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10話

 翌朝、約束の時間に研究棟の入口に行くと既にマリアが待っていた。

「おはよう。リオンくん」

 俺に気付いたマリアが挨拶したので、俺は急いでマリアに近づいた。

「おはようございます。お待たせして申し訳ありません」

「大丈夫よ。私も今来たばかりだから、それより最初は事務局よ。行きましょう」

 俺はマリアに連れられて事務局に向かった。


 事務局で登録処理を行い。職員用身分証、入館証、助手用の制服などの装備品一式に学院の規則や事務処理の手順などが記載されている数冊の小冊子を貰い。神聖協会の腕輪に学院のAPをインストールした後、マリアに連れられてマリアの研究室に入った。


 マリアは研究室内を順に説明してくれた。

 研究室の入り口が共用部屋。共用部屋から奥に入る3つのドアがある。

 向かって右の扉がマリアの執務室、中央の扉は台所と奥に3段ベッドが2個2列で4つと保管用の大きなキャビネットが4列分、左の扉の奥は助手と弟子用の個室。

「この小部屋が助手と弟子用の個室よ。6人分あるわ。私には弟子はいないし、助手はリオンくんしかいないから、どれを使っても良いけど、一応、序列があるのよ。リオンくんはこの個室を使って頂戴」

 マリアは一番奥の個室を示して説明してくれた。個室の扉のロックを俺に合わせてから中に入って備品の説明をしてくれた。個室は3畳ぐらいの狭い部屋だが、大きな机と端末装置に壁の一面に棚と反対側に衣装棚とキャビネットが置かれていた。

「荷物は此処に置けば良いわ。折角だから貰った制服に着替えた方が良いわよ。ここでは制服じゃないと目立つわ。私は外の共用部屋で待ってるわ」

 マリアは俺に告げると個室を出て行った。俺は運んできた荷物をアイテム画面に格納し、夏用の制服をカスタマイズして温度湿度調整、保存と自動修復、強度強化のオプションを付与した。

 装備画面を使って一瞬で着替えてから個室を出た。


「リオンくんは、個人用の亜空間魔法を使ってる?」

 研究室の入口になっている共用部屋に入ると中央の作業机に座って待っていたマリアが聞いた。

 個人用の亜空間魔法は魔力で作成した個人用倉庫のような物だ。俺はアイテム画面があるので亜空間魔法は必要ないが、アイテム画面の言い訳に使える。

「はい。使ってます」

「特級魔術師の資格を持ってるなら当然よね。学院なら導師の半数以上の者が使えるし、数人しか居ないけど助手でも使える人が居るわ。魔力で亜空間の大きさが限られてしまうけど、便利だもんね。助手だとちょっと目立つかもしれないけど、使わないと勿体無いわ」

 マリアは椅子から立ち上がった。

「冒険者の格好も良かったけど、リオンくんの魔術師の姿も良く似合うわね……。

 それじゃ、教授の研究室へ行きましょう」

 マリアは俺を褒めるとすぐに研究室の出口に向かった。俺は慌てて後を追った。

 マリアが何を言いたかったのか良く分からなかったが、たぶん、亜空間魔法を使っても問題ないと言いたかったのだろう。


「おはよう。教授はいる?」

 マリアは挨拶をしながら教授の研究室に入った。

「おはようございます」

 俺も挨拶をしながらマリアに続いた。

「マリアさん、リオンくん。おはよう。生憎と教授は居ないけど、すぐに戻ると思うわよ」

 中央の作業机に座っていたマーガレットが立ち上がってマリアに返事をした。

「あら、何処に行ったの?」

「事務局よ」

「それなら、ここで待たせてもらうわ」

「はい。どうぞ……。ところで、リオンくんの魔術師の格好は良く似合うわ。神秘的でもの凄く輝いてる。ぐっと来ちゃうわ」

 マーガレットがとんでもないことを言った。マリアが嬉しそうに笑った。

 壁際に並んだ端末机に座っていた男性の魔術師が立ち上がってこちらに近づいて来た。

 赤毛で細身の男性、身長は俺と同じぐらい。上品そうな整った顔立ちで年齢は20歳ぐらい、目は優しそうな灰色。さぞかし女性にモテルだろうと思えるほどのイケメンだ。別に悔しくは無いが、何となく警戒心が起きた。何となくだが見た目に反して腹黒いぞと思った。

