レプリロイド
それから5日後…。
医務室の扉が開きバージルの名を呼びながら入って来た女性。
彼女の名はリオネ、 当時15歳である。
ベッドに横たわっているバージルは彼女の姿を見ると身体をゆっくり起こして返事を返した。
「リオネ!? どうしてお前がここに…」
「父さんのお仕事でついて来ちゃったの。
それより大丈夫? また無理したんでしょ~」
「もう大丈夫だよ」
「そう? で、 またガイアスともめたの?」
「まあ…な。 せっかく来てもらって悪いがもう帰りなさい。
ここはお前の来る所じゃないんだよ。 お父さんに見つかったらまた怒られる」
「平気だよ。 だって父さん隣街だもん。
ねぇ! あたしね、 レプリロイドについて勉強してるんだよ!
おじいちゃんが昔使ってた研究所借りてね。
えへへ! で、 あたしやっとおじいちゃんの研究していた事がわかるようになったんだよ~」
「まだあの研究所はあるのか…」
「うん。
おじいちゃんがこっちに来てから誰も使わなくなって一時は父さん達に閉鎖されそうになったんだけど
あたしがわがまま言って残してもらったんだ」
「リオネ、 子供のお前にわかるわけないだろ。
お前がわしを好いてくれるのは嬉しいがな、 遊び半分でやるもんじゃないんだよ。
レプリロイドはわしらと同じ人間なんだからな」
「うん。 わかってるよ、 それに遊び半分じゃないもん」
そう言いながらリオネは手に持っていた筒のふたを開けると中から
1枚のノートを取り出してそれをバージルに手渡した。
「はいこれ。 おじいちゃんの研究していた“F理論”についてなんだけど
出来ると思うよ。 それにあたしがちょっと付け足したんだけど見てみて!」
バージルはままごとに付き合うかの様にリオネから渡されたノートに目を通す。
一通り内容を読み終わると落ち着いた口調で彼女に尋ねたのだった。
「……リオネ、 これは誰のノートなんだ?」
「だからあたしのだって」
「これをお前が書いたと言うのか?」
「そうだよ」
「馬鹿な事を…お前にF理論が解るはずないだろ。
年寄りをからかうんじゃない、 これは何処の科学者が書いたんだ?」
「からかってないって! 本当にあたしが書いたんだよ!
F理論ってあれでしょ? レプリロイドに人格を刷り込ませるって言う…」
「…!?」
リオネはバージルに自分の持ってる知識を披露していく。
15歳のまだ少女の面影が残る彼女の口から出る言葉は一般の科学者でも理解するのが困難なものばかり。
もちろんバージルはリオネの言葉を理解する事が出来るのだが驚きの余り言葉が出てこなかった。
そしてバージル自身にも解けなかった問題をそのノートには書かれてあったのだった。
「…だからそれを液体状に出来れば後は魔導技術で可能じゃないかなって思って………聞いてる?」
「……え?」
「もう、 人が説明してるのにぃ…」
「あ、 ああ。 驚いたな…」
「どう? 出来そうでしょ?」
「恐らく、 いや…これなら絶対に可能だ…。
本当にお前が書いたのか!?」
「だからそうだって」
「リオネ、 このノート少し借りてもいいかい?」
「うん、 あげるよ。 それコピーしたやつだから」
バージルはノートに触れ、 表示されているページを変える。
“くぎづけ”と言う言葉がこれ程似合うものかと思う程リオネのノートの隅々まで目を凝らす。
その都度驚きの声を上げ彼女が声をかけても反応がない。
リオネは ほっ と溜め息を吐くと静かに微笑みながらドアに向かう。
「じゃあ、 おじいちゃん帰るから。
また来るからね」
「………お、 おぉ!! そうかこうすれば……な、 なんと…」
「ふふふ」
リオネは医務室から出て行った。
さらに10日後…。
ここはレプリロイドを保管してある部屋。
円柱のカプセルが9つ部屋に等間隔で立っており、 その中にレプリロイドが立ったまま眠っている。
レプリロイドが入っているカプセルには明かりがついていた。
全部で6つ…それ以外は暗くなっている。 部屋のドアが開くとそこにバージルがやって来た。
バージルは1つ1つ、 カプセルの中のレプリロイドを我が子の様に愛満ちた微笑みで
1人ずつ話かけていく。
カプセルの上部にⅠやⅡと言う透明な数字のプレートが取り付けられてある。
「……おはようⅥ
今日もまた実験なんだ。 痛い思いをさせてしまうかも知れんが
この実験が成功すればお前達もわしら人間と同じ様に“意識”を持つ事が出来るんだ。
これはすごい事なんだよ。 だからもう少しだけ我慢しておくれ…」
バージルは部屋の隅に置かれてある机に向かい、 ゆっくり腰を下ろした。
