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嫌われ悪女を演じたら、サイコパス皇太子の興味を引いてしまいました

作者: くるり

趣味全開です。ちょっとだけR15です。

「……さあ、殿下。これを飲み干して、早く私を軽蔑してくださいまし?」


私、エルゼ・ローゼンタールは、扇子で口元を隠しながら高笑いを浮かべていた。


目の前には、この国の第一皇太子、ヴィルフリート・アデレイド。

「氷の彫刻」と称される絶世の美貌だが、中身は一切の感情が欠如した本物のサイコパスだ。


私が差し出したのは、どす黒い紫色の液体が波打つティーカップ。

(※中身はただの『超・激苦ハーブティー』だ。毒々しい色はブルーベリーの皮でつけた)


前世の記憶が蘇ったのは一週間前。

このままでは私は、この冷徹な皇太子に「邪魔だ」という理由だけで断罪され、処刑される。

生き残る道はただ一つ。


「こいつ、ヤバすぎて関わりたくない」と思わせて、円満(?)な婚約破棄を勝ち取ること!


「エルゼ。これは、君が用意したお茶だね?」


ヴィルフリートが、感情の読めない瞳で私を射抜く。


「ええ、そうですわ! そのお茶には……ふふ、口にするのも恐ろしい『呪い』がかけられていますの。飲めば最後、あなたは私という悪女の虜になり、苦しみ抜くことになるでしょう!

(……よし! 気持ち悪い! 早く『不気味な女だ、婚約は白紙だ!』って言って!)」


私は内心でガッツポーズをした。

淑女としてあるまじき言動。

呪いの宣言。

完璧な悪女ムーブだ。


だが。


「……面白い」


「え?」


ヴィルフリートが、形の良い唇をわずかに吊り上げた。

彼は躊躇なくカップを手に取ると、一気にその激苦ハーブティーを飲み干したのだ。


「ちょっ、殿下!? それ、死ぬほど苦い……じゃなくて、恐ろしい呪いが……っ」


「ああ、素晴らしい刺激だ。喉が焼けるようだね」


ヴィルフリートが立ち上がり、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。

逃げようとしたが、気づけば私は壁と彼の長い腕の間に閉じ込められていた。

いわゆる壁ドンである。


「殿下……? あの、先ほどの私は不気味でしたわよね? 私、頭がおかしいんですのよ?」


「……。エルゼ。君、さっきから指先が震えているよ?」


「っ! それは……怒りに震えているのですわ!」


「嘘だ。君は今、僕に怯えている。……そして、この『呪い』がただの苦い茶であることも、僕にはわかっている」


冷たい指先が、私の頬をなぞる。 心臓が跳ね上がった。バレた? いや、まさか。


「以前の君は、ただ権力に固執する退屈な女だった。……けれど、今の君はいい。

何があったか知らないが、必死に『悪女』を演じ、僕を遠ざけようとして……その裏で、心臓を小鳥のようにバクバクさせている」


ヴィルフリートの瞳に、見たこともない暗い悦びが灯る。


「君が婚約破棄を狙っていることなんて、最初からお見通しなんだよ」


「……は、え?」


「無駄だよ、エルゼ。……君が僕を騙そうと必死になればなるほど、僕はその仮面を剥ぎ取って、君をぐちゃぐちゃに泣かせてみたくなった」


耳元で、甘く、破滅的な声が響く。


「おめでとう。いや、ありがとうかな。君の『演技』のおかげで、僕は初めて人間に興味を持てた。……死ぬまで、僕の側で怯え続けてくれるかな?」


(……終わった。婚約破棄どころか、世界一怒らせちゃいけない奴の『お気に入りおもちゃ』にランクインしちゃったんですけどーーー!?)


私の平穏な未来が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。





「思い出した……ここ、乙女ゲーム『聖女の祈りと鉄の檻』の世界じゃない!」


一週間前、高熱でうなされた私の脳内に、前世の記憶が濁流のように流れ込んできた。


前世の私は、ごく普通の社畜。 今世の私は、傲慢で高慢な公爵令嬢エルゼ。


そしてこのエルゼ、ゲームのルートでは必ず**「邪魔な悪女」として処刑される**運命なのだ。


処刑を執行するのは、今まさに私の前にいる婚約者――ヴィルフリート皇太子。

ゲームの彼は、気に入らない人間を「効率が悪い」という理由だけで微笑みながら消去する、本物の怪物だった。


(逃げなきゃ。でも、婚約破棄を申し出たら『不敬罪』で即・首が飛ぶ……!)