「マリアさん。おはようございます」

 赤毛の男性が礼儀正しくマリアに挨拶した。

「えっと……、マルコムさん。おはよう」

 マリアがマルコムに挨拶を返した。名前を思い出すために一瞬考えたように見えたが、思い違いかもしれない。

「そうだ、リオンくんを紹介するわね。昨日、私の助手にしたリオン・ウォートよ」

 マリアは横に立っていた俺をマルコムに紹介した。

「えっ、マリアさんの助手ですか?」

 マルコムが驚いた顔で言った。

「そうよ。学院には昨日来たばかりだから何も知らないのよ。面倒を見て貰えると嬉しいわ」

 マリアがマルコムに笑顔を見せながら頼んだ。俺は一瞬、こんな奴に頼まなくて良いのにと感じてしまった。

「教授の弟子のマルコム・レッドロックです」

 落ち着きを取り戻したマルコムは名乗ってから右手を俺に差し出した。若干、レッドロックを強調したように聞こえた。

「リオン・ウォートです。よろしくお願いします」

 俺は頭を下げてからマルコムの右手を握った。

「リオンは知らないと思うけど、マルコムはレッドロック公爵家の三男なのよ。宮廷魔術師の孫になるわ」

 マリアは「公爵家」を少し強調して俺に説明した。つまり、貴族様だから対応に気をつけろと言うことだろうか。

「そうでしたか、貴族の方とは知りませんでした。今まで森の奥から出たことが無かったので、世間のことは何も知らない田舎者です。失礼な言動があったらお許しください」

 俺はマルコムに頭を下げてた。

「とんでもない。学院は実力主義ですからね。身分は関係ないです。普通に接してください」

 マルコムが笑顔で俺に答えた。

「そうだ、マルコムさん。時間があるならリオンくんに図書館を案内して貰えないかしら、リオンくんには図書館で一般常識を勉強して貰いたいの、特に王国の歴史と教会についてね」

「あら、それは良いわね。マルコムくん、私からもお願いするわ」

 マーガレットもマルコムに頼んだ。一般庶民の俺は貴族との付き合いは遠慮したいのだが、断れるような雰囲気でも無さそうだ。当人は学院では身分は関係ないと言っているが、言葉通りに受け取る程、俺は世間知らずじゃないつもりだ。

「はい。喜んで案内しますよ。何ならお昼の面倒も見ましょうか?」

「それは助かるわ。そうねぇ、午後3時ぐらいに此処に連れ帰って頂戴」

「了解です。任せてください」

 マルコムはマリアに向かって優雅にお辞儀した。

「それじゃ、リオンくん。行きましょう」

 マルコムは俺を促して研究室のドアに向かった。


「リオンくんは若いようですが何歳ですか?」

 研究棟を出て図書館に向かって歩きならがマルコムが聞いた。

「16です」

「16ですか、僕は22になります。……しかし、16で助手、しかも、「黒衣の貴婦人ブラックレディ」の助手とは、凄いですね」

「黒衣の貴婦人って?」

「知らないのですか? マリアさんのことですよ。

 ……あぁ、そう言えば、森の奥から出てきた田舎者と言ってましたね。「黒衣の貴婦人」はマリアさんの二つ名ですよ。いつも黒色の制服かドレスを着ているので「黒衣の貴婦人」と呼ばれるようになったそうです。

