vol.1
「全く理解できないわ。」
朝の清々しい太陽の光が差し込む教室。
「確かに、この日の光とか、花とか、海とか・・・そういったものはきれいだと思うわよ?」
数十人の若い女たちが他愛もない会話に花を咲かせている。
「でも・・・・・・やっぱり理解できない・・・。」
一見、どこでも見る光景だ。しかしどこか違っていた。
「人間になりたいだなんて!」
近代化が進んだこの時代。機械の性能・精密さはもはやとどまることを知らず、更なる進化を遂げていた。特に最近は、人間と人型ロボットの共存を目指しロボット専用の学校までできている。共存の目的は、機械化の進んだ現代で生身の人間の『想いを伝えること』が衰えないようにするためだ。メールなど、液晶に映し出される本心かどうかわからない文字に慣れてしまわぬよう、人型ロボットを使いコミュニュケーションをとるのだ。
もちろん、ロボットにも心は存在する。心臓ではなく心だ。人型ロボットは、施設(学校)で人間学を学び、より人に近い存在となるため日々努力している。さらに、年一回発表される総合得点が一位のものは人間になることができるのである。たいていのものは人間になりたがる。しかし、ごく稀に他とは違った行動、言動をするロボットが産まれてしまうことがある。通称ジャンク。ジャンクの最大の特徴は『人間になりたがらない』ことだ。
つまり、人間になりたくないなどと言っているものは、ジャンクとみなされてしまう。
「人間になりたいだなんて!」
そう叫んだ瞬間、教室が一瞬にして静寂の間と化した。
―――――――しん・・・―――――――――――――――――
教室にいた全員の視線が大声を発した人物へと注がれる。
が・・・
「なぁーんだ、ジャンクかぁ」
「全く、いきなり叫ぶなよな。まぁジャンクじゃ仕方ないけど」
いたるところから聞こえてくるひそひそ声。
「っ!」
(なによ!人間になりたくないって言っただけでこの扱い?私はジャンクなんかじゃないわっ!)
にらみを利かせた目で噂している連中を見つめる。
「こらこら、№2。そんな目で睨まないの!」
ふと後ろから透きとおるような声がした。
「・・・・・・なによ」
「その言葉づかいもやめなさい・・・」
「~っ!何か御用ですか?№1さん?」
「・・・・・・」
「なにか言いなさいよっ!」
人型ロボットに名前はない。人として人間界に行った場合や誰かに買い取られた場合には名前が付く。実績もなく、買い手もないようなロボットに名前など必要ないのだ。しかし、それでは区別ができないため、施設(学校)ではすべて№(ナンバー)で呼んでいる。
№の後につく数字は成績優秀順だ。つまり、№1が成績最優秀者に与えられる『呼び名』で数字が大きくなっていくほど成績が悪い。
「№1も物好きよね。あんなジャンクに構うなんて。」
「でもジャンクは№2じゃない。№1につりあっているとは思うわよ?」
「そりゃそうだけどよ・・・・・・。ジャンクだぜ?」
「確かに・・・」
№1・2が騒いでいる場所から少し離れたところでは、2人の噂がされていた。
「でも・・・・・・。顔はいい方よね・・・」
「ま、まぁな。ジャンクの1番のいいところじゃねえの?」
「1番のって言っても、1つしかないけどね」
「何言ってるのよ!あんなやつ平凡以下じゃない!やっぱり№1の方が美人よ!」
「あぁ。俺もどっちかっつーと№1の方が好みだな」
―――――――――――――――――――――――・・・・・・・・・
「全く、なんでこんなやつが№1なのかしら」
「こんなやつとは失礼じゃない?」
「まぁ別にいいんだけどねっ!人間になりたいとも思わないし・・・。№2で十分よ!」
(本当は1度でいいから№1になってみたいけど・・・)
№1。腰のあたりまである長い髪は、つややかな黒色。まっすぐなストレートで、動くたびに揺れるその髪は誰もが目を引くものだ。透きとおるように白い肌は、まるで月のよう。
清楚で一見クールな外見だが、時折見せる人懐っこさや優しさは誰からも好かれるだろう。
施設入学当時から1度も№1以外はとったことがない。
№2。ふわっとしている髪は金色で、本人いわく地毛だそうだ。セミロングほどの長さで、毛先が巻かれているのが特徴。背は低めで、本人はかなりのコンプレックスのようだ。入学してから№2の座を陣取っている。ジャンクと呼ばれていることと、人一倍高いプライドが災いし、話す相手は№1しかいない。
「なぜそんなに人間になりたくないのよ?人間界よ?素敵じゃない。」
№2は頬杖をつき窓の外を見ながら答えた。
