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17話

 翌日の朝、少し遅くなったがマリアに言われた通りマリアの研究室に顔を出したが、予想通りマリアは居なかった。マリアが居ないことを確認してから教授の研究室に向った。


 昨晩は今後の方針について色々と考えてみた。

 冒険者ギルドを通していないがマリアの依頼を達成して報酬も貰ったので建前上は俺の仕事は終わったことになるが、ジュリアス達のように「ありがとうございました。また依頼があればよろしく」と言ってマリアと教授達から離れられる情況ではない。

 なんだかマリアに上手く嵌められてしまったと思うのだが特に反感は感じていない。マリアは俺にとってはこれ以上はないと言うほど理想的な容姿をしていることが反感を感じない最大の理由であることは俺も素直に認める。

 この世界に来たときに神様のメッセージを読んでいたおかげかマリアから神の後継者だと告げられても大した違和感はなかった。

 突き詰めて考えてみた結果、俺には明確な目的がなく、明確な目的がないため物凄く不安に思っていることが分かった。

 あるヒーロー物の映画で「大いなるる力が与えられた者には与えられた力に対する義務がある」と言うセルフがあった。ある有名なファンタジー小説の中で「与えられた権利が大きいければそれに見合った義務が当然ある」と言った話が出ていた。「権利と義務」の法則とでも言えば良いだろうか。確か法律用語だったかと思う。

 俺は「お前は何者だ?」と聞かれれば反射的に「ごく普通の平凡な人間です」と答えるのだが、自分では認めたくないし、ある意味自分を誤魔化しているのだが、正直に言えば「人間」とは呼べない存在になってしまったと心の奥では気づいている。

 金も物も身体能力も与えられた俺にはそれに見合った義務があるはずだと思っている。ヒーロー物のように「弱き者を助けて悪人を倒す」と単純な義務なら分かり易いのだが、現実がそんなに単純なはずがない。


 つまり、マリアの依頼が終わったからと言って「あざーす」と言って分かれて地下迷宮の攻略に戻る訳には行かないと言うことは自明の理だ。


 スターレン渓谷で見つかったアルゴスは、何処へでも短時間で移動することできてしかも搭載武器を使えば王国に喧嘩を売っても勝つことすら可能だ。アルゴスが神が残した遺産の1つであることも確かなことで、神の遺産は他にもあるらしい。

 王国を破壊できるほどの遺産を、しかも知っていながら放置してしまうのはある意味犯罪行為だと言えるだろう。

 自分としては認めたくないのだが、俺の管理下に置いても良いのかと言う疑問を棚上げすれば、神の遺産を回収することは俺の義務だ言える。つまりマリアと教授に逆らう訳には行かないと言うことだ。

 マリアと教授の指示に従うことが嫌な訳ではない。今のところ味方だと考えて良いだろうと思っている。これから何をすれば良いのか具体的な案を持っていないのだから、結局はマリアと教授の指示に従うことになるのだろう。


「おはようございます」

 俺は研究室のドアを開け挨拶しながら中に入った。

「リオンくん。おはよう」

 研究室にはマーガレットとマルコムの2人が部屋の両サイドに分かれて端末に座っていた。

 マーガレットが直ぐに挨拶を返してくれたがマルコムは遅れて眠そうな声で「やぁ、おはよう。元気そうだね」と挨拶を返してくれた。顔が少し青いし疲れているようだ。まるで二日酔いの症状に見える。