 …・・・まぁ、それよりも、今まで弟子はおろか、助手も採用したことがありませんから、マリアさんが助手を採用したと言うことは大事件ですよ。

 まだ、学院内に知られていないけど、すぐに大騒ぎになると思います」

「そんなに有名なんですか?」

「えぇ、マリアさんは学院の名誉顧問ですからね。名誉顧問は特殊な地位ですよ。学院長の罷免権がありますからね。ある意味、学院で一番高い地位だと僕は思ってます。しかも、マリアさんを罷免することは誰にも出来ない。例え国王や教会の最高司祭でも」

「それは凄いですね」

「勿論、地位に見合った実力の持ち主です。特級魔術師であり、高度な知識もあります。神の遺産に関しては世界でも第一人者だと僕は思っています」

「神の遺産の第一人者ですか?」

「マリアさん自身は論文を発表していませんが、協力者の名前としてマリアさんの名前が書かれている有名な論文が非常に多い。有名な導師の影には必ずマリアさんが居たのではないかと僕は考えています。勿論、今のはあくまでも僕の自論ですけどね」

「なるほど」

「それにあの容姿ですからね。学院には熱烈なファンが大勢いますよ。やっかむ輩がいますから気をつけてください」

「闇討ちとかですか?」

「まさか、そんな過激なことをする者は居ないと思いますよ……。多分」

「多分?」

「そうですねぇ、流石に可能性がゼロとは言い切れないですが、そこまでする者は居ないでしょう。しつこく質問される程度じゃないかなぁ。

 それで、マリアさんの助手になったのは何か特別な理由があるんですか?

 何か特別な理由が無ければ、マリアさんは助手を採用したりしないと思うのですが、どうして助手になったのか教えてもらえませんか?」

 貴族の坊ちゃんなら横柄で上から目線の態度だろうと思っていたが、意外と礼儀正しいようだ。なんとなく話し方が教授に似ているような気がする。

 しかし、助手に採用された理由をいきなり聞くと言うのはどうなんだろう。

「特別な理由なんて無いですよ。それに助手になったのは一時的です。正式に助手に採用された訳じゃないと思います」

「一時的と言うのは何故ですか?」

「私が話して良いかどうか分かりませんので、マリアさんに聞いてください」

「あぁ、そうですね。申し訳ありません、先程説明した通り、マリアさんの助手となると大事件なので、つい好奇心に負けて聞いてしまいました」

「そうですか」


 俺とマルコムは暫くの間、黙ったまま歩いた。

「あぁ、見えましたね。あれが図書館です」

 マルコムが示した先に、6階建ての巨大な建物が見えた。世界一の規模だと言うだけのことはある。良く見ると3つの建物がくっついて建っているように見える。たぶん、左右の建物が建て増しされたのだろう。建物すべてが図書館だとすると、蔵書の量は莫大な数に登るのだろう。

「あの建物の全部が図書館ですか?」

 俺は念のために確認した。

「そうですよ。最初は中央に見える建物だけだったのですが、左右の建物と此処からでは見えませんが、裏側に同じ規模の建物が建て増しされたそうです」

 俺は呆れて物が言えなくなった。見たことは無いが、地球の世界最大の図書館よりも大きいのではないだろうかと思った。


 マルコムの案内で図書館に入ると、図書館の利用方法について説明してくれた。

「マリアさんが王国の歴史と教会について勉強するように言ってましたね。新館の東館に一般教養の本が置かれていますから、新館の東館に行きましょう」

 俺はマルコムの案内で表の旧館を通り抜けて奥の方の新館に入り、東館へ移動した。表の旧館よりも新館の方が規模が大きいようだ。

「あそこのテーブルが閲覧用です。歴史と教会についてはどれぐらい知ってるのですか?」

「何も知らないです」

「そうですか、しかし、助手なら初級魔術師の資格を持っているはずですよね。読み書きは当然として、それなりの知識はお持ちのはずです」

「そうですね」

 俺は何と答えれば良いのか分からなかったので曖昧に返事をした。

「魔法の知識はあるけど一般常識は皆無と言うのは不思議ですね……。まぁ、いいでしょう。適当に概要が分かる本を見繕ってみましょう。

 そうですね、30分ぐらいで、そこの閲覧用のテーブルに集合で良いですか?