「どこがよ?・・・・・・全然素敵なんかじゃないわ。」
「それに、こんな機械のからだよりも生身のからだが欲しいとは思わない?」
「思わないわ」
「人間になったら、自由なのよ?誰もあなたのことをジャンクなんて呼ばないし・・・。
恋愛だってできるのよ?」
「恋愛なんてしたくもないわ」
「・・・・・・なにがそんなに気に入らないの?」
「・・・・・・・・・」
「みんななりたがっているじゃない」
№2は思い切り立ち上がり、叫んだ。
「みんながなりたいからって、私もなりたいわけじゃないわっ!・・・それに・・・・・・」
さすがに驚いた№1はできるだけ平然を装って問いかけた。
「それに?」
「そ、それに、私は努力を重ねてまで、自分勝手な人間になんてなりたくない・・・!
機械のからだの方がずっと楽じゃない。なんでもこの完璧な頭脳が答えを導き出してくれる。悩むことなんてなにひとつないのよ・・・。」
うつむいたまま答える№2に誰1人なにも言えずにいた。
「・・・・・・そんなあなたには悪いニュースかもしれないわね」
「・・・え?」
思わず顔をあげる№2。№1は教室の1番前まで行くと、みんなに聞こえる声で、
「先生からの伝言よ。三十分以内に支度をしてホールに集合。人間界へ社会科見学へいくそうよ!」
№2だけでなく、クラス全員がほかんとしている。そんな中、未だにしゃべり続けるロボット1台。
「まったく。先生も急よね、30分以内って・・・。それにいまどき社会科見学?私も人間界じゃなかったら行ってないわよ。」
あいかわらず教室内は沈黙。
「ほら!急がないと遅れるわよ?」
バンッ
№1が教室から出っていった瞬間、沈黙だった教室内に歓声が響き渡る。
そんな中、イライラが募っていくばかりの№2は
「ばっかみたい」
教室の隅で静かにそうつぶやいたのだった。
「そんじゃ今から注意事項言うからしっかり聞いとけよー」
いつの間にやら人間界。
溜息が止まらない№2は先生の言葉など耳に入るはずがなかった。
「はぁ・・・・・・」
「まぁーた溜息。もうついちゃったんだからしょうがないじゃない。ここは開き直って精一杯人間界を楽しみましょう!・・・・・・って、私を睨まないでよ・・・。連れてきたのは私じゃないんだから。」
「もうちょっと早く言ってくれればよかったのに・・・!」
「それも先生に言ってちょうだい?私だって聞かされたのは出発の三十分前なんだから!」
「・・・・・・サボろうとした私を放っておいてほしかった・・・」
「そんなの!№2がサボったら私の責任じゃない!」
「・・・・・・・・・!」
「~以上、注意事項終わり!いいか?何回も言うが、この人間界でおまえらロボットは大変価値が高く貴重なものだ。欲しがっている人間もたくさんいる。そしてそのすべてが安全な奴だとは限らない。」
「ほんっとやってられないわ!人間臭いし、たくさんいるし、騒がしいし・・・。嫌なことばかりじゃない」
「そんな外面だけで決めつけない!もっと見なさい?素晴らしい世界よ?」
「中にはおまえらを無理やり自分のものにしようとする奴らもいるだろう。いわゆる誘拐だ。いいかー?ヤバいと思ったらとにかく逃げろよ!」
「素晴らしいってなにが?あぁ、生身のからだや恋愛?」
「もちろんそれ以外にもたくさんあるわよ?自然の風景やいろいろな食べ物・・・。ここは本当に素敵なところよ!」
「自由行動は6時までだ、6時には宿に戻ってくるように!それでは解散!」
一斉に散らばる生徒たち。しかし№1・2ともに気がつかない。
「むむ、食べ物?」
「そうよ?ここには果物っていうおいしいものがあるらしいわ。たしか甘いもの大好物よねぇ?」
「むむむ。」
「学校では衣食住すべて管理されていて、甘いものなんてめったに食べられないものねぇ?」
「むむむむむ~。」
「こらおまえら、さっさと行け。俺の昼寝の時間が減るだろうが。」
後ろから声をかけられ、やっとみんなが解散したことに気が付く。
「せ、先生!昼寝って・・・。」
「だー!もー行けよお前ら。みんなとっくに解散してんぞ?」
「ええ。わかってます。今から行こうとしてたとこなんですよ。」
「ならさっさと行け、今すぐ行け、マッハで行け。俺はもう眠い。」
「んなっ!あんた仮にも先生だー・・・・・・むぐっ!」
「あ?」
「なんでもありません。それでは先生、後ほど。」
未だに№2の口元を押さえている№1はそのまますスタスタと歩き、先生から離れてゆく。
「~っ!」
それに抵抗する№2。
「ちょ!あんまり暴れないで!」
「んー!んんんんー!」(もー!放してー!)