 ジュリアス達4人で昨晩は酒盛りだったに違いない。大金の報酬を手に入れた冒険者が酒盛りをするのは俺でも知っている常識だ。

「マルコム。二日酔いに良く効くポーションがあるけど飲む?」

「二日酔いに効くポーションって聞いたこと無いけど、本物か?」

「勿論、特製ポーションだよ。グィッと飲めばたちどころに元気になれる魔法の薬だ。6口分で1クランだけど、お試しと言うことで無料で提供しても良いよ」

 地下迷宮の192階層の特殊な隠れクエストを達成するとレシピを手に入れることが出来る。このレシピで解毒ポーションの派生アイテムを作成できるのだ。アルコール限定の解毒に体力の全回復の効果を得られるが副作用が空腹感の強化。体内のアルコールを完全に除去するので二日酔いどころか酔っ払った時に飲めば酔い自体も完全に直してしまうのだが、元気になりすぎて空腹感が強化され腹が減っていると我慢できないほど空腹を感じてしまうのが欠点だ。満腹状態で飲めば副作用も無いのだが二日酔いの場合、大抵は飯も食べられなくなるので空腹状態で飲んでしまうのは避けられないだろう。

「無料なら試してみようかな」

 マルコムは辛そうな顔で答えると手を差し出した。

 俺はアイテム画面から未使用のポーションを取り出してマルコムに渡した。

「1回傾けると1回分の量が出るようになっているからこうやってグィっと思い切って飲むと良いよ」

 マルコムは俺が言った通りにビンの蓋を開けて勢い良くグィっと飲み込んだ。

「うげぇっ!」

 マルコムはカエルが潰れたような悲鳴を上げた。

「なんだこれ! めっちゃくちゃ不味い。それにこのドロっとした感じが気持ち悪い」

 マルコムは元気に文句を言った。

「だけど、良く効くだろ?」

「あぁ、本当だ。二日酔いの頭痛が一発で治った。……元気になったけど、なんか物凄く腹が減った」

「朝飯を食べてないからだよ。二日酔いが治ったから腹も減ったと感じるだけだよ」

「成程。確かに朝飯は食べれなかった。しかし、これはきつい! ちょっと食べ物を買ってくるよ」

 マルコムは言うと研究室から急いで出て行った。

「なんだか凄い効き目があるみたいね。私もお試し版を貰えないかなぁ」

 様子を見ていたマーガレットが手を出した。

「良いですよ」

 俺はアイテム画面からポーションを取り出してマーガレットに渡した。

「ありがとう」

「ところで、マリアさんを知りませんか?」

「教授と一緒に学院長のところよ。時間が空くまで待つように伝えろと言われたわ。でも2人の時間が空くのは今日の夕方になると思うわよ。一応、会議室は今日1日分を確保してあるけどね」

 神の封印が解除されたのだから大事件になっているのは当然だろう。待たされるのは仕方がないと俺は諦めた。

「やはりおおごとになってますか?」

「えぇ、おおごとになってるわ。それに報告書のプレゼンが3日後。8月第5週の月曜日の午後に決定したわ。教授もマリアさんも怒ってたけど引き受けたみたい。学院からも王国からも援助金が無かったから本来は詳細な報告も必要ないんだけど。特に教授は立場上、断れなかったみたいね。マリアさんは顧問だからどんなに脅されても問題ないけど教授は一介の導師だから断れなかったそうよ。導師を首になったら国に戻れば良いんだけど、教授は導師をやめるつもりは無いから仕方ないわ」

「大変そうですね」

「リオンくんも巻き込まれるわよ。突然マリアさんの助手になったからどんな人物なのか、助手に採用した理由は何なのかと散々に聞かれているらしいわ」

「そうですか、用心するようにします。誰かに聞かれたら人違いですと答えれば良いでしょう」

「まぁ、それは良いわね。リオンくんを知っているのは私達だけだしマルコムも含めて私達は何も教えるつもりはないから、それで通用するかもね」

 マーガレットは「うふふ」と含み笑いをした。

「それでは、適当に時間を潰しています」

「そうね。私も忙しいから相手できないけど、お願いね」

 マーガレットは答えると自分の端末に戻った。



 午後の4時頃にマーガレットが確保した会議室に入った。俺を含め、マリア、教授、マーガレットの4人だ。

「それでは、今後のことについて話し合おう」

 4人が席に着き、お茶の準備が終わると教授が切り出した。随分と疲れた様子だ。教授はマリアを見たがマリアは他人事のように素知らぬ顔をしていた。教授は諦めたかのように溜息をついた。

「では、私から話させて貰うことにするよ」

 教授は背筋を伸ばし真面目な顔になった。

「我々エルフ族はリオンくんを我が国に招待したい。これは女王からの正式な依頼だ。リオンくんを国賓として歓迎する。

 どうだろう。受けて貰えるかな?