 リオンくんはこのフロアの書架を適当に眺めていてください」

「分かりました」

 マルコムは頷くと、2階に上がる階段に向かった。俺はマルコムが指示した通り、1階の書架を端から順番に巡って片っ端からアリスのライブラリに取り込んで行った。


 1階の書籍を取り込んでからマルコムが指示した閲覧用テーブルに戻ると、マルコムは厚くて大きな8冊の書籍をテーブルに並べて待っていた。

「お勧めの本を選んでおきました。歴史書が4冊で教会の入門書が4冊です」

「ありがとうございます。助かりますよ」

 正直に言えば、ありがた迷惑だが、俺は嬉しそうな顔を浮かべてお礼を言った。

「それではお昼までここで本を読みましょう。それとも、何処か行きたいところがありますか?」

「いえ、特に無いです」

「では、私も自分の本を探してきます」

 マルコムは席を立つと書架が並んでいるエリアに向かった。


 昼頃になるとマルコムの指示で読んでいた本の複製を魔法で作ってウェストバックに入れた。本を借りるのは有料だが複製なら無料だそうだ。

「驚いたなぁ。そのウェストバックは無限バックですか? リュックの形の無限バックなら僕も持っているけどウェストバックの無限バックは初めてみました」

「そうですか。何処でも持っていけるので便利ですよ」

「確かに、ウェストバックなら自然に見えるね。僕も欲しいけど手に入れるのは難しそうですね。しかし、チャンスがあれば僕も手に入れますよ。

 それより、お昼は何が良いですか? 嫌いな物とかありますか?」

「何でも良いです」

「それでは、僕がいつも利用している研究棟の職員用のレストランにしましょう。学生用の食堂と比べると若干高価ですが、街のレストランよりは少し安いですよ」


 マルコムが案内したレストランはカフェテリア形式になっており、適当に自分の好きな食べ物をトレイに載せて、清算する方式になっていた。

 マルコムが言っていた通り、街の食堂よりも若干安めの価格設定になっている。

 マルコムと2人で6人用のテーブルに座った。カフェテリアは空いているため、相席にならずに済んだ。

「学生用の食堂は価格は安いのですが、かなり混んでいます。僕は混んでいるのは苦手でね、いつもこちらの食堂を利用しています」

 聞いても居ないのにマルコムが言い訳をした。

「僕も空いている方が良いですね。とりあえず、戴きましょう」

 俺はフォークを持ち上げながらマルコムに提案した。

「そうですね」

 マルコムは苦笑しながら同意するとフォークを手に持って食べ始めた。


「マリアさんと教授はハイエルフですよね。学院にはハイエルフの人は多いのですか?」

 マルコムが食べ終えるのを待って、俺は質問した。

「いいえ、居ませんね。マーガレットさんを入れて3人しか居ません。元々ハイエルフは森の聖地から外に出ませんからね。3人はハイエルフの中では変わり者なんだと思いますよ。特に教授は学院の導師の中でも変わってます」

「そうなんですか」

「昔は違っていたらしいのですが、今は魔術の研究は学院、古代文明の研究と技術開発は教会の研究院と言う風に住み分けがされています。

 教授は住み分け前から古代文明の研究と新技術の研究をしていたらしいです。宮廷魔術師をやっている爺さんに聞いた話だけど、約300年前にローハン・ハイライダーと言う名前の人物が統一教会に研究院を設立したそうです。

 それで教授とローハンはお互いを敵視して争ったらしいのですが、教授が政治的な駆け引きに負けた結果、現在の住み分けが出来てしまったそうです。

 学院には考古学部門が残っていますが、この部門には教授しか居ません。それとマリアさんですね。今でも教授とマリアさんの2人が教会に対抗しています。

 マリアさんは教会から「遺跡の番人」と呼ばれてるらしいです。どうして「番人」と呼ばれているのか理由は知らないですけどね」

「そうでしたか、しかし、マルコムさんは教授の弟子ですよね、マルコムさん以外に弟子は居ないのですか?」

「助手のマーガレットさんと僕の2人だけです。僕もお爺さんのコネで教授の弟子にして貰ったんですけど、教授は人間種族は寿命が短いから弟子や助手に取らない方針だと言ってます」