先生の姿が見えなくなったことを確認すると、№1は開放を求め暴れる№2を放した。
「はぁっ、はぁ・・・。」
振り返り、№1を鋭く睨む。
「私を殺す気?!」
「まさか。」
苦笑いをしながら弁解する№1。
「まぁーたそんな目して!というか、私に感謝してもいいくらいなのよ?」
「っはぁ・・・?なんで?」
「先生のいる前で思いっきり先生のこと悪く言おうとしたでしょ!」
「・・・う。」
「もう・・・。悪口なんて言ったら、即反省室行きよ?」
「・・・うぅ。」
「さすがに№2もそんなの嫌でしょう?」
「そ・・・れは、そうだけど・・・でも!」
「そんなんだから№2やジャンクって言われるのよ。」
「!」
なにかが、壊れる音がした。
「あんたにだけは・・・、№1にだけはそんなこと言われたくなかった・・・。あんただけは・・・・・・、ほかの奴らと違うって思ってたのに・・・。」
うつむきがちにつぶやく№2―・・・。№1はなんの言葉もかけられずにいた。
「信じてたのに。」
そう言い残して、№1は走り去って行った・・・・・・。
「ほんと・・・私って馬鹿よね・・・・・・」
あの場所にとどまることなどできず、走り去ってしまった。が、ここははじめてくる世界、右も左もわからない人間界だ。
「耐えきれなかったとはいえ、逃げちゃうなんて・・・。」
今の私は№1に裏切られたような気持ちや、そこから逃げるような形で走り去ってしまった悔しさ、なぜあんなことを言ってしまったのかという後悔でいっぱいだった。
「ここどこなのよーー!」
ぐぅ~・・・。
「おなかも減ったし・・・。」
なったおなかをさすりながら、その場に座り込む。
「さすがにへこむなぁ・・・。」
(こんなんだから、みんなに変な目で見られるのかな・・・。思ったことを素直に言うのは悪いことなの?思ったこと、考えたことがみんなと少し違うだけなのに・・・)
さっきの場面を思い出す―――・・・
意見の食い違い、他者からの視線、気に入らないことなどいままでにいくらでもあった。
そのたびに№1がいた。あのこだけは違うと思っていたのに・・・。
(やば・・・。泣きそうかも・・・・・・。)
「あれれー?かわいい落し物はっけーん!」
ふと空から声が降ってきた。
「ん?でも人だから落とし人?」
透き通るようなその声はまるで雨上がりのしずくのようにきれいで、ぐちゃぐちゃだった心さえも洗い流してくれるようだった。
「大丈夫?」
顔を上げる。
そこには20歳後半と思われる男が立っていた。肩のあたりまで伸びている髪はふわふわしていて猫毛のようだ。やさしそうな目が特徴で、なぜか和服を着ている。
「そんなところに座ってたらきれいな洋服が汚れちゃうよ。ほらお手をどうぞ?」
和服の袖からでたその手はまっすぐに№2のもとへのびていた。
「・・・あ。」
思わずその手を取ろうとしたその時・・・
「知ってるか?この辺にあの人型ロボットが来てるらしいぜ?」
「まじかよ!?捕まえて売ればかなりの値段に・・・」
「ばーか、売るより自分のそばに置いておく方がいいに決まってんだろ!」
遠くの方で人間の少年たちのそんな話し声が聞こえた。
「っ!」
(そうだった。ここは人間界・・・。)
「どうしたの?ほら・・・。」
差し出された手は№2に近づく。
(このまま、この手を取っていいのか・・・。それに、今の時代に和服?怪しすぎるわ・・・この人・・・)
ぐぅ~・・・
空腹のおなかがまたも悲鳴を上げた。
「っ!?」
「あははっ!おなかもすいてるみたいだし・・・、僕の家に来る?なにか事情もありそうだしね」
「ごはんっ?」
「ん・・・?あぁ、うん。そろそろお昼だし、たいしたものは出せないけど・・・。なにか食べにくる?」
「行くっ!」
気づけばその手を取っていた。