 勿論、今すぐではないよ。色々とごたついているから出発できるのは2ヶ月後ぐらいかな、最低でも1ヶ月より後だ」

 神の遺産の探索の話しになるだろうと予想していたのだが、いきなりの招待で俺は面食らった。

「教授。いきなり招待したらリオンくんじゃなくても、理解できないわよ。ちゃんと経緯を説明しないと」

 マーガレットが呆れた顔をして教授に言った。

「経緯かね。うむ。確かにいきなり過ぎたかもしれないね。

 まぁ、簡単に説明するとスターレン渓谷で神の封印を解除したので、我々エルフ族はリオンくんのこと神の後継者だと認めたんだよ。

 エルフ族の女王。つまり僕の母に神の後継者が現れたと報告したら母から正式に招待するように命令されたんだ」

 マーガレットから教授はエルフ族の王子だとは聞いていたが、しかし、エルフの女王が俺を招待する理由が分からない。単なる好奇心で神の後継者を招待するとは思えない。神の後継者を取り込んで支配下に置きたいと言うことかもしれない。

「つまり、エルフ族の力になれと言うことですか?」

「いや、リオンくんに何かをして貰いたい訳じゃないよ」

 教授は俺の質問に吃驚した顔で答えた。

「あぁ、そうか、どうやら勘違いさせてしまったようだ」

 教授はお茶をひと口飲んでから話を続けた。

「リオンくんの協力が欲しい訳じゃない。その逆だよ。エルフ族はリオンくんに全面的に協力するつもりだ。それこそ、リオンくんが頼めばエルフ族は人間の国に戦争を起こすことも厭わない。例えエルフ族が滅んでしまう可能性があってもだ」

「戦争ですか?」

 俺は吃驚して教授に聞き返した。

「いや、例えばの話だよ。つまり、エルフ族はそれ程の恩を神から受けているんだよ。

 前に話したと思うけど、神は世界樹をこの世界に移動させエルフ族を移住させた。

 我々エルフ族にとっては世界樹はとても神聖な物なんだよ。特にハイエルフ族は世界樹と共に生きている。そして、移住前の世界で世界樹がまさに滅びようとしていた時、そこに神が現れこの世界に世界樹を移すことで世界樹を救ってくれたんだ。

 そして母は神から後継者が現れたら世界樹に会わせて欲しい。もし後継者が困っていたら助けて欲しい、力になって欲しいと頼まれたそうだ。

 それで、リオンくんを世界樹に会わせるために国賓として我が国に招待したいと言うことだよ。

 僕は詳しいことを教えてもらってないけど、神は世界樹に遺産の1つを託したんじゃないかと思う」

 俺はマルコムの論文の内容を思い出した。マルコムは世界樹が神の遺産の1つを保存していると書いていた。

「マルコムが論文に書いてましたね」

「いやぁ、勢いでついマルコムに話してしまってねぇ、後でマリアとマーガレットから散々に叱られたよ。あはは……」

 マーガレットが横で睨んでいるためか教授は笑って誤魔化そうとした。ゲームオタクとしてエルフの国を訪れることには非常に興味がある。きっと幻想的な素晴らしいところなんだろう。

「分かりました。そう言う理由でしたら招待を受けます」

「そうか、受けてくれるか、なにせ母から厳命されたからね。君を連れて行かないと母から折檻されるところだったよ。本当に助かるよ。ありがとう」

 教授はほっとした顔をした。

「世界樹に会うのは早くても1ヵ月後、多分、2ヶ月後よ。教授、説明は終わってないわよ」

 マリアが教授に促した。教授は「わかったよ」とマリアに答えるとカップを持ち上げてお茶を飲んだ。

「さて、スターレン渓谷の調査に関しては、昨日、学院長に報告して報告書を提出したんだが、案の定、大騒ぎになったよ。

 本当は秘密にしたかったがあの襲撃があったからね。当然のことならが砦からの報告で封印が解除されたことが伝わってたよ。

 リオンくんのことは秘密にしているけど、すぐに知られてしまうだろう。冒険者ギルドは君が赤衣の魔女と竜殺しを倒したことを知っているし、君が特級魔術師の資格を持っていることはちょっと調べればすぐに分かってしまう。