「普通の導師の弟子は何人なの?」

「普通は助手が3人ぐらいで弟子が6、7人ですね。魔術師学院は魔術師を育成するための学生棟と魔法を研究するための研究棟に分かれていてね。研究棟に入るには研究棟の導師に弟子入りするか助手に採用して貰う必要があるんですよ」

「そうですか、でも、どうして教授に弟子入りしたんですか?」

「僕は古代文明の遺跡や神の遺産を研究したくてね。それで教授に弟子入りしたんです」

「どうして教会に入らなかったんですか?」

「我が家の方針ですね。それに僕は治癒魔法が使えませんから、爺さんから学院に行くように命令されました。その代わりに教授の弟子入りを約束してくれたんです」

「なるほど」

「今、助手になるための論文を書いているのですが、テーマは6番目の神の遺産について。今のところ神の遺産は5つと言うのが定説なんです。その理由は5つのダンジョンの最下層に同じような強力な魔法で封印された扉があるからです。

 僕はダンジョン以外に神の遺産が眠っていると思っているんですよ。それで6番目の場所について研究した結果を論文にまとめたところです」

「へぇー。それは凄いですね」

「まぁ、根拠が薄くて、誰も信じてくれないのですが、教授は可能性はゼロではないと僕の説を支持してくれてます」

「教授が支持するなら、可能性はあるんじゃないですか?」

「そう言ってくれるのはリオンくんだけですよ。大抵の者は僕を馬鹿にします」

 マルコムは悲しそうな顔をした。俺のような部外者の賛同では意味が無いのだろう。マルコムが俺のことを聞いたので、俺は以前でっちあげた森の生活について説明した。



 3時頃まで、マルコムとおしゃべりをしてから教授の研究室に戻った。

「ただいま」

 マルコムが挨拶しながら研究室に入ったので、俺も後に続いて入った。

「2人とも、お帰り」

 教授の隣に座っていたマーガレットが立ち上がって、明るい声で俺とマルコムを迎え入れてくれた。

「リオンくん。出発の日程が決まったわ。6日後の朝に出発よ」

 教授の対面に座っていたマリアが嬉しそうに告げた。

「ジュリアスくんと連絡が取れてね。6日後の朝に研究棟の裏に集合できるそうだよ」

 教授が俺に向かって説明した。

「ジュディに連絡したんですか?」

 マルコムが立ち止まり吃驚した顔で教授に聞いた。俺はマルコムの横を通って、マリアの隣の席に座った。

「マルコムくん。お帰り、君にも話があるから、リオンくんの隣にでも座りたまえ」

 教授がマルコムに指示すると、マルコムは俺の隣に座った。

「6日後に何処かへ行くのですか?」

 マルコムが教授に聞いた。

「あぁ、そうだよ。スターレン渓谷の遺跡の調査だ。ジュリアスくんのチームに護衛と遺跡の掃除を依頼した。ジュリアスくんが依頼の間はマルコムくんをチームメンバーに入れろと言ってきたが、受けるよね。勿論、断るなら留守番だけどね」