「僕の家、すぐそこだから。っていってもちょっと歩くけどね。もう少しだけ我慢してね?」
男の後についていく。
「僕の名前は向坂優斗。君の名前は?」
「私はー・・・」
(私の名前?私に名前なんてないのに。っていうか、いつのまにかこんな状況に・・・!なんでこの人について来ちゃったのよ!この人、先生に言ったように私を誘拐する気なのかも・・・!)
「ん?名前は?」
「えっと・・・あ。」
(どうしよ・・・、もー!ほんと私の馬鹿!こんなことならもっと早く逃げちゃえばよかったのに。)
あたふたし、困っている№2に気がついたのかー・・・
「あ!僕のこと怪しいって思ってるでしょ?安心して!怪しい人じゃないから!」
と笑顔で言った。
(この人のこういう笑顔見る限り、悪い人には見えないんだけどな・・・)
№2はそのまま逃げることもできずに、向坂優斗と名乗る男についていくしかなかった。
「あ!ここ、ここ。僕の家。」
悪意などかけもないような笑顔で大きな和風の家を指す。
そこには大きな門があり、門を抜けると広い庭が広がっていた。庭には鯉が泳ぐ池があり、周りは草木などの緑に囲まれていた。木造の家は現代にあっておらず、そこだけ昔に戻ったようだった。
「わぁ・・・」
思わず声が出てしまう。
これほど美しいものを見たのは初めてだった。人間学で人間界は目を見張るほどの美しいものや圧倒されるほどの壮大なもの、感動ゆえに涙してしまうくらいの幻想的な光景などであふれている―――――――ということを学んだ。
(こんな光景、教科書でいくらでも見たはずなのに・・・。自分の目で見るとこんなに心が揺れるなんて・・・・・・。っ!)
『人間になったら、こんな景色が好きなだけみれるの・・・?』
今、確かに№2の中には他の人型ロボットと同じような思いがあった。
「~っ!思ってない、思ってない!!ロボットの方が自由に決まってるわ!」
認めたくなかった。自分を憐れむような目で見、口を開けば批判や悪口しか言わないあいつらと同じ思いを抱いてしまったことなど。
「ふふ~、驚いた?僕の家、おっきいでしょ~。・・・ってあれご機嫌斜め?」
「・・・・・・」
「うーん。さすがにちょっと歩いて疲れちゃったかな?待ってて、お昼にするから。」
そう言って家の中に入っていく優斗。
庭のなかをうろうろしていると№2にかけられた背後からの声。
「あ!そうだー。ご機嫌斜め気味な君にいいこと教えてあげるねっ!」
振り向くと、家の中に入っていたと思っていた優斗がそこにいた。
「・・・・・・?」
不思議そうな顔を向ける。無邪気に話しかけるその姿はまるで宝物を見つけた子供のように輝いていて、次に発する言葉など想像もつかなかった。
「『最新型の人型ロボット』って、知ってる?」
その瞬間、№2は世界中の時間が止まったのではないかと思うほど、からだが凍りついた。
「すっごい人間にそっくりなんだってー。」
目の前にいる少女が、その人型ロボットということに気づいているのかいないのか、優斗は少年のように目を輝かせて話し続ける。
「いいよねー!僕も見てみたいなぁ。」
頭の中は静寂の世界だった。―――――・・・ドクン――凍りついたまま、いまだに動かなかったからだはいきなり動き出し、からだの中を狂わせた。
「ーっ!」
何も言えないままの№2を見てを思ったのか、優斗は№2の頭を優しくなでた。
「っ!?」
優斗の不可解な行動に動揺する。
「ごめんね?なんか僕だけこんなにはしゃいじゃって。あんまり興味なかったかな・・・?」
頭をなでるその手は、まるで風のように優しくて心地よかった。
「っ、ちがっ!」
違うと言いたかった。こんなにも優しい人に出会うのはもしかしたらはじめてなのかもしれない。№1は、気づいた時にはもう隣にいて、ずっと守ってくれていた。あえて言うのなら家族の感覚だった。