絶望の淵で、私の脳内の社畜マインドが弾き出した結論は一つ。


「そうだ、嫌われよう。それも、手がつけられないほどヤバい女になって、殿下の方から『こいつと結婚したら国が滅ぶ』と愛想を尽かさせるんだ!」


そうと決まれば行動は早い。 私は一週間、必死に「悪女(偽)」の役作りをした。


鏡の前で三時間「ほーっほっほ!」の練習。


図書館で『禁忌の呪術大全』を読み耽っているふり。


「私、実は生き血を啜るのが趣味なんですの」と嘘をつくためのトマトジュースの準備。


侍女を買収して酷く残酷に虐めてるように見せかけて、後から謝ったり。


……全部、生き残るため。


震える膝を隠し、冷や汗を拭い、「私は最凶の悪女よ」と自分を洗脳して、今日のティータイムに挑んだのだ。


なのに。





これよ。これしかないわ!


昨日の「毒入り(激苦)お茶作戦」がなぜか逆効果に終わった私は、今日王家主催の豪華な夜会にいた。  

作戦はシンプルだ。    

――本人が無理なら、世間に「皇太子妃として相応しくない」と認めさせればいい。


「見てなさい、ヴィルフリート殿下。今日、私はこの国の歴史に残るほどの悪役令嬢どころか『淫乱悪女』になって見せますわ!」


私は気合を入れ、職人たちが一ヶ月かけて仕立てた超高級ドレスの肩口を、あえてズルリと着崩した。  扇子で口元を隠し、会場の隅でガタガタ震えている気弱そうな下級貴族の青年――名前も知らないモブ君を見定める。


「ねえ、そこのあなた」

「は、ひゃいっ!? エ、エルゼ様……?」


私はわざとらしく彼にしなだれかかった。  

「殿下なんて退屈なの。私、もっと刺激的な夜を過ごしたいんですの。……ねえ、今すぐ私をここから連れ出して、乱暴に愛してくださらないかしら?(※棒読み)」


(……よし! 完璧! 全人類が見てる! さあ、醜聞よ、広がれ! 不貞のエルゼとして私を追放してーー!)


会場が水を打ったように静まり返った。  

貴族たちの視線が突き刺さる。

成功だ。誰がどう見ても、私は今、公衆の面前でナンパを成功させた不潔な女……。


そう確信した次の瞬間。  

背後から、命が凍りつくような「絶対零度の気配」が立ち上った。


「……随分と楽しそうじゃないか、エルゼ」


心臓が止まるかと思った。  

ゆっくりと振り返れば、そこにはこの世のものとは思えないほど美しい微笑を浮かべた、ヴィルフリート殿下が立っていた。    


その瞳には、一滴の光も宿っていない。


「あ、あら殿下。ご覧の通りですわ。私、殿下という婚約者がいながら、こんなにはしたなく男を誘うような女なんですのよ? さあ、早くこの場で婚約破棄を――」


「黙れ」


殿下が静かに、けれど逃げ場のない声で告げた。  

彼が指先をわずかに動かすと、ナンパされていた青年は泡を吹いて気絶し、周囲の貴族たちはクモの子を散らすように距離を取った。


「エルゼ。君は、自分の価値を低く見積もりすぎだ」


「……え?」


「僕以外の男に触れさせようとしたその罪……万死に値するけれど。まずは、その『はしたない体』に、誰の所有物か分からなくなるまで教え込んであげないといけないね」


ヴィルフリート殿下は、迷いのない手つきで自分の上着を脱ぐと、

私の着崩れた肩を乱暴に、けれど外からは一切見えないように包み込んだ。


「ひゃっ!? なっ、何を……ちょっ、離して……!」


「無駄だよ。君が僕を嫉妬させたくてこんな可愛い真似をしたのなら、大成功だ。……怒りで、君を今すぐ壊してしまいそうだ」


そのまま、私はお姫様抱っこで軽々と持ち上げられた。  

殿下は会場の出口に向かって歩き出す。


「で、殿下! 皆が見てますわ! 不貞をした私を、なんで抱きかかえるんですのよ! 普通は衛兵を呼ぶところでしょ!?なんなら、婚約破棄を言い渡す場面では??」


「いいじゃないか。僕たちがどれほど『愛し合っているか』を見せつける、良い機会だ」


会場にいた貴族たちは、今のやり取りをどう解釈したのか、「おお……殿下の愛はなんと深いのだ」「不実な彼女を、その身を挺して更生させようとなさるなんて……」と、なぜか感動の嵐に包まれている。


(違うのーーー!! 私は『不潔な女』として追い出されたかっただけで、殿下の『嗜虐心』をフルスロットルにしたかったわけじゃないのよ!! 誰でもいいから今すぐ助けに来てーーー!!)