 王国も教会も君を確保しようと動き出すのは火を見るよりも明らかだ。下手すると他国も動き出すかもしれない。

 エルフの国に逃げてしまえば問題は無いけど、来週の月曜日の午後に説明会をすることになってしまってね。色々と都合もあって1ヶ月から2ヶ月は学院を離れられない。

 それで、色々と考えたんだけど、少なくともリオンくんは今の内に身を隠した方が良いと思うんだ。例えば、アルトス連合国なら都合が良いかもしれない。

 マリアがバラモンの地下迷宮ならリオンくんは1ヶ月もあれば十分に攻略できると言うからね。リオンくんにはバラモンに行って貰うのが良いだろうと言う話になったんだ」

 教授は話を止めると様子を伺うかのように俺を見た。


 バラモンとはアルフロント大陸と呼ばれる南の大陸にあるアルトス連合国のある小さな街だ。そこに30階層の地下迷宮がある。そして最下層にスターレン渓谷と同じ封印の扉があるらしい。

 学院都市や迷宮都市があるベルゼルグ王国はエルミディア大陸と呼ばれる北の大陸に存在しており、人間の3つの王国、獣人の国、ヴァンモス族、エルフ族などの亜人の国もエルミディア大陸にある。

 そしてある程度の人口がある街には神聖協会が存在しているのだが、アルフロント大陸にはアルトス連合国の首都となるアルトスにしか神聖協会が存在していない。つまりエルミディア大陸は神聖協会のシステム、つまり、神の管理下に置かれた大陸だが、アルフロント大陸は未開発の大陸だと言えるだろう。


 1000年前の神が居た頃はアルフロント大陸には人間と亜人は住んいなかった。

 神がアルフロント大陸に移住することを禁じていたらしい。そしてアルトスの神聖協会も機能していなかった。神はアルフロント大陸の開発拠点になるようにアルトスの街を作ったとされている。

 しかし、神が居なくなった時、何故かアルトスの神聖協会が稼動を始め、人間と亜人の移住が始まったらしい。

 大航海時代にヨーロッパの諸国が新大陸の開発に力を注いだように、まるで、開発することが解禁されたかのようにアルフロント大陸への移住が始まったらしい。

 ベルゼルグ王国に迷宮都市があるように人間の3つの王国、ヴァンモス族、獣人族の首都には100階層の地下迷宮があって、その最下層に同じように封印の扉があるそうだ。

 地下迷宮は様々な素材やお宝を産出する。よって、地下迷宮のある場所には人が集まり発展することになる。地下迷宮は生活するために必要な資源を供給していると言っても言いすぎではないだろう。

 そして、同様にアルトスにも100階層の地下迷宮があるのだが、アルトスから南へ約600kmのところにも30階層の地下迷宮が存在しておりそこにバラモンと呼ばれる街がある。

 バラモンには神聖協会は存在していないのだが何故か冒険者ギルドが必要としている地下迷宮を管理するための施設は存在していた。

 エルミディア大陸にある王国は神が定めた王族が国を支配しているのだが、アルフロント大陸の国には王が存在していない。最初は無秩序であったが、結局、冒険者ギルド、商人ギルドなど有力な組織が代表者を出し、その代表者の協議により国を治めるようになった。このためアルトス連合国と呼ばれているそうだ。