「そうだよね、いきなり連れてこられて・・・・・・。ちょっと迷惑だったかな?」
どこか悲しそうに笑う顔が№2の心を確かに痛めた。
「だから!そのえっと・・・」
このままではいけない気がした。何か言わなくてはならないのを、№2は知っていた。自分を気遣い、優しく接してくれるこの人が悲しい顔をしている。自分のせいで。
(落ち着いてー・・・。たかが人間じゃない。人間学で学んだことを思い出して・・・。悲しんでいる人との接し方は・・・)
本当はこんなことを考えたいのではなかった。人間学で学んだ、教科書どうりの言葉やマニュアルどうりの接し方ではなく、ちゃんと自分の言葉では伝えなくてはならないのはわかっていた。
――――――人間なんて、自分勝手で低俗で傲慢で間違ったことしかできない・・・
・・・大嫌いだった。機械だらけのロボットの方がまだましだった。
いままでの想いが邪魔していた。機械でできたこころは2つの想いがぶつかり合っていて、どうもできずにいた。このまま思ったことを伝えてしまっては、以前の自分を裏切ってしまうようで・・・・・・。
「あはは・・・。もっと困らせちゃったかな?知らない人にここまでされて迷惑だなんて思わないわけないよね。」
いままでのごちゃごちゃしたことが一瞬にしてどこかに飛んで行った。
「向坂優斗!」
名前を叫ぶ。風のように優しいその男の名を。
「・・・え?」
「知らない人なんかじゃない・・・!私はちゃんとあなたを知ってる!優しくて・・・強い。」
自分でも何が言いたいのか分からなかった。こんな短時間で相手を知るなんてありえない。頭ではそう思っているのに想いは口からあふれ出てきてとまってくれようとはしなかった。
「座り込んでいた私をここまで連れてきてくれたのも、返答できない私を見て、自分のせいだと思い優しくなでてくれたのも・・・。ぜんぶうれしかっ・・・」
ふわっ
ふと頭にもう一度優しい感触が降りてきた。見るとそこには、やわらかい笑顔。
「ふふ。ありがとう。そんなに思ってくれてたなんてね。とりあえず、迷惑じゃなくてよかった。困ってなくてよかった。」
――――――とくんっ・・・―――――
それまで感じたことのない、温かいものが機械のこころに流れ込んできた。それはまるで冷たい雪の中に、強くそして優しい光が差し込んできたかのようだった。
「・・・っ」
(こんなの知らないっ)
今まで出会ったことのないその感情は何と呼んでいいのか、№2には分からなかった。
「だ、大丈夫?」
不思議そうに、同時に少し戸惑ったように下からのぞきこむ。ふいに優斗の顔が目の前に来たため驚き、バランスを崩す。とその瞬間―・・・
グラッ・・・
それまでの美しい庭や優斗の顔が突然真っ黒の世界になり、平衡感覚が崩れる。
「叶!」
どこかで誰かが誰かを呼ぶ声がした。
そこで№2の意識は途絶えたー・・・。
目を開けると真っ先に入ったのは多少しみのある、木製の天井。からだは起こさず、首だけを動かし辺りを見回す。殺風景な部屋だった。部屋の入口は障子の戸があり、その戸のちょうど向かいには押入れがある。その2つ以外は特に何もなく、壁だけだ。
「・・・・・・」
からだが妙にだるかった。おそらく空腹と疲れが原因だろう。人型ロボットといっても、それはとても高性能なもので、心臓以外は普通の人間とほとんど変わらない。睡眠を十分に取らなければ眠くなるし、食事をしなければおなかも減る。もちろんけがをすれば血もでる。食事も人間と同じように魚・肉・野菜などいろいろ食べる。
気づくと№2は布団の中にいた。誰がここまで運び、寝かせたのだろうか。そんな疑問が浮かび想像するとなぜか顔が熱くなった。
(なんだこれ。なんで頭の中に向坂優斗の顔が・・・!こんなのほんと、人間みたいじゃないか!)