私の叫びは虚しく響き、夜会の扉は無情にも閉ざされた。  


向かう先は、殿下の執務室か、あるいは寝室か。    


前世の社会人としての知識を総動員して、どう逃げ出すか考えていた。





お姫様抱っこのまま連行された先は、案の定、殿下の寝室だった。  

大きな天蓋付きのベッドに放り出され、背中に柔らかな感触が伝わった瞬間、私の脳内アラートが最大音量で鳴り響く。


(待って、これはマズい! 既成事実待ったなしじゃない! 前世の知識で言えば、これは完全なるパワハラ……いや、セクハラ……?というか事案よ!!)


ヴィルフリート殿下が、無造作にネクタイを緩めながらベッドに膝をついた。  

薄暗い部屋の中で、その瞳だけが肉食獣のように爛々と輝いている。


「さて……。どこから『再教育』してほしい? 僕以外の男に触れようとした、その悪い口かな?」


「ま、待ってください殿下! 一旦ストップ! タイムアウトですわ!!」


私はベッドの上で電光石火の勢いで正座し、殿下に向けて両手を「×」の形に突き出した。


「……話し合い? この状況で?」


「そ、そうですわ! 私は冷静な社会人……ではなくて、理知的な淑女ですもの! 殿下、そもそもおかしいですわ。あなた、以前の私にはこれっぽっちも興味がなかったはずですわよね!? 廊下ですれ違ってもゴミを見るような目をしてましたわよ!?」


私は必死に、前世の営業職で培った「顧客の矛盾を突くトーク術」をフル回転させた。


「それが、なんですか今のその目は! ギラギラしすぎですわ! 投資対効果に見合っていません! 殿下ほどの合理主義者が、私のような『不貞を働く悪女』に執着するなんて、論理的ありえません!」


よし、言った! さあ、これで殿下が冷静になって「……確かに非効率だな」と部屋を出ていけば私の勝ち。


だが、ヴィルフリート殿下は――クスクスと、低く愉しげに笑った。


「ああ、その通りだ。自分でも驚いているよ」


殿下の手が私の頬をなぞる。

その指先から伝わる熱に、心臓が跳ね上がる。


「以前の君は『無価値な置物』だった。人形のように僕に従うだけの、立場に固執するありきたりで退屈な女。……けれど、今の君はどうだい? 僕を遠ざけようと必死に悪女を演じ、その裏で小鳥のように震えながら、必死に『交渉』とやらを仕掛けてくる」


殿下の顔が近づく。逃げようにも、彼の長い腕に囲まれていて退路がない。


「君は、僕の中にあった『退屈』という名の病を治してしまったんだ。……こんなに面白い獲物を、他の男に渡すわけがないだろう?」


「獲物って言っちゃったわよこの人!! 病気ならお医者様を呼びましょう!!ええ、ぜひ今すぐに呼びましょう!!!」


「医者はいらない。君が必要なんだ。……君が『不実な女』を演じれば演じるほど、僕はその仮面の下にある、僕にしか見せない泣き顔を独占したくなる」


殿下の唇が、私の耳元に触れるか触れないかの距離で止まった。


「さあ、話し合いの時間は終了だ。……次は君の体が、僕に『論理的な釈明』をしてくれるかな?」


(嘘でしょ……社会人マインド全否定!? 説得すればするほど『面白い女』認定されて、逃げ道が物理的に埋まっていくんですけど!!)