「スターレン渓谷ですか? 留守番は嫌ですから、行きますけど、しかし、急ですね」

「確かにね。昨日、マリアくんが調査の許可が貰えたと言って来てね、昨日、行くことに決めたんだよ。それで、助手の論文は出来てるかね?」

「助手の論文ですか? 一応、出来てますけど」

「それなら、すぐに提出したまえ、内容を確認して明日中に審査申請する。5日もあれば審査は通るはずだ」

「スターレンの調査と関係があるんですか?」

「勿論、関係はないよ。しかし、調査に行く前に助手にしておいた方が良いと僕の予感が告げているんだよ」

「教授の予感ですか?」

 マルコムはいかにも信用できないと言う顔で教授を見た。

「そう、僕の予感だよ。今度の調査は大事件になるよ」

 教授が嬉しそうな顔でマルコムに答えた。

「リオンくんは、明日の朝9時に私の研究室に来てちょうだい。ちょっと実験に付き合ってもらうわよ」

 マリアが俺の方を向いて言った。マリアも嬉しそうな顔をしている。まるで、教授と2人でいたずらを仕組んだ子供のような雰囲気だ。

「分かりました」

 俺はマリアに返事をした。



 翌日の朝、9時10分前にマリアの研究室に入ると、マリアが中央の作業机の椅子に座って待っていた。

「リオンくん。おはよう」

「マリアさん。おはようございます」

「魔法実験室を確保してあるから行くわよ。荷物があるなら個室に置いてきて欲しいけど、大丈夫なようね。魔法の杖はそのウェストバックに入っているの?」

「はい」

「それなら問題ないわ。行きましょう」


 マリアに連れられて入った魔法実験室はバスケットコート2面分を確保できそうなほど広くて天井も高い。まるで体育館そのものだ。

「学院の最大で最強の実験室よ。ここなら上位魔法も使えるわよ。さすがに最上位魔法は禁止されているけどね」

 マリアは実験室の中央で立ち止まると、魔法を杖を振りかざして魔法を唱えた。直径10mぐらいの魔法陣が描かれた巨大な扉が現れた。

「これはただの投射の魔法よ。私が見た魔法陣を写しただけ。予想できると思うけど、この扉がスターレン渓谷の最下層にある封印の扉よ」

 俺は中心に描かれた魔法陣に意識を集中した。アリスが魔法陣を分析した情報を俺に伝え、扉の魔方陣に分析情報を表示した。

「これが封印の扉ですか……、

 5層の複合重積魔法陣、上層部2層が防護バリアで中間層が保存と魔力発生用。下層の2層で扉をロックしていますね。最下層魔法陣が解除キーのようです……。

 これは厄介そうですね」

「流石ね、特級魔術師の資格は伊達ではないようね、それで、どうかしら。解除方法も分かるでしょう?」

 マリアが真面目な顔で俺に聞いた。アリスが解除方法を教えてくれた。

「防護バリアを無効化して、解除キーのソウル波形を持つ人物が扉の下にある印に手を当てればこの扉は開くはずです」

「正解よ。それで、防護バリアを無効化する魔術式は分かる?」

 アリスが魔術式を知らせてきた。

「分かるなら、魔法陣を展開して、勿論、発動してはだめよ」

 今まで実際に魔法を使ったことが無いのだが、魔法に関するスキルと特性の熟練値が1000もあるお陰で、自分なら出来ると言う確信がある。ゲームでは熟練値1000はマスターの称号が与えられる値なのだ。マスターの称号は伊達では無いはず。