ピッシャーン!
障子の戸がすさまじい音をたて勢いよく開く。
「んなっ!?」
何が起きたのか分からなかった。理解する間もなく、1人の男が部屋の中に入ってくる。
「なんだ、起きてんじゃねーか。元気ならさっさと出てけよ。」
「・・・・・・!」
未だ脳は理解していない。部屋に入ってきたこの男は誰なのだろうか。感じが悪い。
「ちょ・・・!」
「ちょっと叶くん!」
なにか言い返してやろうと思い、言いかけたとき優斗が入ってきた。
「あ!よかったぁ。気がついたんだね!いきなり倒れたんだけど覚えてる?」
№2に気づき、駆け寄る。不安そうなその顔からは、心の底から心配していることを感じ取ることができる。
「・・・・・・あ、えっと大丈夫・・・。」
うつむきがちに答える。なぜか、優斗の顔を直視できなかった。
「そっかぁ、安心した。一応ごはん作ってあるんだけど・・・。どう?起きられる?食べられそう?」
なおも倒れた№2を気遣う優斗。№2も心配されて悪い気はしない。2人の間にはしばし穏やかな空気が流れたー・・・
・・・が、もうひとりの存在を忘れきっていた。
「おいおい、俺がいるなかでいちゃつくなよ・・・。つかなんだ優斗、お前こんな奴の心配なんかすんな。する必要なんかねーし。」
「はぁ・・・?」
(仮にも病人(?)にこの口のきき方?てかこいつ誰よ?)
心地よい空気を壊されたせいか、№2のこころの中には言葉に出来ないいらだちがあった。
そんな不快な思いを感じ取ったのか、優斗はその少年をなだめ始めた。
「まぁまぁ・・・。ごめんね?こいつ、感じ悪いでしょ?こんなでも本当は心配してるんだよ・・・・・・たぶん。」
「おいおい、こんな奴に謝んなよ。つかこいつの心配なんかしてねぇし・・・。」
「・・・・・・はぁ!?そっちこそなによ!さっきからこんな奴だのこいつだの・・・!それに、別にあんたに心配して貰わなくても結構よ!」
ついに言ってしまった。抑えきれなかった。次の瞬間、言わなければよかったと心の底から後悔することとなる。そして意味ありげに不気味な笑みを浮かべる少年1人。
「はっ、それが素か。お前こそ口悪いんだよ。『あんた』とか言ってんじゃんか。さっきまでか弱い乙女オーラ出しまくってたくせに。つか優斗に気があんのバレバレなんだよ!」
「はい?これが素ですけどなにか!?別にか弱い乙女オーラなんて出してないし!そっ、それに気があるとか・・・そんなわけないじゃん・・・・・・。」
「うっわ、今度は逆ギレですか?まじ引くし・・・。てかなにちょっと照れてんだよ!さっむー。」
「・・・くっ!」
(だめだ・・・。口でこいつに勝てる気がしない・・・!)
「んー、終わったかな?」
「はっ!」
口悪男と張り合うばかり、この人がいることを忘れていた。
(どどどどうしよ!気があるとかないとか・・・!本人いる前で!)