もはや絶叫も届かない。  


「ひゃうっ……!? ちょっ、どこ触って……っ」


殿下の長い指が、私のドレスの背中の紐を正確に解いていく。  

社畜マインドで必死に「退職願(婚約破棄)」を叩きつけたはずなのに、受理されるどころか「永久就職(監禁)」の契約書にサインさせられそうな勢いだ。


「殿下、待って! 私、まだ心の準備が……それに、結婚前の既成事実は淑女的に――」


「淑女?あんなことをしておいてまだ淑女とか言ってるんだ」


ヴィルフリート殿下の動きが止まる。  

至近距離で見つめてくるその瞳は、冷ややかで、けれど底知れない熱を帯びていた。


「大勢の前でドレスを着崩し、他の男に抱かれようとした女が、今さら何を言っているのかな。……自分から『淑女』を捨てたんだろう? エルゼ」


「っ、それは……(……ぐうの音も出ない!!でも、抱かれるふりだもん!!)」


「だったら、僕が君をどう扱おうと自由だ。……そうだろう?」


「…………あ、これ、詰んだわ」


と呟いた瞬間、私の唇が、熱い体温で塞がれた。  

深く、喉の奥まで暴くような口づけ。頭が真っ白になり、酸欠で思考が霧散していく。    

ようやく唇が離れたとき、殿下は私の首筋に顔を埋め、獲物の急所を確かめるように低く囁いた。


「もう遅いよ、エルゼ。君が僕に『興味』という猛毒を流し込んだんだ。

……君が僕を捨てて逃げる未来なんて、一ミリも存在させない。

明日には、君の父公爵に『結婚式の前倒し』を承諾させてくるから」


「……は、え? 結婚……前倒し……?」


「ああ。君がまた他の男をナンパしなくて済むように、一日中僕の目が届く場所に置いておかないとね」



重なり合った殿下の唇は熱く深い接吻へ。  


先ほどまでの冷徹な態度はどこへやら。

私を押し倒す彼の腕は、骨が軋むほどに強く、そして震えていた。


殿下の指先が、私の肌に触れるたび、そこが焼けるように熱くなる。

正確に解かれたドレスが滑り落ち、夜の冷気が肌を刺したのも束の間。すぐに殿下の体温がそれを上書きしていく。


「エルゼ……。君が他の男を誘ったあの瞬間、あいつを殺して、君をこの部屋に閉じ込めたい衝動を抑えるのがどれほど大変だったか、分かるかい?」


「ひっ、あ……っ」


首筋に落とされる、深く、執拗な吸い痕。  


「もう逃がさない。君がどれほど悪女を演じても、この腕の中にいるのが『本当の君』だ。

……震えて、僕の名前を呼ぶまで、今夜は一睡もさせないからね」


「待っ、て……殿下、ヴィルフリート、様……っ!」


涙目で名前を呼べば、彼の瞳にドロリとした暗い愉悦が灯る。  





翌朝。  

窓から差し込む陽光で目を覚ました私の隣には、涼しい顔で読書をしている皇太子殿下の姿があった。


「おはよう、僕の可愛いエルゼ。……昨夜は素晴らしかったよ。君があんなに『情熱的』だったなんて、誰にも教えたくないね」


私の首筋には、鏡を見なくても分かるほど、真っ赤な「所有印」が隙間なく並んでいる。


「…………(白目)」


「ああ、そうそう。先ほど君の父上に、結婚を早めるようにと使いを出しておいたから安心してね。君は今日から、この部屋で僕と一緒に住むことになるから」


「……は、え? 実家……私の荷物……」


「必要なものはすべてこちらで用意させる。君の私物は、もう全部処分してくれて構わないよ。これからは僕の用意したものだけを身に付けていればいい」

 

実家の父も、二つ返事で娘を差し出すに違いない。


私はどこで間違ったのだろうか。  

いや、そもそも最初から、私は何か大きな間違いを犯していたのではないだろうか。  

嫌われようとして毒(苦い茶)を盛り、不貞を装って夜会で騒ぎ……

そのすべてが、この男の「独占欲」への引き金になっていたのだとしたら。


「……あ、これ、完全に最初から詰んでたんだわ」


社畜時代の知識を総動員して導き出した答えは、絶望しかなかった。  


せめて、これからの待遇や福利厚生について交渉を――そう考えた瞬間、視界がぐるりと回った。


「なっ、ちょっ、殿下!?」


「考えごとは後にしていいよ。……まだ、昨夜の続きが終わっていないからね」


殿下が再び私を組み敷き、熱い唇を寄せてくる。  

朝の光を浴びながら、彼の瞳に映る自分の顔は、情けないほど真っ赤に染まっていた。


(誰か……誰でもいいから、本物の悪女の演じ方を、一から教えなさいよバカぁーーー!!)


私の叫びもむなしく再び深く飲み込まれていった。



読んでくださってありがとうございます。

私の仕事中の妄想の一コマです。

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