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尋問 B

Bの部屋まではそれ程時間がかからず辿り着いた。

Aと同じ無機質な白い扉。冷たい印象を覚えるドアノブ。ただ一つ違ったのは扉の中心…わたしが手をかける位置よりも少し低めの位置に走った無数の傷痕だけだ。なにかで引っ掻いたのか細かな傷が無数に残っている。

「はじめまして、貴方とお話しがしたく来ました。これから貴方の担当医となります」

コンコンと扉をノックし伝えるも中から返事は無かった。だが、このまま立ち尽くすわけにもいかない。

入るね、と小声で告げ、ゆっくりとドアノブを握る。

鍵はやはりかかっていなかった。

Aやわたしとやはり同じな室内。部屋の主であろうBはベッドに背を向け床に座り込んでいた。

カーテンは閉め切りベッドから投げ捨てたのか枕が床に転げ落ちていた。

わたしに気づいたのかちらりとこちらを見た彼女だったが意外にも目を逸らすことは無かった。

Aよりも少し成長した、だがまだまだ子供と言える顔立ちの彼女はこちらをじっと見つめる。

「はじめまして、新しく貴方の観察を担当するシャルルです。よろしく」

刺さるほどに感じる視線に耐えながら自己紹介をするものの彼女からの返事は無かった。

ただ、その代わりのようにコクっと僅かに頷いたのが見えた。

こちらを見る目は正直言ってとても元気とは言えなかった。

全てを諦めたような目。

うっすらと隈も見える。よく眠れていないようだ。

投げ出されたようにだらりと伸びた腕は細く栄養が足りていないように見える。

「…食事が足りていないようね。看護長に頼んで量を増やしてもらいましょうか」

いくら事件の被疑者と言っても健康管理すら危うい状況を見過ごすことは出来なかった。

腹を空かせた子供などいてはならない。憤りすら感じる。

…ふと自身のこれまでの食事を思い出すが量が足りていないと感じたことは無かったように思う。

パンにおかずにスープ。病院食の見本のような優しい食事であったはす。三食きっちり食べていれば飢えることなど無いはずの食事だった。

Bの視線がなにかを訴えている。ああ、そうか。

「足りていないのではなく食べれていないのね」

わたしがそう口に出すとビクッとBの体が震える。

逸らした目には恐怖が滲んでいるように見える。

まるで怒られて怯える子供のような目だ。

「怒っていないわ。大丈夫」

ゆっくりと告げるとBの目がまたこちらを見る。

本当に怒っていないか確認するような目だ。涙がこぼれ落ちそうな搖れる瞳と目が合う。

「だけれど食べないと辛いのは貴方なの。お願いだから少しでも食べてほしい」

満足に食事を取れなくなる日がいつか来るかもしれないから。という言葉は飲み込んだ。

被疑者として患者として庇護されている今だけでも栄養をとってほしいというのは紛れもない本心だ。

こちらから目を合わせるとBはまたプイッと目を逸らす。

少しでも貴方に届いているといいのだが。

「今日はお終いにしましょうか。わたしは元気な貴方とお話しがしたいもの」

栄養が足りていない、回らない頭ではまともな会話が出来ないだろう。

急かして怪しまれてはたまったものではない。

だが沈黙は突如破られた。

「ご飯を食べたらまた来てくれるの?」

こちらと目合った瞳には期待が浮かんでいた。

ご褒美を聞く子供のようだと思ってしまう。

「食べれなくとも来るよ。…勿論食べてほしいけれどね」

こちらが言い切るよりも先に嬉しさが滲み出る瞳。正直意外だったが嫌われていないという現状はとてもありがたい。

頬も心無しか血色が見える。

「また来てね、先生」

小さく手を振る彼女に同じく手を振り返しながら扉を閉める。

微かに見られた爪は不自然に削れており、所々が赤く染まっていた。

どうやら最初の対話としては良好的に進んだようだった。

けれど妙だ。

部屋に入った時に感じた雰囲気とまるで真逆のような反応に波が激しい感情と表情。

そしてどこか生気の無い瞳に細く弱った体。

本人が食べていないというのもあるだろうがもっと幼いはずのAよりも健康状態が悪いように思える。

「もしかして」

最悪の想像が頭に浮かぶ。

まさかと思いたいが考える程に過去に見たある資料と特徴が同じだと気づく。

そうか、あの子は。

なにかのクスリをやっているんだ。

医療目的では無いだろう。この病院内の薬剤庫の鍵はバートン医師が常に携帯しているというからここに来る前の過去にやっていたのであろう。

あんな、きっと十歳ほどの子供が。

期待を浮かべた瞳が急に痛々しく感じられた。

…そして気づかなかった。赤く染まった爪でひっ掻いたであろう扉の異質さに。


観察1日目 観察対象:B

健康状態及び精神状態に異常が見られる。

対話は可能。食事摂取とメンタルケアに改善の余地有り。


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