 教授は王国や教会から身を隠すために未開の大陸であるアルフロント大陸に行き、ついでにバラモンのダンジョンを攻略して神の遺産を探して来いと言っているようだ。


「バラモンのダンジョンを攻略してボスを倒したら連絡して頂戴。封印を解くために私がバラモンに飛ぶわ。教会には顔を知られているから私も一緒に行くと特に教会が警戒する可能性があるから私は行けないわ。教会が何らかの手段で見張ってるはずだもの。協会の端末で毎日報告書を送ってね。誰も一緒に行けないからリオンくん1人になるけど、世間を知るために丁度良い修行になるわ。あんまり目立っちゃだめよ。それと社会勉強のために冒険者ギルドの依頼も受けると良いわね」

 マリアがニコニコしながらまるでバラモンのダンジョンを攻略することは決定事項だと言うかのように俺に言った。

 確かに、上手い作戦だと俺も思う。アルフロント大陸に渡るには最低でも1ヶ月以上はかかる。まさかアルフロント大陸に行ったとは誰も思いもしないだろう。

 上手く身を隠すことができて、しかも遺産の探索もできると言う一石二鳥の作戦だ。

 しかし、社会勉強のための修行と言うのは酷いと思うのはいけないことだろうか?


 結局、断る理由もないので1人でバラモンに行くことになった。マーガレットからはバラモンの情報や注意点、アドバイスをウンザリしてしまう程の説明を受けた。

 翌日はバラモン行きの準備を整えて、2日後にアルゴスを呼び寄せてアルフロント大陸に向けて飛び立った。



 バラモンの街を上空から眺めると大型の荷馬車が余裕ですれ違うことができる道が十字に走っておりその中心に街が出来上がった感じで、人口は2000から3000人ぐらいだろうか。

 高さが5mぐらいの街壁に囲まれており街壁の直径は4km。歩いても30分で街を横断できてしまうぐらいの小さな田舎街だが、この世界ではそれなりの規模の街なんだろう。

 街の周辺には牧場や畑が広がっており、近くに森に山に川と自然に、つまり生活資源に恵まれた環境だ。これだけ恵まれているのに街が発展していないのは逆に不思議に感じてしまう程だ。

 森の周辺には畑や牧場が無いし民家も建っていない。山にドラゴンが住み着いているとか、森にオーガが住み着いているなど、何らかの問題を抱えているのかもしれない。

 アルゴスは優れたステルス機能があるので誰にも見えないし音も聞こえない。手を伸ばせば触れてしまう程近くで浮かんでいても気づかれないぐらいの性能がある。

 俺はバラモンの上空をゆっくり旋回して街の様子を眺めながら昼食を済ませ、街の北側のすぐ近くでアルゴスから降りた。


 北の門から歩いて街に入った。門は開いており門番が居たが俺を見ても動こうとはしなかった。自由に街に出入りすることができるのだろう。夜になると門が閉まるのかもしれない。マーガレットからは治安が悪いと聞いているので俺は用心して歩くことにした。

 メイン通りを歩いてどんな店があるか眺めながら歩いた。宿屋や店には外から気配を探って雰囲気も調べ、マップ画面に情報を追加した。

 2時間ぐらいで探索を終えて一番雰囲気が良さそうな宿屋に向った。先ずは拠点となる宿屋を確保した方が良いだろう。冒険者ギルドの建物や地下迷宮の入口も見つけていたが宿の確保が先だ。


 俺が選んだ宿屋は3階立ての建物。1階が食堂兼酒場に雑貨屋、2階と3階に客室があるのがこの世界の標準的な宿屋だ。

 正面玄関から入ると受付カウンターに30代後半から40ぐらいの人間の女性が座っていた。日本なら熟女と呼ばれる年齢なんだろうがこの世界なら14、5歳の子供が居るのが普通の年齢だ。赤毛の痩せ型でスタイルは良い方だ。

「こんにちは、個室は空いていますか?」

「空いてるよ。朝夕の食事付きで1泊12シルク。前払いだよ」

 受付の女性は俺を品定めするかのように眺めてから答えた。

 受付カウンターと食堂の様子を確認すると、掃除は行き届いているようでしっかりと経営されているように思える。様子を見るために1泊だけにするかどうか一瞬考えたが、後々の店の対応を考えると最初から長期契約にした方が良さそうだと判断した。