机には銀色をした円形のふたの様な物があり丁度真ん中に丸い穴が開いている。
そこに手をかざすと穴が光を放ちモニターが現れた。
次にバージルは先日リオネからもらったノートを筒状に丸めると
その穴に差し込んだ。 ノートは光となり穴に消えていく。
するとモニター画面にノートの情報が表示された。
胸ポケットからメガネを取り出してかけた後、 手を揉み解すバージルは両手を手元の机に置くと
またもや透明がかった黒いキーボードが現れた。 そして素早く手を動かして入力作業に入る。
部屋にはバージル1人なのだがまるでレプリロイド達に話しかける様に語り出した。
「ふっふっふ。
お前達がある日から自分で考え、 行動するようになった姿を……
あいつは見る事になるのだ。
もう誰の指図を受けなくてもいいんだよ」
メガネのレンズにモニターの光が反射している。
語り終えるとバージルは入力作業に集中するのだった。
時折、 首を回したり肩を揉んだりする動作が見られるのだが無理もない。
朝早くから真夜中までずっと同じ作業をしているのだから。
これはバージルが毎日やっている日課なのだ。
ガイアスの呼び出しが無い限り彼はずっとこの様な日々を続けていた。
リオネからもらった1枚のノートにより、 これまでのレプリロイドの在り方が一変するのだ。
レプリロイドはバージルが発案した。
初めは人間のサポートをする為に考え出された。
一般的に普及している“アンドロイド”もバージルが生み出したものだった。
アンドロイドには人工知能により人間と同じ様に“思考”を持ち
考える事は出来るのだが、 それに感情はない。
従って主人が命の危機に迫った時にはその主人を守る為に罪無き人の命を奪う事もある。
しかしレプリロイドは意識を持ち、 自分を認識する事が出来る。
アンドロイドにない感情で動き、 そう言った危機にも自分で考え行動する事が出来るのだ。
それはほぼ人間に近い存在でバージルは当初、 これを目的に研究を始めたのである。
ガイアスはそれに“魔導”と呼ばれる技術を組み込んで戦闘兵器へと変えた。
目的が違う2人であるのに、 何故バージルは手を貸しているのだろうか。
そう…バージルにはそうせざるを得ない“何か”があったのだ。
入力作業は休む事無く続けている。
しばらくするとドアの開閉音がバージルの耳に届く。
決して大きな音ではないがこの部屋が静か過ぎる為にそんな音でも簡単に聞こえる。
部屋に入って来たのは、 白衣を着た男でバージルより少し若く見える。
その者に振り向く事も無くバージルは一言だけ告げる。
「……勝手に入って来るな。 ラーズ」
ラーズと呼ばれた男はその言葉を軽く聞き流すと にやにや と笑いながら
入力作業をしているバージルの元へ歩いていく。
バージルは手を止めモニターの表示を別のものに変える。
「また何かの実験ですかな? バージル博士」
「お前に話す事など何もない。 出て行ってくれ」
「ほっほっほっほ、 相変わらず冷たいですなぁ。
まぁ…私がガイアス殿に“あの事”を話したのが原因だと言う事はわかってますがね…」
「………何の用だ」
「おーそうだった、 貴方のレプリロイドの事なんですが…
私の造った新型モデルが彼の目に止まりましてね、 私のを採用するそうです。
それで…報告しようと思いまして…ふっふっふ。
貴方のレプリロイドは処分する事になりました」
「な、 なんだと!?」
「まぁ当然でしょう。
貴方は色々とレプリロイドに勝手にくだらない要素を取り付けているのですから。
戦闘兵器だと言うのに人の世話などと…くっくっく。 何を考えておられるのか…。
ただ、 貴方がレプリロイドを生み出した事については私も尊敬しておりますよ。
そのおかげでこうやって新型を開発出来たんですからね」
「わしはどうなる?」
「今後は私のプロジェクトに入ってもらう事になると思います。
私の右腕として…ふっふっふっふ」
「何でわしがお前に手を貸さねばならんのだ!
この前の戦闘テストであいつの合格ラインを超えたはずだ!
何故処分する必要がある!?」
「そんな事私に言われましても……くっくっく」
ラーズは手を口にそえて笑みを隠す。
「ではバージル博士、 1週間までとの事なので…
部屋と博士のレプリロイドの方、 よろしくお願いしますよ」
丁寧に礼を済ませたラーズはゆったりとした歩みで部屋から出て行った。
それを確認すると再び作業に入ったバージル。
「処分だと…? ふざけやがって!!
そんな事させてたまるか!!!」
バージルの動かす手の指先1つ1つに怒りが加わり、 叩く様にしてキーボードを操作するのであった。