 俺は装備画面で魔法の杖を装備してアリスが知らせてきた魔法陣を展開した。

 防護バリアを打ち消す魔法陣は3層複合重積魔法陣。イメージ通りの魔法陣が扉の魔法陣の対面に展開された。

 マリアが展開した魔法陣を回りながら確認した。

「さすがね。完璧だわ。後は正確な量の魔力が込められれば、扉の防護バリアが打ち消されるわ。

 リオンくん。魔法陣を消しても良いわよ」

 俺は魔法の杖を一振りして魔法陣を消した。

「でも、最下層の魔方陣に刻印されたパターンを持つ人物が必要ですよ。当てはあるんですか?」

「あら、勿論よ。この前、魔力測定をしたでしょう。その時、あなたのソウル波形も計測したわ。あなたが扉に手を当てればロックが解除されて扉が開くわよ」

「でも、防護バリアの解除はどうするんですか? あぁそうか、マリアさんが解除するんですね。でも、それなら、僕が魔方陣を展開する必要はないですよね」

「残念だけど、私は制約があるからバリアを無効にできないのよ。でも、あなたが展開した魔法陣を私が維持することはできるわ。

 私が維持できたら、リオンくんが扉の印に手を当てられるわ。

 やってみましょう。さっきの魔法陣を展開して頂戴」

 俺は先程の魔法陣をもう一度、展開した。すると、マリアが魔法陣に魔力を供給して維持する魔法陣を俺の魔法陣の4層目に展開した。

「魔力ラインを切って頂戴」

 俺は魔法陣を維持するのを止めた。マリアが展開した魔法陣が俺が展開した魔法陣を維持した。1、2分ほど維持してからマリアが魔法陣を消した。

「実験は大成功。後は現地で試すだけね」

 マリアが嬉しそうに俺に言うと「うふふ……」と笑った。俺は旨く乗せられてしまったのような嫌な予感がした。

「マリアさん。これは特級魔術師なら誰でも出来るんですよね?」

「あら、勿論、出来ないわよ。この世界でさっきの魔法陣を展開できるのはリオンくんしか居ないわ」

「えっ。どう言うことですか?」

「そうねぇ、私は嘘は言ってないけど、ある意味、リオンくんを騙していたのよ。ごめんなさい。いかにも特級魔術師なら出来るはずと思わせたわ。でも、そうしないとリオンくんは警戒して、出来ませんって言いそうなんだもの」

 俺は呆れて何も言えなくなった。マリアは俺の全てのことを知っているじゃないだろうかと疑問に思った。そして全てを諦めたかのように「はぁっ」と溜息をついた。

 まるでお釈迦様の手の上の孫悟空になったみたいだ。

「溜息をつくと、幸せが逃げるわよ」

 マリアが笑いながら俺に言った。俺はもう一度、盛大に溜息をついた。


「ちょっと休憩にしましょう。お詫びの印に、どうしてこんなことをしたのか説明するわ」

 マリアはテーブルと椅子をどこからともなく取り出し、テーブルの上にティセットを並べると、二人分のお茶を用意した。俺はマリアが用意してくれた椅子に座った。

「ここは強力な魔力で封印されているから安心して話せるわ」

 マリアはカップを持ち上げてお茶の香りを嗅いでからお茶を啜った。

「最初に約束して欲しいのだけど、これから話すことは誰にも言わないで、私とリオンくんだけの秘密よ。教授にも話してないの」

 マリアが俺を見詰めたので、俺は「分かりました」と答えた。

「この前、教授が神の遺産についてざっと説明したけど、覚えているわよね」

「はい」

「実は、1000年前に神から知識と力を与えられて遺産を見守るように命じられたの。そして、制約も課せられたわ。

 この制約で私は保護バリアを解除できないの。神の制約で私は封印を解除することを禁止されているし、解除するためのヒントを与えることも禁止されているわ。

 さっきは旨く誘導できたけど、あれが限界。あれ以上のことを教えることが出来ないのよ。リオンくんは自力で様々な謎を解かないといけないわ。この学院の図書館で勉強した方が良いわよ。私は遠まわしに誘導することしか出来ないわ」

「そうですか」

「神から後継者が現れることは予言されていた。そして、後継者の面倒を見るように頼まれているわ。だから、私のことを信用して欲しい。私はあなたの味方よ。例え裏切っているかのように思える時があるかもしれないけど、それは、神の制約のため。私のことは最後まで信じて頂戴」

 マリアがじっと見詰めるので、俺は「分かりました」と答えた。


「今から500年前にローハンと名乗る人物が現れたの。ハイライダー種族で、最初はロード・オブ・ハイライダーと名乗ってたけど、今はローハン・ハイライダーと名乗ってるわ。

