで死んではいないようだ。上手く顎に入ったので完全に脳震盪を起こしているのだろう。俺は内心でほっと溜息をついた。
派手に壊れたテーブルと椅子を見た俺は難癖を付けられて修理代をぼったくられるかもしれないと不安になった。ギルドマスターを筆頭にまるでヤクザのような冒険者達だ。ぼったくられる金額が並みではないかもしれない。咄嗟にウェストバックから魔法のワンドを取り出し、後先を考えずに復元魔法を唱えた。
テーブルと椅子は時間を巻き戻したかのように飛んで元の状態に戻った。近くにいた観客はまるで痴呆のようにテーブルと椅子を目で追っていた。
俺は魔法のワンドをウェストバックにしまうとまるで逃げ出すかのように出口に向かって歩き出した。今度こそは誰にも文句を言われずに俺は外に出ることができた。
冒険者ギルドの建物から出ると地下迷宮へ入るためのゲートに急いだ。迷宮都市ではゲートの周辺は公園になっていて弁当を売る屋台が出ているのだが、こちらのゲートも周辺が公園になっているのは同じだが弁当を売る屋台は見当たらない。
アリスに命令して恐怖心の制限を解除すると反動で恐怖心が沸きあがってきたが深呼吸をして恐怖心を抑えた。自分でもやりすぎだと後悔したが、しかし、防ぎようが無かったじゃないかと自分を説得して気持ちを落ち着かせた。
アリスに通行証の機能を分析させた結果、俺には通行証が不要であることが分かった。
腕輪型の協会の端末に地下迷宮に入るためのプログラムをロードすれば迷宮都市と同じように地下迷宮に入ることが可能だ。どうやら通行証は端末の役割を代行するものらしい。
俺はアリスに命令して端末にプログラムをロードし、通行証をウェストバックにしまった。