「それじゃ、10泊分にするよ、割引とか無いの?」

「すまないねぇ、うちは割引はしないんだ、その分最初から適正な価格を設定してあるからね」

「成程。納得しました」

 俺はウェストバックに手を入れて少し大きめのがま口を取り出し、1クラン20シルクを取り出してカウンターの上に置いた。

 女性はカウンターからお金を取り上げて確認してからカウンターの下にしまうと認識票の読み取り装置を取り出して俺の前に置いた。

 俺は首に下げた認識票を引っ張りだして「ピッ」と電子音が鳴るまで読み取り装置にかざした。女性は読み取り装置をカウンターの下にかたづけると後ろの棚から鍵をだして俺の前においた。

「2階の階段を上がって右へ4部屋目 202号室だよ。案内はいるかい?」

「いいえ、大丈夫です」

 俺は返事をしてからカウンターに置かれた鍵を取った。

「夕食は6時から9時、朝食は6時半から8時だよ。朝食の時に注文してくれたら50コルでサンドイッチの弁当の注文を受けるよ。朝食を運んだ店員にお金を渡して注文しておくれ。共同シャワーは1階の奥、あっちの方にあるから空いている場所を自由に使って構わない。それと中庭に井戸があるから井戸も自由に使っておくれ」

「はい。分かりました」

 俺は頷きながら答えた。

「この街は初めてかい?」

「えぇ、そうです」

「見たところうちの娘と同じ年頃だね、田舎から出てきてここの地下迷宮が目的で冒険者になりに来たのかい?」

「まぁ、そんなところです」

 俺は見た目は新品の革鎧に革のブーツと腰にロングソード。外見の年齢から見るからに冒険者に成り立ての初心者にしか見えない格好をしている。

「冒険者ギルドにはまだ行ってないだろう?」

「そうです。良く分かりましたね」

「まぁね。殴られた跡がないからね」

「殴られた跡ですか?」

「ここの冒険者ギルドだけの習慣さね。私は酷い習慣だと思うけど、新入りの冒険者の度胸を試すために「黙って殴られろ」と呼ばれてる儀式があるのさ。名前で分かる通り新入りの冒険者を思いっきり殴り倒して実力を見ようってことさね。

 地下迷宮に入るには冒険者ギルドに登録してゲートの通行証を発行して貰う必要があってね。なんでも安全確保のためにゲートの出入りをチェックしているそうだけど、例え新人の冒険者じゃなくても、初めて冒険者ギルドに登録する時は犠牲者になるそうだよ」

「何と言うか、野蛮ですね」

 流石は開拓地の街だ。荒れくれ者が住む街なんだろう。まるでアメリカの開拓時代のような感じだ。騎兵隊やインディアンが出てきても驚かないで納得してしまいそうだ。俺は正直な感想を女性に答えた。

「まったくだ。さすがに女性の場合は手加減されるそうだけど。それにしても酷い話さ」

「怖くて足が震えてきました」

「あはは……。

 あんた。見かけに依らず肝が据わってるねぇ。たいしたもんだ。気に入ったよ。私はアリーシャ・フェステバル。アリーシャと呼んでくれ。これでもこの店の持ち主だよ」

 俺は冗談を言ったつもりは無いのだが本当に足が震えている訳では無いのでアリーシャは冗談と思ったようだ。アリーシャは大笑いをすると手を差し出してきた。

「リオン・ウォートです」

 俺は名乗ってアリーシャと握手をした。

「困ったことがあったら言いなよ。相談に乗るよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 俺はお礼を言ってから受付カウンターの横の階段に向った。宿屋の女主人に気に入られたのは幸先が良いと考えても良いのだろうか?

 アリーシャは開拓の街に相応しい親分肌と言うか豪快な性格をしているらしい。こんな街でちゃんとやっていけるのか不安になってきた。


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