花摘み
「まぁ、今年一番の綺麗なお花だこと」
彼女はそう呟くと、迷いのない手つきで、茎の根元からたんぽぽを摘み取った。その黄色い頭は、まるで眩しすぎる光のように、ゆっくりとバスケットの暗闇に収められた。
1
これは、ある春の日の話である。
暗い暗い冬を越し、草木が芽吹くとき、彼女は決まって、外に出る。たくさんのたんぽぽとシロツメクサが家の周りを囲んでいた。
「なんていい天気なのでしょう。今日はお花見でもしようかしら」
そう言って彼女は、近くに住む友人を集める。
間もなく二人の女性が彼女の家に到着した。そして彼女は言う、
「今日はきれいなお花を集める会よ」
三人はシロツメクサの庭に座り、サンドウィッチを頬張りながら談笑する。
「そういえば、世間ではまた、『メシア』が亡くなったらしいですね。」
友人の一人、ブロンド髪を三編みした女性が口を開く。
「彼は偉大だったわ。生きていれば、間違いなく世界はいい方向に進んだはずよ。私たちのような凡人には想像もつかない才能だった。」
もう一人の短髪の友人が言葉を返す。
「私達の力があるっていうのに、どうしてこうも上手く行かないのかしらね。」
ブロンド髪が言う。
「簡単ですわ、愚かなんですの。」
家主の発言に、三人は大いに笑う。
サンドウィッチが入っていたバスケットは空になり、彼女は言う。
「そんなことよりも、今年もいいたんぽぽが咲いているわ。一番美しいものを、私の家に飾りましょう。」
重いスカートを持ち上げながら三人は立ち上がる。彼女の家を歩き回る。たんぽぽ、シロツメクサ、スミレ、オオイヌノフグリ。たくさんの春の花が、庭を彩っていた。
ショート髪の友人が、彼女に話す。
「あのたんぽぽはいかが?花びらも揃いが素晴らしいわよ。」
「小さいわ。私は、大きくて美しいものがいいの。」
ブロンド髪の友人も彼女に言う。
「これは大きいですわよ。黄色もとびっきり可愛い色をしているわ。」
「魅力的ね。でも、なんだかパッとしないわ。自信のない咲き方をしているのよ。」
探し、探し続けた。うららかな風が髪をなで、草を動かした。
2
偉大なる人間、世界を変える人間、彼はそう呼ばれ続けた。「天才」的な才能を持ち、若いながらも成果をだし続けた。彼の創る映画は、人々に勇気と自信を与え、世界中を共感の渦に巻き込んだ。
彼には、並々ならぬ情熱があった。
「新作を制作中だと伺ったのですが、どういった内容になるのでしょうか。」
アカデミー賞の取材に来たインタビュアーが彼に聞いた。
「パッションだよ、パッション。もっと、心にグッとくるものを、俺は作りたいんだよ。」
彼は答える。
彼には、ずば抜けたセンスがあった。
「『ダンディライオン』はなぜあのシーンを最初に?」
「そうしたほうが、魅力的だろう?観客の受けも良かったじゃないか」
彼は答える。表現、色使い、ストーリー、どれ一つとっても、他の監督にはない新しい視点があった。その才能は、まさに彼の情熱そのものであり、誰にも真似できない『自信に満ちた咲き方』だった。
メディアは叫ぶ。「『天才』映画監督。世界を変える時代の一人」
情報誌は売る。「彼の映画魂を独占取材」
混沌とした世界は、彼の創る物語に陶酔した。
同時に、憎み、ひどく妬む人も多かった。
彼らは監督のデマを流し、作品を汚すよう働きかけた。
3
そろそろ日も傾く頃、彼女は声を煌めかせて言った。
「まぁ、きれいなお花だこと。これにするわ。」
そうして彼女は、茎の根本に手をおいた。
ある日突然、世界が変わった。
監督が、亡くなったのだ。
彼女は、茎の根元からたんぽぽを摘み取り、ゆっくりとバスケットに入れた。
「今年は、この子をお部屋に飾ろうかしら。」