「とりあえず、ごはん食べない?じゃないとまた倒れちゃうよ?」
当の本人は気にしていないようだった・・・。
「はぁ?こいつに飯まで食わせる気?もったいねーよ。」
「・・・黙って聞いてりゃ次から次へと・・・!なんでわざわざ口はさむのよ!」
「お前黙ってなかったじゃんか・・・」
「あ?」
「まぁまぁ・・・。まずごはん!向こうの部屋行こ?ほら叶くんも!えーと立てる?何ちゃんだっけ?あれ?名前聞いてないよね?」
名前―・・・
そんなものなかった。必要なかったから。このまま名前を言わないと不自然だし、かといって自分は人型ロボットだと言うこともできない。優斗が自分を売るようなそんな悪い人だとは思えないが、もう1人のー・・・叶と呼ばれた少年は危険だ。
「あぁ、そいつに名前なんてあんの?」
思ったそばからそんなことを言い出した。
「叶くん・・・。さすがに名前くらいあるから・・・。」
「だってそいつロボットだろ?いまなんか噂んなってるー・・・人型ロボット?だっけ」
「っ!なんで知って・・・!」
(しまった!自分で言うとか!私の馬鹿・・・)
「叶くん?人型ロボットって、あの?」
「ああ。いくら優斗でもそんくらい知ってんだろ?みんな噂してんじゃねーか。」
「・・・・・・えっと、それ本当?」
ここまで来てしまってははぐらかすのは難しいだろう。一番いいのはこの話を終わらせることだが、今話題を変えたらあきらかに不自然だ。それこそ怪しまれてしまう。かといって黙りとおすわけにもいかない。どう頑張っても無理だ。
「・・・・・・・・・。」((コクン))
黙ってうなずく。混乱している頭ではこれが精一杯だった。
「ご、ごめんっ!」
優斗が突然謝った。人間と偽っていたのは№2自身なのに、なぜか彼は謝った。混乱していた頭はさらに混乱。
「・・・・・・お前、なんで謝ってんの?」
叶にも優斗の行動は理解できなかった。
「だ、だって。彼女の前で人型ロボットの話しちゃったし・・・。その、面白半分で言っちゃったっていうか、軽い気持ちだったっていうか。彼女のこと傷つけちゃったかなって・・・」
あぁ。なんと優しい人なのだろう。№2は改めて感じた。ここまで相手のことを想える人はそういないだろう。少なくとも№2は初めてだった。
「気にすんなよ!」
(それに比べてこの男は・・・!)
「ほんと?ごめんね?」
「あ・・・、えと、大丈夫・・・ですよ?」
「ほらな?」
「なんであんたが言うのよ?勝手に話に入ってこないで下さいー!うわ、こえーな。人型ロボットっていうからもっとおとなしいもんだと思ってた。」
「勝手な想像すんな!てかなんで私が人型ロボットだってわかったのよ?」
「んー、あぁ。なんか違ったんだよなー。感触っつーか抱えごごちっつーか・・・。あとなんか重かったし、機械的重さっつーの?」
「・・・!?まさか・・・ここまで私を運んだのって・・・・・・」
「?俺だよ?お前みたいな重いやつ優斗が持てるわけねーだろ?」
「っ!」
最低だ・・・。淡い夢が儚く散った。ショックを受ける№2に最後の追い打ち。
「安心しろ、そんな幼児体型には興味ない。」
嫌な予感がした。そしてその予感は見事に的中した。視線をゆっくり下げる。そしてその瞳は布団のなかの自分のからだの変化を映した。正確には自分のからだがまとっていたものの変化をー・・・。
「・・・・・・・!ちょちょちょちょっと待って!なんで私服変わってんのよ!?」
「あぁ、俺が脱がせて着せた。」
「~っ!」
№2は言葉にならない声を上げた。
「うっせーな、だから安心しろって。典型的な幼児体型のお前なんぞに興味はない。」
耳をおさえながら平然と言った叶の言葉に、本日2度目、№2の堪忍袋の緒が切れた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
『ジャンク ~2つの世界の間で~』
作者の十月夜月です。
グダグダの小説ながら、ここまで読んでくださったことを心から感謝いたします。
ロボット×人間の王道ともいえるテーマでの話を、自分らしく書き上げたいと思っています。
オムニバスストーリーとしてこれからもいろんなことを埋め込んだ話を書いていきたいです。
次回作はいつ投稿するかわかりませんがVol.2も読んでいただけたら幸いです。