 ローハンの目的は神の遺産を手に入れことよ。教会に研究院を設立して王族の血統を裏で管理して、古代文明の遺跡を独占したわ。そして、封印を解くための研究を続けている。

 まだ、ローハンは封印を解くことができないけど、あと500年ぐらいでローハンは封印を解いてしまうでしょう。だけど、リオンくんが居るから手遅れね」

 マリアは「うふふ」と楽しそうに笑った。

「詳しいことは省略するけど、300年前から私と教授はローハンに対抗してきたの。私は教会からは「神の遺跡の番人」あるいは単に「番人」と呼ばれてるわ」

 マリアはカップのお茶を飲んだ。俺は最初のメッセージのことを思い出した。

「すると、僕は神の後継者と言うことですか?」

「えぇ、そうよ」

「でも、どうして?」

「神から人間の上位種族よりも身体能力も魔法の能力も遥かに高い人間が現れると言われたわ。そして、「特級魔術師の資格を持つ者が突然現れれば、そいつが後継者だ」と言ったのよ。

 私は特級魔術師の資格を持つ者に注目してきたわ。そして、4ヶ月ぐらい前に前回の試験で特級魔術師に合格した者が居たことに気づいた。

 魔術師資格の試験は半年に1回。神聖協会が実施してるわ。前回の試験が終わった直後に合格者を確認したけど、特級魔術師に合格した者は皆無だった。

 だけど、2ヵ月後、今から4ヶ月前になるわ。

 まるで、リオンくんが突然この世界にやって来たかのように特級魔術師の合格者にリオンくんの名前が登録された。

 神から後継者は次元位相が遥かに高い世界の者で、無理やりこの世界に拉致すると聞いていたから驚かなかったわ。

 4ヶ月前からずっと、リオンくんを捜してた。そして、3日前にやっと見つけたと言う訳よ。

 あなたはまるで4ヶ月前に突然、この世界にやって来たように思えたし、魔力測定の数値が人間の上位種族であったとしても有り得ない数値だった。それで、あなたが後継者だと分かったわ。

 そして、あなたは期待通りに、扉の封印を解除する魔法陣を展開したわ」

「人間の上位種族とは何ですか?」

「普通の人間よりも遥かに能力の高い人間をそう呼ぶのよ。神は次元位相の高低差の影響だと言ってたわ、何でも次元位相が高い世界から呼び寄せた人間は位相の壁を越えることで信じられない力を手に入れるそうよ。但し、相性が悪いと無形のとんでもない怪物に変身してしまうの。

 肉体を構成している細胞がこの世界に生存するために根本のレベルで変化するためらしいわ。魂のパワーが桁違いなんだそうだけど、詳しいことは分からないわ。

 神は力を得た人間を王と上位貴族に定めて、人間を支配させたのよ。それに、上位種族の人間は寿命も長いわ。初代の王は2000年以上は生きたそうよ。

 上位種の血統は遺伝するわ。王族と上位貴族の血を引く者は身体能力と魔法の能力の両方、あるはどちらかが普通の人間に比べて桁違いに力のある人間が生まれるのよ。徐々に力が薄れてきているけどね。

 普通の人間なら上級魔術師の試験に合格することでさえ難しいわ。だから、教授はあなたを上位種と呼んだのよ」

「なるほど」

「それともう1つ、重要なことを話すわ。私は生物や魔獣を殺すことを禁じられてるの、リオンくんの敵はリオンくんが倒さないといけないわ」

「そうですか」

 流石に、此処まで制約があると言われると、胡散臭い気がする。ふと、メッセージと同じで、単純に信じたらいけないのではないだろうかと疑問に思った。

「何か質問はある?」

「そうですね。特に無いです」

「それなら、学院の図書館で王国の歴史と教会について勉強しておいて頂戴。それと遺跡のこともね。旅の食料は教授が準備するけど、何か必要な物があれば、街に出て買っておいてね。6日間もあるから適当に息抜きをしてもいいわ。6日後の朝9時に研究棟の裏で集合だから、それまで、研究室に顔を出しても、出さなくても自由にして良いわよ」

「分かりました」


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